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40.何ともおかしな騒乱の種

 結局、私が王宮勤めの薬師となることはあっさりと決まってしまった。テーミスと騎士たちが、「負傷すればリンディ殿に診てもらえる……!」とちょっと浮わついていたけど。


 そして、カティルは私の助手になった。必要な薬草などを、城下町やその外の森なんかで調達してくるのが主な仕事。熊の出る森だろうが高い崖だろうが彼はものともしないから、適任ではある。


 これから、私の新しい生活が始まる。ゲームには存在しない、穏やかで平和そのもののエンディング。そうしてみんなは、ずっとずっと幸せに暮らしました。めでたしめでたし。




 ……そんな私ののどかな目論見は、しかしあっさりとぶち壊されてしまったのだ。これ、継承の儀式をぶっ潰したむくいかなあ。


「さあ、覚悟してもらおうかリンディ君。民が、時勢が、君を選んでいるのだから」


 めちゃくちゃ得意げに仁王立ちしてそんなことを言っているのは、ナージェット。


 彼の背後には、きりりと真剣な顔をしているテーミスと、純真そのものの表情でじっと私を見つめているシャルティン。


 さらにその後ろには、騎士たちと神官たちがずらりと並んでいる。みんなみんな、息を呑んで私の動向を見守っていた。


「無理。何度言われても無理。……そもそも私は、目立つのは嫌い」


 そんな彼らに向かって、懸命に言い返す。しかしどうにも、こちらに分が悪いようだった。




 事の始まりは、薬を仕入れに城下町に出ていたカティルが持って帰った情報だった。


「城下町で買い物をしている途中、ルーカに会ったんだが……」


 戸惑いがちに彼が語った内容を聞いて、一気に血の気が引いた。


 あの儀式をぶち壊す時、私たちは儀式の真実と、王の愚かさを併せて広めていった。そして私たちの期待通り、その情報は国中に広まっていった。


 ただ……広まっていったのは、それだけではなくて。


 継承の儀式を意外な形で終わらせた祝福の乙女、そんな彼女について、人々は盛んに噂するようになったのだ。で、そうやって人から人へと伝わっていくうちに、少しずつ尾ひれがついていって。


 そうして国を一周して城下町に戻ってきた時には、その噂はもう原形を留めないくらいにとんでもないことになってしまっていたのだった。


 いわく、祝福の乙女は聖なる力をもって、愚かなる王を打ち倒した。古く忌まわしい時代を終わらせるために。


 いわく、祝福の乙女はどれだけ傷つこうともひるむことなく、新たな時代の幕開けを告げた。


 いわく、祝福の乙女は乱れた世を平安に導くために神により遣わされた存在である。


 他にもあれこれと、聞いただけで赤面するような噂が飛び交っていた。みんなこれでもかってくらいに、祝福の乙女をべた褒めしていたのだ。


 うわあああ! 気色悪い! やめて欲しい! 虚像が独り歩きしているにもほどがある。実物見たらがっかりするよ、絶対。


 でもまあ、とんちきな噂が流れただけならまだ許せた。……というか、聞かなかったことにできた。


 本当の問題は、ここからだった。


 民たちの間に「祝福の乙女こそ我らが導き手」という恐ろしい空気が流れていることを知った王宮のみんなが、二手に分かれて言い争い始めたのだ。


 片方は、ナージェット率いる『だったら祝福の乙女が次の王になってしまえばいいじゃないか』チーム。ナージェット、テーミス、シャルティンが中心人物だ。


 そしてもう片方は、私とその援護に回った面々による『さすがにそれは無理がある』チーム。オルフェオとカティルがこちらについてくれたのは助かった。こんなところで孤軍奮闘したくない。


 さらになんと、レオナリスを味方に引き込むことにも成功した。かつての敵は、今日の味方だ。ナージェットほどの図々しさは持ち合わせていないけれど有能な彼は、きっと助けになってくれるだろう。


「リンディ君、もしかして即位した後のことを気にしているのかな? 心配しなくていい、私たちが全員で支えるからね。ほんの少し、ちょっとだけ仕事が増える。そう気楽に構えていればいいんだ」


 猫なで声で説得してくるナージェットを、きつくにらみつける。


「ナージェット、無理なものは無理。そもそも私は、王家の血を引いていないもの。私がそんな地位についたら、間違いなく国が荒れるわ……そうでしょう、レオナリス?」


 くるりと振り向いて、レオナリスに話を振る。以前はナージェットにがっつりやり込められてしまった彼だけれど、今回の件については私たちのほうに理がある、はず。


「リンディ殿の言う通りだ。継承の儀式が阻止されたことで、民たちには不安が広まっている」


 人の上に立ち、他人の耳目を集めることに慣れた堂々たる声で、レオナリスが述べる。


「祝福の乙女が民の信仰を集めているのは事実だが、今必要なのは、全ての点において正当性を有する、どこから見てもけちのつけようのない王なのだ」


 うんうん。今はただの平民で、しかも内緒だけれど元暗殺者の私なんて、どう考えたって王様には不向きだ。国内は良くても、国外からけちがつくに決まってる。


「新たな王の、新たな治世。そこには、ひとかけらの揺らぎも許されない」


 ……新たな王、って。あーあ。とうとうレオナリスまでもが、今の王に見切りをつけちゃってたか。実のところ王本人も「もう隠居したい」とか言ってるらしいけど。


 などと考えていたら、横あいのほうからささやき声が聞こえてきた。


「これ、どっちが勝つのかな? 面白くなってきた」


「オレたちは、この国の歴史が変わる瞬間に立ち会っているのかもな……」


 エルメアとルーカが壁際の椅子に座って、わくわくしながらメモを取っていた。新聞社の記事のための取材ということになってはいるものの、二人ともこの状況を楽しんでしまっているようだった。


 二人がここにいるのは偶然でも何でもない。ナージェットがわざわざ呼んでいたのだ。


 ナージェットはこの広間をあらかじめ抑えておいて、オルフェオたちと騎士たち、それに神官たちを集めて待機させた上で、私をここに呼び出したのだった。


 なんかやけに人の気配を感じるな? と思いつつ広間に入った時、何がどうなっているのか分からなかった。ずらりと並んでいるみんなを前に、ぽかんとすることしかできなかった。


 で、彼はそんな私に「今日はとことん話そうじゃないか、この国の未来について」と持ちかけてきた訳で。


 とっさにオルフェオとカティルに助けを求めて味方に引き込み、騎士たちを探して顔を出したレオナリスも巻き込んだのはいいけれど、それでもこちらが劣勢だった。


 はめられた。完膚なきまでにしてやられた。覚えてろ、ナージェット。暗殺……とまではいかなくても、こっそり下剤かなんか盛ってやるんだから。


 そんな罵倒の言葉がぽんぽんと頭に浮かんでしまうくらいには、追い詰められていた。頑張れレオナリスと心の中で声援を送りつつ、そっとため息をつく。


 ああもう、全部放ってここを出ていこうかな。それがよさそう、この国の未来のためにも、私の心の平穏のためにも。


 ……いやちょっと待って。そうなったらなったで、あちこち逃げ回ることになりそうな……まず間違いなく、ナージェットは面白がって追っ手を差し向けてくる。そこにテーミスとシャルティンの文武コンビが手を貸せば……下手すると、国外まで追ってくるかも。


 そしてそれ以上に、オルフェオがねえ。


 彼と関わって、あれこれ励まして。そうしているうちに、彼は最初の頃のように自分を卑下することはなくなった。エルメアが「なんかすっかり更生したよねえ」なんて感想を漏らすくらいに。


 今の彼なら、私がいなくなったからといって絶望して刺客を送ってくるようなことはないだろう。


 ただその代わりに、自分も王宮を飛び出して追いかけてきかねないからなあ……。前向きに、全力で。


 そんな不毛な考え事を無理やり中断して、レオナリスに加勢する。


「私は玉座には座らない。……そんなことになったら、不満を持つ貴族たちに暗殺されかねないわ」


 きっぱりとそう言うと、ナージェットの口元がひきつった。うん、これは間違いなく笑いをこらえてるね!


 彼だけでなく、テーミスとシャルティン、エルメアとルーカもそれぞれ必死に笑いをこらえていた。たぶん隣のオルフェオとカティルも、似たような顔をしてるんだと思う。


 とはいえ騎士たちや神官たち、それにレオナリスは心配そうに眉をひそめている。戸惑いがちに視線をさまよわせ、何事かささやき合い始めた。これが普通の、本来の反応だよねえ。


 よくよく考えてみれば、こんな話し合いに律義に付き合う必要はなかった。適当なところで切り上げて、あとはひたすらのらりくらりとかわしていればいいだけの話だ。ついうっかり、ナージェットに乗せられてしまった。危ない危ない。


 ちょっぴり冷静になった拍子に、そう気づく。しかしその時、横から声が上がった。


「っていうか、別に王じゃなくってもいい気がするんだよなあ……」

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