38.あれから色々ありました
こうして、継承の儀式と祝福の乙女にまつわる騒動は幕を下ろした。
儀式の間の惨状を見た王はすっかり気落ちしてしまって、自室で引きこもるようになってしまった。
その原因を作った身としては少々責任を感じなくもないけれど、元はと言えば私たちを殺そうとしたそちらのせいだし、ということを思い出して開き直ることにした。
というか、王が引きこもりになっても誰も特に困らなかった。
国の統治に必要なあれこれについてはレオナリスを中心とする大臣たちが取り仕切っていて、王は最後に署名するだけだったから。その署名が『王の急病により、代理レオナリス・トーディ』に代わった以外、何もかもが以前と同じだった。
あ、一つ大きく変わったこともあった。
民たちは、相変わらず祝福の乙女をあがめたてまつっている。すっかり人望を失った――元からあったのか、怪しくはあるけれど――王の代わりに、祝福の乙女を慕っているのだ。
おかげで、しばらくは城下町を出歩けそうになかった。人の噂も七十五日、それまでの辛抱だ。まったくナージェットめ、面倒ないたずらを仕掛けてくるんだから。
「あー、平和って最高!」
気持ちよさそうに目を細めて、エルエアがううんと大きく伸びをする。このせりふ、何度目だろう。まあ、気持ちは分かるけど。
「そうね、やっとのんびりできるわ」
私とエルメアは、二人でお茶にしていた。王宮の中庭の、とびきり綺麗な庭の一角で。生き残れておめでとうパーティーだ。
あの儀式の後、私はまだ王宮に滞在していた。カティル込みで、堂々と。表向きは、オルフェオの客人として。
レオナリスは、最初私を尋問したがっていた。あれだけ豪快に儀式をぶち壊されたのだから、彼の憤りも理解できなくもない。
ただ、細かいところをきちんと説明するのは面倒だった。というか、うまく説明できる自信がなかった。なので、ナージェットを引っ張り出して彼に説明させることにした。
レオナリスはナージェットと二人きりでしばらく話し込んだ後、打ちひしがれたような様子でとぼとぼと部屋から出てきた。あの感じだと、ナージェットに正論でぼっこぼこにされたあげく、ぐうの音もでないほどやり込められたんだと思う。ご愁傷様。
そうして何となく王宮に留まっている私のところに、エルメアがちょくちょく遊びにくるようになった。
あの儀式が終わってからというもの、彼女はとてものびのびと過ごしている。新聞社の寮で息をひそめておびえ暮らしていた、そんなかつての日々の反動が出ているっぽい。
「私たちはノーマルルートに入って、そのままデッドエンドをぶち壊した……ここから先は、何がどうなるか、もう誰にも分からない」
そんなあれこれをまったりと思い出しつつ、しみじみとつぶやく。平和だ。本当に平和だ。なぜか自分がリンディなのだと気づいたあの日から、ずっと待ち望んでいた穏やかな日々。
お茶おいしい。お菓子おいしい。お日様ぽかぽか。ぼーっと気を抜いていても大丈夫。
「平和……最高……」
うっとりとしていたら、小さなため息が聞こえた。首をかしげてそちらを見ると、エルメアがちょっぴり浮かない顔をしていた。
「どうしたの? お腹でも痛いの?」
「ううん、そうじゃなくて……」
私の適当な問いかけをさらりとスルーして、エルメアがきゅっと眉を寄せた。
「ここからどうなるか、わたしも知らないんだなって思ったら……ちょっと不安になっちゃって」
「大丈夫じゃない? さすがに、あの儀式みたいなとんでもない事態は、そうそう起こらないわ」
「リンディはのんきね。……あ、そうだ。一つ気になってたんだ」
「のんきっていうよりも、前の騒動で思いっ切り悩んで思いっきり駆けずり回ったから……度胸がついたのかも。ところで、気になってたって何?」
彼女の言葉を訂正しつつ、澄まして尋ねる。と、エルメアが顔を寄せ、ささやいてきた。
「あなたって、ここがゲームにそっくりな世界だって気づいてるんだよね?」
「ええ。といってもゲームはやってない。妹の熱い語りを聞いていただけで」
「だったら……あなたの名前は、何? リンディではない、あなたの元の名前」
「あ」
言われて初めて気がついた。私はあの日、自分がリンディになっているのだと思った。ここはゲームの世界なのかもしれないと思った。でもそれなら、その『私』は誰だ……? ゲーム好きで悲恋もの好きの妹を持つ、『私』は……。
「…………うん、思い出せない」
「えっ、あなたも!?」
しばらく考えてきっぱりと答えると、エルメアはなぜか顔を輝かせた。
「実は、わたしもなんだ。ゲームのスチルまでちゃんと覚えてるのに、そのゲームをプレイしてた自分のことだけほとんど思い出せなくて。わたしがおかしいのかなって、ちょっと悩んでて」
「不思議よね」
「うん。そういうこともあって、ここは本当にゲームの中なのかもって思ってた。あと、夢なのかもって」
「分かる。私もさんざん悩んだもの。でも今は、もうどうだっていいかなって感じ。いつか目が覚めるとしても……その時まで、この世界を楽しもうって」
それが私の、今の思いだった。夢なら早く覚めてくれと何度も祈ったけれど、気がつけばなんだかんだでここでの日々を結構気に入ってしまっている。
私の言葉に、エルメアの笑みが深くなる。
「やっぱり、あなたって前向きだね。ゲームのほうのリンディとはかなり違う」
「それをいうなら、あなたもゲームのエルメアとは相当違うんじゃない……?」
「ぎくり。……それはまあ、ゲームのエルメアは、どんな困難にも懸命に立ち向かう、真面目で純粋でひたむきな少女だから……」
「本当ね、全然違う」
「あっ、ひどい!! そこは形だけでも『そんなことないよ』って言うべきところでしょう!?」
そうして二人、明るく笑い合った。こんなくだらないお喋りで笑っていられる、そんなささやかな幸せを噛みしめながら。
さらにエルメアとあれこれ喋って、自室に戻る。自室っていうか、客室だけれど。前に滞在していたのと同じ部屋を、そのまま使わせてもらっているのだ。
「ああ、帰ったかリンディ。……返事が来ているぞ」
入ってすぐ、応接間代わりになっている部屋のソファで、カティルがくつろいでいた。彼は彼で隣の客室をあてがわれているのだけれど、寝る時以外は割とこっちに入りびたりだ。
そして彼が差し出したのは、一通の手紙。『ルーン伯爵より、我が愛娘リンディ・ルーンへ』となっている。
つまりこれ、お父様から私あて。先日、私とカティルがヴェノマリスを抜けたいのだという手紙を送った。その返事だ。
緊張にちょっぴり震える手で、急いで手紙を開封する。中に目を通して……思わず、ほっと息を吐いていた。
「その様子だと、最悪の事態は免れたようだな。どうだった?」
「ええっと……」
万が一他の人に見られてもいいように、それはごく普通の手紙に偽装されている。決められた手順通りに文字を拾い、読み上げる。
『まさか、お前たちがヴェノマリスを抜けようとするとは思わなかった』
『だが、お前たちの幸せを思えば……それもまた、許容すべきなのかもしれんな』
『ただし、組織としてのけじめもある。お前たちは今後、ヴェノマリスとは一切関わりのない存在となる。もしお前たちを標的とする依頼があれば、私はそれを受ける』
リンディの記憶にしかない、お父様の姿。厳格な雰囲気の人だったけれど、リンディには優しかった。たぶんこの処遇は、かなり甘いのだろうと思う。
『……だがそれでも、私はお前たちが無事に生き延びることを祈っている』
そんな言葉で、お父様の手紙は締めくくられていた。私もカティルも、何となくそのまま黙り込んでしまう。
「……良かったな、リンディ」
「ええ。……ちょっぴり、寂しくもあるけど」
そうつぶやいたら、カティルが笑って手招きしてきた。二人掛けのソファの、自分の隣の空いたところを、もう片方の手でぽんぽんと叩いている。
ふらりとそちらに近づいて、素直に腰を下ろした。そうして、カティルにもたれかかる。
しばらくそのまま、じっとしていた。エルメアと話していた時とは違う形の幸せが、じんわりと胸を満たしていくのを感じながら。




