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33.継承の儀式は粛々と

 そうして、儀式の日。


 エルメアは祝福の乙女の衣装、純白の美しいドレスをまとい、しずしずと祭壇に向かっていた。その上で待つ、王のもとに。


 たっぷりとしたヴェールのせいで、彼女の顔はおろか、髪の色すらろくに見えなかった。豪華だけれど、どことなく虚ろな感じがするその衣装は、死装束としてはぴったりだった。


 あの王はぎらんぎらんに着飾り、そこはかとなく腹の立つ笑みを浮かべて堂々と椅子に座っていた。玉座と見まごうような、とっても豪華な椅子だ。その隣には、ほっとした顔のレオナリスがたたずんでいる。


 私はマントで全身を隠し、そんな様を見守っていた。緊張に息を呑む、たくさんの群衆に混ざって。


 最初の計画では、レオナリスを説得するか、それともまたエルメアをこっそり逃がすか隠すかして、私が祝福の乙女となる予定だった。


 しかしそこに、ナージェットが口を挟んだのだった。


「エルメア君を捕らえた以上、レオナリスの説得は難しいと思うよ。彼は感心するくらい、この国への忠誠心が強いからねえ」


 それはうっすら気づいてた。彼は、私が祝福の乙女になったことについて思いっきり不満があったようだったし。


 さらにナージェットは、「だからレオナリスは、儀式への不安は少しでも取り除こうとするはずさ。彼にとって祝福の乙女は、選定の儀式で選ばれたエルメア君ただ一人なんだよ」と断言してのけた。


 そういったあれこれを考え合わせて、こうなった。王は祝福の乙女が誰なのかということについては本当にこだわりがなかったらしく、レオナリスに説得されてあっさりと乙女の交代を受け入れていた。


 そしてそれを聞いたナージェットは、にやりと笑って付け加えたのだった。


「本来の乙女が戻ってきたとあれば、レオナリスはほっとしているだろうね。もちろん彼はその程度で気を抜くような人物ではないけれど、それでもそこにわずかな隙が生まれる。これを利用しない手はないよ」


 そうして、さらに作戦を詰めていったのだけれど……ナージェット、ちょっと楽しんでない? 私たちの中では一番、謀略とかそういうのが得意ではあるんだけれど……生き生きしている……。


 まあそれでも、彼の頭脳のおかげでよりよい作戦を組み上げられたのも事実だった。なのでひとまず、細かいことは気にしないことにする。


 今までのそんな長い道のりを思い出しながら、エルメアの姿を目に焼き付ける。気配を消しながらその場を離れ、今度は祭壇の裏に広がる森に向かう。柔らかな革のブーツで、足音も立てずに。


 マントの下に着ているのは、ぴったりとしたシャツとズボン。フードの下の髪も、動きやすく結い上げてある。


 このなりは、ヴェノマリスの暗殺者が身を隠して仕事をする時のものだ。イコール、カティルとペアルック。


 というのは置いておくとして、この服は薄くてよく伸び、動きの邪魔にならない。それなのに丈夫な、とっても便利なものなのだ。しかも、あちこちに暗器の針やら毒の小瓶やらを隠しておけるし。


 森の中を進んでいくと、やがて石でできた小屋……というよりほこらのようなものが見えてきた。その隣では、テーミスとシャルティン、それにカティルが私を待っていた。全員、完全武装済みだ。


 そして彼らの足元には、縄でぐるぐる巻きにされた騎士と神官がごろごろと転がされていた。全員、見事に熟睡している。


 みんなの前で立ち止まり、地面の人間たちにちらりと目をやった。


「門番と回収係、全部片付けた……?」


「ああ。全て私たちが倒しておいた。君からもらった新作の眠り薬、とてもよく効いたぞ」


 さわやかに答えるカティルに、テーミスとナージェットも無言でうなずく。


「……これで、全部……? 思っていたよりも、ずっと少ないのね」


「そうだな。ナージェット様のおっしゃっていた通り、レオナリス様は油断しておられたのだろう」


 ぎりぎりと奥歯を噛みしめて、テーミスが苦しげに答える。そこで倒れている騎士の一人に見覚えがあった。彼は、テーミスの直属の上司だ。


 このほこらは、祭壇の地下、祝福の乙女が殺される儀式の間に通じる裏口なのだ。


 そしてこの騎士たちは、余計な者がここに近づかないように見張る。さらに神官たちは、儀式が終わった後、祝福の乙女の遺骸を回収するためにここにいるのだった。


 ……にしては人数が少なすぎで、しかも弱すぎた。これなら、私一人でもあっという間に片付けられるだろう。それも、叫び声一つ上げる隙すら与えずに。


 たぶんレオナリスは、こう考えたのだろうな。「このほこらにたくさんの人間を集めて注目を集めるのはまずい。それに、一度脱走したエルメアが儀式の最中に逃げ出さないように、祭壇の警備を厳重にすべきだ」と。


 だからといって、これはねえ。おかげで、こちらとしてもやりやすいけれど。


 そんなことを考えていたら、しょんぼりした顔でシャルティンがつぶやいた。


「……多くの者を傷つけずに済んでよかったと、そう思います。ただ……顔見知りがこのようなことに関わっていた、そのことはとても悲しいです」


 ああ、空気が重い。カティルは無言で肩をすくめているだけだし。『身分があると、色々大変だな』とでも言いそうな顔だ。


 急いで言葉を探し、テーミスとシャルティンに笑顔で呼びかける。


「これでしばらくの間は、騎士や神官がここにやってくることはないと思うわ。全てはつつがなく進行していると、そうみんなが勘違いするように、ナージェットが手を打ってくれているから……」


 そうして、ほこらに向き直った。大きな石を彫って作られたそれの正面、そこの一部にぽっかりと穴が空いていて、ちょうど人ひとり通れるくらいの通路が奥に向かって続いている。私たちの目的地は、この先だ。


「落ち込んでいる暇なんてないわ。さあ、行きましょう。……決着をつけるために」




 ほこらの中の通路は、すぐに下り階段になった。私とカティルは足音をさせていないけれど、テーミスとシャルティンの足音がやけに複雑に響き渡っている。


 そうして、階段の行き止まり。小さな踊り場に、こぢんまりとした扉がある。その扉を開けると、開けた空間に出た。


 大きなホールのようになっているそこは、どこもかしこも岩がむき出しで、ランタンや天窓などの明かりは一切なかった。それなのに、辺りは中々に明るい。壁自体が、ぼんやりと光っているのだ。


 自然の洞窟のように見えなくもない、でも明らかに人の手によって作られた空間だった。よく見ると、壁にもドーム状の天井にも、細かな模様が刻まれている。


 そしてホールの中央の床には、白くつややかな石が埋め込まれていた。ちょうど人の身長くらいの大きさで、円盤の形をしたそれは、周囲の淡い光を受けてやけに美しく輝いている。


 ここは祭壇の真下、地下深くにある儀式の間だ。私たちは今、裏口からこっそり侵入してきたのだ。


 ホールの中央のあの石、その上に祝福の乙女が乗れば、継承の儀式が始まる。


 ……ということになっているのだけれど、どうも『誰かがあの石に乗った時点で罠が発動し、その誰かを問答無用で殺害する』というのが正しいらしい。この辺りのことについては、はっきりとした記録は残っていなかった。


 ナージェットが見つけた手がかりをもとに、オルフェオは王宮の書庫、その奥にある記録を調べ続けてきた。


 書庫の奥は厳重に管理されていて、よほどの理由がなければ立ち入りを許されない。王族であるオルフェオですら、あれこれと言い訳をしまくってようやく入れたのだそうだ。


 カティルに潜入してもらおうかとも思ったけれど、鍵が複雑すぎて壊さずに入るのは無理だったのだ。「私にも、できることとできないこととがあるからな」とちょっぴり残念そうだった。


 それはともかく、そうしてオルフェオが見つけてきた儀式の記録は、私たちの予想……というよりエルメアの知識とナージェットの推測……と見事に合致した。いっそ腹立たしいくらいに。


「あの白い石が、犠牲者の血を吸って、真上にいる王に力を与える……信じがたい話だけれど、現にずっとそうやって、王たちは記憶を受け継いできたのね……」


 今まで何人の乙女が、あの石を踏んだのだろう。選ばれた身として儀式をやり遂げるのだと、そんな意気込みに満ちて。でもみんな、命を落とした。


 けれどここの空気は、気味が悪いくらいに清浄なものだった。乙女たちの死などなかったと言わんばかりの、そんな白々しい清らかさだ。


 ぞわりと鳥肌の立った腕をさすっていたその時、ホールの反対側から足音が聞こえてきた。あちらには、地上の祭壇に通じる正面扉と階段がある。


 やがてその正面扉が開き、真っ青になったエルメアが姿を現す。彼女が扉をくぐりホールに出てきた次の瞬間、重々しい音を立てて扉は閉まってしまった。これでもう、あの扉は開かない。


「……リンディ……」


 正面扉の前に立ったまま、エルメアが涙目で震えている。今のところ予定通りに順調に進んでいるのだけれど、それでも恐怖で足が動かないらしい。


 ホールを横切って、彼女に近づく。絶対に、中央の石を踏まないように気をつけながら。


「ほら、こっちよ」


 彼女の腕を取って、裏口のほうに誘導した。


「……大丈夫、なのよね……本当に……」


「ええ。そっちの小さな扉をくぐれば、あなたはこの危険な場所から逃げ出せるわ」


 裏口の扉を開けて、耳を澄ませる。指笛で鳥の鳴きまねをしたら、上のほうから同じような音が聞こえてきた。よし、ちゃんとエルメアの迎えが来ている。


「それじゃあ、ここからも手はず通りにね。ここは私たちに任せて」


 エルメアを扉の向こうに押し出して、なだめるように微笑みかける。エルメアはまだ唇を震わせていたけれど、やがて口を開いた。


「みんな、その……わたしのせいで……ううん、違う……」


 まだ青ざめたまま、エルメアはそれでも力強く言う。


「どうか、みんな生き残って! そうしたら、今までのおわび、きちんとするから!」


「もちろんよ。ヴェノマリスの毒姫の実力、知っているでしょう?」


「ああ。私がついているからな」


「……あなたを守れなかった、逃げ出すほど不安にさせてしまった分のつぐないを、今……」


「テーミス、暗い顔をするものではありませんよ。ええ、わたくしたちにお任せください」


 そう口々に言って、裏口の扉をゆっくりと閉める。泣きそうなエルメアの姿が、重い石の扉の向こうに消えていった。


「……いよいよ、私たちの出番ね」

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