七話 巨額の財宝ストーリーの行方
@悟視点@
暑さも引き、室内にも乾いた風が流れ込む秋の季節。正者の事件以降、寮の部屋に篭る日々が続いている。……すべてはこの数百兆もある俺の資産を封じたカセットを守り抜くためだ。そのため正者のお宝獲得戦勝パーティは開いてないし、今年の夏はあまり人と会っていない。
「気晴らしの体操も、こんな時間じゃないとやってられん」
今の時間は早朝四時!当然カセットはコートのポケットに厳重保管してある。体操中に泥棒が家に入ったら目も当てられないからな。風呂だろうとトイレだろうと肌身離さず持ち歩いている。どうせ風呂もトイレもコートなしだと十数秒ほどで気絶してしまう身だし、体の一部にポケットがついてるようなもんだ。
「おや悟君。こんな朝になにを」
「うおおっ!?水圧圧縮砲!」
「え、あのぐふぅ!?」
はっ!しまった、後ろから不意打ちで声をかける攻撃をされてつい反撃を!しかも、あれは、……校長っ!ま、まずいぞ。よりにもよって、正者の財産のことを知っている校長がここに来るってことは。いつも金がなくて学校に住んでいる校長がわざわざ、こんな時間に、この寮にやってきたってことは……!
「いたたぁ。悟君~、こんな風に不意打ちしてはダメですよ。ベリーベリーひりひりします……」
「ふ、ふふっ。……こんな時間に外に出てるほうが悪いってもんだぜ、校長。わざわざ寮までなんのようだ?」
「ああいえ。時間は、慌ててきたものですから。そういえばまだ日も昇っていませんね。……用というのは、私の兄、正者の盗んだお宝のことです」
やっぱりか!校長は俺のお宝を狙ってやってきたというわけだ!そりゃ数百兆セルにも匹敵する財産だからな。俺が持っていると知っていて、狙わないほうがおかしい。
「俺が手に入れたからには宝は全部俺のものだ!塵一つでも持っていこうってつもりなら、悪いが痛い目に遭ってもらう!」
「やはり、やはり見つけていましたか……!君ならやってくれると信じていました!私がずっと見つけられなかったものを、わずか数ヶ月で見つけるなんて!」
数ヶ月どころか一週間も経たないうちに見つけたけどな。……正直、二割くらいは盗賊ドラゴンの皿々が見つけてくれたようなものだ。校長だって正者のお宝の情報を教えてくれた。俺だけの功績じゃない。
だからといって、宝をやるかっていえばそうでもないけどな!
「いいでしょう。ここからは君からお宝を譲ってもらうステップです。私が勝ったら、話だけでも聞いていただきます!波動雨!」
「上か!俺の物を狙おうなんて百年早いっ!水圧分裂砲!」
空から降り注ぐレーザーっぽい波動の軌道を変えた。いくつかは校長のほうへと飛んでいくぜ。さあ、自分の技で自滅しな!
「むむ。波動人形君で守ります。ついでに攻撃も!」
人型の波動二匹が空中のレーザーに向かって、一匹こっちか。あまいな!三匹俺に向かわせても足止めできないだろうに!
「その程度の波動は撃ちぬく!水圧圧縮砲!」
[ずがっ。どかああぁっ!]
「う、ああぁっ!」
よし。水の魔法弾が校長に直撃した。こっちに向かってきてた人型波動も見事に粉砕したな。立ち上がる気配がないけどもう終わりか?
「いたたーぁ。降参です降参。思ってたよりすごく技が重い。ううう、長期休暇前の授業では波動人形君で相殺できていたはずなのにー」
「長期休暇前って。いつの時代だよ……」
「感覚的にはほんの数ヶ月前くらいのことのように思います。ええ本当に」
この人はもしかして寝ながら動き回っているんだろうか。俺の時間感覚とは百倍くらいの差はありそうだ。いや本当に。
「仕方ありません。友の宝はまた取りにきます」
「ん?あ、ちょ、ちょっと待った校長!」
「はい?」
そうだ、どーでもいいことだから忘れていた!校長が探してる宝はお金じゃなくて物品のほうだ!なんだたっけ。確か、正者に盗まれた物品の中に、親友の宝があるとか。
今、莫大な財産が全部カセットにある状態だ。そんな状態で校長に後を追われるのは超厄介!校長の波動によるワープや飼い猫の空間能力の前では、俺の警戒なんて何の意味も持たない!ここは、敵視される前に、盗まれたお宝とやらを取ってきてやるべきだろう。
「なんだ、その、校長の話はちゃんと聞いてたんだけどな。ちょっとしたど忘れなんだけどー。盗まれたお宝はどういうものって言ってましたかねー?」
「え?……そういえば言ってませんでしたね」
「おい!」
「とはいえ私も知らないんですよ。当時、お宝を盗まれた親友は半狂乱状態でしたし。その後何度か会ったときには、まあ、互いに命を削りあう戦いに没頭していてそれどころでは」
「命を削りあうって、地球で?」
「はい。あ、地球といっても昔の話ですよ。彼は今、幽霊としてこの特星をさまよっています」
「しっかり死んでるじゃねーか!」
「でも星とか宇宙が好きな人なので望遠鏡とか星座図鑑かも。彼の部屋にはそういうものばっかりありましたから。あとはなびき易い白衣マントとか」
最後のはちょっとわかる。俺もなびき易さ重視のマント型コートはいくつか持ってるからな。ま、白衣が風でなびいてかっこよく決まるかどうかは怪しいところだが。
そういえば、正者財宝を探し中に白衣着てる幽霊に会ったな。校長をやたら恨んでる感じの。もしかしてあいつが校長の親友なんじゃないか。確か名前は、ベリー!俺が知っている幽霊の中で唯一、白衣を身にまとっていたレア種だ。
「校長!その知り合いというのはもしかすると、ベリーという名前だったりするか?」
「なっ!悟君、まさかベリーに会ったのですか!?」
「なるほど。ああ、確かに会ったぜ。口と頭が悪そうな感じだったけどな。ヒントと思わせた偽情報を、……あ」
そういや、正者の宝の隠し場所を教えてくれた擬人化望遠鏡がいたが。あいつ、毬の島内に居る持ち主に会わせろとか言ってたな。ベリーと遭遇したのが、毬の島のアミュリー神社の同日。はっはん。今日もなんだか冴えてるぞ。
「校長校長。俺の部屋に望遠鏡があるんだが、探し物、それかもしれないぜ」
「え。ええっ!?あ、えっと、急にすごいですね。その、進展が!確かに彼なら望遠鏡は持ってそうですけど」
校長が動揺してるみたいだ。だけど俺としては、この展開が正解であってくれるのが一番手っ取り早くて、一番謎を解いた感があるから多分間違いない。もし仮に探し物とは違っていても、何年も掛けて探してるものだし、間違えるくらいで校長怒らないだろ。
望遠鏡が持ち主探しに毬の島に来たとき、ベリーは毬の島にいた!そして望遠鏡との遭遇時には思いつかなかったが、正者の盗品である望遠鏡の持ち主ってことは、平成31年に日本にいた人物ってことだ。特星住民の多くは当てはまらないっ!
「その望遠鏡で当たりなのかは本人じゃないとわからない。が、正者に盗まれた全盗品の中でもかなり当たりに近いと思うぞ。校長、波動で俺の部屋に入っていいから、望遠鏡をベリーに見せて確認するべきだ」
「悟君……。恩に着ます!波動ワープ!」
校長は波動の中に消えていく。ふう~、なんとか俺の持ってるカセットから離れてくれたか。しかし予想が外れたら俺のカセットはいつまでも危機的状況のままだな、これだと。仕方ない、カセット以外の保管場所も用意するか。
とりあえず金とそれ以外の物は別々に保管しておきたいな。校長の探し物が俺の部屋にある望遠鏡じゃなかった場合、正者の盗品の中にある可能性が高い。いざというとき、金だけでも手元に残るようにしなくては。
「とはいえ、手元に持ち歩けない金庫とかは不安が……うーん」
「大金でも手に入れたのですか?」
「なっ!って、遠い!」
真後ろからの声がしたから振り返りながら殴ったのに、ちょっと離れた位置にいやがる。声の主は、流双だ!こいつまだ特星にいたのか。
「ティーン・カ・シャット。振り返る前にすでにあなたの意識は少しだけ奪われていました。もっとも、わたくしの身体能力であれば特殊能力なしでも避けられますが」
「流双!お前、一体何のようだ!?」
「用というか。ぶらぶらしていたら知った顔がいたので、からかって差し上げようかと。ね」
ん?流双の手に持ってるのはキャッシュカード?口座でも作ったってのか?でも、なんで見せびらかすような動きで?
「って、まさか俺の!?っと?」
「はい、返しました。加減して投げたのですが、よくキャッチできましたね」
「お前なー。用がないなら帰れよー……」
「あら冷たい。こうみえても同じく信仰を糧にする者として、あなたには多少の仲間意識を持っているのですよ。なんなら養子にでもなります?」
「やだよ。お前悪役っぽいもん」
「とてもホワイトな家庭ですよ。あなたの信仰力なら支配した宇宙の統治権をいくつかつけてもいいですけど。ね?ね?」
「邪神みたいな奴……。ってか、主人公がそんな真似できるか!もう行くっ」
「そうですか。では最後にお金で思いついたことなのですが。私の持つような強すぎる力はお金では計り知れない価値があると思いません?」
先へ行こう。今日の流双は自慢話が多そうだ。
流双と会って以降は特に敵とも知り合いとも会うことなく帝国に着いた。船の移動時間がやっぱり長いな。もう昼前くらいだ。
帝国の街は小学生くらいの女の子がちらほらうろついてる。……前に来たときよりも人通りが少ない感じがするな。港から帝国城までのこのエリアは宿屋や飯屋が多いから、この時間帯は混みそうなもんだが。アルテが寄せ集めた女子たちが飽きて帰ったのかな。
[がららら]
「ぬ。貴様はいつぞやの小僧」
「ん?あ、お前は、無双っ!なんで帝国に」
相変わらずの鎧姿でどうみても不審者みたいっていうか、この場に不釣合いだ。中華料理店から出てきたってことは飯を食ってたのか。
「なぜ、だと?愚かな。見てわからぬのか」
「飯食ってたんだろ」
「阿呆め。この帝国という国を見よ……!人を集め、数の力を蓄えているではないかっ。この星にしては珍しく賢しい判断であり、まさに我輩と組むにふさわしい国である!そう考えて同盟を結びにきたのだがな」
「あー。でも最近アルテの奴、話聞いてくれないからなー」
「そうだ。それに帝国小娘とは以前手合わせをしたことがあるが、今回は訳が違う。あの者の近くにはなにもしてはいないが別の小娘がいた。我輩は一人……!敵は二人っ!圧倒的数の力によって我輩はいつの間にか追い返されていたのだ。数の力を手中に収めた知将、といったところか」
なるほど。つまりアルテとタイマン勝負して追い払われたってわけか。数の力関係ねーけど。
「我輩は数の力が必要だと考え、この店の店主を篭絡するために入店した。やはり中華料理は良いものだな。名槍を譲ってまで満漢全席を食べた甲斐があるというものだ」
「目的変わってるぞ……」
そういえば今日の無双は槍みたいなのを持ってないが、中華料理食うためだけに譲ったのか。脅してただ食いとかはしてないんだな。侵略者なのに。
「あ、そうだ。さっき流双に会ったぞ。瞑宰京の港近くで」
「ほう。流双の機嫌はどうだった」
「機嫌ー?自慢話が多いし悪くはないと思うけど。喧嘩でもしてんのか?」
「いや……。この星で奴が暴れると、我輩の愛する中華文化の本元にまで被害が及ぶからな。機嫌がいいなら問題ない。いらぬ心配だろう」
「流双が?確か前にも強そうな感じにいってたけど。あいつ本当に強いのか?俺、あいつにタイマンですら負けたことないぜ」
「強くはない。技術も知略も判断も並以下といえる。にもかかわらず策を巡らせ自滅するから奴との勝負に勝つだけなら容易いことだ。だが」
「だが?」
「身体能力は高い。流双が渾身の一撃を放てば、衝撃波で周囲の星は塵となり、余波で多くの星が焦土と化す。我輩たちと違い、あやつに全力の衝撃波をまとめる術はない。爆発するかのように拡散する」
「衝撃波を?……まとめるだって?」
「そうだ。我輩は例え全身全霊で空間を貫く槍を突き出そうと、次元を割く太刀を振るおうと、宇宙を滅ぼす数の兵を繰り出そうと、我が思いを馳せる国に一切の被害が出ない一手を指すことができる。一切の加減なしに、だ」
そういえば羽双の攻撃とかもとんでもない威力なのに爆発しないな。……兵で被害が出ないのは別問題なんじゃ?
「人間時代の我が一族には、将として人や力をまとめる技術があった。我輩はそれを衝撃波制御にまで発展させ、羽双や流双にも教えた。しかし流双には……どうにも根本的に合わなかったらしい。だから今、流双が機嫌を損ねて全力を振るえば、我輩の望む国が消えてしまうというわけだ。……奴の性格上まずないとは思うが」
「あんたの一家の破壊力はどうかしてるぜ」
「創作物において、英雄は宇宙を滅ぼす敵すらも倒せると聞く」
「え?ああ……大体主人公サイドだからな。英雄って」
「英雄といえども元はただの人間。どれだけ名を上げておっても、個人に対する信仰などでは並外れた人間として扱われるのが関の山。人間離れした力など持てぬ。だから英雄時代初期の我輩は……当時の偉業である天下無双に習い、無双へと名を変えたのだっ」
「無双に?な、お前、きたねーぞ!すげー小賢しい気配がするっ!」
「黙れぃ!名前への信仰とは違い、言葉への信仰依存というのは言葉の衰退や変質の影響を大きく受ける。……しかし無双と言う言葉は我輩の想像以上に強くなった!我輩の場合、言葉が偶々よい方向へ変質しただけのことっ。甘く考えるなよ、小僧」
「ふん。だが、あんたの方法は流双や羽双には当てはまらないんじゃないか。ていうか羽双は英雄じゃなくて人間だし」
「羽双に関しては見当もつかぬな。……いかん。長話しすぎた。次こそは中華料理店の店員を篭絡しなくては」
「まだ食うつもりか。最後にちょっと気になったんだけど、あんたいつ生まれだよ」
「戦乱の時代。今でいう戦国時代である。我輩の話を聞きたければまた姿を現すことだ」
無双のやつは、向かいの中華料理店に入っていった。結構な長話になったもんだ。信仰話は最近俺の中でマイブームになってるからついつい聞き入ってしまった。
にしても戦国時代……って、江戸よりは昔だったよな、多分。……たしか、平成に起こった正者事件によって幽霊とかが現れるようになったと記紀弥は言ってた。魔法の存在にいたってはさらに後の隕石到来後だとも。なのに創作では幽霊魔法同様ファンタジー側に分類されそうな英雄とかはそれ以前にいたのか。神だったら俺の爺さん世代に黒悟が生まれたから正者事件以前に存在してるのも納得なんだが。……神や英雄が存在していたのに、昔の記紀弥……というか地球人が幽霊や魔法を信じていなかった理由がよくわかんないな。
[がしゃんがしゃん]
無双の入った中華店内から金属を落とすような音が。って、扉に踊っているかのような奇妙な影がっ!足元にはなにかの影が積まれていく。って、無双のやつ鎧脱いでるのか?あいつ、中華料理食うだけで身包み全部剥がされるんじゃないだろうか。
帝国城に入ったはいいが皿々の姿が見当たらないな。前に皿々がいた部屋には住んでる痕跡はあったが誰もいないし、アルテと話してたのは知らない女の子だった。んんー、アルテに居場所を聞くべきだったか?でもあいつ強制帰宅させてくるからなぁ。……正直、船に乗ってる時間が一番退屈でしんどいしー。うん。帝国城内と城下町を探して皿々がいなかったときだけアルテに頼ろう。
「じゃあ戻って人の多いところに、って、もう居たぁ!?」
「あん?って、やっぱりあんたか。その水鉄砲で濡れた苔みたいな服ですぐにわかったよ」
これのどこが苔コートだっ!後ろを振り返ったところにいたのは皿々、それとあとは見知らぬメイド服の女の子か。メイド服のほうは皿々だとか島によくいるような小学生よりかは背が小さい。アルテやゲージと同程度かな。
「相変わらず偉そうな奴ー。まあいいさ。やい皿々!このカセットの封印とやらを解きやがれっ!」
「んー?いや封印ってあんた、解けてるよ、それ」
……えっ?ああいやそうか。封印が解けていたから正者の宝を守護するモンスターが逃げたんだっけか。えーと、じゃあ宝の取り出し方を聞きにきたんだな。
「じゃあこれに保管されていた宝の取り出し方を教えてもらおうか!保管庫の入り方でもいいぞっ!」
「ちょっとちょっと。あまりアルテちゃんのお客様を困らせないでください。皿々さんはやんちゃしてた頃の黒歴史をアルテちゃんと旅した疲れが残っているんですっ」
皿々のやんちゃしてた頃っていうけど、盗っ人として人を襲ってる今こそ、まさにやんちゃしてるといえるんじゃないだろうか。
「…………あんたねぇ……っ」
「はっ。ご、ごめんなさい皿々さんっ。ほんの意地悪のつもりで言っただけなんです。悪戯心が抑えられなくて、私」
「いやそんな面白そうな話は後でいいけど。もう答えを聞くだけだから邪魔するなよこんなタイミングで」
「そうでしたか。なるほど。すみませんでしたお客様。続きをどうぞ」
「あ、ああ。えー、結局の話、カセットの中身の取り出し方がわからないんだよ」
「それは」
「その秘密は私がいる限り永久に渡させませんよっ」
「なんだこの悪意のあるメイドはっ!?」
メイドがまたもや話を遮ったぞ!しかも今回は相当わざとらしくだ。どうやら喧嘩を売られてるようだな。さてどうしたものか。皿々は話す気がありそうな感じだしわざわざ倒す必要はないかもしれないが。
「ある意味間違いではないねぇ。こいつがいる間は邪魔されると思うわよ」
「マジかよ!おいメイド!わざわざ俺の邪魔をして、なにが目的だ!」
「い、いえ、本当にただの趣味なんです。怒らせたいとか悲しませたいとかじゃなくて。皿々さんが立ち直るのを何日か遅らせたり、あなた様が簡単に答えを知るのを防いだり。遠回りさせたり他人の手間を増やすのが好きなんですっ。問題がすぐに解決するのは味気なくてダメなんです……」
「今までに会ったことのない方向性の性質の悪さだな。だが、要するにお前を倒せば」
「それが私を倒せばいいという話でもないのです」
「なに?どういうことだ?」
「…………あ、いえ、そういう話なのですがそんなに結論を急いでほしくなくて」
「水圧圧縮砲!」
「お待ちを」
「……え?」
俺の作った魔法弾が発射されることなく銃口にくっついている!なんだこれ!メイドが手をかざして魔法弾の動きを止めたってのか?ま、まずいんじゃないかこれ。アルテの知り合いみたいだしやベー能力持ちなんじゃ。
[どがああぁっ!]
メイドが横に避けると同時に魔法弾も動きだして壁を一部粉砕する。動きが止まっていたのはほんの少しの間だが、もしも俺の動きも止めれるとすれば相当厄介だな。
「くっ」
「えっと。誤った答えを早々に出してしまう前にお伝えしておきますが。私の能力はとても複雑で広く応用の利くものです。しかしながら、使用条件のようなものがあり大きなアドバンテージを得るのは難しいのです」
ふん、わざわざヒントを与えるとは余裕だな。使用条件のある特殊能力か。似たようなので思い当たるのが、天利の物語の能力なんかは複雑だけどMPの範囲内でならなんでもできる能力だったな。なんでもできる分長い条件設定がいるって感じの。なら予期せぬ事態に弱いっ!
「まずは油圧」
「お静かに」
「圧縮砲!…………で、出な」
[どがばしゃあぁっ!]
「た、タイミングがずれて出たっ!一体どういうっておわっ!」
[がぁんっ!]
ちっ、腕にメイドの投げた金属花瓶を喰らっちまったか!この辺はすごい広い通路だが、その辺に台や装飾品が置いてあるな。多分それを投げたんだろう。
「ふうん。一つ前のとは違って魔法弾の出現がそもそも遅かったねぇ」
「って、皿々。いつの間に通路の端に」
「慌てずに。それっ」
今度は俺の頭上高くにつぼを投げてくる。まだ結構高い位置だし相殺するのは簡単だが特殊能力のタイミングずらしがあるからな。
「避けてから……って、体が!?うおっ」
「ずてん!がしゃあん!」
……一瞬体が硬直したからバランスをくずしたな、今。そしてつぼの一撃。地味に痛いだけだから戦闘不能には程遠いが、あのヤロー!
「もう少しまともな攻撃手段はないのかよお前はー!その辺のもの適当に使って、戦闘してる気がしないぜ!」
「そ、そっちだって水鉄砲じゃないですかー」
「その通り!水圧分裂砲!」
「お待、わっ、いたたた!」
っと。今度は止められることはなかったな。メイドは大量の拳ほどの水の魔法弾を浴びながら逃げ回っている。タイミングをずらせるのは一つとかなのかもしかして。
「じゃあこのままでいいか」
「やあぁー!待って待って本当痛いです!降参!降参しますー!」
「あ、勝った。なんて地味な勝利だ」
「ほんの悪戯心なのにー!わからずやー!」
あ、メイドが逃げた。なんだかんだでたいした敵じゃなかったみたいだな。まあメイドってボスの下っ端的なイメージだし。偉いやつの側近とかでもなければあんなもんかな。
「おや、もう終わったんだ。折角あたいが性格にあった悪行理論を教えてやったのに。ふがいないねぇ」
「って、皿々ー!お前が元凶かっ!」
「あ、やべ。でもほらあたいはあのメイドにまっさきに被害にあったんだよ!ていうか一番ダメージ大きいの多分あたいだし……。っと、ああそうだ。カセットに入るための鍵、戦いの間に作っといたよ。ほら」
「おお!って、この鍵で入れるのか?鍵穴ないけど」
皿々から渡された真っ黒な鍵は、もはや鍵というか指くらいのサイズの薄板にしか見えない。カセットにはこれを差し込む場所はなさそうだが?
「端子部分をその鍵でこすっていれば入れるわ。錬金術って液体を混ぜ合わせるイメージが強いけど、これは固形物を使った錬金術……の技術を使った道具ね」
「錬金術じゃないのか?」
「どーだろー。固体同士こすりつけて、カセット端子の物質変化させて、保管庫空間の物質と反応し合って、保管庫空間を引きつけるっていう仕組みなんだろうけどー。錬金術は引き金っていうかおまけみたいみたいな感じなのよねー。あとは物質くらい?」
「うへ。保管庫一つにそんな大掛かりな仕掛けがされてるのか」
「いやいや、別空間への道を毎回作るよりは相当楽な仕組みよこれ。……あたいは空関系統は専門外だけど、旧友のドラゴンの話では、別空間への道はちょっと座標がずれるだけで一から作り直しだとか。住処が星にあるから動きっぱなしでやってられないって頭抱えてたわ。必要エネルギーも尋常じゃないし」
へえー。そのドラゴン、バカっぽい猫が簡単に空間を作ったり行き来してるのを目の当たりにしたらすげーショックだろうな。俺ならショックで間違いなくゲージをぶっ倒すだろうぜ。
「あとは空間を引き付けたときの副作用だけど……。まあ携帯用保管庫としてはちゃんと作られてそうだし、魔法とかでなんとかしてるんじゃない?多分」
「ええっ。あ、あのー。正者の異世界とか消失してるらしいし対策してなかったらやばいんじゃ」
「この端子の量なら大丈夫でしょ。引き寄せられる空間は大したことないよ多分。周囲の建物が数件ほどぶっ飛ぶか保管庫行きになるだけさ。旧友のドラゴンも言ってたよ。空間は作るときと消すときがやばいって」
「そうか?じゃあ人気のないところで試してみるかな。今回は世話になったな」
「ふん、運がよかったねぇ。あたいが疲れてなかったらメイドごとあんたを倒してたわ。……さてと、今度はどいつに悪い遊びを教えようか」
……どうやら帝国は悪に染まりつつあるようだ。いつか敵として悪の帝国が俺の前に立ちふさがるかもしれない。おお、ちょっとこういうシチュエーションは俺好みでいいな!くくく、主人公に討たれるレベルの立派な悪に育つことだっ!
さてアルテに家まで送ってもらうか。船は時間がかかるし。
アルテが見つからず、結局港で船を待つことになってしまった。まあいい。船が来るまでしばらく時間がかかることだし、この海岸で保管庫の中身を確認しようじゃないか。俺もかっこよく空間をフル活用するとしようっ!
「さあ!俺の莫大な資金が封じられた守りの間よ!持ち主である俺の前に現れやがれっ!」
[ざりざりざりざりざりざりざりざりざりざり]
「…………お。海から空までになにか。光の当たりかたに変化が」
[ざりざりざりざりざりっどごござばあああああぁんっ!]
うおっ!空気をぶち破ったかのような感じで大穴が出現した!このサイズ、横縦共に学校の校舎くらいはあるんじゃないのかっ!地面というか海から生えるように存在してるな。俺を導くかのように海水や砂を飲み込んでバランスが……って!
「やべえ、流されてる!横穴みたいだが流れがつよいっ!引き込まれる!ひええ!」
[ざああああああぁっ!どかっ]
「うがっ!はぁ、と、止まった。いいところに壁があって助かった……」
「それは壁ではない。また盗っ人が手を触れるべきでも。断罪っ!」
「な!あぶなっ!」
さっきまで俺のいたところにでかい剣が突き刺さって……で、でかい。何だあの刃。部屋用窓ガラスをこう、縦に三、四枚くっつけたみてーな大きさだ。
そしてそれを持ってるのは、剣と同じくらいのサイズの人のような影。というか霧?奴の全身から蒸気みたいに黒い霧が空気中に散って消えている。
「また魔物か。錬金術関係だとまともに人と出会えないな」
「これまで、次元を超えてこの空間に侵入するものを何人も始末してきたが。保管された資産に触れられたのは初めてだ。ひょっとしてすごい奴なのか」
「すごい奴だぞ!……あの、もしかしてこの壁が日本のお金なの?」
「そうだ。保管物を調べて盗みに来るとは。殊勝な心がけだな」
「こ、こんなに山積みになってるのか!すげえ。海水や剣でやられた分なんて誤差だなこりゃ」
「……逃げた二人のせいにしよう」
「え?」
「なにも。ここまで被害を出したお前に敬意を表し、侵入者相手には異例というか初めてのことではあるのだがな?特別に自己紹介をしてやる。我が名は異空偉臣。白毛のうさぎ人間が好きだ。お前、私お手製の着ぐるみを着てはみないか?」
「だ、誰がそんな奇怪なもの着るかーっ!ボケてるのかお前!」
そもそも侵入者相手にうさぎの着ぐるみなんか着せてどうするってんだ……。俺が怪人役で、悟ンジャーごっこでもしようってのか?なんかもっとこう、能力とか弱点とかそういう情報はないのかな。
「本当に着ないというつもりか?絶対似合うのと思うのだが。それに私はこの保管庫の忠実な守護者。侵入者の確実な排除などにより保管物を守っているというわけだ。侵入者を許すわけにはいかない。……でも私の作った着ぐるみが偶々なんかなぜか動いていてもそれは不思議なことでもなんでもない」
「さてはサボり魔だなお前」
「どうだか。この保管庫には私以外に王と番人がいたのだが。王は保管庫入り口の封印が解ける前に、番人は封印が解けてから保管庫を去った。私がここにいるのは命令に忠実だからに他ならない」
「この紙幣、海水に浸かってるぜ」
「誤差である。ふん、邪魔な王たちが去ってから初の侵入者なのに残念だ。では今まで空間を越えてきた盗っ人たちのように死ぬのだっ」
「げっ」
[ずばばどがあああぁっ!]
異空偉臣のでかい剣が札束の壁をなぎ払いながら迫ってきたが、なんとか身をかがめて避けることができたっ!く、俺の勝利報酬を次々とっ!
この空間は特星範囲内にあるから不老不死オーラの効果は届いているだろうが。あんな破壊力ありそうな技は普通に喰らいたくないな!
「もう許さん!水圧圧縮砲!」
「魔法?ふんっ」
[どかあぁんっ!]
「うわっ?思ったより強いようだ」
「防がれた!?パワー系っぽいのに鈍くねーのか!」
あの敵!剣の側面を盾にして水の魔法弾を防ぎやがった。ゲームとかだと、一方向を防御するタイプってのは背後に回りこむのがセオリーだが、この動きにくい水のフィールドであのサイズ相手に後ろを取るのはきついか。
「並の魔法ではないようだ。しかしその小さな身で我が一撃は受け止められまい……!死してうさぎ皮に入るがいい!ふーんっ」
[ぶおおぉんっ!]
「これは、受け止めるのは無理か。そんな必要ねーけどな!」
[ずがぎぃんああああぁん!]
敵が巨大な剣を振り上げると同時に水鉄砲ごと手をポケットに入れ、敵の巨剣が振り下ろされると同時に手にしたエクサスターガンで撃つ。当然威力は最大出力。敵の剣はまあ見事に刃の部分が四分の一ほどになってしまったな。
「な、なに!?私の残酷ソードが、破られた!」
「エクサバースト。防御不能の一撃必殺技だ。これ以上やるっていうなら容赦しねーけど」
「そのような魔法があるとは。ああよせ、降参だ。死ぬときはもふもふしながらと決めているのでな」
「熊でも潰れるんじゃないか。まあいいや。じゃあここの保管物は俺が全部貰うから。お前、えー、異空偉臣だったか。お前は換金が終わるまでは今までどおり侵入者に警戒しておいてくれ」
あ、でも正者の願いをかなえるためにここにいるなら無理か?確か錬金術の化け物とかは正者を嫌々手伝ってるそぶりだったし、なんか契約とかで決まってるのかも。
「構わぬよ」
「って、いいのか?なんか、正者との契約とかあるんじゃないのか?」
「ああいや。正者と契約しているのは王であって私ではない。私と番人は願いをかなえてくれるというから王の元で働いているんだ。正者が保管庫の中身を持ち出すまでの間な」
「王って、錬金術の化け物か。……いいのか?俺、ここにある物全部貰うつもりだけど」
「いいさ。あいつ願いかなえずに逃げやがったから。数年前に、錬金術と相性のいいエネルギーを見つけたとか言って出ていったんだ」
「へー。むしろお前はよく残り続けたな。数年もこんなところで」
「正者の連れのうさぎ人間と会いたくてつい。いや、とはいえ出入り口は封印されてたから出たくても無理だった。番人である異空星臣というやつは二十年目あたりから外に出たがっていたが、最近封印が解かれるまではずっと叶わなかった」
前にアルテに捕まってたやつだな。そっか。長い年月閉じ込められててやっと出られたのに、また閉じ込められたのか。しかもいわくつきの変なバッジに。可哀想にな。……今度アルテにあったらこの話だけでも教えておこう。
「そのせいか、最初人類を消滅させたいという願いだったのだが、最近では全生物をホームシック即死させたいという願いになっていたよ」
「奴にはもうしばらくバッジで過ごしてもらおう」
ひとまず生物の危機は去った!
宝の確認もしたし、この船が瞑宰京の港に着いたら勇者社に向かうだけだ。ただ換金の価格決めるのって普通の特殊能力だと難しいってよく耳にするんだよな。たまに戦利品売りにいくけど鑑定は機械だし。……数が多いから時間掛かるだろうなー。
まあすでに夕方だし。港に着く時点で夜だろうけど。
「夕暮れは闇への危険信号」
「ん?他に乗客が、って」
「夕日のように色あせた宝は、いつの間にか手元から消え失せているだろう。日が沈んで夜になるようにな」
「……それで格好つけてるつもりか?天利っ!」
「ふふふふふっ」
上階にあるデッキの手すりの上に天利が手を組んで立っている。行儀悪いな。……いや、それよりも今あいつ、宝って言わなかったか?ま、まさか俺の財宝のことが奴にばれたってのか!?
「く。なんでお前がこんなところに。いや、もしかしてアルテの小学生召集に乗ったのか?その年で」
「……ふ。なにを焦っているのだ悟。そうだなー。もしかしてあれかなー。そう、例えばだが、大恐慌エイプリルのときに盗まれた宝を手に入れたというのは、どうだ?」
「水圧圧縮砲!」
[どがあぁっ!]
「手が早くてうれしい限りなのだがなぁ。あいにく今日はラスボスとしてではなく母としてきたんだ。よっと」
「母としてだって?」
天利は俺の水の魔法弾を跳んで避け、俺と同じデッキに着地する。母としてきただって?ラスボスらしくしていない天利は厄介だぞ。
「お前はこう思っているんだろう?私が昔のように滅茶苦茶なことを言い出すんじゃないかと。安心しろ。意外に思うかもしれないが、私は丸くなったのだ」
「ほ、本当に意外だ。まさか滅茶苦茶言ってた自覚があったなんて」
「私の賢さを甘く見てもらっては困るな。それに私の滅茶苦茶は大体叶っているぞ。小学生の体になった、悟ンジャーで世界デビューもした、ロケットは何度も打ち上げさせた、魔法少女のような特殊能力も手に入った、……ラスボスとしてお前と戦える舞台がここにある」
俺が地球にいたときの基準で考えても、いくつか相当頭おかしい願いがあるな。俺が中学生の頃でも、……そうだな、ロケットくらいは実現しそうに思うが。悟ンジャーも身内がやってるなんて夢のまた夢だったからなぁ、あの頃は。
そもそも隕石落下するまでは科学的じゃないことをまず信じてなかったと思う。あの頃はロケットで盛り上がってたし。テレビ局の射的大会でエクサスターガン持ってたし。その頃より前には幽霊分析が世間で流行ってた。ひえー、下手すりゃ科学信者になってたかもしれないな。怖い怖い。
「運がいいってことだな。で、結局なんの用だよ」
「ふふふ。なに、大したことじゃない。お前の手に入れた宝のすべてを私に寄越せばいい」
「渡すとでも?」
「悟、早まるな。実はお前が正者の財宝を探していると知ったとき、私はその財宝のストーリーを読みとったのさ。お前がその財宝を換金した後の顛末も知っている」
「ほう?」
そもそもなぜ財宝のことを、ってのは聞くまでもないか。人づてなら校長や記紀弥から、そうでなければ能力で俺の動向を探ってたときに、というところだろう。
「お前は数百兆に及ぶ資産を手に入れ、最初の年こそ年間十数億という金を使っていた。だが二年目にはすでに金を使うことに飽き、事件解決では得られる物品には価値も興味も感じられない状態。まさに宝という名の毒、いや呪い!……財宝はお前の主人公道の枷にしかなっていなかったのだ」
「なるほど。確かにありえそうな話ではあるが。だからって目の前の莫大な宝を手放すわけにはいかねーなあ!」
「くくく、手放すわけじゃないさ。すでに宝などとは言い難い数百兆もの財産を!お前が数百兆という価値を失わず、数百兆の価値そのままで!親孝行という形で今すぐ使えるのだぞっ!さあ悟、カセットを母にプレゼントだ!……まあ、我が子の頼みとあらば、ほんの少しなら小遣いとして返してやらないこともない」
「渡すかバカ!どうしてもというならラスボスとして出直してくるんだな!母親をぶっ飛ばすなんてしたくない」
「素晴らしい心がけだ。なるほど、皇神のようにコートだの神だのと遊んでいるのではないらしい。くっくっく、では!」
天利が上着を脱ぎ捨てる。って、中はもう魔法少女服だと!?
「ラスボス降臨だっ!」
「空気圧圧縮砲!」
「な!ぐっ……!」
俺が撃った空気の魔法弾は天利の体に直撃する。とっさにガード姿勢をとろうとしたようにみえたが、上着を自分の後ろに勢いよく脱ぎ捨てた反動で間に合わなかったみてーだな!
ん?おおお!よくみたらコートをモチーフにした魔法少女服か!深緑の長袖コートだが、俺のと違って肩周りが白く膨らんだ作りになっているな。半袖コートに白い洋服の肩部分を繋ぎ、そこに同種のコートの袖を繋ぎ合わせたっぽい。袖の先にも白いふりふりがついてるな。邪道ではあるがコートが軸だとわかるいい衣装だ。……着たくはないけどほしい!
あ、マントもつけてるがあれはコート服の一部ってわけではないな。スカートはふりふりつき。
「スチュン・シンゴウ!」
「って、ぐああっ!?いっつつぅ」
い、いつの間にか俺の横腹に拳ほどの岩がっ!うぐ、う、思ってたよりも器用な戦い方をするみたいだ!
「ふぅ。見てのとおり最初から全力だ。だが一つ教えてやろう。お前も知るように、第二形態である魔法少女状態ではMPの消費なしで技が使える!しかし、この第二形態で使える技構成は前回と変えてあるのだ。悟!私の技のことは前の戦いですでに見切った、だなんて甘く思わないことだなっ!」
「く、考え事してるときに不意打ちしやがって……!電圧圧縮砲!」
「ウォチア・シプリンガウ!」
[ばちちちぃっ!]
電気の魔法弾が渦を描くような水流にかき消された!?いや、電気は水を通って水源にまで到達はしてはいる。だが、水の渦は天利の手から間を空けた空中で発生してるようだ。これじゃあ天利に届かない!
「なら高威力でぶち破る!水圧圧縮砲!」
「ふふふふっ」
「え、団扇?」
「エンア・カッツオ!これがヒーローのおもちゃ遊びと……」
「うおぉ!?」
[ずががぁっ!]
間一髪のところで避けたが、船の壁にかなり深い切り傷が刻まれた。暗くなってきたがはっきり見えたぞ。天利の振るった団扇から半透明な刃のようなものが飛び出し、俺の水圧圧縮を容易く斬り裂いたところを。
「力を行使する巨悪の根源・総帥王のバトルタクティクスとの違いだぁ!ふふふ、はははははぁ!んわああぁっはっはっはっはっはぁーっ!!!」
「く、水圧圧縮砲に押し勝っただって!?」
バカなっ。なんであんな汎用性抜群の特殊能力に戦闘寄りの俺の特殊能力が力負けするんだ!?技は似たようなタイプ、相性も互いにそこそこ、刃状だからって威力はほぼ誤差のはず。まさか必殺技か?
「い、いやっ!その団扇だな!風による攻撃を桁違いに強化するレジェンドなアイテムに違いない!」
「んああ?ふっ、たしかに特星の団扇には風系統の技を強化する隠し効果が秘められている。だが悟!この団扇による強化率はお前の水鉄砲と同じなのだ!」
「どうしてそう言える?お前に俺の水鉄砲のなにがわかるっていうんだ!」
「ふふふ、お前が水鉄砲を常用していることは周知の事実。ならば悟、お前のお気にぃで威力自慢んぅーな技は当然水の魔法弾!……だから私はお前の水鉄砲を事前調査した上で、同程度の効力を持つこの団扇をあえて選んでいたっ!」
「うぐぐ。わざわざそんな真似をっ。ならこれは天利と俺の特殊能力の実力差だっていうのか」
「ちがうなぁぁ……!ラスボスと主人公!その基礎能力の……圧倒的な性能差っ!お前も感じていないわけではあるまい?」
基礎能力だって?あまりピンと来る感じじゃないが。ただ経験上、同条件で同性能の技を使ったときには汎用性のある特殊能力ほど威力が低いってのはあるはず、多分。そう、例えば水の玉を飛ばす技なら高威力順で、水系統を操る能力、魔法系統を操る能力、汎用性の高さついでに水も操れる能力、……とかのはずなんだ。
となると、やはり天利の言っていた性能差。つまりは……。
「ラスボス補正!だが、だからって、空気圧圧縮砲!」
「ふん、エンア・カッツオ!温い温い、これが空気の塊だと?皮なし風船の中身のようだぞ!」
「図に乗りやがって。お前にラスボス補正があるように、俺にだって主人公補正があるんだぜ?」
「くっくっく。確かに、主人公補正にはラスボス補正をも上回るポテンシャルがあるだろう。しかしお前は私よりも理解しているはずだ。……主人公補正とは成長することでようやくラスボスを上回るチャンスを得られる、いわば晩成型!ラスボス補正が云々以前に、成長前の主人公ではラスボスのいる舞台に上がることすら自殺行為だと!」
「ふん。その言い方だと俺のレベルが低いみたいに聞こえるな。天利、俺はこれまでの闘いでお前に勝ってるはずだぜ」
「自惚れるなよ、悟。お前は難易度やさしめの舞台で戦っていたに過ぎないのさ。当然私だって全力かつ油断しまくりで相手をしていた。……ちょっとばかし成長したお前の目に映る舞台は、星を壊したり、宇宙を消したりというもののようだが。それらとまともに渡り合えるというのか?」
「いやいや!あんな人間離れしてる奴らを相手にしてたら死ぬだろ!過労と心労でっ!」
「そういうことさ。今のお前はすべての面において上を見すぎている。……神の体を手に入れたところで宇宙規模の敵には現状勝てない。主人公であってもラスボスに序盤でかなわない。欲が深かろうと数百兆相手では満足感を得ることは難しい」
金は敵扱いなのか?途方のなさ度合いでいえば、まあ確かに前者二つと同じくらいの差はあるかもしれんが。
「高望みは危険だぞ。レベル差が相当あるステージでは、そのステージの適正レベルを迎える前にギブアップしてしまう。成長上限がどれだけ高かろうとレベルを上げにくいからな」
「ゲームでいきなりラスボス戦前だったらそりゃ投げるな。序盤の町に戻れるかも怪しいもんだ」
「ふっ。……そうだな。詰んでプレイを投げてはクライマックスもクソもない。逆に雑魚ばかり相手にしてもレベルは上がるまい。つまり!効率のいいレベルアップには、実力の及ぶステージで実力の近い敵を倒すことが必要なのだ!悟よ、己が戦うべき舞台を見極めろっ!互角の戦いをできるステージを探せ!格上の領域にむやみに入ろうものなら、強敵だらけで動けなくなり詰んでしまうぞ!」
「く。ゲームで例えられると、ああ……なるほど。確かにすげー納得できる」
「だろう?実力に適した舞台と敵は必要なのだ。新技や新技術を試すときにはちょっと弱めの敵を狙えばいい。進みすぎて戻れない詰みなんて状態は、まあ最悪だな」
「金の話でいうなら、数百兆の前に数十億使えってところか」
「おや、わかってるじゃないか。キャッシュカードの数十億セル、宝くじで当たったんだったかな?お前の欲望にはちょっと多いがいい金額だろう?」
ちっ。どの程度かはわからないが、どうやら俺のストーリーを読んだというのは本当らしいな。教えてもいないのに宝くじのこと知ってやがる。
「さあ。納得したなら数百兆のカセットを渡すことだ!」
「ふむ……どうするか」
「悟っ!」
「確か、俺が全てにおいて上を見すぎていると言ってたな」
「ああ。戦闘力、ラスボス戦、大金、他にも多くの面で上を見ている。理想が高い、はちょっと違うな。失敗を全く考慮していないとでも言うべきか」
「なら要するに、天利!ここでお前を倒せばお前の考えは一つ外れたことになる!そうなればお前の考えはそもそも怪しくなるってわけだ!」
「ふっ。はははは!やっぱり実力行使しかないか!やーれやれ、せっかく長々と説明してやったのになあ!だが!私の特殊能力はやはりお前の魔法弾を打ち破るだろう!エンア・カッツオ!」
「特殊能力は破らせてやる!大花火圧縮砲!」
[ずばっごおおおぉっ!]
「んなにっ!?」
俺はコートを脱ぎ捨てつつ、横に飛び退きながら、花火の魔法弾を天利の風の攻撃にぶつけた。風の刃は火花を散らせる眩しい光の刃となって俺のコートを船の壁へと叩きつける!だが、く、俺もこの閃光は目につらいっ!
天利は……よし、目が眩んでいるようだ。そっと足音を消して後ろに回り込もう。
「うぐぐ、悪あがきをっ。だが悟のやつは技が直撃したようだな。下手に相殺を狙ったことで、逆に私の技に不意打ち効果を与えたのだ!ふ、中々ドラマティックな負け方じゃあないか!」
「その負け台詞は確かにそうだな」
「…………悟。いつの間に、後ろに」
「コート魔術・闇雲ステップ。コートを犠牲に、ただ単に忍者みたいにこっそり素早く後ろに回っただけさ。……長話のおかげで日が沈んでいたからな。光で目を眩ませればまず見えない!水圧圧縮砲!」
[どがあああぁっ!]
「ぐうあぁっ!」
「あー、やべやべ!コート着なきゃ死ぬ!うえぇー、気分悪っ!」
ふう~、なんとか船の壁にはりつけにされたコートを回収して着ることができた!……なんか、年々コートを脱いで行動できる時間が減ってるような気がする。最近だと十数秒持つかどうかくらいだし。コート神としての力が弱まってるんじゃないのか?
「うぐぐぐ」
「迂闊だったな、天利。悟ンジャーブラックはその名の通り黒色がメインカラー。黒く包まれる暗闇は俺の味方!お前がなにも見えない中、俺ははっきりと状況を把握できるのさっ!さあ、もう正者の財産は諦めるこったな」
「く、ふっくっくっく!ふふふふふっ!ラスボスをあまりにも、相当軽視しているんじゃないのか……!悟っ!」
「もう一発撃つぞ」
「いやおい待て。すでにっ、すでに手遅れなのさ!私が倒された瞬間から、もうすでに!私自身にかけられた最終オートストーリーが始動している!」
「さ、最終オートストーリー?」
別に普通に倒されただけだったような気がするんだが。普通、そういうのって発動がわかるように派手なエフェクトとか出現するんじゃないのか?天利、そういうのはこだわりそうだし。
「そんなはったりに騙されるかよ」
「はったりなものか。最終オートストーリー……それは、動き出せば私の能力ですら受けつけない運命の呪い!もうどうしようもないというわけだ」
「はあ。それで内容は?」
「登場人物のもらえる報酬が数百兆セルくらい激減する!」
「肝心の減少量が大雑把過ぎねーか。それにだ。俺の体に呪いは通じないぜ」
「あ、そうか。…………だなんていうとでも思ったか!?ふふふ、最終オートストーリーはラスボス補正により呪い耐性を素通りする力があるのだよ!」
「後出しでなんて酷い効果を。って、誰が信じるかバカ!水圧圧縮砲!」
「ぎゃー!ぐ、がくっ」
天利は闇夜の中で気絶したようだ。別に今の呪いの話を信じるわけじゃないが、あんなこと言われると不安になるな。早くセルに換金しようっと
今日はいろいろとあったが、ようやく勇者社で鑑定してもらうことができた。後は結果を待つのみだ!……正直、夜明け前だから戦って鑑定人を呼び出す羽目になると思ったが、さすが勇者社だな。他エリアの勇者社からわざわざワープ装置ですぐきてくれるとは思わなかった。
最初、俺の宝は一人の鑑定人が行う予定だったみたいだったのだが、量が多いからか人を追加して、四人がかりでの鑑定人で鑑定してるようだ。
「やー、おまたせ。とりあえず暫定金額は出ましたよーっと」
勇者社に設置した異空間の保管庫から鑑定人の男が一人出てくる。同年代くらいの奴だな。
「終わったか!それで、具体的な価格は決まったのか?」
「まあね。まず今回の鑑定だけど、俺ともう一人が特殊能力で価格を調査して、残り二人で鑑定対象の状態とかを調査してるんだ。価格決定班と商品分析班みたいに思ってくれればいいよ」
「お、鑑定代が二万セルもかかる理由か」
「そうだけど、ミスが出にくいってことを言いたかったんだよ……。ちなみに鑑定代は例え一品でも鑑定人一人につき五千セル」
「で、俺の財宝は具体的にいくらになったんだ?」
「30億5002万、えー、89セル」
「…………え、なにぃ!?」
「ああ、ちなみに戦闘は無料サービスでついてるけど勝ったからって価格は上がらないよ」
くっ!さ、三十億ってのはどういうことだ!?この正者の財宝は数百兆円もの日本の財産だったはずだ!そして特星のセルは日本円に依存した価格設定になっているはず!つまり数百兆セルもの価値にならないとおかしい!
「なんで財宝の価格が数百兆セルにならないんだ!?それだけの価値はあるはずだぜ!」
「あー、俺が説明しなきゃダメかな?分析班の説明、専門用語だらけで難しいから上手く説明できる気がしないんだけど」
「んなもん俺が聞いても理解できるか!お前がわかりやすく説明しろっ!」
「ええええ、そうだなぁ。じゃあまず日本で使われてた紙幣や貨幣からなんだけど。ほとんど無価値、ではないけど数千万セルほどになってたね」
「な、なんで?」
「今の日本じゃ使われてないんだってさ。加えて現日本円への両替はどこもやってない。かといって、地球の日本以外には数多く残っていたため、コレクターに売る価値があるわけでもない。正者とかいう人のコレクションアイテムとして、一部のマニアに少数売るのが関の山なんだって。勇者社に売るとなると紙束や金属として引き取ることになるよ」
はっ!そ、そうだった。正者が盗んだ金ってことは平成31年以前に使われてた金ってことじゃん!日本は正者の事件をきっかけに再スタートをしている!……俺はてっきり今の日本の旧札くらいの感覚だったが、全然違う!ほとんど縁も互換性もない、単位が同じ呼び方なだけの別物のお金なんだ!
「なんてことだ……。い、いや、だがまだだ!物品にはアンティークと言う概念がある!むしろ価値が上がっているはずだ!」
「それも難しいね。保管品全部に言えることだけど、保管状態がまあ、はっきりいって悪すぎる。ほとんど全てのものに腐敗・腐食した痕があった」
「腐敗に腐食の痕?腐敗はゾンビの食べ物バージョンみたいなので、腐食はゾンビの金属バージョンみたいなやつだったか。でも別にゾンビ臭くはなかったぞ」
「ああー、それは不老不死ベールの影響でいくつかの毒素や微生物は浄化されてるからさ。その延長効果か、人型の人形はいくつか無傷の状態だったらしいよ」
不老不死ベールの効果の一つ、怪我とか状態異常が治りやすくなる効果のことだな。人型人形が無傷なのは、不老不死ベールが生物か人型無生物を対象としてるから、ってところか。アンドロイドや人型の魔物が人間同様に不老不死なのもそのせいだろうし。……ってことは普通の魔物は非生物扱いなのか。特星の魔物って一体どうできてるんだろ?
「とにかく物品はほぼ全て使い物にならない状態さ。もし使えたとしても古すぎるものばかりだし、海水や血痕で汚れてるから価値はない。勇者社で売るなら、全部材料費としての買取になるね。あ、物品に関しては地球で売れば値段が上がるよ。むこうでは物質、特に金が有限だから」
「む。そういえば埋蔵金みたいなものはないのか?地球にいた頃、そんな話を聞いた気がする」
「んー、確か、小判とかはあったらしいけど。展示品だったっぽいものが多数だっていってたなー」
「そ、そこまでわかるのか」
そういえば、さっき正者がどうとか言ってたわけだし、正者が奪ったものだってこともわかってたってことか。いやまあ、別にこれは正当な校長からの報酬だけどな!
「ふっふっふ。盗品を扱うわけにはいかないからね。まあ今回のは宝箱報酬や異世界発掘に分類されるから安心していいよ。あくまで勇者社基準だから恨まれるかも知れないけど」
「ひやっとさせやがって。だが、地球まで売りに行くのはな。地球で売ればどのくらい上がる?」
「三十億セル分くらいは。当時の地球なら材料費だけでも一兆セル分は軽く越えるらしいね」
「特星価格は?」
「約二十億セル。金銀が時価なんだけど、今回は冒険の報酬として手に入れてるから価格にボーナスがついてるんだ。魔法とか特殊能力で作ると価格が激減するよ」
「それは知らなかった。ああいや、地球から越してきた頃に校長から聞いた気もするな。宝物といえば金銀だから、特星でも価値が出るようにしたって。冒険で手に入れたものだけボーナスがつくって手法だったのか!」
自分で金銀なんか作らないから気づかなかったよ。じゃあ皿々の錬金術とかもただのおもりを出すだけの技でしかないんだな。……いや、あいつを倒して手に入れたならむしろ冒険で手に入れたようなものか?やはり奴の金は狙うべきだな!
「希少性がないのが地球との違いかな。あとはデジタル証券とかだけど、これは地球の日本以外にあったデータによって正常化してるから本当に無価値みたいだね。他のデータ系統も無価値。個別保存してたものはハードがまずダメだし、〇セルだよ」
「くっ。そもそも特星で使う機会ねーもんな……!」
「最後に日本以外の通貨。日本同様に両替不可能なものが多かったんだけど、一部の通貨は安価で引き換えてもらえるみたいだね。約十億セル分がこれにあたるよ」
「ちょっと待った!期待してなかったが日本以外のお金なら安価で引き換えても一兆セルくらいはいくだろ!」
「今ではほとんど使用不可だし、平成31年から地球全体の情勢も色々あったから無理だって。俺からすれば未だに引き換えてる場所があることに驚きだよ」
「これもダメなのかっ」
「最後に保管庫にいた黒い影みたいな、異空偉臣さん?あれはちょっと買い取り拒否するよ、うん。なんなのあれ?」
「知らん。……はああ、ああ、じゃあ全部勇者社で買取で……」
「うん。じゃあ中身を全部引き取ったらカセットと黒い化け物は寮に送られるだろうから。まあなんだ、そんなもんなんだよ、きっと」
「俺の数百兆円……」
「あ、とりあえず一旦現金で三十億セル用意するみたいだから待ってて」
「ああ、おう」
今更三十億セル手に入れてもなあ。本来手に入るはずだった額がたかだか三十億セルって。天利の呪いのせいかもしれないが、うううぅ、怒る気力も出ない……。
「うおおおぉーっ!これが三十億セルっ!もっと金持ってるとはいえ、こんな大金の現物ははじめてみた!すげえなーっ!保管庫の紙束とはパワーが違うっ!」
「立ち直り早いね」
現金三十億セルの余韻に浸りつつ、その三十億セルを俺の口座に振り込んで、正者の財宝物語は幕を下ろした。ふっふっふ、完全勝利ではなくなったが俺は紛れもなく財宝を手にしたぞっ!