幕間 屋敷の住人
山奥のそのまた奥の屋敷には一柱と二人が暮らしていた。
山神などと呼ばれて幾星霜。その実態は、長生きしただけの蛇である。それも白蛇でもなくただのヤマカガシ。ちょいと毒には自信があるが、その程度である。
という自己認識のヤマ。
普通の蛇は人化しないし、話もしないということは棚上げである。
ヤマ様の側仕えですよぉという姉妹は、昔々、この山を神々から譲り受けた、ということもあったりした。が、今は、別に普通の童子だし。
と童子を数十年単位でやっているクルミとアケビ。
普通の童子は数十年子供やってないということも棚上げである。
彼女たちの住む屋敷は神々の別荘だったが、使わないしとヤマに下賜されたものだ。
神々はもう遠くへ去ることが決まっていて、戻ってくることもないと断捨離したのである。引っ越しに家は持っていけない。
神々が暮らしやすいようにカスタマイズされた屋敷は壊れることもなく、常に同じであった。
山には災いも幸福もなく平穏な退屈があった。
そう、退屈だったのだ。
今日も今日とてすることないと畳の上で泳いでいるアケビ。
それ横目でみつつ、刺繍を続けるクルミ。
ヤマは鏡の前で口紅の色比べをしていた。さらに一番似合う色はどれかと時々クルミに絡んでいた。
「そろそろ人攫って来て遊んでもらおうよ」
アケビがひーまーとうめきながら、動きを止め床に突っ伏して嘆いていたが、急にがばっと起き出してそんな事を言う。
山奥のそのまた山奥は、暇だった。
それも年単位で暇。
あまりにも暇すぎて、不憫な人をさらってきてはお世話をするという遊びを始めるほどだった。
世にいう神隠しではあったが、彼女たちにその自覚はない。
山神といわれるものは、寂しがり屋ではなかった。
暇神であった。
「買い物いってきたら? あ、新しい、口紅と白粉、それから、最近流行りの爪染も欲しい」
ヤマはたしなめるでもなくアケビにお小遣い渡すからと交渉し始める始末。
クルミはため息を付いた。
「本も欲しいですね。揺るがないシリーズの新刊でているはずですし、ついでに画集も」
「なにその面倒事全部おしつけてやんよ! という考え!」
「「ひまなんでしょ?」」
「くっ」
そう言いながらアケビは、立ち上がった。部屋着のロングワンピースがシワだらけである。うつ伏せに寝てゴロゴロするから当然といえば当然ではある。
見苦しいとクルミは眉をひそめた。
「着替えて行きなさいよ? 流石に子供でも許されざるところはあるわ」
「おっとなの女になるからいいですぅ」
「大人ならもっとちゃんとした服を着るわ」
「そうじゃな。ほれ、衣装部屋に選んでもらうがいい」
「あそこ趣味が偏ってて」
「衣装図録でも買ってきなさいよ。勝手に学習するわよ」
「いい感じのは王都でもいかないとないよ。遠出してきていい?」
「それこそ憑かないとムリじゃない」
「はぁ、つまんな。やっぱり、人さらい」
「山にでも入ってきたらいいわよ」
クルミはそんなことは起こるまいと思ってそういった。近隣でも神隠しと言われて避けられている山である。普通の猟師すら入ってこないのだ。
アケビはぶーとわざわざ口に出して不満の意を表し、ヤマは肩をすくめていた。
その数日後、山での迷子を発見することになる。
最初に見つけたのはヤマだった。猫耳男がおっかなびっくりに歩いていた。
ふむ? と観察しているうちに、山歩きに慣れていないのかすっ転んでいた。
猫科動物の俊敏性、どこおいてきた、と思うくらいの受け身の取れなさ。
さらにどこかふらふらで、嫌な予感を感じさせる。
「なになにー?」
その男の様子を観察しているうちにアケビがやってきた。おそらく、侵入者を感じ取ったのだろう。この山はアケビとクルミと紐づけられている。異変はどこにいても感じられるはずだ。
アケビはヤマが見ていた男をすぐに発見した。
「おお、拾おう」
「安易に判断するものではない」
「いや、だって、あっち崖」
絶対落ちる。
あの鈍くささでは落ちる。確約。
ヤマはその男の足元に石を投げた。がさがさといい感じに音が鳴り、注意がそれたときにちょっとだけ場所をずらした。
「なにしてるの?」
最後にクルミがやってきた。ヤマがなにかするようなことが起こったと確認しにきたのだろう。
「ねぇ、約束。拾おう」
「……いや、やめよ? 若い男がこんなとこいるのおかしいって。しかもなんか目が虚ろで怖い」
「目の下にクマ飼ってるから寝不足じゃない?」
「なんというか、危なっかしいというか」
こそこそと言い合いながら、見守る三人の前で、その男は地図を広げた。
そして首を傾げる。
「おい、あれ、逆だよな」
アケビが、嘘だろぉと言いたげに確認する。男の地図の見方は上下逆である。普通は文字で気が付きそうなのだが、そのまま、あれ、こっちかなとくるくる回しているので、現在の方角に合わせて地図を回しているようだった。
現在の方角が正しくわかっているなら問題ないだろう。ちゃんと行き先に丸がついていたし、道があっていればたどり着けるだろう。
ここがその地図の山のお隣で、山違いであることに気がつけば、だが。
山の入口で左右間違えるとこちらの山にご案内される。きっとそこで間違えている。
入る気もなかったのだろうから、速やかにでていって貰おう。ヤマとクルミはそう思っていた。
「あ、ああ、そっち、奥の方っ!」
「ちがうって、ほら、やり直し、ああっ!なんでそっち!崖!」
見ていられず、再トライさせるも行きたい方向とは違う方向に向かっていく。
そうしている間に日は暮れ始めた。
「いやーっ! そっちは、がけよーっ! なんでそんなに好きなの崖っ!」
「ちょ、なんでそこにすっ転ぶ!?」
「稀に見るドジっ子か」
そうしている間に日は沈み暗くなっていく。どう考えても、もう、つきそうにない。
満場一致で保護することにしたのであった。
「あ。でも、屋敷は、いいっていうかな? 話する間もないじゃない?」
「別にいいじゃないかしら。気に入らないなら追い出すわよ」
彼女たちは屋敷に住んでいるが、その実、住むものを選んでいるのは屋敷自体だ。いつもは黙っているが、嫌なことがあれば話はするだろう。
アケビがたぬき飼うと連れてきたときには即追い出されていた。
むろん、アケビごとである。それからしばらくは野生児をやっていたアケビも少しばかりどうかと思うが。
かくして、迷子の男は屋敷に保護されたのである。
女性型のアレが出てきていますが、ハーレム展開はございません。寝取られもないので、そういう意味ではご安心ください。
どちらかというと、うちのかわいいねこちゃぁん、みたいなお世話方向……。




