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37.民たちの歓声

「乙女殺しをたくらんだ血塗られた王、その愚かなる行いと、この国の後ろ暗い歴史、その全てがここに!! 知らずにいたら、損をするよ!!」


 民たちの後ろで、歌うような調子で叫んでいる青年。それは、ルーカだった。いつも通りの格好で、手には小ぶりの新聞のような紙を持っている。肩から掛けたカバンの中にも、同じような紙がみっしりと詰まっていた。


 彼はぽかんとした民たちに、手際よく紙を渡している。民たちは訳も分からないまま、手にした紙に目を通し始めた。


 これが、私たちの打った最後の手だった。今後、継承の儀式が行われないようにするために。民たちの、王への反感をあおりたてる。王の醜聞をばらまいてやれば、あとは勝手に国中に広まっていくだろう。


 そういう訳で、ナージェットとルーカが手を組んだ。二人は相談の上、民に配るための号外を制作したのだ。今まで私たちが調べてきた継承の儀式の真実と、あと今の王がどれほど愚かなのかについてつづられた、とびきりショッキングなものを。


 ちなみに王の愚かエピソードについては、ナージェットがたんまりと情報をためこんでいた。号外ではなくて普通の新聞をまるごと使って特集が組めるくらいに。それってもう新聞というより、ゴシップ誌だけれど。


 私も号外を前もって見たけれど、いい感じに王の駄目駄目感が出ていてよかったと思う。なおナージェットによれば、嘘や誇張は一切ないのだとか。大丈夫か、あの王。


 さらにナージェットは、ルーカが勤めている新聞社を丸一日借り切り、自分の腹心の部下たちを使って号外を刷らせたのだった。手が空いていたので、私も手伝いにいった。


 彼がそんな手の込んだことをしたのは、新聞社の人間を巻き込むのが申し訳ないと考えたからではなく、事情を知る人間が増えれば増えるほど、秘密が事前にばれてしまう危険性が上がるからだった。さすが、策士。


 ただ……執事やら兵士やらがせっせと号外を刷っている姿は、どうにも面白いものだった。思い出しただけで、うっかり笑いそうになる。


 頬の内側を噛んで笑いをこらえていた私の耳に、また別の声が飛び込んできた。


「僕たちが命がけでつかんだ、とびきりの情報ですよ! しかも、掛け値なしの真実ばかり!」


 ルーカと似たような格好の、声の高い少年も号外を配っていた。あちらは男装したエルメアだ。レオナリスが気づいて顔をひきつらせたけれど、他の人たちは彼女の正体に気づいていない。


 この儀式のせいで、生きるの死ぬのと大騒ぎするはめになった。そんな体験のせいか、エルメアは何とも言えない気迫を放っていた。号外を受け取った民たちが、思わず背筋を伸ばさずにはいられないような。


 気づけば民たちは、みんな魂が抜けたような顔をして号外を読んでいた。その合間にちらちらと、不信の視線を王に向けつつ。


「兵士たち、この逆賊を捕らえろ!」


 まだ私が王を組み伏せて毒針を突きつけているにもかかわらず、レオナリスが唐突に叫んだ。もうここまでやっちゃった以上、私たちを捕らえても仕方ないのにね。


 レオナリスの命令を受けて、兵士たちがこちらに向かってくる。それを見て、ルーカとエルメアがさっと駆け出していく。


 こちらの二人は、これから城下町でさらに号外をばらまいてくるのだ。盛大に、大量に。もう隠しておく必要もないから、新聞社の人たちにも手伝ってもらうことになるだろう。城下町の騒動、ちょっと見てみたいかも。


 さて、私たちの役目もほぼ終わった。そろそろ撤収しようかな。追いかけてくる兵士を振り払うのが面倒ではあるけれど。実のところ私とカティルは、殺すほうが簡単なんだよね……。


 そう思っていたら、いきなり民たちが兵士たちを取り囲んで、集団でぼこぼこにし始めた。え、なに、この展開。


 って、ああ。あの人たち、民じゃなくて民のふりをしていたナージェットの配下だわ。身のこなしが違うもの。


 あっという間に、祭壇の周囲にいた兵士――王とレオナリスの配下たち――は無力化され、縄で縛り上げられてしまった。


 ふう、これなら楽に逃げられる……と思ったその時、予想外の声がした。


「お集まりの諸君、ご機嫌いかがかね? 私はナージェット・ケルス、ケルス侯爵だ。そして、そちらにおわす祝福の乙女のしもべだよ」


 なぜナージェットがここに。今回の作戦、彼はひたすら裏方に徹する予定だったんだけど。あと、しもべって何だ。


「君たちは、号外を読んだのだね。ならば理解しただろう、祭壇の上にいるあの王が、どうしようもない愚か者なのだと」


 嫌な予感がする。彼が何か、何かとんでもないことを企んでいるんじゃないかっていう、そんな予感が。


「私は貴族として、あんな男に仕えてしまったことをこの上なく恥じているんだ。だから改めて、自分の主君を選ぶことにした。それがそちらの、祝福の乙女様だよ」


 こらちょっと待て。誰が誰の主君だ。そんな話聞いてない。


 そっとオルフェオたちを見たら、彼らも戸惑った顔をしていた。この感じだと、ナージェットが一人で暴走しているのだろうな。


 ナージェットの言葉を訂正しようと、口を開きかけたその時。周囲から、さわさわというかすかな声が聞こえ始めた。


「……祝福の乙女様が、主君……」


「なんて凛々しい、立派なお姿だろう……」


「あんなに傷を負われても、この国を正すために戻ってこられた……」


 民たちはそんなことをつぶやきながら、私をまっすぐに見つめている。憧れと尊敬の、とってもピュアなまなざし。私は、気づけばそんな視線に取り囲まれてしまっていた。


「あのお方こそ、私たちの、主君にふさわしい……」


「そうね……」


 うえっ、民たちが私をまつり上げている……! ナージェットめ、これがやりたくて出てきたんだな。


 私はヴェノマリスを抜けてただの一平民になるから、主君とか言われても応えようがないんだけど。


 ため息をつきつつ、王を捕まえていた手をぱっと放す。もういいや、目的はだいたい達成したし。これ、もういらない。放っておいても大丈夫だし。


 そして私の手を離れた王は、こちらを見ることなくよろよろと立ち上がり、そのまま歩いていった。祭壇の奥のほうに設けられた重厚な扉、儀式の間に続く扉に向かって。


 同じようにカティルから解放されたレオナリスが、その後を追いかけていく。やがて、二人の姿は扉の向こうに消えていった。


 じきに二人は、あの儀式の間のありさまを目にするのだろうな。その時のことを想像して、おかしくなると同時に、ちょっぴり申し訳なくもあった。


「リンディさん、民に応えてあげてください」


 そんな声に、ふと我に返る。民に背を向けて立っていた私に、オルフェオが手を差し伸べてきていた。カティルにテーミス、シャルティンもすぐ近くまで来ていた。さらに、ナージェットまで。


「僕たちは、必要なことだったとはいえこの場を混乱に陥れました。今の民には、新たな心の支えが必要だと思うのです」


 周囲の民たちにちらりと目をやって、テーミスがつぶやく。


「……不意打ちというのはどうかと思うが。だが俺も、オルフェオ様に同感だ」


「ナージェット様には、あとでちょっぴりお仕置きが必要かもしれませんね」


 くすりと笑って、シャルティンがささやく。かつてお仕置きされた経験のあるナージェットが、ぶるりと震えた。


「いや、それはやめてくれたまえ。リンディ君に黙っていたことについては謝罪するから。ただ、いい思いつきだろう?」


「本当に、危険な侯爵だな。暗殺者に憧れるだけのことはある……ともかく、みなに顔を見せてやってくれ」


 額を押さえて、カティルがそうつぶやいた。 民たちのささやき声は、いつしか歓声に変わっている。


 今の私は、みんなに守られているように見えるだろうか。それとも、みんなを従えているように見えるだろうか。そんなことを思いつつ、振り返る。


 遠くのほうに、まだ立ち去っていなかったエルメアとルーカが、二人並んで笑顔で手を振っているのが見えた。そして、満面の笑みで叫んでいる民たちも。


 ……私たちは、継承の儀式という仕組みをぶち壊した。この感じだと、そう遠くないうちに民の意識も変わっていくだろう。


 もっとも、歴代の王たちが大切に受け継いできたものも失われてしまった。そのことについては、良かったのかどうか分からない。


 でもまあ、何とかなるだろう。人間って、案外たくましいし。突然ゲームの記憶がよみがえった私とエルメアが、二人そろって生き延びたみたいに。


「……なんだか、どっと疲れたわ……」


 口の中だけでそっとつぶやいて、視線を上げる。青い空には白い雲、そして虹。


 なんとも能天気な、ハッピーエンドにふさわしい、そんな空模様だった。

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