履かない天使と自愛の聖女。~どうして俺の周りには、マトモな女の子がいないのか~
「きゃー! 天使様よ、聖女様もいるわ!!」
「やっぱり二人並ぶと、華やかだよな!!」
男女問わず、廊下を歩く二人の女子生徒に他の学生たちが興奮している。
何を隠そうその二人こそ、我が清廉高校が誇る二大美女だった。ある者曰く、前者は『儚い天使様』で、後者は『慈愛の聖女様』という。
天使様こと高坂海晴は、色素の薄い髪色をした儚げな印象のある女の子。幼い顔立ちをしており、一見して中学生のようにも思えるため、皆の庇護欲を駆り立てる。必ずしも色気があるわけではないが、とてもバランスの良い発育をしている。
他方、聖女様こと綾辻小萌は長い艶やかな黒髪の大人な美女である。どこかおっとりとした顔立ち、目元のホクロが印象的で、とかく優しげな雰囲気があった。海晴とは対照的に包容力のある身体つきをしており、醸し出される聖母感に骨抜きにされる男子は多い。
「……ホントに、大人気だな」
そんな二人のことを眺めながら、俺こと芥知久はそう呟いた。
教室の片隅、廊下からは一番遠く離れた席から。これは決して斜に構えているわけではなく、あの二人に熱狂できない悲しい事情があるためだった。
たしかに、高坂海晴と綾辻小萌は絶世の美少女。
我が校の二大美女と称されるのも頷けるし、認めざるを得なかった。
「本当に、常にアレなら良いんだけどさ」
ただ、俺は知っている。
二人の悲しい現実と、残念な事実を。
そして、その被害を一身に受け続けているのは他ならぬ俺であった。
◆
「ただいまー……」
「あー、おかえりー……知久、ポテチいただいてるよ」
「……海晴、また勝手に上がり込んでるのかよ」
放課後、委員会の仕事を終えてから帰宅すると。
そこには天使様こと、海晴の姿があった。制服が皺だらけになるのも気にせず、カーペットの上にうつ伏せになった彼女は、俺の菓子を勝手に食っている。
こいつは、いつもそうだ。
学校では愛らしさを存分に活かしているのに、オフになると一転、自堕落になってしまう。堕天使という言葉は、あるいはコイツのためのものではないか。
そう考えつつ、自分のベッドに腰かけた時だった。
「……ん? って――」
枕元に投げ捨てられた桃色の布切れに気付いたのは。
「おいコラ、海晴!? テメェはまた、他人の部屋で――」
俺は顔が赤くなるのを隠さず、感情そのままに叫んだ。
「パ……パンツ、脱いでんじゃねぇよ!?」
それは、そう。
あの『儚い天使様』である美少女、海晴の脱ぎたての下着だった。俺が悲鳴に近い訴えを上げると、彼女はチラリとこちらを一瞥して答える。
「えー……だって、窮屈なんだもん。良いじゃん、別に」
「良くねぇよ!? 減るだろ、お前の尊厳が!!」
――あと、俺の理性とか!
などと指摘するものの、完全に暖簾に腕押し。
海晴は近くにあった漫画を取り出すと、ケラケラ笑いながら仰向けになった。すると自然、彼女のスカートがめくれてしまって……。
「ぐふ……!?」
俺は全力で視線を逸らした。
彼女は後になって気付いたらしく、何やら手で直していたが。しかし、あまりに無防備な海晴の姿に、俺は改めて抗議しようとした。
その時である。
「あぁ、知久。……ちょうど良かったわ」
もう一人の美女、綾辻小萌が部屋に入ってきたのは。
どうやら、お手洗いにでも行っていたのだろう。彼女はハンカチで手を拭いながら、さも当たり前のようにベッドに腰かけた。
そして――。
「お前も、当たり前みたいに――」
「喉が渇いた。ちょっとコンビニで、ジュース買ってきて」
「………………」
さらに当然のように、そう言い放つ。
有無を言わさぬ雰囲気に圧倒され、俺は思わず口ごもるが――。
「な、なんでだよ! そもそも、欲しいなら自分で……」
「知久のくせに、私に文句があるの?」
「……ぐぅ!」
――何なんだよ、コイツのこの迫力は!?
俺は完全に気圧されて、ひとまず戦略的撤退をするためコンビニへ。
「あ、ジュース代だけど――」
行く前に、小萌に訊ねた。
すると彼女は、表情一つ変えずに答えるのだ。
「そんなの、貴方の奢りでしょう?」
「………………」
そうして、俺はうつむき加減に外へ出るのだった……。
◆
――戦略的撤退を兼ねたコンビニで、ふと俺は考える。
そもそも、どうして彼女たちは俺の部屋に入り浸っているというのか。それはとても単純な理由で、二人の家が俺の家を挟んでいる。つまるところ両隣が二人の家であり、彼女たちは俺の幼馴染みなのだ。
仮に二人の家が隣同士であれば、俺はこんな目に遭っていなかっただろう。
すなわち、俺がこんな憂き目に遭う理由は立地的なものだった。
「さて、と。……そういえば、何が良いか聞いてなかったな」
俺はコンビニの冷蔵スペースの前で、ボンヤリと考え込む。
かれこれ十数年の付き合いではあるが、二人の好みというのは良く分かっていなかった。というか、なるべく意識をしないようにしていた、というのが正しいか。
とにもかくにも、分からないなら聞けばいいだろう。
そう思った。しかし――。
「……いや、やめておこう。アイツきっと、俺からの着信嫌いだし」
そこでふと、以前に小萌に用があって連絡した際のことを思い出す。
何やら取り込み中だったのか、ひどく声を荒らげて罵倒された。そして念を押すように、二度とかけてくるな、と言われたのだ。
それはさすがに無理だろうが、とは思いつつも、自ら火中の栗を拾う必要はないのも事実。なので、俺は次に海晴へ連絡しようとして――。
「あー……アイツも、小萌の話題出すと不機嫌になるか」
先日の何の気なしの会話を思い出す。
俺は学校の課題のことで、海晴にいくつか質問をした。しかし勉学については彼女よりも、小萌の方が優秀ではある。なので、小萌の名前が出たのだが……。
「烈火のごとく、怒られたな。……何故だ」
おそらく、大切な親友に俺という害虫が付くことを嫌ったのだろう。
しかしながら理由はまだ、判然としていなかった。だったら、こちらについても下手に刺激しない方が良いだろう。
そう考えた結果、俺はまた冷蔵スペースを眺めて唸った。
「まぁ、炭酸ジュースで良いだろ。……あと、海晴の分も買おう」
下手に一人だけハブると、それはそれで軋轢を生むに違いない。
俺はそんな細心の注意を払いつつ、ようやくコンビニを出た。
◆
「……遅い!」
「ぐは!?」
――で、部屋に戻ったら右ストレートがどてっぱらに。
あからさまに苛立った様子の小萌が、開口一番にそう言いながら打撃を加えてきたのだ。俺は思わず身体をくの字に曲げながら、衝撃を堪える。
そしてすぐに、
「お前なぁ!? 誰のために片道十分のコンビニに行ったと思ってんだ!?」
「それにしても遅い。なんなの、知久はナメクジか何か?」
「お、おのれぇ……!」
言い返すが、鼻で笑われながら罵倒される。
コイツ――女の子でなければ、マジで殴り合いの喧嘩だぞ。
「それで、ジュースは?」
「……あぁ、これだよ」
俺は額に青筋を立てながらも、ぐっと堪えて。
手にした袋から炭酸飲料を差し出した。
すると彼女は、ムッとして――。
「私、炭酸飲めないんだけど」
「…………はぁ?」
こちらに突き返しながら、そう言うのだ。
なんだ、この女ァ……!?
「じゃあ、どうするんだよ」
「仕方ないから、知久が飲めば? 私は水で我慢するから」
「………………」
なんだその『私は殊勝な態度を取っています』みたいな言い方は。
思わずそうツッコみかけたが、俺は呑み込んだ。
そして、もう一人の幼馴染みに声をかける。
「おい、海晴。炭酸ジュースだけど、いるか?」
「ん! 飲む飲む、あんがと!」
すると海晴は素直に、ニカっと笑いながらペットボトルを受け取った。
そして、勢いよく蓋を開けて――ブシュウウウウウウウウウウ!!
「おわ!?」
「きゃああ!?」
先ほどの小萌との争いで若干だが振れていたのか。
炭酸飲料は一気に噴き出して、海晴の制服をぐしゃぐしゃに濡らした。夏服の白いそれは水で張り付いて、肌が透け――。
「うぎゃああああああああああ!?」
――このバカ女、ブラすら付けてねぇのかよ!?
俺は肌色を視認した瞬間に身体を回転させ、ベッドにダイブ。毛布を頭からかぶって、視界を完全にシャットアウトした。
すると、聞こえてきたのはこんな会話。
「あちゃー、どうしよう。……これ」
「海晴、はい」
「お、小萌あざっす」
そして、何やら衣擦れする生々しい音が聞こえた。
それすらなくなってしばらく、俺は恐る恐る毛布から顔を出す。
すると、そこには――。
「ぶふっ!?」
俺のワイシャツだけをまとった海晴の姿があった!
小柄故に、俺のそれだけで全身が隠れている。
だが、これは刺激が強す……ぎ――。
「……がくっ」
そこで、俺の意識は途切れた。
◆
――知久が意識を失って、それを見る美少女二人。
彼女たちは互いに顔を見合わせて、このように話し始めた。
「少し、刺激が強すぎたのではないの? 海晴」
「あー……知久、これでかなり初心だからね」
そう言いながら、海晴は知久のシャツをピラピラとはためかせる。
女性同士、かつ幼馴染みということもあり、海晴はさらに遠慮なくなっていた。そんな彼女を見て、眉をひそめたのは小萌。
彼女は腕を組み呆れたようにため息をつきながら、このように指摘した。
「貴方も女の子なのだから、さすがにもう少し恥じらいを覚えるべきではないの? そうやって知久にアピールしてる、ということなのでしょうけど……」
それは、おそらく知久の頭にはまったくない考え。
しかし小萌の指摘はしっかり的を射ており、海晴はあからさまにムッとした表情でこのように言い返した。
「うるさいなー、いいでしょ? 『抜け駆けナシ』って約束は守ってるんだから!」
「それはそうだけど、節度というものがあるでしょう?」
「むー! じゃあ逆にアンタはどうなのよ!」
「わ、私……?」
「そうよ! アンタだって――」
思い切り、息を吸い込んで。
「本当は知久に甘えたいのに、ただただ恥ずかしいからぶっきら棒になってるんでしょう! そっちはもっと、素直になったらどうなのよ!!」
「なっ……!?」
その言葉に、さすがの小萌も赤面した。
急いで否定しようと口をパクパクさせているが、図星を突かれているのか何も言い返すことができない。すなわち、それは肯定するしかない証明だった。
そんな幼馴染みの反応を見て、海晴は小ぶりな胸をふんすと張って言う。
「……まぁ、それだったらアタシの方が有利だから良いんだけどね!!」
「く、くぅぅ……!」
有利不利、というのは知久争奪戦についてのことだろう。
自信たっぷりに言い放つ海晴に対し、小萌は拳を握りしめて震わせていた。それでも、聖女サイドとしてもただでは終わらない。
おもむろにベッドの下をまさぐると、何かを天使に向けて突き付けるのだった。
「こ、これを見ても、まだ自分が有利だと言えるかしら!!」
「な……何よそれぇ!?」
それを目の当たりにして海晴は、驚愕に目を見開く。
小萌が彼女に見せたのは、知久の秘蔵品――要するにアダルトな本だった。どうやって入手したのかはともかくとして、表紙にデカデカと載っていたのは『豊満な果実を持った女性』である。
呼吸が荒くなった海晴に対して、反転攻勢に出るのは小萌だ。
「知久は、このように大きな胸の女性が好きなのです! 性的な魅力に限って言えば、私の方が貴方よりも有利であると思いますが!!」
「くぅ、このぅ……!!」
今度は聖女、自身の豊かな胸を張ってみせる。
さすがの海晴もこれには反論の材料がないらしく、唇を噛んで悔しそうにしていた。もっともこの論争自体、知久不在で行われているため不毛なのだが。
さて、そんな彼はいまどうしているかというと……。
「ん、うぅ……?」
ようやく、一時的な気絶から覚めようとしていた。
そんな様子に気付いた二人は、秘蔵品をどうしようかと慌て始めて――。
「あ、俺……もしかして、寝てた?」
「知久、サイテー」
「本当に、ありえないわね」
「へ……?」
どうやら、ある方向性で決まったらしい。
小萌はあの秘蔵品を知久に突き付け、海晴は蔑んだ眼差しを向けた。
そして、異口同音にこう告げる。
「「軽蔑する」」――と。
芥知久の高校生活はおそらく、これからも波瀾万丈になるだろう。
天使と聖女、クセの強い二人の美少女に挟まれながら……。
カクヨムでは連載ですが、こっちでは短編にまとめました。
面白かった
続きが気になる
少しでもそう思っていただけましたらブックマーク、★評価など。
創作の励みになります。
応援よろしくお願いいたします。