表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

履かない天使と自愛の聖女。~どうして俺の周りには、マトモな女の子がいないのか~

作者: あざね






「きゃー! 天使様よ、聖女様もいるわ!!」

「やっぱり二人並ぶと、華やかだよな!!」



 男女問わず、廊下を歩く二人の女子生徒に他の学生たちが興奮している。

 何を隠そうその二人こそ、我が清廉高校が誇る二大美女だった。ある者曰く、前者は『儚い天使様』で、後者は『慈愛の聖女様』という。


 天使様こと高坂海晴は、色素の薄い髪色をした儚げな印象のある女の子。幼い顔立ちをしており、一見して中学生のようにも思えるため、皆の庇護欲を駆り立てる。必ずしも色気があるわけではないが、とてもバランスの良い発育をしている。

 他方、聖女様こと綾辻小萌は長い艶やかな黒髪の大人な美女である。どこかおっとりとした顔立ち、目元のホクロが印象的で、とかく優しげな雰囲気があった。海晴とは対照的に包容力のある身体つきをしており、醸し出される聖母感に骨抜きにされる男子は多い。


「……ホントに、大人気だな」



 そんな二人のことを眺めながら、俺こと芥知久はそう呟いた。

 教室の片隅、廊下からは一番遠く離れた席から。これは決して斜に構えているわけではなく、あの二人に熱狂できない悲しい事情があるためだった。

 たしかに、高坂海晴と綾辻小萌は絶世の美少女。

 我が校の二大美女と称されるのも頷けるし、認めざるを得なかった。



「本当に、常にアレなら良いんだけどさ」



 ただ、俺は知っている。

 二人の悲しい現実と、残念な事実を。

 そして、その被害を一身に受け続けているのは他ならぬ俺であった。







「ただいまー……」

「あー、おかえりー……知久、ポテチいただいてるよ」

「……海晴、また勝手に上がり込んでるのかよ」


 放課後、委員会の仕事を終えてから帰宅すると。

 そこには天使様こと、海晴の姿があった。制服が皺だらけになるのも気にせず、カーペットの上にうつ伏せになった彼女は、俺の菓子を勝手に食っている。


 こいつは、いつもそうだ。

 学校では愛らしさを存分に活かしているのに、オフになると一転、自堕落になってしまう。堕天使という言葉は、あるいはコイツのためのものではないか。

 そう考えつつ、自分のベッドに腰かけた時だった。


「……ん? って――」


 枕元に投げ捨てられた桃色の布切れに気付いたのは。



「おいコラ、海晴!? テメェはまた、他人の部屋で――」



 俺は顔が赤くなるのを隠さず、感情そのままに叫んだ。



「パ……パンツ、脱いでんじゃねぇよ!?」



 それは、そう。

 あの『儚い天使様』である美少女、海晴の脱ぎたての下着だった。俺が悲鳴に近い訴えを上げると、彼女はチラリとこちらを一瞥して答える。



「えー……だって、窮屈なんだもん。良いじゃん、別に」

「良くねぇよ!? 減るだろ、お前の尊厳が!!」



 ――あと、俺の理性とか!

 などと指摘するものの、完全に暖簾に腕押し。

 海晴は近くにあった漫画を取り出すと、ケラケラ笑いながら仰向けになった。すると自然、彼女のスカートがめくれてしまって……。



「ぐふ……!?」



 俺は全力で視線を逸らした。

 彼女は後になって気付いたらしく、何やら手で直していたが。しかし、あまりに無防備な海晴の姿に、俺は改めて抗議しようとした。


 その時である。



「あぁ、知久。……ちょうど良かったわ」



 もう一人の美女、綾辻小萌が部屋に入ってきたのは。

 どうやら、お手洗いにでも行っていたのだろう。彼女はハンカチで手を拭いながら、さも当たり前のようにベッドに腰かけた。

 そして――。



「お前も、当たり前みたいに――」

「喉が渇いた。ちょっとコンビニで、ジュース買ってきて」

「………………」



 さらに当然のように、そう言い放つ。

 有無を言わさぬ雰囲気に圧倒され、俺は思わず口ごもるが――。



「な、なんでだよ! そもそも、欲しいなら自分で……」

「知久のくせに、私に文句があるの?」

「……ぐぅ!」



 ――何なんだよ、コイツのこの迫力は!?

 俺は完全に気圧されて、ひとまず戦略的撤退をするためコンビニへ。



「あ、ジュース代だけど――」



 行く前に、小萌に訊ねた。

 すると彼女は、表情一つ変えずに答えるのだ。



「そんなの、貴方の奢りでしょう?」

「………………」





 そうして、俺はうつむき加減に外へ出るのだった……。

 









 ――戦略的撤退を兼ねたコンビニで、ふと俺は考える。

 そもそも、どうして彼女たちは俺の部屋に入り浸っているというのか。それはとても単純な理由で、二人の家が俺の家を挟んでいる。つまるところ両隣が二人の家であり、彼女たちは俺の幼馴染みなのだ。

 仮に二人の家が隣同士であれば、俺はこんな目に遭っていなかっただろう。

 すなわち、俺がこんな憂き目に遭う理由は立地的なものだった。



「さて、と。……そういえば、何が良いか聞いてなかったな」



 俺はコンビニの冷蔵スペースの前で、ボンヤリと考え込む。

 かれこれ十数年の付き合いではあるが、二人の好みというのは良く分かっていなかった。というか、なるべく意識をしないようにしていた、というのが正しいか。

 とにもかくにも、分からないなら聞けばいいだろう。

 そう思った。しかし――。



「……いや、やめておこう。アイツきっと、俺からの着信嫌いだし」



 そこでふと、以前に小萌に用があって連絡した際のことを思い出す。

 何やら取り込み中だったのか、ひどく声を荒らげて罵倒された。そして念を押すように、二度とかけてくるな、と言われたのだ。

 それはさすがに無理だろうが、とは思いつつも、自ら火中の栗を拾う必要はないのも事実。なので、俺は次に海晴へ連絡しようとして――。



「あー……アイツも、小萌の話題出すと不機嫌になるか」



 先日の何の気なしの会話を思い出す。

 俺は学校の課題のことで、海晴にいくつか質問をした。しかし勉学については彼女よりも、小萌の方が優秀ではある。なので、小萌の名前が出たのだが……。



「烈火のごとく、怒られたな。……何故だ」



 おそらく、大切な親友に俺という害虫が付くことを嫌ったのだろう。

 しかしながら理由はまだ、判然としていなかった。だったら、こちらについても下手に刺激しない方が良いだろう。

 そう考えた結果、俺はまた冷蔵スペースを眺めて唸った。


「まぁ、炭酸ジュースで良いだろ。……あと、海晴の分も買おう」


 下手に一人だけハブると、それはそれで軋轢を生むに違いない。

 俺はそんな細心の注意を払いつつ、ようやくコンビニを出た。







「……遅い!」

「ぐは!?」



 ――で、部屋に戻ったら右ストレートがどてっぱらに。

 あからさまに苛立った様子の小萌が、開口一番にそう言いながら打撃を加えてきたのだ。俺は思わず身体をくの字に曲げながら、衝撃を堪える。

 そしてすぐに、


「お前なぁ!? 誰のために片道十分のコンビニに行ったと思ってんだ!?」

「それにしても遅い。なんなの、知久はナメクジか何か?」

「お、おのれぇ……!」


 言い返すが、鼻で笑われながら罵倒される。

 コイツ――女の子でなければ、マジで殴り合いの喧嘩だぞ。


「それで、ジュースは?」

「……あぁ、これだよ」


 俺は額に青筋を立てながらも、ぐっと堪えて。

 手にした袋から炭酸飲料を差し出した。

 すると彼女は、ムッとして――。



「私、炭酸飲めないんだけど」

「…………はぁ?」



 こちらに突き返しながら、そう言うのだ。

 なんだ、この女ァ……!?


「じゃあ、どうするんだよ」

「仕方ないから、知久が飲めば? 私は水で我慢するから」

「………………」



 なんだその『私は殊勝な態度を取っています』みたいな言い方は。

 思わずそうツッコみかけたが、俺は呑み込んだ。

 そして、もう一人の幼馴染みに声をかける。



「おい、海晴。炭酸ジュースだけど、いるか?」

「ん! 飲む飲む、あんがと!」



 すると海晴は素直に、ニカっと笑いながらペットボトルを受け取った。

 そして、勢いよく蓋を開けて――ブシュウウウウウウウウウウ!!



「おわ!?」

「きゃああ!?」



 先ほどの小萌との争いで若干だが振れていたのか。

 炭酸飲料は一気に噴き出して、海晴の制服をぐしゃぐしゃに濡らした。夏服の白いそれは水で張り付いて、肌が透け――。




「うぎゃああああああああああ!?」




 ――このバカ女、ブラすら付けてねぇのかよ!?

 俺は肌色を視認した瞬間に身体を回転させ、ベッドにダイブ。毛布を頭からかぶって、視界を完全にシャットアウトした。

 すると、聞こえてきたのはこんな会話。



「あちゃー、どうしよう。……これ」

「海晴、はい」

「お、小萌あざっす」



 そして、何やら衣擦れする生々しい音が聞こえた。

 それすらなくなってしばらく、俺は恐る恐る毛布から顔を出す。


 すると、そこには――。



「ぶふっ!?」



 俺のワイシャツだけをまとった海晴の姿があった!


 小柄故に、俺のそれだけで全身が隠れている。

 だが、これは刺激が強す……ぎ――。



「……がくっ」



 そこで、俺の意識は途切れた。





 ――知久が意識を失って、それを見る美少女二人。

 彼女たちは互いに顔を見合わせて、このように話し始めた。



「少し、刺激が強すぎたのではないの? 海晴」

「あー……知久、これでかなり初心だからね」



 そう言いながら、海晴は知久のシャツをピラピラとはためかせる。

 女性同士、かつ幼馴染みということもあり、海晴はさらに遠慮なくなっていた。そんな彼女を見て、眉をひそめたのは小萌。

 彼女は腕を組み呆れたようにため息をつきながら、このように指摘した。



「貴方も女の子なのだから、さすがにもう少し恥じらいを覚えるべきではないの? そうやって知久にアピールしてる、ということなのでしょうけど……」



 それは、おそらく知久の頭にはまったくない考え。

 しかし小萌の指摘はしっかり的を射ており、海晴はあからさまにムッとした表情でこのように言い返した。



「うるさいなー、いいでしょ? 『抜け駆けナシ』って約束は守ってるんだから!」

「それはそうだけど、節度というものがあるでしょう?」

「むー! じゃあ逆にアンタはどうなのよ!」

「わ、私……?」

「そうよ! アンタだって――」



 思い切り、息を吸い込んで。



「本当は知久に甘えたいのに、ただただ恥ずかしいからぶっきら棒になってるんでしょう! そっちはもっと、素直になったらどうなのよ!!」

「なっ……!?」



 その言葉に、さすがの小萌も赤面した。

 急いで否定しようと口をパクパクさせているが、図星を突かれているのか何も言い返すことができない。すなわち、それは肯定するしかない証明だった。

 そんな幼馴染みの反応を見て、海晴は小ぶりな胸をふんすと張って言う。



「……まぁ、それだったらアタシの方が有利だから良いんだけどね!!」

「く、くぅぅ……!」



 有利不利、というのは知久争奪戦についてのことだろう。

 自信たっぷりに言い放つ海晴に対し、小萌は拳を握りしめて震わせていた。それでも、聖女サイドとしてもただでは終わらない。

 おもむろにベッドの下をまさぐると、何かを天使に向けて突き付けるのだった。



「こ、これを見ても、まだ自分が有利だと言えるかしら!!」

「な……何よそれぇ!?」



 それを目の当たりにして海晴は、驚愕に目を見開く。

 小萌が彼女に見せたのは、知久の秘蔵品――要するにアダルトな本だった。どうやって入手したのかはともかくとして、表紙にデカデカと載っていたのは『豊満な果実を持った女性』である。

 呼吸が荒くなった海晴に対して、反転攻勢に出るのは小萌だ。



「知久は、このように大きな胸の女性が好きなのです! 性的な魅力に限って言えば、私の方が貴方よりも有利であると思いますが!!」

「くぅ、このぅ……!!」



 今度は聖女、自身の豊かな胸を張ってみせる。

 さすがの海晴もこれには反論の材料がないらしく、唇を噛んで悔しそうにしていた。もっともこの論争自体、知久不在で行われているため不毛なのだが。


 さて、そんな彼はいまどうしているかというと……。



「ん、うぅ……?」



 ようやく、一時的な気絶から覚めようとしていた。

 そんな様子に気付いた二人は、秘蔵品をどうしようかと慌て始めて――。



「あ、俺……もしかして、寝てた?」

「知久、サイテー」

「本当に、ありえないわね」

「へ……?」



 どうやら、ある方向性で決まったらしい。

 小萌はあの秘蔵品を知久に突き付け、海晴は蔑んだ眼差しを向けた。


 そして、異口同音にこう告げる。



「「軽蔑する」」――と。



 芥知久の高校生活はおそらく、これからも波瀾万丈になるだろう。

 天使と聖女、クセの強い二人の美少女に挟まれながら……。




 

カクヨムでは連載ですが、こっちでは短編にまとめました。


面白かった

続きが気になる



少しでもそう思っていただけましたらブックマーク、★評価など。

創作の励みになります。


応援よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ