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34.荘厳さなんてどこにもなくて

 テーミス、シャルティン、カティル。三人が、前もって打ち合わせていた位置についた。


 ちなみにテーミスは胴体を隠せるくらいの盾を、シャルティンは足元から肩くらいまでをカバーできるような大型の盾を構えている。あんな重いものを軽々振り回せているあたり、やっぱり彼の腕力はすさまじい。


「……それじゃあ、踏むわ……」


 床にはめこまれた白い石の前に立ち、そう宣言する。


 怖い。私は強い。私は素早い。でも、怖い。これを踏んだら、罠が発動する。それをかわしきれなかったら。


 緊張にこわばる私の耳に、カティルの朗らかな声が飛び込んでくる。


「大丈夫だ、リンディ。君は私たちが守り切る。安心して踏むといい」


「……あなたたちが死ぬのも嫌。だから、絶対に、絶対に自分の身を最優先にして。私は私で、どうにかするから」


 どうにかできる自信なんて、少しもなかった。最悪、ここで全員死ぬのかもしれないって、そんな恐ろしい光景が頭から離れなかった。


 エルメアを叱咤して、オルフェオを励まして。けれど何のことはない、私もずっと怖がっていたのだ。


 ふと、視線を感じた。カティルが、テーミスが、シャルティンが、振り返って私を見ていた。みな、柔らかな笑みを浮かべて。自分たちを信じろと、彼らはそう言いたげな顔をしていた。


「ありがとう。それじゃあ、行くわ。……三、二、一……」


 覚悟を決めて、白い石にそっと足を乗せる。次の瞬間、近くの壁から何か小さなものがしゅっと飛び出してきた。最短の動きでかわし、叩き落とす。


「これ、毒針ね……乙女の体を麻痺させて、動きを封じる」


「ああ、発射口はここだな。ここに細い刃物を差し込んで、思いっきり押し込む、と」


 さっそくカティルが、毒針の飛んできた穴を壊している。


「地下でなければ、油を流して火をつけるのが一番早いんだがな」


「さすがにここでそれをやったら、俺たちも逃げ切れるかどうか分からない」


 テーミスがそう指摘している間にも、次の罠が襲い掛かってきた。


 私を狙って、天井から大きな片刃の剣のようなものが落ちてきたのだ。鋼鉄の糸か何かで吊られているのか、勢いよく右へ左へ揺れている。大変危ない。


「この程度、俺の敵ではない!」


 テーミスは荒々しく叫ぶと、手にした剣で鋼鉄の糸をばっさりと切り捨てた。がらんと大きな音を立てて、片刃の剣が床に落ちる。


「ふんっ!! この程度で、わたくしは倒れはしませんよ!!」


 その頃シャルティンは、壁の一角から飛び出してきた石弾と格闘していた。


 彼は盾の後ろに隠れるようにしながら射出口に近づき、ぶっとい棍棒を穴に力ずくで押し込んでいる。めきょっ、という音がして、射出口が壊れて塞がった。


 私は白い石を踏んでいなくてはならないから、ここを動けない。でも、手伝いはできる。


 腐食性の高い液体をしみこませた布を暗器の針に巻きつけ、壁のあちこちにある何かの射出口めがけて放つ。液体が壁の中の仕掛けに流れ落ちることで、罠が作動できないようにするのだ。


 国を守るための、王の記憶を継承するための儀式の間。この王国で最も謎に包まれていて、最も荘厳であるべき場所。でも今ここには、血みどろの戦いと破壊だけが満ちていた。


 前にオルフェオがこの儀式の間の大まかな設計図を見ていたから、ある程度罠の位置も分かっている。だから私たちはちょくちょくかすり傷を負いつつも、次々と罠を壊すことに成功していた。


 せっせと作業に、荘厳さのかけらもない破壊活動にいそしんでいるうちに、部屋の中も少しずつ静けさを取り戻していた。


 ……もしかして、勝機が見えてきたかもしれない。このままなら、計画通りに全ての罠を乗り越えて、みんなで生きて戻れるかもしれない。


 ほっと気を抜きかけたその時、思いもかけない事態が起こった。なんと裏口の扉から、オルフェオが駆け込んできたのだ。


「まだ全部片付いてない! 危ないわ、下がって!」


 オルフェオは戦えない。護身術程度は身に着けているようだけれど、非人道的な罠と正面切って張り合えるほどのものではない。


 それは分かっているだろうに、オルフェオは下がらなかった。真っ青な顔で、声を張り上げたのだ。


「一つ、一番恐ろしい罠を見落としていました! みなさん、早くこの部屋から出てください!!」


 一番恐ろしい罠。図面の上でも、きっと巧妙に隠されていたのだろう。でなければ、オルフェオが今の今まで気づかないなんてことがあるはずない。


 ぽかんとしながら、カティルが、テーミスが、シャルティンが、ちょうど取り組んでいた罠を破壊して。


 次の瞬間、私の足元からふわりと霧が立ち上ってきた。どことなく不吉さを感じさせる、じっとりとした緑色の霧。


 それを嗅いだ瞬間、理解した。これは未知の致死毒だ。皮膚からではなく、吸い込むことで作用する。そして、おそらく二呼吸もすれば命を失う。


 恐ろしい霧に全身が包まれつつあるのを感じながら、服の中に隠してあった毒針を取り出した。そうして、立て続けに投げる。みんなに向かって。


 おそらくカティル以外は、私が何をしようとしているのか理解できなかっただろう。驚きを顔に張りつけ、ゆっくりと石の床に崩れ落ちていく。


 よし、これでみんなはひとまず大丈夫だ。


 私がみんなに打ったのは、即効性の仮死毒。この毒を受けた者は、呼吸が止まり、体も冷たくなって、まるで死体のようになるのだ。一日以内に解毒剤を打てば、何事もなく復活する。私が研究・調合した、特製の毒だ。


 その頃には、薄気味悪い緑色の霧はすっかり儀式の間いっぱいに広がってしまっていた。呼吸をするのが、徐々に苦しくなっていく。


 私は毒姫、そこらの毒は効かないけれど、この毒はじわじわと効き始めている。あまり長く吸い込んでいたら、さすがの私ももたないかもしれない。


 口元を手で押さえて、様子をうかがう。やはりこの霧は、私の足元にある白い石から放たれている。


 だったら、これを壊せば、あるいは。


 太ももに下げていた大ぶりのナイフを両手でつかみ、石に突き立てる。しかし石はびくともしない。


 どうしよう。これを壊して、この毒霧を止めないと。私の腕力と残りの体力からすると、みんなをかついで安全圏に逃がすのは難しい。というか、裏口の扉を開けたらこの霧も外に出てしまうのではないかという気がする。


 何か、打つ手はないか。あと少し、これで最後なのに。


 いくら考えても、答えが出ない。毒が回ってきて、立っているのも辛い。膝をつき、そのままばたりと石の上に倒れこむ。


 ここで私が死んだら、継承の儀式は完遂されてしまうのだろうか。そんなのは嫌だ。絶対に、止めるんだ……。そして、みんなを、助けて……。


 こぼれ落ちた涙が、頬の傷を伝って石の上にぽたりと落ちる。血と涙の混ざったその液体を受け止めた石は、また驚くような反応を見せた。


 なんと石が、脈打ち始めたのだ。生き物のように。よろよろと身を起こしてそこに触れると、石はほんのりと温かく、柔らかくなっていた。


 どうしてこんなことになっているかなんて、想像もつかない。でも、一つだけ確信した。今なら、私の刃が通じる。


「こんなもの、なくなってしまえばいいんだ!!」


 毒のせいでくらくらする頭を叱咤し、両手でナイフを握り直す。そうして全体重をかけて、石に突き立てた。


 ぴきぃん。


 そんな音がして、石にひびが入った。そうしてぼろぼろと崩れ、細かく砕け……砂のように細かくなってしまった。風もないのに、その粉は吹き上げられ、ドームの天井へと向かっていく。


 気がつけば、あの白い石は跡形もなく消え去ってしまっていた。そこの床に、名残りとでも言うべき浅いくぼみだけを残して。


 毒霧も消え去り、儀式の間にはまた元通りの静けさが戻っていた。


「……生き延びられた、のね……」


 私はぺたりと床に座り込んだまま、呆然と天井を見上げていた。

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