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9.暗殺者たちは乙女を探す

 足音を立てずに、その男性はこちらに近づいてくる。夜闇のような藍色の髪に、三日月のような銀色の目はかすかに釣り上がっていて、少し猫の目を思わせるところがあった。見えている肌は浅黒く、張りがある。


 彼は闇にひそむクロヒョウのような、そんなどう猛さとしなやかさを兼ね備えた男性だった。


「……カティル、あなたがここに来ているなんて」


 彼の名はカティル、私と同じ暗殺組織ヴェノマリスに所属する暗殺者だ。


 とはいえ、私たちは子供の頃から兄妹のようにして育っている。ただ私はボスの娘だから、『姫』って呼ばれているのだ。ちょっとくすぐったい。


「姫が中々標的を倒せていないから、私が追加で送り込まれた。苦戦しているようなら手伝うぞ」


「苦戦っていうか……標的が逃げてしまったの。王宮の人間が総出で探しているけれど……なぜか、まだ見つかっていなくて」


「標的はただの町娘だろう? 王宮からそこまで鮮やかに消えるなんて……何か裏がありそうだな」


「カティルもそう思う? ……それに」


 ふうと息を吐いて、小声で付け加える。


「今エルメアを消すのは、得策ではないかも……」


 その言葉に、カティルが目を見張る。彼から視線をそらして、ぼそぼそとつぶやいた。


「エルメアがいなくなったせいで……私、『祝福の乙女代理』にされてしまったの。エルメアが死んだ時期によっては、『代理』が外れて私が『祝福の乙女』になるかもしれない」


 エルメアが死んだと同時に王宮を逃げ出せば、ぎりぎりセーフかもしれない。


 ただ、果たして無事に逃げ出せるのかどうか……。あのイケメンたち、追いかけてきそうな気がする……。それこそ、地の果てまで……。


「ヴェノマリスにエルメアの暗殺を依頼したのが誰なのか……私たちは知らない。でも……」


 内心の恐怖を押し殺して、できるだけ淡々と説明する。


「その誰かは、きっと継承の儀式を妨害したい……のだと思う。ということは……」


 そこまで言ったところで、カティルが難しい顔をした。


「なるほど。うかつにエルメアを消せば、今度は姫がその依頼人に命を狙われかねないということか」


「……黙って消されるほど、弱くはないけれど……面倒」


 改めて整理してみると、本当に面倒なことに巻き込まれたものだと思う。


「それに……おそらくは別の組織も動いているわ。私とエルメアがお茶をしていたら、毒を盛られた。飲んだのが私だったから、大ごとにはならなかった、けれど……」


「そこで毒をエルメアが飲んでくれていれば、もう少し楽だったかもしれないのにな」


「ええ。でもこうなってしまったからには、エルメアが見つからないことには……どうしようもないの」


 エルメアを見つけて祝福の乙女の座を返してしまえば、最悪でも彼女はノーマルルートのバッドエンドで死んでくれるはずだ。


 そうなれば私の任務も完了……といえなくもない。むしろ、そのルートを狙うのが一番安全なんじゃ? エルメアにはこの上なく申し訳ないけれど、仕事だし。死にたくないし。あと、直接手を下すのも怖いし。


 もっとも、そんな本音をカティルに説明する訳にはいかないけれど。


 ひとまず、カティルと二人であれこれ打ち合わせしていった。で、彼もこっそりとエルメアを探してくれることになった。


「……ごめんなさい……エルメアが逃げたことで、警備が厳重になっていて……私、一人で王宮を歩くことすら難しいの。すぐに護衛がすっ飛んできて」


「謝るな、姫。遠慮なく私を頼れ。姫は私の、大切な妹分なんだからな」


 そう言ってカティルは、よしよしと頭をなでてくれた。小さい頃から変わらない、私の大切なお兄ちゃん。それはリンディとしての記憶なのだけれど、それでもこの手の温もりは懐かしかった。


「ふふっ……ありがとう……」


 私の事情を、多少なりとも知ってくれている人がいる。協力してくれる人がいる。それはとても、心強いことのように思えていた。


 ……たぶん彼も攻略対象なんだろうなという考えは、全力で忘れることにする。大丈夫、私、妹みたいなものだから!




 ところがそれから、私の生活はさらに忙しく、ややこしくなってしまったのだった。


 朝一番にやってくるテーミス。日に日に、距離が近くなっている気がする。しかも、私に近づこうとする人間を追い払おうとしている。誰が敵なのか、分からないのですからと言い張って。


 これって、私を守ろうとしているというより……独占欲? なんかそんな感じの表情をしているんだけど。視線が熱を帯びて? 気のせいだと思いたいけど、悲しいことにたぶん合ってる。


 二日に一度くらい、勉強会と称して私を呼びにくるシャルティン。というか、勉強会だけじゃなくて気晴らしのお茶にも付き合わされるようになった。


 継承の儀式の日がじりじり近づいてきているせいで、彼は目が回るくらい忙しいらしい。「貴方と過ごすこのひと時が、わたくしに活力を与えてくれるのです」とうっとりとした目で言われた。


 シャルティンは腕力にものを言わさなければ王子様みたいなきらきら美形だから、そのセリフはちょっと破壊力が高い。


 空いている日を狙って遊びにくるナージェット。もう毒は盛ってこなくなったものの、今度はあれこれとゲームに誘ってくるようになった。チェスっぽいやつ。


 彼はそうとうやり込んでいるみたいだけれど、私はそもそもルールすら知らない。そう言ったら、やけに嬉しそうな態度でとても丁寧に教えてくれた。


 で、当然ながら私がぼろ負けする訳だけど、その時に私が指した手を見て、「これは素晴らしい、なんと奇想天外な手だろう」と勝手に感心している。ナージェット、どこまで勝手に深読みしたら気が済むんだろう。


 そして夕方になって、ようやくイケメンたちから解放された……と思った頃合いを見計らうようにして、オルフェオが訪ねてくるのだった。遠慮がちに。お疲れでしたら、すぐに帰りますから。そんなセリフと共に。


 そんな言い方をされたら、冷たくすることなんてできない。それでなくても自分の存在意義を見失いがちで人生を悲観しがちな彼なのだから。


 ほんの少しの間一緒にお茶を飲んで、そうしてお喋りして。たったそれだけで、彼は驚くほど満たされた、救われたような顔になる。


「ううー……好感度が上がっていく効果音の幻聴が聞こえるよお……」


 そんなことをこっそりと嘆きつつ、ただひたすらイケメンラッシュに耐えていた。エルメアさえ、エルメアさえ見つかれば。そう、祈りながら。




「カティル、エルメアはいた?」


 そんなある夜、またカティルがこっそりと私の部屋を訪ねてきた。彼が姿を現すと同時に、期待を込めて問いかける。お願い、せめて手がかりだけでも!


 しかし彼は鋭い目を伏せて、静かに首を横に振った。


「いや、いない。この分だとおそらく、王宮にはいないな」


「……そう……」


「心配するな、必ず見つけ出してやる。そうしないと、姫の任務が終わらない。いつまでもこんなところにいるのは疲れるだろう」


「ありがとう、カティル……」


 しょんぼりしながら感謝の言葉を述べると、カティルはふわりと微笑んだ。大型の肉食獣のような剣呑な雰囲気をたたえている彼が、驚くほど優しい印象になる。


 ついうっかりどきりとした私には目もくれず、カティルはじっと考え込み始めた。


「……しかし、どこに行ってしまったのか……エルメアは王都から離れた町の出だということだし、この辺りに土地勘はないだろう……となると、やはり誰か協力者がいると考えるのが妥当か」


 エルメアは、おそらく王宮にはいない。かといって、城下町からも出ていない。城下町を出るには大小どれかの門をくぐる必要があって、そこは兵士たちが守っているから。


 もし彼女が普通に城下町の門を通ったのなら、今頃間違いなくレオナリスのところに情報がいっているだろう。


 そういえばレオナリス、あの円卓の間での会議以来顔を見ていないけれど、どうしてるかなあ。エルメアが逃げたことで、めちゃくちゃ忙しくなってそうな予感。


「エルメア……王宮を飛び出て……そのまま煙のように消えてしまった……みたいね」


 ため息交じりにつぶやいて、ふと気づく。状況から見て、エルメアは城下町に潜伏していると考えるのが一番自然ではないだろうか。王宮からは出てしまったけれど、城下町からはうかつに出られないのだから。


 でも彼女は、城下町には詳しくない。だったら、城下町に詳しい誰かが彼女に力を貸している。これなら、今の状況の説明がつく。


 そして私には、おそらく誰もつかんでいない情報が一つある。


『お姉ちゃん、ほら見てよ。この攻略対象、ヒロインの幼馴染で。今は城下町に住んでて、ヒロインを献身的に支えるんだあ』


 妹のそんな声が、頭の中に響く。こいつだ。城下町に住んでいる幼馴染とやらを見つければ、たぶんその近くにエルメアが隠れている。


「……私、エルメアを探してくる。きっと……私でないと、見つけられない」


 決意もあらわにそう言い切ると、カティルがふわりと動いた。


 ……抱きしめられてるんですが。何事!?


「強くなったな、姫。私は姫の兄代わりであることを、誇りに思う」


「あ、あの……カティル……?」


「気をつけるんだぞ。どうも今回の継承の儀式は、無事に終わりそうな気がしない」


「……うん」


 そうして少しの間だけ、カティルによりかかっていた。これから私は、面倒極まりない難題に立ち向かうことになる。そのための力を、ちょっとだけ充電できたような、そんな気がした。

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