九話 雑魚ベーの里帰り
@悟視点@
神でさえも震え上がりそうな温度で迎えた新年の深夜。俺は今日一日、ゲスト御神体としてアミュリー神社でおみくじを売ったりだとか花火の魔法弾を撃ち上げたりで忙しかった。新年にお呼ばれしたから来てみたらこれって、詐欺だろ!
今は縁側で座って休憩中。人ももう来なくなったしそろそろ雨双も来そうだが。
「悟ー、そろそろ店じまいだ。ご苦労だったな」
と思ってたら雨双がやってきた。こいつも大変だな。いつもと違って今日アミュリー神社にいる神社関係者は雨双だけだ。居候が一番働き者ってどうよ。
「本当にな!新年会かと思って来てみれば雨双だけだしよー!他のメンバーはどうした!?」
「いるように見えるか?」
「暇そうな雑魚ベーがいないのもあれだが、なんで神社の御神体のはずのアミュリー本人がいないんだよ。新年なのに縁起足りないだろ」
「元々アミュリーは特星本部の仕事とかで新年でもいなかったり抜けることが多いけどな。どっちかというと雑魚ベーの代わりに呼んだんだ。人手は本当に足りなくて困ってたから助かったよ」
「へー、あの雑魚ベーが一人でねぇ。まーた神社に女子小学生を連れ込もうと企んでるんじゃないか?あいつが雨双に神社の仕事を押しつけるなんて」
それも新年で忙しくなるこの時期に押し付けてるんだ。帰ってから雨双にぼっこぼこに凍らされることくらいは雑魚ベーもわかっているはず。それでも雑魚ベーが優先することなんて女の子関係しかない。数日後には神社に知らないやつが三人くらい増えてるかもな。
「いや、それが実家に帰るんだそうだ」
「実家ー?あいつにそんなものがあるのか?……そういや雑魚ベーってどこの生まれなんだっけか。地球人って感じではないよな。なんかすげー跳んでるし」
「あー、私に実家帰りのことを伝えにきた女の子が言ってたぞ。なんだっけか。なんか別世界の貴族の家柄なんだとか」
「はああぁ!?あいつが貴族だと!?そんな高貴なやつにはとても思えねーけどな。そうか、きっと家を追い出されて特星に流れ着いたんだな」
「そういえば雑魚ベーに昔話を聞いても海賊から足を洗ったとしか聞いたことないな。海賊以前や実家の話は聞いたことがない。案外本当に家出してるのかもな」
へえー。よく考えれば俺がはじめて雑魚ベーと遭遇したとき、あいつは海賊みたいなことをしていた気がする。没落貴族だったんだな。なら俺に会ったおかげで奴は立ち直ったのだろう。
「なんで実家に帰るのかはわからねーけど、あれだ。俺がこれだけ忙しくなった元凶が高価な家で贅沢三昧してると思うと腹が立つな!」
「んん。なんなら明日にでも追いかけてみたらどうだ?」
「え、神社の手伝いはいいのか?明日も人多いだろ」
「明日は寺の幽霊に手伝いを頼んであるんだ。それに今年はこれでも参拝者は少ないから大丈夫さ」
「手伝いは今日だけってことか。んー、でも別にわざわざ乗り込むほどのことでもねーかな。雑魚ベーが帰ったら、土産を一つ二つ三つ四つくらい取り上げて分けてもらえばいいし」
「悟、気にならないか?」
雨双が座っている俺の肩に手を置いて語りかけてくる。め、珍しい動作だな……。いつもは怒って凍らせたり、落ち着かせるために凍らせたり、仕返しに凍らせたりしてくるのに。
「気になるって、なにがだ?」
「さっきも言ったが、女の子が実家帰りのことを伝えにきたんだ。同年代くらいの子だったが。雑魚ベーが直接伝えにきたわけじゃない」
「そうなのか?それは確かにちょっとおかしいな。雑魚ベーならその子と一緒に伝言を伝えに来てもいいはず。他に急用があったのか?」
「女の子は口はちょっと悪いがメイド服を着ていたな」
「ふーん。じゃあ雑魚ベーの家の使い走りだろ。貴族ってくらいだからメイドとか居てもおかしくないだろうし。ゲームでも貴族がこき使ってたりするぜ」
「そうだ。そして悟、特星での生活に慣れすぎててピンときていないようだが。……小学生くらいのメイドの女の子だぞ。それが特星外にある貴族の、それも雑魚ベー一族の元で働いているんだぞ」
「はっはーん、なるほど!なにか手出しされてるんじゃないかと言いたいわけか」
言われてみれば十分にありえる話だ。一部例外はあるとはいえ、特星外では基本的に子供はか弱い存在として扱われている。そんな子供が、雑魚ベーの強化版みたいなのに襲われれば抵抗なんて無理な話だろう。
「私は雑魚ベーのことはそれなりに信頼しているんだ。何年も一緒に神社で過ごしてるからな。まあ悪いやつじゃない。だけどあいつが話したがらない雑魚ベー一族が健全かはわからない」
「それなら雑魚ベー本人がすでに実家をぶち壊してるんじゃないか?それこそ特星に来る前とかに」
「バカ!雑魚ベーのやつがそんなに強いとでも思ってるのか」
「だよなー。最近はマシになってるとはいえ雑魚ベーは雑魚ベーだし。実家の子供メイドたちを助けられなくてヤケで海賊になったとかでもおかしくない」
「とにかくだ。雑魚ベーの家が権力のある家柄で女の子をメイドにしていると判明してしまった。そこで悟、お前にはスパイになってほしい!」
す、スパイー?潜入する感じのあれってことか?たしかに銃とか使いそうな職業だし俺に適任といえば適任かもだけど。
「うむむ。ひっそりとしたのは苦手なんだよな。もっといい人選があるんじゃないか?」
「特星外、事件化していない、ただの推測とあっては特星本部は動かないだろう。雑魚ベー一族に送り込むとなると他の女子たちでは危険が高い。つまりそれ以外でマシなのは悟しかいない」
「雨双が乗り込むとか」
「私もそうしたくはあるんだが。実は、こうみえても私はカッとなりやすい一面があって」
「あー、だろうな。建物を崩壊させてメイドたちまで巻き込むのは明らかだ」
「う……。腹が立つがそのとおりだ。特星ならそれで救助できるが特星外だとむしろ私の高威力技は欠点となる。子供が虐げられていたら間違いなく後先考えずに撃ってしまうしな」
「ふっ。そこで自制心と技の制御が優れた俺の出番と言うわけか」
「まあー。どちらかといえば日頃の振る舞いだな。悟なら万が一捕まってもスパイだとばれることはないと思うし。私が敵側ならスパイだと自白されても絶対信じないもん」
「わかったわかった。そんなにも俺にスパイの適正があるってんなら行ってやるよ!貴族宅らしい高価な土産を持ってきてやるから楽しみに待ってな!」
「いや、え、今から?ていうか事の真偽を」
「悪徳貴族どもを一夜にして陥落させてみせる!じゃあな!」
「おい!まだ悪人かどうかはわかってないんだからな!早まるなよー!」
言われなくともわかっているさ。陥落させるのはあくまで雑魚ベー一族が悪役だった場合のことだ。ただの金持ち一家なら雑魚ベーの友人のふりしてご馳走になるだけだ。
とはいえ万が一戦闘になったら案外強いかもしれないな。特星外だから予期せぬ負け方をするかも……。一応、寮にあるとっておきの切り札を持っていくか。
よしよし。前に手に入れた異次元カセットは無事見つかった!これさえあればゲームの主人公のように大量のアイテムを持ち歩くことができるぞ!
ただ異次元がやってくるのを待つ必要があるのと、中の清掃を全くやってないから保存状態が悪そうなのが欠点だな。元々あった資源は全部売ったけど海水やらカビやコケが蔓延している。なるべく手で持つようにしよう。
「そういえば部屋のどこかに異世界行きの割引券があったはず」
旅行費用は少ないほうがいい。ついでに探しててこ。
よーし、特星本部にやってきたぜ。異世界に行くためにはここや勇者社の地下から乗り物に載る必要がある。今回は雑魚ベーの後を追いたいからデータがありそうな特星本部にきたが、多分個人情報だからタダでは教えてもらえないだろう。
「こんなときに困った人を助ける権力者がいればいいんだが」
「なんですか。ノックもなしに入ってきていきなり。ここは本部長室ですよ?」
「おお、特星本部長の御衣がこんなところに!いやー、実は雑魚ベーの行方がわからないからここにならなんかヒントがあるかと思ってさー。見た感じ書類いっぱいあるな」
「ここ数日の特星中の情報がこの個室に集まっていますからねー。でもダメですよ。ここにある情報は一般公開しないものが多いので」
「異世界に行く電車あるじゃん?あれの利用状況みたいなのはないのか?」
「ふむ?異世界ですか。どうでしたかねー、っと」
うお、独りでに1枚のプリントが御衣の差し出した手まで舞い込んだ!えーーーっと、『雑魚ベー:大メインショット郷国』ってなってるな。これが雑魚ベーの行き先か!
「白紙……?って、逆ですねこれ。雑魚ベーさんの行き先は……、へぇー」
「一つ聞いていいか?」
「おっと、先に言っておきますけど行き先は教えませんよ!」
「いや、郷国ってどういう意味かと思ってさ」
「あ、見ましたね?見ちゃダメだって言ったのに、もう……。郷国はですねー、えっと?へー、どうやら故郷のことらしいです」
口ぶりからして能力か何かで調べたっぽいな。額に手を当てただけでわかるのか。
「なるほど?雑魚ベーが里帰りするからまあぴったりといえばぴったりな国名だな」
「まさか。高性能翻訳アメの応用力でそのように訳されたのでしょう。帝国や王国とは違って、国名と併せるようなことはあまりない単語ですから」
ああ、異世界だと日本語が使われてない可能性もあるのか。俺は高性能翻訳アメを食べてるから問題ないといえばないわけだが。食べてないやつを連れて行くときには注意が必要だな。
「ふ、とにかく行き先はわかった。御衣、さっそく乗り物の準備だ!」
「受付は下ですー。コネで無賃乗車しないでくださーい」
「本部長なら融通利くだろ、ケチめ」
「おや、あなたは融通の効かないかも知れない世界に赴くのですよ。そうそう思い通りにことが進むなんて甘さは捨てたほうがいいかもしれませんねー」
「杞憂だな。特星で俺の思い通りの事件が起きたことなど一度もない!」
そして事件を解決できなかったことも一度たりともない!つまり異世界だろうと俺のホームグラウンドだということだ!今回は事件起きてないけどな。
今回の乗り物はダンボール製ではなく、木の皮が全面に貼り付けられた感じのわりとまともなバスだ。ただドアも窓ガラスもないから外に飛び出すことができてしまう。床には一枚、『移動中の下車危険かも』の張り紙がある。……不安は残るが木の皮シートは心地いいからまあいいバスだと思う。
「にしても異世界移動はなれないな」
今回の異世界移動は、周りの景色が虹色の空間かと思えば、様々な空の上からの景色にぐにゃぐにゃ切り替わったりしている。目がすげー疲れる移動時間になりそうだ。
「ただ揺れがないのはいいな。船酔いみたいなのが起きねーし」
「こんなところに暢気に旅する乗り物が一つ」
「え?」
「だが!今からここは俺たち異次元盗賊団がいただく!皆かかれーっ!」
「「「おおーっ!」」」
いつの間にか1人の大男が運転席の隣に立っていて、さらに正面から3人の男が乱入してきた。俺が景色を眺めてるあいだにひそかに侵入してたのか!
「く、バスジャックか!」
「へへ、そうさ。運転席に座ってたらとっくに捕まえてたんだがなー!運のない野郎だぜ。おら、野郎共やっちまいな!」
「「「へい!」」」
バスジャックの部下たちが向かってくる……けど、一列で正面から走ってきている。しかもそこまで速くない。
「電圧圧縮砲!」
「ぐあぁっ!」
「「ぎゃああぁーっ!」」
先頭に居たやつが電気の魔法弾に真正面から喰らい、さらに足を止めた拍子に後続が激突。みんなまとめて感電したようだ。にしても防御の素振りもないなんて……特星の戦闘できない小学生よりも弱いんじゃないか、こいつら。
「ぼ、ボスぅ。体がしびれて……俺はもう」
「ボスーっ、せ、先頭の新入りの体が痙攣して……鼻も折れてて、意識が完全にありませんぜ!」
「あ、鼻は俺の電圧圧縮砲のせいじゃねーからな?後ろから押し倒したお前らが悪い」
「ちっ。座席三つ分しか進めねぇとは。おめえら横に退いてろ!戦闘経験者である俺がお手本を見せてやるぜぇ」
「ボスー!」
「ボース!ボース!」
おっと、そこの雑魚三人組はやはり非戦闘員だったか。大柄の男は腕を回してやる気十分って感じだ。んー、見た感じ武器は持ってなさそうだから小型武器とか素手でくるのかな。外見のわりに魔法とかを使える可能性もあるだろうが。
「なら俺に触れることなく終わらせてやる!空気圧圧縮砲!」
「てめえの技は見切ってんだよ!足砕きスライディング!」
「ちっ、水圧圧縮砲!」
[どがああぁっ!]
「ぐっふぁあっ!」
空気圧圧縮砲はスライディングで避けられたが、次に撃った水の魔法弾は大男の顔をバスの床へと叩きつけた。うんんー、なんでそこで横や後ろに飛び跳ねないかなぁ……。あるいは相殺すればノーダメージだろうに。
「ボスぅーっ!しっかりしてくだせぇ!ボス!……だ、ダメだ。顔が潰れてやがる。それにボス、息してねえぞ!」
「なんて酷いやつなんだ!鬼!外道!コケむした色!」
「いやだってそこまで貧弱とは、って、まてよ?」
よく考えたらこんな異空間でバスジャックする能力があるのに弱すぎるような。俺が敵側なら、あえて敵の攻撃を受けることはしない。だがここは特星外で敵は異世界人だ。あえてやられたふりをして油断させ、頭や心臓を攻撃して、死という状態異常を狙っているのかもしれない。
「御衣も甘さは捨てろって言ってたし。空気圧圧縮砲!」
[どがぁっ!]
「ひ、ひでぇ!ボスの潰れた顔が悪化した!」
「顔中から血が!あ、でもボスが息を吹き返したぞ!」
「なんだって!?こ、これは「ショック療法だ!」」
「え、あれ?本当に死に掛けてたのか、そいつ」
ということは予期せぬ事態とはいえ敵の命を救ってしまったというわけか。いやまあ、殺すつもりはなかったから別にいいけどさ。やっぱり本質的に敵に甘いんだろうな。
「こんなに凄まじいショック療法は初めてだ」
「俺なら死んだほうがましだ!でもボスは死んじゃあいねえ!」
「ボスは生きることを望んだんだ!」
「おまえらさー。なんでそんなに弱いのにバスジャックなんかしてるんだ?」
「おっとそれは愚問だな、鬼のような命の恩人」
「強けりゃ兵士でもやって大儲けさ。ボスの命を救った暴力魔さんよ」
勝者も被害者も治療者も俺なのに酷い言われようだ!こっちは特星外で命の危機だったってのによー!こいつら、一度ボスの息の根でも止めて黙らせてやろうか。
「そもそもだ。お前らこんな異次元空間に乗り込むだけの技術はあるわけだろ。なんで相応の武器一つ持ってないんだよ」
「あー、ダメダメ。俺たちの住んでた世界じゃ武器は作られてねーのよ」
「自動監視で覆われた世界さ。世界中のどこで武器を作ろうが持ち込もうが、ワープで中央の消滅炉行きってわけよ」
「保身大事な偉い奴らのいる都市は安全ってわけよ」
「そして今では、「悪人を異次元に!だもんなー!はははは!」」
「ひえ、さすがは特星からの行き先じゃない異世界……だよな?恐ろしいところもあるもんだ」
「「特星だって?」」
「あれ、知ってるのか?」
「どっかで最近聞いたような」
「不老不死がどうとか聞いたような」
「新入りだ!」
「そうだ新入りから聞いたんだ!」
新入りというと最初に電圧圧縮砲でダウンしたやつか。特殊能力とかは使ってこなかったから来たことまではないと思うが。……まあ特星からはいくつかの異世界に行けるわけだし、新入りとやらが特星の行き先の異世界に居たのかもしれないな。もしくは異世界を渡る中で話を聞いたか。
「もしかしてメインなんとかってところからきたのか?その新入り、名前は?」
「おっと!一緒にいるときは新入りよりも先に俺たちが名乗るのがルール!」
「そして俺たちよりも先にボスが名乗るのがルール!」
「というわけでボス!起きてくだせえ!」
「おはようの時間ですぜ、ボス!」
「お目々ぱちぱちの時間ですぜ、ボス!」
「……いっつもこんな感じの起こし方してんのか?」
「おい!それ以上言うことは許さねえ!」
「ボスの親御さんの起こし方を侮辱することは俺たちが許さねえ!」
「ああそう、悪かったよ。それよりもボス起きてねーぞ」
「「おっかしいなー」」
もしかしてこいつらの口の軽さに恥ずかしくて起きられないんじゃないか?
いや、でも大してダメージのない新入りとやらも寝たままだからな。慣れてない状態でこんな漫才聞いてたら思わず声くらい上げるはず。
「こいつら全員普通に弱いだけか。んー、でも下手にショック療法で起こすと死ぬかもしれないしな」
「ボスは睡眠をご所望だ。撃っちゃならねぇ」
「安眠を望んでいる。騒ぎは厳禁だ」
「ボス、俺の服を掛け布団として捧げますぜ」
「ボス、俺の服を枕にしてお休みくだせえ」
「……起きるまで待つか」
ふむ、バスジャックから一時間くらいが経過したかな。相変わらずボスや新入りは寝たままだが、この盗賊団がある程度異次元空間を歩き慣れてるってことはわかった。行く先々である程度旅行しては、この空間に魔法や機械で送り返されているらしい。
物理的には死ぬはずなのに死なないなんて悪運は相当強いみたいだ。いや、冗談抜きで俺よりも死ぬ確率低いんじゃないか。
「へー、言葉が通じたのは俺で二人目なのか」
「そうだ!ちなみにこの異空間に追放されてから言葉が通じたのは新入りただ一人!俺たちは除くぜ」
「対人戦で初めて勝てた相手も新入りただ一人!勿論俺たちを除いてな!」
「だからボスは言葉の通じる相手だけを狙っていたのさ!」
「だけどこんなモンスターみたいな相手だなんて」
「人の皮を被った人外が敵だなんて」
「あまりに無慈悲!あぁーん、ボスー!」
「涙が止まりやせんぜ、ボス。ボースー!」
遠まわしに褒めてるつもりなんだろうが、特星だとモンスターも人外もたいしたことない相手だから褒められてる気がしないな。
[ひゅん]
「ん?うぉっ!」
[きぃーん!]
ど、どこからともなく斧が飛んできただぞっ!なんとか反射的にハエ叩きで軌道を反らしたが、当たってたら死ぬところだった!
斧の飛んできた方を見ると、運転席の辺りに見知らぬ女子が立っている。ボロ布を巻きつけたような衣服の上に、さらにボロ布のマントのようなものを羽織っている。俺と同年代くらいだろうに、なんかみすぼらしいやつだ。
「んあ?なんで斧が?げ、あ、あの女は!」
「漂流怪物!?「やべえ逃げろー!」」
「待てこら!俺にもあいつの情報を寄越せ」
「離せよー!あいつぁやべーんだって!」
「いくつかの異世界で町民とか殺しまくってたんだよ!俺たちゃまだ死にたくねぇ!」
「この異次元空間で一回、俺たちが奪った乗り物も襲撃されたんだ!そして元々の持ち主は殺された!あいつは罪のない人間だろうと容赦ねえ!」
「そ、そんなに酷いやつなのか?見た感じ、俺たちの会話が終わるのを待ってるみたいだが」
「「確かに」。あのときはなにか事情があったのかも」
「冥土の言葉はもう終わりか。では、死んでもらおうか」
「「「悪いやつだ!」」」
俺はハエ叩きをコートの内側にもどして水鉄砲を構える。他二人は……後部座席左右の窓のふちに腕でぶら下がってそれぞれ中の様子を見ているな。
「ってか、お前らあんなに慕ってたボスは避難させないのか」
「少しでも逃げ遅れたら死ぬからな!」
「ボスは俺たちの命の恩人!俺たちの命を救ってくれた!」
「つまり俺たちの命が一番大事なのさ!ボスは二番!それとボスはいつも見捨てていいと言っていた!」
「だからコートのお前!お前が負けたらボスを見捨てなくちゃならねえ!負けたら恨むからな!」
「安心するがいい。血しぶきの漂流軍曹といわれた私が、五人の血を混ぜ合わせてやろう」
「へ、なーにが血しぶきだ。暴発水鉄砲の異名をもつこの俺が、水の魔法弾で異次元のかなたに洗い飛ばしてやる!水圧圧縮砲!」
「妖刀、血討獣よ。血しぶき開花!」
「刀!?おっと!」
漂流女は背中あたりの布切れから刀を取り出して、水滴のような血をこっちに飛ばしてくる。あいつの武器は斧じゃないのか?一応、防水コートで血は防いでおいたが。
[ずばばぁん!]
「ぐああぁっ!?な、なんだぁ!?」
水圧圧縮砲がはじけ跳ぶと同時に、体に物凄い痛みが!痛みの場所を見てみるとさっき飛ばされた水滴みたいな血が粉のようになって消えていっている。ま、まさかあの血、水圧圧縮砲をかき消す威力で爆発するのか!?
「うぐぐ。怪我はしてないようだが、いってぇ!」
「丈夫なやつ。だが、何滴も耐えることは不可能!血しぶき開花!」
「水滴ならこっちだ!空気圧分裂砲!」
「なに、血集!ぐっ!」
[ずばばぁん!]
空気の魔法弾で血しぶきを相殺する。しかしさっきとは違い魔法弾が触れた時点では爆発せず、空気弾によって跳ね返されてバスに触れた時点で爆発する。……今度は見えた!一粒の血から全方向に空気の刃が発生している!
敵は空気の魔法弾は受けたようだが血しぶきは刀に吸収されていった。ははん、どうやらあの刀から血の爆弾が出入りしてるみたいだ。ふむ、ただの殺人魔がこんなにも強くなるんだ、あのレアアイテムは俺がいただくしかないな!命狙われたし武器没収もやむなし!
「その血しぶきはどこかに付着した時点で爆発するようだな。つまり、俺の空気の魔法弾なら付着はしない!」
「まさか空気を司る力まで持っているとは」
「ほらほら降参したほうがいいぜ!そのレア武器追いていくなら命だけはって、うお!」
[がきいぃん!]
く、バスの運転席から俺のいる後部座席までたった二歩で間合いをつめてきやがった!接近戦はのほうが強いじゃねーか!さて、左手に物持ってると魔法弾の命中精度は下がるが。
「0距離は当たる!水圧」
「血しぶき開花!」
「コートガード!で、血まみれ殺人パンチ!」
[ずばばぁん!]
うぐぐ!血しぶきをコートの胴辺りで防いで、そのままコートの中から殴ったが避けられた!ちょっとまずいな。接近戦の腕前は相手がやや上、防御はなんとか追いつくほどではある。だが、このレベルの相手に接近したまま標準を合わせて撃つのが難しい。なによりも防御ミスするだけで致命傷や死亡とかいうインチキ状態異常で一発退場なのが厄介だ!
「って、ああ!左手がしびれてるー!」
「本来なら手も体もばらばらのはずだが」
「へっ、防刃コートなのさ。薄いから防御力は低いけど」
「しかしもう鞭での防御はできないはずだ。血しぶき開花は大砲をも撃墜できる。しばらくはその左手はまともに機能しないだろう」
「鞭?あー……、確かにハエ叩きでの防御はできないな。水鉄砲だと耐え切れずに壊れるだろうし。俺にもう後はないってわけだ。……だから一応、最終忠告はしておくぜ。レア武器を置いてとっとと逃げ帰るんだな!」
「なに?」
「もう血しぶきもお前自身も俺に近づくことはできないんだよ。例えバスの外から回り込もうと無駄だ。バスの軋みを見れば位置がわかるからな。撃つほうが早いのさ」
「はっ!その話が本当なら、私はすでに撃たれていると思うがな」
「いやだって殺すのは趣味じゃないしー。ちょっとぶっ飛ぶくらいが俺の好きな倒し方なんだよ。まあ、負けるくらいなら殺すけどな!」
水鉄砲をポケットに入れて早撃ちの構えを取る。血しぶきなら空気を、あいつ自身には消滅を撃ち込んでやろう!
「おもしろい。手加減していたというなら本気で殺してみるんだな!血しぶき開花!」
「同時。ならエクサバーストっ!」
[ずがああああああ!]
「なっ、赤色満開!」
[どずがあああああぁん!]
なにぃ!?バカな!エクサバーストを血……というかもはや赤いレーザーみたいな斬撃弾で逸らしやがった!こんなちょっと強いだけの実力であんな真似ができるなんて!
「ば、バカな!幼少から貯め続けてきた1万人以上の血の残弾を、全て使っても……相殺すらできないなんて!そ、そんな……」
[ばりいいぃん!]
「俺のレア武器!!?水圧圧縮砲!」
「あああ。ぐ、あああぁっ!」
って、これ水鉄砲じゃなくてエクサスターガン!このままじゃバスの床に落ちちまう!危険人物みたいだし悪いが乗車拒否だ!
「もう一発、水圧圧縮砲!」
「ぐうぅ!お、のれぇ……!」
あ、あれ?一応、フロントガラスから場外には追い出せたようだが。なーんか手ごたえがないな。そういや、バスジャックのボスの顔に撃った水圧圧縮砲も今思えばそこまで威力なかったような。
「水鉄砲の故障か?って、それよりレア武器は、ああ、砕けてる」
殺人女の持ってた刀は粉々に砕けて、粉のような破片がいくつか床に散らばっている。さっき砕けたときに結構バスの外に流れていったみたいだしなぁ。あのアホ殺人魔め、よりにもよってエクサバーストを武器で無理やり受け流しやがって!
「おいおいおいおい!あの漂流怪物を倒しちまったぜ!」
「ああ!やっぱりこいつも怪物だったな!バスの側面と天井を消滅させやがったし!」
いつの間にか後部座席横の窓にいたバスジャックの部下2匹が戻ってきてる。今までずっと外から窓枠にあたる部分にぶら下がってたのか?
「しかもやられるくらいなら殺すだってよ!」
「あれ、じゃあ俺たちやボスも危なくね?」
「このカビ色襲ったしやばくね?」
「いや……お前らは別に。例え4人がかりでも負ける気しないし」
正直、あの殺人鬼をぶっとばしたのは強かったからっていうのもある。素手でもエクサバーストなしの俺より接近戦強いかもだし。そもそも最初に斧投げてきたから隠し武器があるかもしれない。他にあるかもしれない奴のレア武器を狙うには、エクサスターバーストなしじゃきついぜ。
「おい聞いたか!襲ったのに許してくれるってよ!」
「マジか!やったー!じゃあそこに刺さってる斧で襲い掛かろうぜ!」
「一方的に攻撃してボスの敵討ちしてやんよ!」
「そうか?なら丁度いいな。斧を拾うまで水鉄砲はしまっておくか。………………なんで拾わないんだ?」
「「やっぱいいです」」
ちっ、せっかく水鉄砲の調子を確認するために的にしようかと思ったのに。とはいえ魔法弾が出るってことは水鉄砲の機能自体は失ってはいないんだろうけど、うーん。
「にしてもあの漂流ちゃん、なんで最後外に吹っ飛ばしたんだよー」
「そうだそうだ!武器壊れて無防備だったのによー」
「言葉通じるから告白したかったのに!」
「寝ているから目覚めのキスをしたかったのに!」
「武器を隠し持ってないかボディを隈なく調べたかったのに!」
「眠り姫を連れて愛の国へ旅立ちたかったのに!」
「悪いけどお前ら悪党とは物の見えかたが違うんでね。ってか、言葉通じてたってことはお前たちの世界から来たんじゃないの、あの殺人犯」
「いや、俺たちの世界では武器は持てないのさ」
「多分、俺たちのいた世界と交流のある異世界から来たんだろう」
「どの交流先よりも技術力があるから、俺たちの言葉は交流先の各位世界で使われているらしい」
「お前もそうじゃないのか?」
「いや、特星の場合はどの言語でも……ん?まあなんか特殊なんだよ」
そういえばこいつらって翻訳を通して話してるんだったな。……へー、あまりにも違和感がなかったから気にしてなかったが、日本語翻訳に合わせて口も動いてる。ていうか体の呼吸の動きとかも翻訳合わせて動いてるな。
「ふーん」
「ど、どうしたんだ?急に動くコケからただのコケみたいな存在に」
「まじまじと俺たちを見つめている」
「顔を潰したいという目だ!」
「撃ち殺してやりたいという目だ!」
「んー、ちょっとお前ら黙ってろ」
……ふむ。よーく見ればわかることだが、空気の流れはこいつらの息遣いに連動していない!ちぇ、つまんねーの。ちょっとだけここが地球で、特星や異世界を皆が演じているのかと思ったんだけどな。他全員がただの地球人なら間違いなく俺が魔法弾で最強だったろうに。
とりあえず特星の翻訳は幻術みたいな力が使われてるみたいだ。言葉だけじゃなくて口の動きとかも翻訳されてる。特殊能力が異世界まで届くかは怪しいし、よくて魔法だけど、高性能翻訳アメが俺の体に寄生してるとかありそう。
「……ぶるぶる。お前らのせいでホラーみたいなこと思いついちまったじゃねーか!撃ってやろうか!」
「いきなり理不尽だ!」
「やっぱり暴力男だ!」
「……まあコート神なら大丈夫か。せっかくだ、旅行で新しい発見ができたとポジティブにいこう」
相手の口に魔法弾を撃ちこむ展開がもしかしたらいつかあるかもしれないし、そういうときに役立つかもしれないからな。毒にも薬にもならないことだろうと情報は多いほうがいいはず。
「おや、景色の変化がなくなった。どうやら到着したみたいだな」
「そういえばこのバスはどこへ向かってたんだ?」
「さあ?ここが不老不死と噂の特星?」
「いや。ここは子供を使役する悪徳貴族一家候補の住む世界、えーっと…………んー、雑魚ベーの故郷!」
ついに雑魚ベーの故郷に到着した!さあ、悪の本拠地である雑魚ベーの居場所を探してスパイ活動するとしよう!所詮は雑魚ベー一家だ、水鉄砲が不調でも俺には一切負ける要素はない!お土産もコンプリートだ!