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しろやぎさんたら よまずに たべた

 メイナは手紙をまじまじと見て、にこりとわらった。薄ら寒い笑みというものだ。クライはすでに何回か見ている。

 店主をそっと見れば、表情が青ざめていた。


「お手紙は、来ませんでした。

 そうですね?」


 こくこくと頷く店主。メイナはそれに満足したのか頷いて、手紙を2つに分けた。危なそうなものはないですねと呟いてから、はむっと口にくわえる。


「め、メイナさん!?」


 予想外の行動に慌てるクライ。もぐっとひとくち食べてからメイナは少しばかりバツの悪そうに苦笑した。


「私、一応、紙も食べれまして……。

 現物残したくなくて」


「そ、そんな焦って証拠隠滅しなくても」


「証拠隠滅!?」


 クライの言葉に反応したのは店主の方だった。青かった顔色が白くなりつつある。


「犯罪者ではありません。

 諸事情あって、駆け落ちしました」


 メイナは堂々と嘘をついた。

 追手を差し向けようとはなどと嘆いている様子は本当にそうかもと思わせるところがあった。


 そ、そうだっけ? とクライが戸惑っているところにメイナからアイコンタクトされる。


「そうなんです……。彼女のご実家の了承が得られなくて」


 嘘ではない。ゴウト家の合意なく、婚姻の手続きは進められる予定である。法律の上では、成人後は本人の意向で結婚することが許されている。

 ただ、大体の貴族家の場合、家のために婚姻を結ぶことが多く、親族の了承は必須とされている。


 違法ではないが、常識知らず、という扱いになるだろう。社交界にも顔を出せないだろうが、この山奥に引きこもるのですから、無問題。より面倒が来なくて快適とメイナは笑っていた。

 クライとは肝の座り具合が段違いである。


「そうだったのかい。

 苦労したね」


 店主は納得はしてくれた上に同情もしてくれているようだった。


「そうでもありません。

 二人きりの新婚生活です」


「……まあ、次も手紙が来たら取っておくよ」


 店主はなにかを察したようにメイナの言葉をスルーした。

 クライはよろしくお願いしますとメイナの手を引いて店を出た。


「……ふむ。町の長のところに顔を出しておいたほうが良いですね」


 店を出てしばらくしてメイナはそういった。

 駆け落ちではないが、ゴウト家からの手のものが来る可能性が出てきた。


「そうだね……。迷惑かけちゃいそうだし」


 彼らも知らずに匿っていたと因縁をつけられたくもないだろう。

 その話の結果、うちの町には来ないでくれと言われるかもしれないが、それも仕方がない。


「私の手紙をちゃんと読んで、ほっといてくれれば良いんですけどね。あの頑固、人の話聞かないから」


「ご両親的な人?」


「いいえ、当主です。

 昔は、可愛かったんですけど、今は偉そうです」


「仲が良い?」


「昔は。

 怪我の一つでもすれば、とかなんとか言われたこともありますね。

 角の恩を忘れやがって」


 確かにメイナの角は一本欠けている。

 この角の有無は個体差で、どちらが偉いということはないとメイナは言っていた。

 とある事情で、ある方が重要視はされているとも。

 おそらくとある事情というものが絡んだ話だろう。クライはそれ以上聞いても良いのか少し思案した。


「他の誰かの贖罪の証として差し出す風習があるんですよ。そして、それはなんであろうと受け入れさせられるという理不尽なやつです」


「嫌って言えないの?」


「法に書いてあります」


「なんで」


「昔々、殺伐とした時代に制定されたらしいですよ。同じようなものにうさぎ族の手とか、尻尾とか」


「…………そ、そう」


 思った以上に血なまぐさいなにかが埋まっている話だった。


「身代わり、といえばそうなんですけどね。

 そこまでしていいと思った相手にしかしません。もちろん、クライさんになにかあったら、差し出しますよ」


「やめて。

 穏当に生きてくから、余計なフラグ立てしないで」


「そうですね。

 スローライフとやらを謳歌するんですものね」


 機嫌よくメイナは言ったが、少し首を傾げた。


「ところで、街の中心から完全に離れてるので方向直していいですか?」


「はい……」


 クライは手を繋がれたまま、町の中心へ戻ることになった。


 聞き込みにより、町の長の居場所はわかった。

 雑貨屋である。つまり、先程の店主がこの町の一番偉い人だったのだ。

 言われてみれば、訛りもあまりなく、文字の読み書きや計算もちゃんとできる人だった。それはきちんとした教育を受けているということだ。


「どうします?」


「どうしようかな」


 クライは一応、境遇には納得してもらったしそのままでいいような気がしてきた。


「……買い忘れかい?」


 迷っているうちに店主のほうが怪訝な顔で出てきてしまった。


「売るものがあったんです。

 お店では物々交換できないので」


「まあ、入って」


 言われるままに二人は中に入った。


「それでなにを売ってくれるんだい?」


「こちらです。

 隣の山のお方が、爪染が欲しいというのでお店も教えてください」


 じっと二人を見たあと店主はため息をついた。


「そうかい。

 本屋とおもしろ道具屋も教えておくよ」


 店主はなにかを理解したようだった。あんな近くにいるのだから、なにか知っていてもおかしくはない。


「山のお方は、悪い方じゃないんだが、構い倒してなんかだめにする傾向がある。

 ほどほどで済ますんだぞ」


「それはわかります」


 クライは力強く同意した。なにもしないでも衣食住揃っていて、誰にもなにも言われぬままに堕落していきそうである。

 メイナが現れなければ、一年も立たずにクライも堕落していたに違いない。


 店主は相場よりもかなり安く買い取ったが、この田舎では使うものがいないモノであるので買い取ってもらっただけありがたい。


「次はもうちょっと使いやすいものにしてくれと伝えてほしい。

 金とか金とか金な」


「それ、国からの監査入るのでやめたほうが良いですよ。金銀銅は産出量、国が管理してます。予定外の量は少量でも、罰せられる」


 メイナはちょっと困ったように指摘していた。鉱山は個人及び家が所有していて、産出したものは売りに出しても構わないが、総量の申請は必要である。その分、税金がかかるので。

 クライは嫡男として脱税にならんように節税するテクニックというものも少しは学んでいたので知っている。

 町の長はこの領地の主ではないのでそこまで知らなかったのかもしれない。


「くっ」


「そう考えると売りにくいですね……。もうちょっと考えてもらうことにしましょう」


「山のお方の手を煩わせるわけにはっ」


「暇なんでなんか考えてくれますよ。

 暇すぎると日に何度聞いたか」


 あの屋敷ではそれだけはげんなりするものだった。ただ、クライも暇というのはわかる。見ればメイナもそうそうと頷いている。


「……ちょっとこう、小銭稼げそうなのでよろしく頼みますとお伝え下さい」


「伝えておきます」


 がしっと握手をしてその件は片付いたが、駆け落ちの件はなにも片付かない。


「なにか問い合わせがあったら、答えて頂いて構いません」


「そうしてもらうよ。

 誰か来たら、山にも案内してやるから安心してくれ」


 クライの申し出にあっさりと店主は答えた。

 あの、山、に案内する。

 迷って、どこにもつかないところに。あるいは、たどり着いてなにかに囚われると知っていて。


「それでなんか言われたら山のお方がちょいと手を貸してくれるので問題ないよ。

 うちの町はそれでやってきた。

 自分たちだけの問題を片付けてくれりゃいい」


「ありがとうございます」


「いいってことよ。

 ただねぇ、一つ悪いことしちゃって」


「なんです?」


 店主はバツの悪そうな顔で言った。


「うちのかみさんに駆け落ちだってよって話しちまったんだ。

 悪いな、今日中にはもう話が町中に広まってる」


 絶句するクライとまあ、と両手を頬に当てるメイナ。


「どうしましょう。

 やっぱり、ダーリンと」


「呼ばないで。ハニーとも呼ばないからね」


 クライはガッツリ釘を刺しておいた。


「駆け落ちしちゃうくらいの熱愛を見せつけなければ」


「なんでメイナさんって、クールそうに見えて、時々そんななの」


「愛ですよ、愛」


 クライは聞かなかったことにした。

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