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6.慎重な私とくせ者の侯爵様

 次の日、またオルフェオがやってきた。彼は王族ではあるものの特に役職についている訳ではないので、割と暇らしい。


 今の王宮はあれこれとせわしないですし、私のところに顔を出していて大丈夫なんですか、と尋ねてみたら、彼はふっと自嘲気味に笑った。


「僕の役割は、王族の血を確実に残すこと。それだけなんです。周囲に迷惑をかけたり醜聞をまき散らすようなことをしなければ、好きに過ごせるんです。……すべきことなんて、何もありません」 


 そう言って、オルフェオはそっと視線をそらしてしまう。


 落ち込んでいる彼には申し訳ないけれど、私は私で違うことをこっそりと考えていた。


 ううむ、やはりイケメン。どちらかというと線が細くて、ちょっと女性的な雰囲気だから、こうやってしょんぼりしていると妙に美しくて。なんというか、守ってあげたい感じ。


「……素敵、ですね」


 だからなのか、ついそんな言葉を返してしまっていた。思いもかけないものだったのだろう、オルフェオが目を丸くしてこちらを見てくる。


「……他の人に迷惑をかけなければ、何をしてもいい。自由……なんですよね。することを、自分で選べるんですよね」


「リンディさん?」


「芸術、学問……何か打ち込めることを探してもいいですし……たくさんお友達を作ってもいいと思いますよ」


 彼は王族だから、食べていくには困らない。のんびり自分探しなりなんなりすればいいと思う。生きるか死ぬかであたふたしている身からすれば、かなりうらやましい。


 私の励ましの言葉にはそんな皮肉めいたものもちょっぴり混ざっていたのだけれど、オルフェオは全く気づいていないようだった。


 彼は綺麗な青紫の目を見開いて、まっすぐに私を見た。そして、ほうと感嘆のため息をついている。


「そんな考え方を、したことがありませんでした。君は本当に……」


 本当に、何なんだ。この表情からすると、あんまりありがたくない流れになるような気がする。


「……いえ、内緒です」


 そう言って、いたずらっぽくオルフェオは笑った。さっきまでの暗い表情は、もう消えていた。




 そんなことがあってからというもの、オルフェオが私のところに通い詰めるようになってしまった。シャルティンの授業がある時以外、毎日。


 実のところ彼は、私たちの授業にも乱入しようとしていた。けどシャルティンがこの上なくやり辛そうな顔をしていたので、私が全力でお願いしてオルフェオを止めた。


 そうしてシャルティンに、大いに感謝された。何か選択肢を間違えたような気がしないでもない。


 とまあ、オルフェオにまでなつかれてしまったかなあなどと頭を抱えていたある日、一通の手紙が届いた。


 お父様からの連絡かなと思いながら差出人を見ると『ナージェット・ケルス』。知らない名だ。ひとまず、中を読んでみる。


 その手紙は、自己紹介から始まった。彼はケルス侯爵家の当主で、今は王宮の一室に滞在しているのだとか。ええっと、彼が侯爵家で私が伯爵家だから……あっちのほうが格上か。


 そして本題はとってもシンプルで『共にワインをどうかな、待っているよ』、これだけ。


 さて、どうしよう。このナージェットって、攻略対象なんだろうか。もしそうだとしたら、ほいほい会いに行くのは危険だ。


 でも、こうやって部屋でじっとしているのも飽きたし……というか、暇にしているとオルフェオがふらりとやってきてしまうし。どっちかというと、そっちのほうが問題だ。オルフェオ、間違いなく攻略対象だし。


「……ちょっとお喋りしてくるだけなら、大丈夫よね」


 よし、そうと決まれば即出発だ。護衛のテーミスを連れて、王宮の廊下を突き進む。


 途中でオルフェオに会ったらどうしようかなと思ったけれど、幸い無事に目的地である客間の前までやってくることができた。ナージェットは今、ここに長期滞在しているのだとか。


「俺はここで待っている。何かあったら遠慮なく呼んでくれ」


 扉の脇に立ち、テーミスが小声でささやいてくる。物憂げでやる気なさそうな雰囲気のくせに、私のことはきっちり守ってくれるらしい。必要ないんだけどね。


 ……まあ、彼は私が暗殺組織ヴェノマリスの一員だってことは知らないし、仕方ないといえば仕方ない。


「……それと、ナージェット様には気をつけたほうがいい」


「……気を、つける……?」


 首をかしげている私から、テーミスはそっと視線をそらした。どことなく微妙な、複雑な表情だ。


「具体的なことは言えない。ただ、油断はしないでくれ」


「…………分かったわ」


 実のところ、何一つ分かっていない。ナージェットに会えば分かるかな。最悪、袖に仕込んであるナイフとか、指輪の中の空洞に隠してある毒とかを使えばどうとでも切り抜けられるし、気楽に行こう。


 物理的な強さって、やっぱり心の支えになるのね。そんな物騒なことを考えながら、私は一人で部屋に入っていった。




「ようこそリンディ君、お招きできて嬉しいよ」


 そうして私を出迎えたのは、やはりイケメンだった。ちっ、また攻略対象か!


 年の頃は二十代後半、金茶の髪をしゃれた感じになでつけて、とろりとした茶色の目でこちらを礼儀正しく見つめている。なんというか、ブランデーを思い出すような色の目だ。


 ちょっと目尻の下がった、甘い面差し。でも全体の雰囲気はむしろ男性らしさがあふれている。……というか、フェロモン的な?


「しかし、話に聞いていたよりずっと美しいお嬢さんだね。朝焼けの紫の髪、満月を映したような金の目……まるで、夜を支配する姫君のようだ。もっと、近くで見てもいいかな」


 歯の浮くような褒め言葉を次々と並べ立て、ナージェットがするりと近づいてくる。そうしてさりげなく私の肩を抱いて、間近で見つめてきた。


 テーミスの忠告の意味、今理解した。こいつ、女たらしだ! 女性を口説くの、手慣れてやがる!


「あの……ワインの話はどうなったのでしょうか……」


 できるだけ動揺したところを見せないようにしながら、そう切り出す。それでやっと、ナージェットは私を離してくれたのだった。余裕たっぷりに笑いながら。


 ふう、油断も隙も無い。でも私、こういう女たらし系は苦手だから、うっかり仲良くなってしまう心配はないかな。


 ちょっぴり安心しながら、ナージェットが差し出してきたワイングラスを受け取る。


 澄んだ赤い色、かぐわしい香り。結構な上物だな、と思いながら口に運ぼうとしたその時、強烈な違和感を覚えた。


 果物のような香辛料のような複雑な香りのワイン、その中にかすかに、調和を乱す匂いを感じたのだ。


 この香り、間違いない。毒だ。ごく弱いものだし、普通の人でもしばらく気分が悪くなるくらいで済むものだけれど。


 さて、ここで問題です。どうしてナージェットは、毒入りワインを私に勧めているのか。


 暗殺……にしては毒が弱すぎる。嫌がらせ……にしては雑だ。面と向かって毒を盛るとか、何がしたいんだ。


 分からない。ああ分からない。眉間にぐっとしわを寄せて、ワイングラスをにらみつける。


 と、ナージェットの姿が目に入った。やけに真剣な目で、こちらを見ている。さっきまでのちゃらちゃらした雰囲気はどこへやら。飲むか飲まないか、はらはらしながら見守っているらしい。


 ……この状況なら、飲まないと不自然だよね。仕方ない、飲んで体調が悪くなったふりをしよう。どうせこの程度の毒なら私には効かないし、問題ない。


 覚悟を決めてワイングラスに唇をつけようとした時、ナージェットがすっと動いた。彼はそのまま、私の手首をつかんでしまう。


 ワインを飲もうとしたところを邪魔された形になった私は、ただぽかんとすることしかできなかった。冗談抜きに、何を考えているのかさっぱり分からない。何なんだ、この人。


「ちょっと、待ってくれるかな」


 そう言って、ナージェットはとびきり嬉しそうに笑った。

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