十話 普段と変わらない異世界旅行
@悟視点@
雪が降ったり降らなかったりと天気が気になるこの季節。俺を祝福するかのように雪が降っている。そう、今日はついに百億セルを貰うことが出来る!
だがまずは異世界にいく方法を探す必要がある。正直そこまで考えていなかったのだ。
「どうして今まで気づかなかったんだ?」
俺はこの数ヶ月間の半分以上の間、神社で日々を過ごした気がする。神社や寺で食事をすると自分で作る手間が省けて楽だからだ。だがもう少し当選日のことを考えていれば…。
「おーい!朝食の時間だ!」
雨双の呼ぶ声が聞こえる。さて、俺の神社ライフも今日で終了だ。
朝食を食べた俺は勇者社に来ていた。なぜなら他に当てがないこともないが面倒だからである。知り合いが多すぎるのも主人公としては問題だな。…ま、俺は人望が厚いから仕方ない。
「そうですか?いつも戦ってばかりに見えますが」
当然のことを考えていると几骨さんが現れる。事件のありそうな日に会うのは久々かもしれない。
「それは事件の日に見るからだ。普段の俺は非常に平和的だぞ」
ゲームや昼寝で忙しいからな。もしくは誰かのところへ遊びに行ったり。…平和的だがなにかが駄目な気がする。生活態度でも見直そうかな?
「それでよくお金が足りますね」
「いつも足りてないからなぁ。足りない生活に慣れたようだ」
よく考えたら最近は本当に収入がない状態だ。これならまだ子供のときの収入の方が大きいぞ。もっともそのときは円だったが。
「ところで今すぐ旅行に行きたいんだが。予約できるか?」
「今すぐ行きたいのに予約も何もないと思いますが。というかお金ないのに余裕ですね。…少々待ってください」
几骨さんは携帯電話を取り出してどこかへ電話をする。
携帯電話か。そういえば俺も携帯電話を持っていたが見かけないな。…まあ用があったら直接乗り込むほうが手っ取り早いわけだが。
「よかったですね、悟さん。今日は異世界旅行が無料の日になりました」
「じゃあそれで」
「ではこちらへどうぞ」
几骨さんに案内されてついていく。
いきなり無料とはいつもどおりの怪しさだな。これは厄介ごとに巻き込まれるのはほぼ確定か?
「本当に動くとは思わなかった」
几骨さんが案内した先は地下であった。地下に異世界へ行く乗り物があるというので俺は地下鉄などを想像していた。だが実際はちょっと違っていた。
「ダンボール列車か」
そう。俺が乗っているのは巨大で長いダンボールだったのだ。一応三箱の列車らしいが外見では一つのダンボールにしか見えない。…そう思っていたのだが逆側は一部ガラスだった。
そして今走っているのは宇宙空間である。
几骨の話では異世界に行くだけならワープ装置で十分とのこと。だが今回は旅行としていくので寄り道をするらしい。そして少し前に地下からワープして宇宙に移動。現在に至るわけだ。
「こっちの面が一部ガラスなのは外を見せるためか?」
外を見ると特星と地球が見える。冬の朝なのでまだどちらの星もほぼ全域が薄暗い。
「そういえば他のダンボールはどうだ?」
このダンボールには他の乗客は居ない。だが他のダンボールには誰か居るかもしれない。居たら居たで旅行のセンスを疑うけどな。
「ドアは?これか!」
切れ込みの入った壁があったので剥がしてみる。すると俺の居るダンボールと同じような部屋があった。
しかし人は見当たらない。
「ならばその奥も開けるまで!そりゃあっ!」
奥に見えた切れ込みに向かって突っ込む。これは奥に誰も居ないと思ったからだ。だがこういうときに限って予想は外れる。
「へ?ぐっ!」
「うおぉ!っと!」
切れ込みのすぐ後ろに居たのは雨双だった。俺が突っ込んだ衝撃で雨双は少し後ろに吹き飛んで尻餅をつく。俺は倒れそうになるが近くに居た雑魚ベーに掴まって倒れるのを防ぐ。
「さ、悟さん!?」
「あれ、悟だってば」
アミュリーは少し離れた場所からガラスの外を眺めていたようだ。吹き飛ばされた雨双に気づいたアミュリーは手を貸しにいく。
「まさかお前達が居たとは」
朝食を食べたときにはそんなことは話してなかったはず。まさか俺を邪魔者扱いして三人でこっそり旅行に行こうとしてたのか!?
「実はですねぇ、一泊二日の異世界無料旅行券が福引きで当たったんですよぉっ!無料なのが三人までだったので私達で旅行へ向かっていたというわけです!」
雑魚ベーがその無料の券とやらを見せてくる。確かに言っている通りのようだ。
それにしても寒いな。普通の寒さに加えて背筋に寒気がする。
「…人を吹き飛ばして悪いの一言もないのか」
「げ!雨双!」
そういえばさっき軽くぶつかったことを謝ってなかった!でもなんだかすでに手遅れな気がする!
「わ、悪い!少しは俺にも問題はあった!」
「六割はお前が悪い!奥義、アイススイート!」
謝ったのに無情にも放たれる巨大冷凍光線。攻撃範囲的に横には避けれないので後ろに逃げる。しかし努力空しく俺の体は巨大冷凍光線にのみこまれたのだった。
「死ぬかと思った」
高校に入った時の授業でこんなことを聞いたことがある。特星の不死は特星内でしか効果がない。不老は一度特星に入れば効果が続く。だから特星の外では怪我に気をつけろ、という話だ。
今のアイススイートは凍りどころが悪ければ死んでいたかもしれない。
「大丈夫ですよぉっ!魅異さんが列車内なら特星と同じ効果があると言ってましたからねぇ!」
あ、そうだったのか。そういえば几骨さんもそんなことを言っていたような気がする。興味がない話は聞き流してたけど。
ちなみに雑魚ベーもアイススイートの被害を受けた。俺の傍に居たから仕方ないが。
「あ!ワープしたんだってば!」
アミュリーがそう叫ぶのでガラスから外を見てみる。すると辺りは黒い景色から白い景色に変わった。どうやら雲の中を移動しているようだ。
「そういえばお前達はここにいつ頃乗ったんだ?」
家で朝食を食べた俺は真っ先に勇者社に向かったはずだ。そして俺が乗ると同時にダンボールは出発した。雑魚ベーたちが俺より早くここに乗れたとは思えないのだが。
「私たちは魅異さんに直接送ってもらいました。悟さんは宝くじってところですかねぇ?まあ旅行代くらいは軽く取り戻せる当たりですからねぇ!」
…旅行代が全員無料になったことは黙っておこう。せっかく無料の嬉しさを味わっているのにそれを壊すのはあまりに酷だろう。俺なら軽く落ち込む。
「ここが味噌王国かー」
「神門王国ですよぉっ!」
俺の軽い冗談につっこみをする雑魚ベー。なんか悔しい。
とにかく王国に到着した俺達。時間に余裕があるから俺は雑魚ベーのチェックインとやらに付き添うことにしていた。
雑魚ベーたちの泊まる宿は城の近くにある。これなら神門城に向かうのは楽だ。
「終わりました。どうしますかねぇ?」
雑魚ベーたちは部屋にも向かわず次の行動を決めている。そういえば一泊二日のわりに何も持ってないように見える。
「用事がないなら宝くじの引き換え場所を探してくれないか?」
神門城の中にあるということまではわかっている。だが城のどこにあるかはわからないため、探す必要があるのだ。
「私は別に構わないぞ。この宿のパフェを奢ってくれれば」
「私もパフェで良いんだってば」
良いだろう良いだろう!百億セルあればパフェなんてちょっとした出費程度でしかない!特星に帰った後に行う記念パーティの出費よりは断然安い!
「私もパフェ二個で良いです。でもその服装で大丈夫ですかねぇ?」
雑魚ベーが不安そうに考えながら喋り始める。さり気なくパフェを二つ要求しているが、その程度のことなどそこまで気にする必要はない。
「あの城は関係の深い貴族やかなり強い人しか入れないんです。実権を握らされている姫がいるんですが、その人が物凄く強くてですねぇ。この異世界を宇宙ごと消せると言われています」
お、恐ろしい姫様だな!というか俺達のいる世界とは本当に別世界なのか。俺は同じ宇宙上に存在する別の星かと思ってた。
「なるほど。機嫌を損ねない奴かその姫を止めれるやつしか会えないのか。なら私たちは強い人として入る必要があるな」
雨双の言うとおりだ。俺達の中に貴族といえるようなやつは一切居ない。変装して忍び込む方法すら不可能なメンバーだ。特に雑魚ベーが。
「うーん。ちょっと交渉してくるので待っててください」
雑魚ベーが交渉のために城に走っていく。一番交渉が駄目そうな奴が行ってしまった。少しの間待ってるか。
「成功ですよぉっ!」
待とうと思っていたら雑魚ベーが手を振って走ってくる。意外にそこの城って誰でも入れたりするんじゃないか?
百億セルは物凄く意外にも簡単に手にはいった。とはいっても銀行振り込みなのだが、特星の口座にも振り込んでくれるらしい。
というわけで俺は十万セルほど引き出しておく。パフェ代はこれで大丈夫だ。
それにしてもこの世界の通貨もセルだとは思わなかった。特星と交流が深かったりするのか。もしくは日本のほかにもこの世界もモチーフにしたのか。
「ほー。報告を聞いてまさかとは思ったが本当に来ていたのか」
あとはパフェを奢って帰るだけだというのに、城の関係者らしき男がやってくる。…この言い方からしてこの中の誰かの知り合いか?
「久しぶりだなベータ。いや、貴族をやめたから雑魚ベーが正しいのか?」
どうやらこの男は雑魚ベーに変なあだ名をつけていたらしい。雑魚ベーが貴族だということも驚きだが、雑魚ベーに変なあだ名があったということも驚きだ。
「あなたは東武さん!というかなぜあなたがそのことを!?」
「待て。他のやつらにも俺の名前を言っておく。…俺の名は神離 東武!今はここに住む子供姫の従者として働いている貴族だ!」
自信満々に自己紹介をする東武。俺の想像していた従者や貴族とはだいぶイメージが違うが、雑魚ベーですら貴族なのだからこんな奴でも貴族なのだろう。
「あれ、苗字変えたんですねぇ」
「前のはこの俺に相応しくない!だから事故で特星に行ったときに苗字を借りてやった!」
「事故でですか。大変そうですねぇ」
特星に行っていたから雑魚ベーの噂も耳に入ったのか。しかし特星に行ったということはあいつも何らかの特殊能力を持ってるのか。
「悟。私たちは先にパフェを食べにいくぞ」
「そうだってば。せっかくの再開を邪魔するのはなにか悪いんだってば」
「そうだなー。俺もパフェ食いたいから先いくか」
雑魚ベーには悪いが俺達はパフェを食べなければならない。懐かしの再会を邪魔しないようにと俺達はパフェを食べに向かう。
「待て」
向かうつもりだったが東武に呼び止められる。もしかして雑魚ベーの知り合いだからタダで料理を奢ってくれるのか?もちろんパフェつきで。
「この城には強者か一部の貴族のみが入れる。要するに、貴族でなさそうな貴様達は強さを示さなければならないということだ!」
そういえばそんな設定だと雑魚ベーが言ってたな。宝くじ屋の子供は偉そうな服装だったんだが、貴族だからだったのか。…貴族が宝くじを売るのか?
「ちょっと待ってください!悟さんはともかくこの二人は本当に強いですよぉっ!」
「そして俺はこの二人と並べられないほどの主人公、雷之 悟だ!主人公である俺には元貴族も、職業だけの神も、魅異の一番弟子の妹ですら敵わない!」
そう!主人公が負けるのは負けバトルイベントのときだ!そしてこのイベントはボスクラスの相手でないと発生しない!姫の下っ端であるこいつに負ける道理などないのだ!
「なら貴様達の実力とやらを見せてもらおうか。…その前にルールは貴様達に合わせてやろうか?」
「どういうことだっけー?」
「あぁ。特星じゃないからか。確かにルールは私達に合わせてもらったほうがいいな」
アミュリーはわかっておらず、逆に雨双は勝手に話を進めようとする。俺もよくはわからないが、敵に合わせてもらう必要なんてないだろ!
「待て待て。この俺が居る限り負けはないも同然だぞ?ならむしろ四対一だし、俺達が手加減するくらいで十分じゃないか!」
「別に悟がいいなら私は構わないが。悟が一番死にそうだったし」
「へ、死ぬ?」
…げ!そうだ、ここは特星の外じゃないか!
夏休み前に授業であることをならった。不老の効果は一度特星に入れば持続らしいのだが、不死でいられるのは特星の中でのみらしい。理屈はわからんがそういうことらしい。
どうする?主人公は死んでも生き返る可能性は高い。だが復活までの間は主人公交代が必須となるだろう。…それとちょっと怖い。
「まあ俺は大丈夫だな!だけど雨双やアミュリーや雑魚ベーが心配だから特別に特星のルールで勝負してやろう!」
それに東武を間違えてオーバーキルする可能性もあるからなー。いやぁ、敵にまで気を使う俺ってなかなか余裕あるなぁ。
…防弾コートを五枚くらい重ねて着ておこう。確か予備のコートを持ってきたはずだ。
「いいだろう。こっちへこい」
東武に言われてついていく。まあ城の中で暴れるわけにもいかないか。
「ここなら被害は出ない。覚悟はいいか?」
東武に連れて来られた場所は町外れの草原だった。草原が多いなんて特星エリアみたいな場所だな。後で宝探しでもしようかな?
「…って待て!結局不死の問題はどうなった!?」
場所を変えたからといって特星の外だから不死ではない。このまま勝負したら俺以外の誰かが死ぬ可能性がある。
「ふん。説明を聞いてなかったのか。アホだな貴様」
「悟さん、東武さんの能力は生と死を操る能力でしてねぇ。ここに来る途中に私たちを、特星と同じ種類の不死にしてくれたんですよぉっ!」
草原に来るまで宝くじのことを考えていて説明に気づかなかった。…ってか能力強いな。
「不老不死でも貴様達全員を気絶させるくらい容易いことだ!」
「やれるものならやってみろ。奥義、アイススイート!」
「あ、俺も水圧圧縮砲!」
もう少し会話が続きそうな気がしたのだが、雨双が先手を取って攻撃したので俺もついでに攻撃する。もっとも俺の魔法弾は途中で凍って地面に落ちているのだが。
雨双のアイススイートにより草原の奥が冷気で見えなくなる。
「おい!これだと敵の攻撃が見えないぞ!」
「それは想定内だ。アイスセーフ」
見えなくても大丈夫といった様子でアミュリーの近くへ移動する雨双。そして前方に厚い氷の壁を出現させる。
「なかなかな威力だが甘い!余分な火の玉!」
冷気で見えない部分から大量の火の玉が飛んでくる。雑魚ベーは必死に避け、俺はハエ叩きで何とか掻き消す。氷の壁に守られている二人は楽そうだ。
「私と悟さんが前衛をやるので二人は援護をお願いしますよぉっ!」
「任されたんだってば!」
勝手にそんなことを決める雑魚ベー。でもそれって選択としてはどうなんだ?雨双は攻撃だけが強そうで、アミュリーは結構頭が悪い。…不安だ。
「包囲磁力球、そして収集磁力だってば」
「ん?な、なんだ!?」
理屈はよく判らないが、東武の居る辺りの水蒸気となった冷気がこっちによってくる。そして見えないが、声がするので東武も引き寄せられているようだ。
名前的に一定の範囲内のものを引き寄せてるのか?でも水蒸気は磁力で引き寄せれないような気がする。どういう仕組みだろう?
「壁の子供の仕業か!生命、飛行不死身鳥!」
水蒸気の方から熱が発生し、中から鳥の形の炎が飛び出してくる。その炎は生きてるかのように氷の壁を飛びこし、アミュリーへと向かう。
「ん?アイスニードル」
雨双は氷の針で炎の鳥を撃墜する。どうやら後ろの心配は要らないようだ。
「ならば!生命、流れ不死人!」
「おっと!雑魚ベーガード!」
東武は人型の水を流してくる。そして人型の水は殴りかかってくるが雑魚ベーを盾にして防ぐ。
「ぐは!」
「く、水でも結構な強さだな」
威力は水圧圧縮砲ほどではないが弾き飛ばされそうになる。
「ふふん、まだまだだ。転生、固定不死ペンギン!」
さっきの水人間の形が変形し、ペンギンの形になる。しかもその水は瞬時に凍り、ペンギン形の氷となった!
「今度は私の番ですよぉっ!悟さんガード!」
げ!雑魚ベーガードがあるから安心していたら盾にされてしまった!しかも今回の攻撃は鋭い突きだから痛そうだ!
「危なっ!」
「痛い!…避けないでくださいよぉっ!」
なんとか屈んでペンギンの突きを回避する。その代わりに俺を盾にしていた雑魚ベーはダメージを受ける。主人公を盾にしたから自業自得だ。
「生命、堂々たる不死の樹!」
東武はさらに巨大な動く木を作り出す。だがようやく霧が晴れてきた!これならこちらからも攻撃できる!
「氷で攻撃だ雨双!…あれ?二人はどうした?」
後ろを見るとサポート役の雨双とアミュリーが居ない。トイレか?
「二人ならペンギンの攻撃を避けたときに悟さんが落とした財布を持って、先にパフェを食べに行くと言って帰りました。ぎゃあっ!」
ペンギンが説明する雑魚ベーに攻撃している間にポケットを探す。だが俺の財布は本当になくなっている!
「…これは大ピンチだ」
あの財布には引き出した十万セル、そして百億セル近くが預けてある銀行のキャッシュカードが入っている。あの二人なら勝手に使わないだろうが、もしもキャッシュカードが無くなったら宝くじがパーになる!
「悟さん危ない!」
財布をなくした原因の氷ペンギンがこちらに攻撃を仕掛けてくる。
そう、このペンギンが悪いのだ。このペンギンが原因で俺の百億セルがパーになるかもしれない。
「このっ、ペンギンもどきがぁっ!…エクサバースト!」
怒りに任せてペンギンを放り投げ、落下しているところをエクサバーストで撃ち抜く。エクサバーストはペンギンごと木を撃ち抜き、木の上半分がそのまま東武の上に倒れ落ちる。
「あ、あの技は!ぐあぁっ!」
倒れ落ちた気に東武は潰される。だが不老不死の技で無事なようなので、そのまま放置して財布を追いかけることにする。
「雑魚ベー!早く財布を取り返しに行くぞ!」
「あ、私は東武さんを救出してからいきます!」
おぉ、雑魚ベーがあの二人より東武を優先するなんて意外だ。それとも俺の百億セルのことなんかどうでもいいと思っているのだろうか?
「んー?なんだあれ?」
俺は宿どころか町の場所すらわからず草原を歩き続けていた。すると一人の小学生程度の女の子とを見つけた。そしてその子の周りには材質の硬そうな制服を着た、中学生くらいの女子が十数人でその子を取り囲んでいる。
そして数人が女の子を取り押さえようと飛び掛る。
…どうする?助けることで主人公の地位を高めるか。もしくは助けて謝礼金でも貰うか。まあ助けることにはかわりはないな。
「空気圧圧縮砲!」
風の魔法弾で取り押さえている奴の一人を吹き飛ばす。吹き飛ばされた奴は体中に擦り傷を負い、軽く出血している。
あ、そうか。特星じゃないから怪我するんだった。…吹き飛ばした奴には少し申し訳ない。
「何者ですか!?」
「立場が美味しい者かな。だが名前の無さそうな奴に名乗る名前はない!」
「え?いえあの、私たちは名前ありますけど」
囲んでいる奴の一人は困惑しているようだ。だが俺にはわかる!これだけ大人数で行動している奴らというのは、リーダー格以外は名前のないモブキャラに過ぎないということを!
「さあその子をこっちに渡してもらおうか」
「人攫い!?同業者です、構えてください!」
武器を持った中学生くらいの奴が数名前に出てくる。
同業者ということはこいつらも人攫いなのだろうか?だとしたらなんて治安の悪い国なのだろう。…というかこんな子を攫うメリットはあるのか?
「ならばさっきのやつと同じ目にあわせてやるか」
「ひぃ!ごめんなさいー!」
「私たちは帰りますー!」
しかし銃を構えた途端に喋ったやつを残して他の女子中学生はさっき逃げていく。本当に俺がそんなことする人に見えたのだろうか?だって正義の味方オーラが全開じゃないか?
「だ、駄目ですねこれは。こうなったら私一人でやるしかありません!」
「逃げないのか」
どうやら残された奴は他より少しは格上のようだ。名前を聞いておこうかな?
「あ!用事を思い出したので帰ります!急用なのでそれでは!」
そういって逃げていく最後の一人。俺と小学生くらいの女の子だけが残される。
「大丈夫だったか?」
とりあえず傷などがないか確かめる。物凄くボロボロならより危険な時に救ったように見えるし、無傷であれば俺が主人公として凄い実力があるように思える。今回は女の子が無傷なので主人公としての地位が上がる結果となるだろう。
「うん。…もしかして私を助けてくれたの?」
「ああ。攫われてるように見えたからな。…違ったか?」
「攫われかけてたよ。でも私を助ける人なんて珍しいねー」
それはそうだろう。こんな町外れの草原で攫われそうになってたんだから、助ける以前に見つけるほうが大変だと思うぞ。
「困ってたわけじゃないよ。そうだ、お礼に家に来る?」
…ここで謝礼を貰うのもいいが、ただの謝礼よりも百億セルの方が大事だろう。謝礼はまた別の日に貰うということで今日は先に帰ろう。
「悪いが急ぎなんだ。ところで神門王国はどこだ?」
「迷子なの?ここは一応王国内だよ。町なら私も行くから案内しようか?」
「そうか?なら頼む」
そうか。王国だから一応この辺全部が神門王国国内なのか。まあどっちにせよ町の場所が判るわけないので案内してもらおう。
「それじゃあ私は帰るから。今度暇なら遊びに着てね、コートの変な人!」
手を振って去っていく女の子。名前も家の場所も言わずに遊びにこいとは無茶を言う。だが小学生のことであれば雑魚ベーに聞けば大丈夫だ!…名前も聞いてなかった。
「あれ?少女の気配がしたのにいませんねぇ」
噂はしていないが雑魚ベーが宿の中から出てくる。気配で人がわかるのだろうか?なんだか便利そうだ。決して取得したくはないが。
「さっき小学生くらいの女の子に案内してもらったぞ」
「あ、悟さん。居たんですか」
…そこそこ長い付き合いのはずだが俺の気配はわからないのか?いや、主人公のオーラが気配を消しているのか。もしくは対女の子専用か。…両方だな。
「で、その女の子が誘拐されそうだったところを俺が助けたんだ」
「ええ!?」
ふふふ、悔しがっているな。雑魚ベーのことだから自分が助けて女の子との高感度を上げたいはずだ!
「悟さんが人助けなんて、いくら貰うつもりだったんですか?」
「ちょっと待て!…俺が見返りのためにその子を助けたと思ってるのか!」
「そりゃまぁ。そこそこ長い付き合いですからねぇ。そのくらいはわかりますよぉっ!」
まったくそんな風に俺を見てたとは酷いやつだ。俺はあくまで主人公としての役目を果たしただけで、そこには見返りなんて無粋なものは求めていないというのに。
「いいか雑魚ベー!俺のような主人公の素質のある者は常に子供達の笑顔の為に行動しなければならない!少なくともそういう心がけが大事なんだ!」
「おぉ!さすがは悟さんです!今まではただの変人だと思っていましたが見直しました!」
まあ主人公というのは最初は評価されないものだ。だがそろそろ日頃の行いが評価に繋がる頃なのだろう。そう、俺が主人公らしくなる時期がやってくる!きっと恋愛フラグを乱立するに違いない!
「あ、ところで俺の財布は?」
「二人が持っていますよぉっ!…そうだ!二人の笑顔のためになにかお土産でも買ってあげませんか?」
「無理。もったいない」
ただでさえパフェを奢っているというのにそれ以上奢るのは厳しい。俺自身が参加できるパーティなら大丈夫なのだが、相手だけが一方的に得をするというのはなんだか良い気分じゃない。
「え。あの、子供達の笑顔は?」
「え?さあ?なんのことだ?」
そういえばついさっきそんなことを言った気がする。ただ今の気分に合わないことだからあまり覚えていないが。
「…悟さんらしいですねぇ。やっぱり悟さんは変人だと思います」
その後、俺達四人はお土産を買いに出かけた。雑魚ベーが二人にお土産を買ってあげていたので、俺もついでに雑魚ベーに土産を買ってもらった。
俺は泊まる予定の宿を買い取り、一人一部屋ずつ豪華な部屋を提供してあげた。
だが、俺達は旅行に関する重要な問題に気づかないまま眠りにつくのだった。