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5.強い私と甘々な王族様

 それは一瞬のことだった。廊下の曲がり角の暗がりから、何かが勢いよく飛び出してきた。私の心臓めがけて。


 突然のことに驚いてしまって、何も考えられなかった。


 でも私の体は、勝手に動いていた。軽やかなステップで脇に一歩移動し、袖の中に仕込んでいたナイフで飛んできた何かを叩き落とした。


 そしてそのままナイフを構え、暗がりのほうに向き直ったところで我に返る。


 わわっ、私強い。すごい。


 自分の鮮やかな動きに、自分でびっくりして感心する。今の動きは、リンディとしての私が反射的に行ったものだ。攻撃されたから回避、そして警戒。


 結局何が起こったのかはっきりとは分かっていないけれど、今はひとまず流れに任せてみよう。


 じっと暗がりをにらんでいると、何か見えてきた。闇に溶け込む濃紺のマントを羽織った男性。非イケメン。すなわちモブ。


 あ、モブなら安心だ。って、そうじゃない。この男性、暗殺者だ。


 じっと男性を見据えながら、空いた左手をささっと動かす。私のお父様が率いる暗殺組織ヴェノマリスには、様々な合図があるのだ。これは、その一つ。


 複数名が連携して仕事を行う時に活用するほか、何かの拍子に仕事中の者同士が鉢合わせた場合に、うっかり殺し合わないようにするのにも使う。


 しかし目の前の男性は顔色一つ変えずに、さらに攻撃を繰り出そうとこちらの隙をうかがっている。


 今の合図を理解しなかった。つまり彼は、ヴェノマリスの者ではない。そしてなぜか、私の命を狙っている。


 ……なんてこった。分かりやすいデッドエンドが、あちらから勝手にやってきたらしい。思っていたよりかなり早い。まだゲーム序盤だと思うのだけど。


 というか正式なヒロインが逃げたから、まともにゲームが進行しているかどうかすら怪しいか。


 それはさておき、幼い頃から一流の暗殺者となるべく育てられてきたリンディである私には、すぐに分かった。


 この男性より、私のほうがかなり強い。だったらここで彼を捕らえて、誰に仕事を依頼されたのか吐かせよう。それから黒幕のところに向かって、なんでこんなことを企んだのか聞く。よし、ばっちり。


 そうと決まれば、さっさと片付けてしまおうっと。麻痺毒なんかいいかな。


 しかしナイフを握り直してすっと身構えたその時、後ろからばたばたという足音がいくつも聞こえてきた。ああもう、こんな時に誰が来たんだろう、間の悪い。


 そして私が一瞬そちらに気を取られた隙をついて、男性はすっと闇の中に身を隠してしまったのだった。


「リンディさん、何かあったのですか!? 今こちらで、奇妙な音が……」


 追いかけようかどうしようか迷ったその時、オルフェオの声が近づいてきた。やけに切羽詰まっている。


 ナイフをすっと袖の中に隠して、振り返る。ああもう、これではあの男性を追いかけるのはもう無理だ。


「ああ、お怪我はないようですね。本当によかった……」


 オルフェオは私の両肩にしっかりと手を置いて、私の無事を確認している。しかしその目線が、足元に落ちている物の上で止まった。


 手のひらに隠せるくらいの金属の棒、しかも端が恐ろしくとがっている。さっき私が叩き落としたもので、暗殺に用いられる暗器の一種だ。


「これは……武器? 見たことのない形のものですが。まさか、あなたが狙われて?」


「たぶん、そうです……廊下を歩いていたら、いきなりあちらからこれが飛んできて……」


 その言葉に、彼が連れていた兵士たちが曲がり角の向こうに消えていく。暗殺者を探しにいったらしい。


 しかし暗殺者は身軽だし隠れるのが得意だし、兵士たちに捕まえられるとは思えない。


 できることなら、自分で捕まえたかった。邪魔しないで欲しかった。というか、なんでオルフェオがこんな時間にこんなところを歩いているのか。


「もう大丈夫ですよ、リンディさん。何があろうと、僕がついていますから……」


 などと熱っぽく言いながら、オルフェオはそっと抱きしめてきた。いきなり何事―!! と叫びそうになるのをこらえつつ、どうにかして穏便にふりほどこうと試みる。


 その時、気がついた。オルフェオがかすかに震えていることに。よかった、無事で。うわごとのように、そんなことをつぶやきながら。


「君の部屋の守りについている兵士が、あなたが一人で出ていってしまったと教えてくれて……もしものことがあってはいけないと、探しにきたのです」


 それだけのために、王族である彼がわざわざ探しにくるなんて。ちょっと過保護……いや、エルメアがいなくなったから、みんな警戒してるのかも。


 うーん、でもオルフェオの取り乱しっぷりはちょっとオーバーなんだよね。なぜだろう。


 結局私は、暗殺者を取り逃した兵士たちが戻ってくるまで、オルフェオに抱きしめられたままになっていたのだった。




 そうして部屋に戻ってぐっすり眠り、次の日になった。自分でも拍子抜けするくらいに熟睡できた。昨晩の一幕が、嘘のようにさわやかな目覚めだった。


 今日は何をしようかな。シャルティンの授業もないし、自由に動ける。


 と思ったら、いきなりテーミスがやってきた。なんでも昨日の騒ぎのせいで王宮の警備が厳重になっているから、少なくとも今日は部屋から出ないでくれと、そう念を押されてしまったのだ。


 さすがにこの状況で、部屋を抜け出すほど自分勝手でもない。


 しかし出かけられないとなると、特にすることもない。シャルティンがくれたあの紙束でも読んでいようかな。もう今日は、のんびりしよう。


 そう思っていたまさにその時、オルフェオが訪ねてきたのだ。いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべて。昨夜の取り乱しまくった感じは、もう鳴りをひそめている。


「おはようございます、リンディさん。君が退屈しているのではないかと思い、こうして訪ねてきました。よければ僕と、お喋りでもしませんか?」


 確かに暇だったし、その申し出自体はありがたい。ただ……彼も攻略対象な気がするし、過度に仲良くなるのは、ちょっと……。


 というかオルフェオは、どうも最初から妙に人懐っこい。もっと前に、リンディと何かあったのかな。


 困ったことに、私が今の私として目覚めるより前のリンディの記憶は、あちこちぼやけて不明瞭なのだ。


 先日くらった毒のせいかもしれないし、違うかもしれない。


 どちらにせよ、今のうちにもっと色々な情報を集めておきたい。いずれやってくるかもしれない、デッドエンドを阻止するために。


 それはともかく、ひとまずオルフェオの誘いには乗っておこうか。オルフェオについてももっと知っておきたいし。


 そう、例えばオルフェオとリンディの関係とか、オルフェオが何を考えているのかとか。


 だからゆっくりうなずいて、オルフェオを招き入れたのだった。




 お喋りそのものは、割と楽しかった。オルフェオは私が退屈しないように気を遣ってくれていたし、話術も巧みだった。


 それに、彼のおかげで色んな事柄について知ることができた。ここヒルンディア王国の成り立ちやら、今の状況やら。


 今のヒルンディアは平和そのもので、民は穏やかに豊かに暮らしているらしい。


 王宮には優れた人材が集まり、この上なく円滑に国を運営しているのだとか。そういえば円卓の間に集まってた人たち、みんな有能そうだったしなあ。


 ……とはいえ、祝福の乙女を暗殺して継承の儀式を妨害してくれなんて依頼が出ているあたり、この国もそこまで安泰とは言えない気がするんだけど。外交とか、ちょっぴり失敗してるんじゃないかな。


 暗殺組織ヴェノマリスは凄腕の暗殺者をたくさん抱えているということもあって、依頼人のほうも結構厳選される。裕福で、秘密を守る誓約を交わせる者で、あと他にも細々とした条件があった。


 そんなこんなで、うちの顧客はある程度財産と地位と品性のある者がほとんど。たまに個人の裁量で、平民の依頼を受けることもあったりはするけれど。


 つまり、継承の儀式をぶち壊したいくらい王に反感を抱いている者がいるということ。内部の貴族か、はたまた国の弱体化を望んだ外国の誰かなのか。


 普段は私に甘々のお父様も仕事に関しては甘くないから、私の仕事の依頼人が誰なのか教えてくれなかったし。ただ、私にとっては危険性の薄い任務であることは間違いなかった。……エルメアが逃げさえしなければ。


 そうしてオルフェオと話し続けていたら、夕方になってしまった。


「すっかり話し込んでしまいました。迷惑でなかったのならいいのですが」


「……いえ、有意義な時間を過ごせました」


 ……攻略対象かもしれない人物と仲良くなるのは避けたいのだけれど、今日のは情報収集だからセーフ。


 私は色々質問しただけだからたぶんセーフ。オルフェオが妙に嬉しそうだけどセーフったらセーフ。


 そんな風に自分に言い訳をして、去っていくオルフェオを見送った。どことなく不機嫌なテーミスと共に。


「誰が君の命を狙っているか分からない。相手が誰であろうと、警戒は怠るな」


「……テーミスのことも?」


 ふとそんなことを尋ねてみたら、彼はまっすぐに私の顔を見て力強く言い切った。


「俺はあなたを守る」


 そしてふいっと、横を向いてしまう。いつも通りの物憂げな表情をしているけれど、耳がほんのりと赤く……。


 見なかった。私は何も見なかった。ひとまず、今日手に入れた知識をもとに、今後の危機をどうやって乗り切るか考えなくては。


 既に、かなり前途多難な気はしているけれど。でもたぶん、もっともっと厄介なことになりそうな気がしてならない。


 そして私のそんな予感は、あっという間にあっさりと当たってしまうことになった。

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