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42.私たちの未来はここからだ

「……いい天気ですね」


 こちらを見ないまま、オルフェオがそっとつぶやく。


「……そうね」


 私が短く答えて、それから双方とも沈黙。


「……晴れた日も好きですが、雨の日も素敵ですよね」


「……ええ。雨音を聞いていると、落ち着くわ」


 私とオルフェオは、さっきからずっとこんな調子だった。王宮の中庭のあずまやで、微妙に距離を空けて座ったまま、時々思い出したようにぎこちない会話を交わす。


 むずむずする。居心地は悪くないんだけど、どうしていいのか分からない。


 こんな奇妙な状況になっているのには、もちろんれっきとした理由があった。


 先日、ナージェットの策にはまってこの上なく面倒くさい話し合いに巻き込まれ、ルーカの余計な思いつきのせいで話がとんでもないほうに転がっていって。


 その場は、私以外の全員が納得する形で終わった。けれど私は、そのうちどうにかして逃げてやろうと決意を固めていた。王妃なんて、絶対に無理!!


 気を取り直して、地道に逃げ回っていけばきっと何とかなる。あのデッドエンド、継承の儀式すら乗り切ったんだ。あれを思えば軽い軽い。


 と、開き直ったはいいものの。


 あれ以来、オルフェオの様子がおかしくなってしまったのだ。私との結婚、なんて可能性を目の前にぶら下げられてしまったからなのか、彼は私と目が合うたびに大いにあわてふためくようになってしまったのだった。


 頬を赤く染めて、目をそらして、そわそわもじもじして。今まではとても優雅に穏やかに礼儀正しく接してきていたのに、もうすっかり恋する乙女になってしまって……。


 で、そのそわそわが私に移ってしまった。だって、あんなに分かりやすく恥じらわれてしまったら、こっちだって意識してしまう。


 そしてオルフェオは、挙動不審ながらも以前より積極的に近づいてくるようになった。


 薬師として働いている私のところに顔を出して、資料や薬やらの整理を手伝ってくれたり、こっそり城下町で買ってきたおやつを差し入れてくれたり。


 仕事が休みの日は、こうして気晴らしに誘ってくれたりもする。……お互いぎこちないせいで、あんまり気晴らしにはなってないけど。


 ともかく、オルフェオが頑張ってくれていることだけは分かる。とはいえ、どうしたものか。


「あ、あの、リンディさん!」


 考え込んでいたら、すっとオルフェオが近づいてきた。緊張がありありとうかがわれるこわばった表情で、私の手を握ってきた。自分の両手で、包み込むようにして。


 あ、意外と手が大きい。今まで何度も触れてきた手なのに、今さらそんなことに気づいてしまった。がっしりとしていて、力強くて。


「……あれから、ずっと考えていたんです」


 顔には出さないけれど大いにどきどきしている私に、オルフェオは唐突に語りかけてくる。余裕をなくしたような、そんな雰囲気だ。


「きっと君は、いずれ王族の誰かの妻になるのでしょう。レオナリス殿たちは、もうすっかりそのつもりです」


 ……あの話し合い以来、私はレオナリスを避けている。彼に見つかったら何を言われるか分からないから。あと、ナージェットのことも避けている。彼に出くわしたら何をされるか分からないから。


 だから彼らの動向は知らないままでいたのだけれど、そっか、やっぱり勝手に話を進めていたのか……。


「以前君は、もしそうなったら僕に協力をお願いするかも、と言ってくれました。僕は、それだけで幸せだと思いました。君が、それだけ僕に信頼を寄せてくれているということですから」


 まっすぐこちらを見つめていたオルフェオが、にこりと笑う。けれどその笑みは、ひどく悲しげなものだった。


「……でも……王族の中には……君と年の釣り合う、魅力的な男性がたくさんいます。もしかしたら君は、その中の誰かと恋に落ちてしまうかもしれない」


 目を伏せて、ぎゅっと唇を噛んで。オルフェオは、絞り出すような声で低くつぶやいた。


「……想像しただけで、苦しくてたまらない……」


 オルフェオは途方に暮れたような表情でつぶやくと、そのまま私を抱きしめてしまった。ぴったりと、互いの体が寄り添うようにして。


 ほっそりとしているように見えて、彼の体にはしっかりと筋肉がついていた。均整の取れた、しなやかな体。私よりも大きくて、力強い。やっぱり彼も、一人前の男性なんだ。そんなことを意識してしまって、ちょっぴり頬が熱くなる。


「かつて僕は、この王宮で一人きり、静かに暮らしていました。けれど君に出会ったことで、僕はすっかり孤独に弱くなってしまったんです」


 かすかに震えた、弱々しく上ずった声で、彼は続ける。


「……もう、君のいない世界なんて、僕には耐えられません……」


 あ。何か聞き覚えのある感じのセリフ。エルメアが昔教えてくれた、ゲームのほうのオルフェオの言葉に似ている。


 ゲームだと、そのあとオルフェオがリンディとエルメアに追っ手を差し向けるという流れになる。でも今は……ここからどうなるんだろう?


「だから、僕は……今ここで、賭けに出ます」


 彼の声音が、変わった。弱々しくぼんやりしたものから、ひたむきで力強いものへ。


「リンディさん、僕を……選んではもらえませんか。祝福の乙女と王族としてのしがらみに関係なく、一人の人間として、僕は君に焦がれています」


 はっきりとした愛の告白に、心臓がどくんと大きく一つ跳ねた。それに戸惑ってしまって、時間稼ぎの言葉を口にしてしまう。


「……あの。もし、私があなたを選ばなかったら……?」


「その時は潔く、この王宮を出ます。王族としての身分を捨てれば、それも可能ですから。そうしてどこか遠くで、ひっそりと暮らそうと思います。選ばれなかった悲しみだけを、君との最後の思い出として大切に抱えて」


 少しもためらうことなく、オルフェオが答える。どうやら彼は、とっくに覚悟を決めているようだった。


 自分の人生を賭けた願いなら、こちらも真剣に応えてあげたい。それに私の答えには、私の未来もかかっているのだから。


 でも、考えがまとまらない。どう言えば、どんな道を選べばいいのか。私は、まだ覚悟が決まっていない。かつてのエルメアみたいに、逃げることしか考えていなかったから。


「……私、誰かに恋い焦がれる感覚って、よく分からない……」


 オルフェオに抱きしめられたまま、素直な気持ちをつぶやいていく。


「でも、あなたがいなくなるかもって考えたら、苦しくなった。……どこか遠くで、あなたが一人悲しい記憶を抱えて生きている。そんなのは認めたくないって……」


 オルフェオにはハッピーエンドが似合う。狂おしい愛に突き動かされて相手の破滅を願うような、そんなのは似合わない。それに、一人きりで悲しんでいるのも。


「……それにあなたなら、もし他の魅力的な王族が出てきても、どうにかして追い払っちゃうんじゃないかって、そんな気もするし……」


 こっちもまた、本音だった。意外と強引なオルフェオは、最近さらに強くなってきてるし。それを聞いたオルフェオが、あ、とつぶやいて身をこわばらせた。それから普段の口調で、ぼそりと言った。


「そう……ですね。あの儀式のことを思えば、邪魔な方々に退場していただくぐらいどうということはありません……ね」


「……それに、いつかあなたは私に恋を教えてくれるかもって、そうも思うの。だから、もうしばらく一緒にいてって、お願いしてもいい?」


 我ながらちょっと奇妙なお願いではあるのだけれど、自分の気持ちを一番的確に言い表そうと思ったらこうなってしまった。


「僕でよければ、喜んで」


「あなたがいいの」


 ちょっぴり気弱な声で答えるオルフェオに、すぐに突っ込みを入れる。ともあれ、これでぎこちない日々も終わるかな、よかった……と思ったその時。


「おめでとう、リンディ、オルフェオ様!」


 場の雰囲気を丸ごとぶち壊すような、能天気でこの上なく明るい声。今のって、エルメア!?


 オルフェオと二人、声がしたほうに目をやる。


 そうして中庭に姿を現したのは、エルメアとルーカ、それにテーミスとシャルティン、あとカティル。なんだこの面子。いつの間に。


「わたくしたちはカティル様から、気配の消し方を学んでいたのです」


「まだつたないものだが、それでも何かの役には立つからな」


 シャルティンとテーミスが、口々にそんなことを言っている。


「で、わたしたち中庭の隅で練習してたんだよね。そうしたら、あなたたちがあずまやにやってきて」


「話してる内容は聞こえなかったけれど、カティルさんが読唇術で解読してくれたんだよ。すごいなあ」


「君たち二人の進展については、今や王宮中のみなの注目の的だからな。妹が人気者で、私は嬉しいぞ」


 エルメア、ルーカ、カティルが楽しげに続けた。オルフェオのせいで普段の調子が出ていなかったとはいえ、初心者の隠し身を見抜けなかったなんて。ふがいない。


 ……ん? 読唇術? ということは、さっきの会話、知られた?


「……私とオルフェオの今の会話について、今すぐ忘れて。忘れないのなら、忘れたくなるような毒を用意するから……」


 あんな恥ずかしい会話、よそに知られてたまるか。そうやってすごんだら、全員が降参とばかりに両手を挙げた。


「はーい、内緒にしておきまーす」


「特ダネになりそうだと思ったんだけどなあ」


 ルーカがまだちょっとごねていたけれど、毒針を目の前に突きつけてやったら黙った。


「……場所を変えましょう、オルフェオ。ここじゃろくにお喋りもできない……」


「は、はい! それでは、僕のとっておきの場所に案内しますね!」


 二人手に手を取って、中庭を後にする。仲間たちの明るい声を、背中で聞きながら。


 デッドエンドだらけの、とんでもない世界。私たちはここで、今日も元気に楽しく生きている。


 もしまたデッドエンドが来たら、もう一度ぶちのめしてやる。そんな決意を、そっと胸に秘めたまま。

ここで完結です。お付き合いいただき、ありがとうございました。

下の評価の星などいただけると、今後の励みになります。


現在色々あってかなり多忙なので、次の新作はちょっと遅れそうです…。

いずれまた何か投稿しますので、しばしお待ちいただけるとありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結お疲れ様でした。 最終話の「私たちの未来はここからだ」には、そのものズバリで笑いました。 新しい未来が平和でありますように。 [一言] 「助けてーリンデイモン〜」と次のデッドエンドが駆…
[良い点] いつも楽しく読んでます! 完結お疲れ様でした! 途中途中どうなるかと思ったし、仕掛けとかはどんな仕掛けかと読んでて殺意マシマシでしたね〜 二人がこれからどうなるかは、誰も知らない未来…
[一言] 連載完結おめでとうございます。 またの更新をのんびりお待ちしています。
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