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35.祝福の乙女ご一行

 あの忌々しい白い石が壊れ、毒霧も消え去った。それを確認してから、みんなに解毒剤を打って回る。


 幸い、みんなすぐに目を覚ましてくれた。互いの無事を確かめ、それから辺りを見渡して。


「……どうにか、生き延びたか……ありがとう、リンディ殿」


「夢を見ているようです……最後の最後で、猛毒の霧だなんて……」


 テーミスとシャルティンが、互いに支え合うようにしながら呆然とつぶやく。あちこち傷を負ってはいるものの、ひとまず動くには支障がなさそうだ。


「まったく、手こずらせてくれる。石ころの分際で。しかし我らが毒姫のほうが、一枚上手だったということだな」


 カティルが腕組みして、ふんと鼻を鳴らしている。ところどころ服が裂けているけれど、全てかすり傷なのはさすがだ。


「すみません、僕がもう少し早く、あの罠の存在に気づいていたら……」


「いいの。あなたが来てくれなかったら、後れを取っていた。そうしたらさすがの私も、あの毒霧に倒れていたから」


 しょげているオルフェオを慰めて、それからみんなを見渡す。


「これでもう、継承の儀式の罠で誰かが殺されることはない……まさか、あの白い石を壊せるなんてね。よかった」


 最初の計画では、罠を全部無力化……というか、ぶっ壊して生還する予定だった。そうして、儀式の間での真実を広く知らしめる。


 私たち、こんな目にあいました。それでもあなたたちは、王の行いを肯定しますか? とか何とか。そんな風に、民に訴えていく。


 そうして、祝福の乙女に選ばれることは死を意味するということを国中に広めてやるのだ。


 それでもなお王が継承の儀式を行おうとすれば、次に選ばれた祝福の乙女はどう思うか。彼女たちの家族は、恋人はどう思うか。


 青ざめておびえ切った乙女を無理やり王宮に連れていったりしたら、間違いなく王への反感が広がる。もしかしたら、革命とか起こっちゃったりして。むしろ、そうなるようにこっそりあおってやるのもいいな。


 そうやって、王が継承の儀式を行いたくても行えない状況に持ち込む。つまり、継承の儀式という仕組みをぶっ壊す。私たちが最初に描いていたのは、そんな筋書きだったのだ。


 ところがひょんなことから、諸悪の根源である白い石を消滅させることに成功した。計画よりも、ずっといい感じ。継承の儀式の大本を絶てたのだから。


 もう、儀式を行っても何の意味もない。あの白い石と共に、代々の王の記憶も無くなってしまっただろうし。


 よし、ならばこのまま、勢いで突っ走ってしまおう。というか、この儀式の真実を知りながらふんぞり返っている王と、あとレオナリスをぎゃふんと言わせてやりたい。私とエルメアが怖い思いをした分、あの二人にもきっちり青ざめて欲しい。


「いい調子だし、このまま急いで次の段階に移りましょう。あ、でも……」


 そこまで言って、テーミスとシャルティンを見つめる。


「あなたたちはどうするの……? 流れによってはまた戦いになるかもしれないし、辛いようなら……」


「もちろん、俺たちはあなたと共に行く。これくらいの傷、作戦には支障ない」


「それにこれくらい痛めつけられていたほうが、継承の儀式の恐ろしさを見せつけることができるでしょう。どうか、わたくしたちを連れていってください」


 二人ともしんどそうではあったものの、その目の光は少しも衰えていない。むしろ力強さを増して、きらきらと輝いていた。


 これなら大丈夫かな。だったら私も、準備をしないと。ずかずかと大股で、裏口の扉に近づいていった。針も刃も炎も何一つ飛んでこないことに、安堵しながら。


 そうして裏口の扉を開けると、すぐそばの床にきちんと折りたたまれた純白の布の山があった。エルメアが置いていった、祝福の乙女の衣装だ。


 彼女はここで、私たちが持ち込んだ服に着替え、大急ぎで地上に避難したのだ。ナージェットの側近の兵士と合流して、次の行動のために移動しているはず。


 私だけ扉の向こうに出て、ひとまず扉を閉める。大急ぎで、その衣装に着替える。私とエルメアは背格好が似ているから、ここで祝福の乙女役を交代するのだ。ちょうどヴェールで顔が隠れるし、民たちには入れ替わりがばれないだろう。


 私の肌に触れると、純白の生地にじわりと血がにじんでいった。さっきの戦いの中で私もそれなりには傷を負っているから、こうなるのも当然といえば当然だ。計画のうちとはいえ、やっぱりもったいない。


 背後の扉を開けて、みんなのいる儀式の間に戻る。オルフェオたちが一斉に目を見張った。その顔に浮かんでいるのは、感嘆の表情。こんな状況だけれど、注目されるとちょっと恥ずかしい。


 ただ、今は照れている場合ではなくて。


「カティル、お願い」


 まっすぐに立ち、カティルに向き直る。彼は小さくうなずいて、真剣な顔でナイフを振るった。私に向かって。


 衣装のあちこち、それも私が傷を受けたのと全く同じ場所に、大小様々な裂け目ができていく。オルフェオとシャルティンが、辛そうな顔をして目を背けていた。


 これから私たちは、『継承の儀式をぎりぎりのところで生き延びた祝福の乙女ご一行』として王に立ち向かうのだ。儀式の間で恐ろしい目にあって負傷した祝福の乙女の衣装が無傷なのは、さすがにおかしい。


 というか、この服に着替えてから罠を発動させるというという案もあったにはあったのだけれど……エルメアが来ているのを見て、それは無理だと悟った。動きにくすぎる。


 そんな訳で、今の私たちはオルフェオ以外みんな見事に傷だらけになっていた。これなら、さっきシャルティンが言ったように、継承の儀式のおぞましさをいい感じにアピールできるだろう。


「……本当に君たちは、暗殺者なのですね。今さら、そのことを実感できたような気もします」


 私にためらいなくナイフを向けたカティルと、衣装が切り裂かれる間顔色一つ変えずに立っていた私。そんな私たちを見て、オルフェオがぽつりとつぶやいた。


 それに応えるように、シャルティンとテーミスがそっと言葉を添えた。


「罠と戦っている間、ずっと思っていたのですが……お二人とも、とても鮮やかな身のこなしでした。こんな時でなければ見とれてしまいそうなくらいに」


「……俺もです。リンディ殿を守ると息巻いていた、かつての自分が恥ずかしい……」


「気にするな、テーミス。それだけリンディの演技が見事だった、そういうことなのだから」


 ちょっぴり落ち込み気味のテーミスに、カティルが若干的外れな励ましをかけている。それを見て、シャルティンがこっそりと苦笑していた。




 そんなちょっとした一幕を経て、私たちは森の中を歩いていた。


 私はオルフェオに手を引かれて、しずしずと歩いている。すぐ後ろにテーミスとシャルティンが付き従い、一番後ろにはカティルが陣取っている。


 そうやって進んでいると、遠くに人混みが見えてきた。祭壇を囲んでいる民たちの背中だ。


「……あと少しよ」


 みんなにそう呼びかけて、ごくりと唾を呑む。うわあ、急に緊張してきた。全力でぶちのめしていい罠と違って、ここからは演技やら説得やら、色々と気を遣わなければならない。


 やがて、民たちがこちらに気がついた。小さな悲鳴、戸惑いの声、広がるどよめき。


 当然と言えば当然だろう。さっき祭壇の奥へと消えていった祝福の乙女が、なぜか自分たちの背後から姿を現したのだから。それも、ぼろぼろの姿で。


 注目されてる……落ち着かない……ヴェールで顔が隠れているのがせめてもの救いかも。


「僕がついていますから」


 かすかな声で、隣のオルフェオがささやいてくる。そうして彼は、声を張り上げた。


「どうか、道を空けてください。祝福の乙女より陛下に、申し上げたいことがあるのです」


 その堂々とした言葉に、混乱し切っていた民たちがはっと我に返ったようだった。彼らが左右に分かれ、まっすぐな道ができる。


 焦らず騒がず、落ち着き払ったふりをしてその道を進む。心臓がばくばくいってるけど。


 祭壇が、どんどん近づいてくる。そこにいる王とレオナリスの姿も見えてきた。王は目を真ん丸にしてあんぐりと口を開けている。王者の風格もへったくれもない、間の抜けた顔だ。


 そしてレオナリスは、この上なく複雑な表情をしていた。驚きと戸惑いといら立ちと、でもその中にひとかけらの安堵のようなものが混ざりこんでいる気がする。


 オルフェオに手を引かれ、王の前までやってきた。辺りは恐ろしいほど静まり返っている。


「継承の儀式は失敗しました。未来永劫、成功することはないでしょう」


 私のそんな言葉が、祭壇を吹く風に乗って広がっていった。

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