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8.…でも、後悔はしていない

 色々ありつつ、最終的に私は自室に戻ってくることに成功した。ナージェットとテーミス、それにシャルティンをぞろぞろと引き連れて、だけど。


 やっぱりちょっと体調が悪いから休むわと宣言して、寝室に逃げ込んだ。三人は私の体調を気にしていたけれど、どうにかそのまま帰ってくれた。


 そうして寝室で一人きり、ぼんやりと考える。ベッドに腰かけて、窓の外の星空をぼんやり眺めながら。


「…………好感度が、無駄に上がっている」


 地の底から響くようなどすのきいた小声で、ぼそりとつぶやく。いやもう、これはうめき声だわ。うめかないとやってられない。


 とはいえ、どうしてこうなったかは分かっている。全部私のせいだと、自覚している。


 仲良くなって、恋に落ちたら、死ぬ。だったら、仲良くならなければいい。好かれなければいい。


 そのための一番簡単な方法。それはもちろん、私がとびきり嫌な人間になることだ。そうして、積極的に嫌われにいく。


 常に他人を見下すような言動を心掛けて、メイドなんかにきつく当たってみたりして。鼻持ちならない高慢な態度で、王宮の中で大きな顔をするのもいい。


 そうしてエルメアが見つかったら、予定通りに彼女を殺してお父様のところに帰る。これでパーフェクト。本来のヒロインがデッドエンドを迎えれば、もうゲームは終わりなのだから。


 ……そんなことくらい、分かっていた。けど、私には無理だった。だってだって、そんな人でなしみたいな、というか人でなしそのものの女性として生きるなんて、良心がぐさぐさに痛むんだもの。


 それに、私が恋しなければセーフじゃない? と甘く考えていたのも確かだった。


 いずれ、エルメアは見つかって連れ戻されるはず。そうすれば私は、晴れてただのサブキャラに戻れる。みんなとは、それまでお友達としての節度を保った付き合いを続けていればいい。そう楽観視していた。


 でも、それはやっぱり甘い考えだったんじゃないかなあと、このところひしひしとそう思っていた。だって。


 テーミスは真面目で、私のことを守ろうと日々努力してくれている。不器用な彼なりの優しさに、胸が温かくなる。


 シャルティンは努力家で、とても辛抱強く私に付き合ってくれる。彼が頑張っている姿を見ていると、私も頑張らないと、という気持ちになれる。


 オルフェオは穏やかで、私の気が晴れるようにと気遣ってくれている。ちょっぴり甘やかされすぎているような気もするけれど、それが心地よくもある。


 ナージェットはくせ者で、私を混乱させてくる。でも女性の扱いは慣れているし、彼と話しているととても刺激的なのも確かだった。


 そうやって一人一人の顔を思い出しながら考えてみる。駄目だ、ため息しか出ない。私、あの人たちのこと、結構気に入っちゃってるみたい。


 こうなったら一刻も早くエルメアに戻ってもらわないと。ところが彼女の消息はちっともつかめていないらしい。いつになったら戻るのやら。


 その間に、私がうっかりあのイケメンたちに恋してしまう危険性もあるんだよなと、そんな気もしている。そうなったらおしまいだ。レッツゴーデッドエンドだ。


 みんな一癖も二癖もあるけれど、それぞれ違った魅力を備えている。たぶん、全員攻略対象のバッドエンド持ちっていうのが悲しいけれど。


 だったらいっそ、ゲームの本筋に関係なさそうな人と仲良くなってしまうとか? こう、地味だし冴えない感じだけど、人柄は素敵なの、みたいな感じの人と。そうすれば、みんなが割って入れる余地がなくなるし。


 ……無理だろうな。たぶん男性が私のそばに近寄ろうとしても、イケメン防衛線により追い払われるだけだろうし。あのイケメンたち、武力も知力も地位も策略も全部あるからなあ。


「任務放棄してここから逃げるのは、最後の手段にしたいし、注意はしておくべきよね」


 そうつぶやいたその時、ふとある考えが頭をよぎる。このままエルメアが見つからなかったら、私はどうなるのだろう。


 私は祝福の乙女代理として、継承の儀式に臨むことになる。おそらくそれは、ノーマルルートのエンドだ。


 妹によれば、誰とも恋に落ちないノーマルルートでも、やっぱりヒロインは死ぬとのこと。しかし、詳細はまるで覚えていない。というか妹もそのイベントにはあまり興味がなかったみたいで、ほとんど説明してくれなかったのだ。


「……そちらについても、情報を集めたほうがよさそうね……気をつけることばかりで、ああ、頭が痛い……」


 ベッドの上で膝を抱えて座り込み、深々とため息をつく。その時、窓のほうでこつん、という音がした。


 立ち上がって窓を開け、身を乗り出す。ここは二階で、下には細い中庭が広がっている。その中庭に植えてある白いバラの木、そのすぐ隣にオルフェオが立っていた。


 どうやらさっきのは、彼が小石か何かを投げた音だったらしい。


「こんばんは、リンディさん」


「……オルフェオ様、どうしてこんな時間に……そんなところに?」


 百歩譲って、こんな時間にやってきたことは分からなくもない。しかしなぜ、正面から来ないのか。


「昼間、あなたのお加減が悪かったと、みなに聞きましたので」


「……でしたら、堂々と正面から訪ねていただければ……」


「疲れている君を、さらに疲れさせたくなかったんです」


 月明かりに照らされたオルフェオの顔は、とても切なげで、それでいて色っぽくて。


「けれど、どうしても君の声が聞きたくて……窓からこっそりと合図をして、もし君が気づいてくれなければそのまま帰ると決めたんです」


 オルフェオが、ふわんと笑う。この上なく嬉しそうな、綿菓子のような笑みだ。私が彼の合図に気づいたことが、幸せでたまらないように見える。


「……気遣ってくれて、ありがとう……ございます」


 窓枠をしっかりとつかみ、下にいるオルフェオを見つめる。


 彼は、二人の間の距離をもどかしく感じているようだった。私のために窓の下からやってきたものの、ここからでは私に触れられない。切なげに手を伸ばしては引っ込め、を繰り返している。


 私は、リンディは弱々しい令嬢ということになっているけれど、これくらいの高さなら物音一つ立てずに飛び降りられる。


 いっそ、彼のそばに行ってあげようか。きっと、ものすごく驚かれるけれど。


 ふと頭をよぎったそんな考えを、あわてて押しやる。そうやっていちいち同情するから、予想外に好感度が上がるなんて状況に追い込まれるのよ。そう自分を叱りつけて。


 窓から飛び降りる代わりに、さらに身を乗り出して声をかける。


「……あなたが来てくれて、少し……気分が晴れました。また、明日……」


 そう締めくくって、そっと会釈する。窓を閉めている間も、オルフェオは優しい目で私を見つめ続けていた。


 何とも言えない気持ちで、部屋に戻る。ソファに腰かけてほうと息を吐いたその瞬間、いきなり声がした。近くの棚の影、そこに誰かいる。


「姫、苦戦しているようだな」


 そうして、鋭い雰囲気の男性が姿を現した。

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