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10/12

最短婚前旅行

 メイナが山奥の屋敷に滞在して2週間。誰も働けという人もいないのにやっぱり今日も早起きしてしまった。

 メイナはまだ少し薄暗い外を見る。

 メイナの日常というのは、8時~21時までの労働だった。なお、土日でも用事があれば休みは返上し、時間外労働もたびたびある。

 そんな生活を50年くらいしていたので、5時になれば勝手に起床する体になっていた。

 しかし、屋敷の朝食は7時過ぎだ。


 それまでの間に日課を済ませる。ここに来る前は昼食が終わった後に少々の運動をこなしていたが、クライが起きている時間にそれをする気にはならなかった。ドン引きされそうである。


 メイナは庭に出た。ちょうどよい感じに庭に背の高い木が生えている。よい感じの枝ぶりにわくわくしてきた。


「さて、最速記録でますかね」


 砂時計を地面にひっくり返して置き、助走をつけて木の半ばまで駆け上がった。そこから先は枝がしなりすぎないうちに上へ上へと昇っていく。一番細い先に触れて、地面に降りる。


「……すこし、重くなったかな」


 メイナはそうつぶやいて、落ち切っていない砂時計を拾った。

 メイナには小さなころからなんか高いところに上りたい、という欲求があった。祖先に近いとか、先祖返りなどによく表れる特徴らしかった。

 そのため、本家には難易度別の木が育てられ、意味もなく高い塔があった。むろん外を登るのである。

 あれだけは惜しかった。とメイナは思う。


 日課はほどほどに切り上げて、メイナはお風呂に向かった。今日はクライと町まで出かける日だ。手紙を出しに行くのである。

 本当はもう少し早く出るつもりだった。しかし、クライがメイナさんが疲れるだろうからと町で一泊したほうがいいかなという話になった。

 疲れませんが、と言いかけたときに袖を引っ張る感覚があり、はっとした。

 お泊まりである。

 日常とは違うイベントが発生している。それをスルーしかけるとは。

 そうですね、つかれちゃうかも、とやや棒読みで返答したのはメイナとしては頑張った範囲である。


 その後、天気が連続でいい日を予測してもらい、二、三日は雨が降らないであろうということで出かけることになった。


 メイナはお風呂でゆっくり湯に浸かりながら手紙に書いたものを少し思い返す。

 まず、何人かいた友人に結婚し転居したので、手紙はこちらに送るようにと近くの町の私書箱の住所を書いておいた。黙って行方不明になると後が面倒そうだからだ。


 どこに滞在しているかということは、クライの実家であるデデン家とメイナの実家のゴウト家の手紙にも書いた。それから、デデン家には結婚の了承を得たので手続きを頼む依頼をした。

 少々、デデン家やその本家で気になることはあるものの手紙で問いただしても答えを得られることはないだろう。


 ゴウト家には結婚しました、新居はここです、今までお世話になりました、の三行で済ませたが。

 焦って探したところで、神隠しにあっているから探しようもないだろう。ざまぁみろと思うのは意地が悪すぎるだろうか。

 元職場にも結婚しました、と幸せにやってます、と煽り散らかした手紙を。

 鬱憤というものが溜まっていたなとしみじみとメイナは思った。


 それらの手紙には知っていてもあえて書かなかったことがある。


 メイナにはヤマから事前に聞かされたことはある。クライには黙っていてねと。

 まず、最初にクライがここにいることは、本家には伝わっているはずである。そこからデデン家にも伝わっていると見込まれる。

 という曖昧なものだった。


 そんな表現になるのは、知り合いの知り合いの知り合いのつてを辿って伝えたからで、たぶん、連絡はついている、と思う、としか言えない。

 さらに伝言ゲームをくぐり抜けたあとなのでもしかしたら、とんでもない伝わり方をしているかもしれない。

 あとで手紙にすればよかったと気がついたのよ。と申し訳なさそうだった。

 クライに言うと血相を変えてでていきそうだから言えなかったそうだ。


 良かれと思ったが、失敗してしまうことはあるだろう。ただ、妙なのは、メイナには何もそういったことは伝えられていない。この地図と渡されたのもクライがもらったものと同じであった。普通に入ったなら、本来行くべき場所につくはずだ。そうはならなかったが。


 信用問題の関係で言わなかったのか、神隠しなんて信用されないと思ったのかは不明である。

 ただ、デデン家が落ち着いていた理由はわかった。


 安心安全な隔離場所にいるのだから、慌てはしないだろう。


「そうはいっても気にはなりますね」


 ボソリと呟いた声は思ったよりも響いた。


『なにー?』


「お風呂覗くのはどうかと」


『一緒に入るよ!』


 ちゃぽんと湯が揺れた。2つ分。

 時折朧気に見える姿は今日はない。


「クルミ様とアケビ様、ですか」


『そう! お願いもあって来たの』


『ええ、公正に選んでほしい。あとでね。

 気になることって何? 屋敷のことなら改善要求出すよ』


「屋敷はとても快適で、良い感じの木があれば最高ですが……。

 考えていたのは、それではなく」


 メイナは言い淀んだ。幼子のような姿の二人ではあるが、その実力は隔絶したものがある。

 違う層に生きているものは格が違うと聞いてはいたが、ここまで違うとはメイナは思っていなかった。


 その彼女たちに、悩み相談したら斜め上を限界突破しそうな気がしたのだ。


『お悩みは初めてのデート? ドキドキするよね』


『下世話』


『じりじりも近づいてないからなんか心配になって』


「そ、そこは自力でなんとかしますので、ほっといてください。まだ半月ですよ。ほんと、普通のお付きあいというものをですね」


『長生きのわりに初心ね』


「ほっといてくださいっ!」


『そういう悩みじゃないなら、なに?』


 メイナは言うべきことを吟味した。なにもありませんでは、好奇心を刺激するだけのことだろう。

 ならば知りたいことを提示したほうがいい。


「クライさんのご実家と本家の話です。

 今までは、問題を起こした嫡男や縁戚のものを追放ではないですが、遠方にやろうというものだと思っていました。

 しかし、なにか、隔離しておく、という意味合いが強いのかもと感じてしまって」


 本人の気質は優しく、穏やかで、荒事に向きそうにない。そのせいで舐められるタイプだ。

 本家に呼ばれるくらいの資質もなくとなると元主に軽んじて扱われたというのもわからなくもない。

 何をしたって怒りそうにない。なにか言ってきたら、脅してやればよいと。


 しかし、本人以外はそうではなかった。だから、遠くへやってしまったのではないだろうか。


『隔離は、確かに、隔離かも?』


『クライはちょっと変なところあるよ。

 少なくともカワイイ猫ちゃんじゃない。でも、猫ちゃんのままの方が良い』


「……猫ちゃん」


 そう言われるとそう見える。

 にゃーなどというクライが脳裏を過ぎ去り、いやいや、と頭を振った。超絶可愛いな、という感想も口にも表情にも出してはいけない。

 本人を目の前にして、可愛いと口走りそうになる。それを成人男性に言えばプライドというものが傷つくに違いない。それは避けたい。

 それより気にすべきは変なところというところだ。


「どこが変なんですか」


『うーん。本人はどんくさいと思っているっぽいんだけど、体の使い方がわかってないっていうか、身体能力を持て余しているっていうか。

 目覚めさせたら、化けそうだけど、それが本人にとって良いかというと別で』


 歯切れの悪い言い方だった。

 メイナからすればクライは一般的な身体能力のように思えた。ああ、でも、と思い直す。あの結婚式での乱入者に即座に対応したのは、クライだけだった。メイナよりも、早かった。

 その結果が殴られるだったのだが。それも花嫁が気をひくようなことをしなければ避けただろうなとメイナは思い至った。


『まあ、気長に育成してみたら?

 案外、そのまま伸びるかも』


 水面が揺れた。メイナには二人がなんだか身を乗り出してきたように感じた。


『さて、我々のお願いを聞いてほしいんだけど』


「なんでしょう」


 改まって言われるときはなんだか妙なお願いであることをメイナは学びつつあった。


『ひっさしぶりに町行きたいから憑いていってい!?』


『二人共とは言わないから、どっちか選んで!』


 最高に厄介事だった。

 メイナは二人の気分を損ねない理由を大至急用意せねばならなかった。


「そ、そのですね……」


 今までにない大ピンチだった。


「二人での初めてのお出かけなので二人で、でかけたいです」


 平常時のメイナならば思いついても口にはしないことだ。自制心には自信があるのだ。苛立たせることにかけては天才的な尊大な主と天然なお嬢様の相手をしていればいつでも穏やかな微笑みを習得できる。人にはお勧めしないし、その前に内臓をやられるだろうが。


『……野暮なこといった。二人でお泊りだもんね』


『あ、ほんと、空気読まなくてごめん』


 あっさりと引いた二人だった。心なしかしょんぼりしている。メイナはお土産を買ってくると約束すると機嫌良さそうに希望の品を言う。

 騙されたのではないかと疑うほどの変わり身である。一筋縄ではいかない方々だとメイナは苦笑いする。

 メイナはそろそろ湯あたりしそうなので、風呂を上がることにした。


 着替えは用意されていた。可愛いと山歩きの合理性のはざまで揺れたようなスリットの入ったワンピースだった。その下にズボンを履くことになる。

 露出しないようにしているのは山の虫などに刺されないためだろう。

 メイナはいつもの通り礼を述べ、着替えた。


 台所に行けばクライはすでに居て、新聞に目を通していた。いつの間にか用意されているもので、いつの間にかなくなっている。国内のたわいもない記事ばかりで、刺激の強いものはない。

 一時期、書かれていたような、前代未聞の駆け落ち、なんて記事は残り香もなかった。


 メイナが挨拶の言葉をかけると新聞から目を離しクライはびっくりしたように固まった。


「変ですか?」


「いえ、大変、美しいです」


 生真面目に返されてメイナはありがとうございますと冷静そうに返すが、内心は穏やかではない。褒められ慣れないと心臓に悪いなと胸を押さえてうずくまりたい気分である。

 その代わりにメイナは椅子に座った。すぐに料理が現れる。それに礼を言ってから、食事が始まった。


「今日は楽しみです」


「疲れたらすぐに言ってくださいね」


「はい」


 どちらかと言えば、クライのほうが休憩がいるような気はしていたがメイナはしとやかに答えておいた。


 食後、そのまま町に向かうことにした。

 いつもは自分たちで片付ける食器はそっと消えていたからだ。片付けはいいから、出かけてきてといわれているようだった。


 二人は荷袋を背負い、屋敷の門を抜けた。


「ちゃんと出られる」


「クライさんは、ちゃんと私についてきてくださいね」


 メイナはクライの手を握った。これは屋敷の主たちからの忠告である。はぐれたらヤバい、絶対手を離すなと。

 クライは最初は大丈夫と言っていたが、どちらに行くかという問いに逆方向を差した時点で諦めた。そして、町まで手をつなぐことになるのである。


 たどり着いた町は旅馬車の終点だった。懐かしい気もしたがまだ半月程度である。早速、郵便を扱う店を探す。郵便は国中をめぐっているが、地方になるとそれを専業にしていることはない。雑貨屋のついでに受付や受け取りもしているのが大半だ。

 この町も雑貨屋が兼務していた。


「手紙の発送と私書箱の開封をお願いします」


 クライはてきぱきと依頼し、発送料まできちんと清算した。メイナの分まで。


「あ、私も払います」


「家族分なので大丈夫です。

 ちょっとお駄賃もいただきましたし」


「あ、はい……。荷物は」


「宿に一度預けましょう」


 私書箱に入っていた本をクライはメイナに渡すそぶりもなかった。それがなんだか落ち着かなくて、メイナは数冊受け取った。

 タイトルを見れば、メイナも知っているが読んだことのない本だった。あとで借りようと決めて、荷袋に詰める。


「ああ、メイナさん」


 立ち去ろうとした二人を店主が呼び止めた。先ほど宛名を確認していたのだから、店主が名前を知っていてもおかしくはない。


「なんでしょう」


「手紙が来てたよ。この町にいない名前だからと置いておいた」


「……手紙、ですか」


 ろくなものではなさそうだった。メイナはその手紙を見る。立派な封筒に印が押してあった。


 それはメイナの実家、ゴウト家の印だった。

長命種と呼ばれる個体は大体その種族の平均寿命の5倍~10倍生きる。それ以上は超越種といわれる。

山羊、虎、いずれも平均60歳前後。通常種でも個体差で~120歳くらいまでは長生きする。

クライはその血統から通常種だろうと見込まれているので見た目と年齢は一致している。

メイナは祖先不明の山羊系獣人だが成長が遅く通常より強い力を持っていたため、平均の5倍ほどの寿命がある長命種とされている。通常種で言えば、27歳程度。(幼少期の成長は遅く、通常の成長より2倍時間がかかる。15歳程度からさらに成長がゆっくりとなる)

竜種は普通に500年くらい生きるので種族自体が長命種扱い。長にでもなると1000年は生きると言われているが、天命を全うしたという記録はない。600歳超えたあたりからちょっと耄碌……。

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― 新着の感想 ―
400年もボケ老竜してるとか、ヤバいな。そりゃ500年生きる竜たちが長老竜を始末しないと、竜種すべてが他の種族の共通の敵になりかねないね。
耄碌して天寿全うできない長命種とはこれまた難儀な…… しかもそんなのが小なりとはいえ世界のトップかー
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