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30.覚悟は決めた

 はっきりとした怒りを顔いっぱいに浮かべて、ルーカがオルフェオに殴りかかる。


 ぱしっ。


 しかしその拳がオルフェオをとらえることはなかった。オルフェオはすっと片足を引いて斜めに構えながら、ルーカの拳を片手で受け止めてしまったのだ。


 見るからに荒事には向いていないオルフェオの、予想外の身のこなし。それに驚いたのか、ルーカは目を大きく見開いて、オルフェオをじっと凝視していた。


「……僕は自分が王族であることを、ずっと疎んじていました。リンディさんと話すまでは」


 ルーカから視線をそらして、オルフェオは語る。


「でも、今では自分が王族でよかったと思えるんです。王族として護身術を覚えさせられたおかげで、今の拳を受け止めることができました。継承の儀式について、深く調べることもできました。レオナリス殿をたきつけて、エルメアさんを連れ戻すこともできました」


 そうして彼は、静かな目で私をまっすぐに見つめてきた。


「リンディさんを守るために、僕の持つ力が、立場が役に立つ。こんなに嬉しいことはありません。……あなただけは、何としても守ります。どんな手を使っても……」


 呆然としながら、彼に呼びかけた。とてもありきたりな、間の抜けた言葉を。


「オルフェオ、そこまで思い詰めているのなら、相談してくれればよかったのに……」


「ありがとう、リンディさん。……あなたがそんな優しい方だから、僕は言い出せなかったんです」


 彼が浮かべた笑みは、いつもと同じように穏やかで、ただ底抜けに悲しげだった。


「あなたはみんなで生き延びる道を探すため、自分を危機にさらすと決めました。けれど、あの祭壇の地下、祝福の乙女が直面する試練は……屈強なる騎士でもなければ、到底生き延びられないものでした……それを知った時、どれほど絶望したか……」


 それきり、オルフェオは黙ってしまう。誰も、何も言わない。この部屋には今八人もの人間が詰めかけているというのに、まるで無人の部屋のように静まり返っていた。


「あのう、少々よろしいでしょうか……」


 そんな静寂を、シャルティンのたいそう申し訳なさそうな声がそっと押し破る。


「今問題になっているのは、リンディ様とエルメア様のどちらが祝福の乙女としての任を務められるか、ということなのですよね……?」


「それがどうしたら、生きるの死ぬのという話になるのだろうか……?」


 さらにテーミスも、困惑し切った顔で言葉を続ける。いけない、この二人は全く話についてこれてないんだ。何も事情を知らないから。


 説明しようと思ったら、ナージェットが得意げな顔で進み出てきた。


「そちらについては、私から説明しよう。ルーカ君といったね、君も詳しくは知るまい」


「あ、ああ……というかオレ、あんたが誰かってことも分からないんだけどさ」


「私はナージェット・ケルン。説明役が必要になるだろうと見越して、カティル君が私を引っ張ってきたのだよ。と、カティル君はリンディ君の兄代わりのような人だね」


 確かに、この込み入った状況を整理して説明するのは、彼が一番向いているだろう。そのまま様子を見ていたら、彼はまずこの場の全員をささっと紹介して、さっさと説明に取りかかってしまった。


 そうして、彼はすらすらと話し出す。だいたいの真実を踏まえた、そんな内容を。


 私が倒れたことにより命を狙われていることを悟ったエルメアは、ルーカを頼って身を隠した。彼女を見つけることに成功した私は、ひとまず彼女の意思を尊重して、彼女の居場所を内緒にすることにした。


 そしてナージェットと話すことで祝福の乙女の末路を知った私は、彼やオルフェオを頼って継承の儀式について調べることにした。どうにかして、生き延びる方法を探すために。


 ……もっとも、この筋書きは完全なものではない。ここがゲームの世界かもしれないと疑っているのは私とエルメアだけで、あとはルーカがうっすら知っているだけだ。


 さらに、私とカティルがヴェノマリスの暗殺者だと知っているのは私たちと、それにナージェットだけだ。


 でもまあ、ひとまず筋は通ってるし、これ以上突っ込まないでおこう。


 テーミスとシャルティン、それにルーカはすっかり青ざめている。と、そんなルーカにエルメアが駆け寄った。彼の手を取って、涙ながらに訴えている。


「お、お願い、ルーカ! わたしを助けて! ここから逃がして!」


 その言葉に、うろたえていたルーカの視線がぴたりとエルメアの上で止まる。まだ顔色は悪いものの、それでもしっかりとうなずいた。


 彼は、エルメアに恋している。最初に会った時から、その印象は変わらない。


 でも、エルメアは。彼女にとってルーカは、ただのゲームキャラに過ぎなくて。


 さっき感じたいら立ちのようなものが、またこみ上げてきていた。


「ちょっといい? ……エルメアと二人で、話したいことがあるの」


 ルーカとエルメアの間に強引に割って入って、二人を引きはがす。それから周囲のみんなにお願いして、いったん全員部屋の外に出てもらうことにした。……カティルには聞かれるだろうけど、気にしないでおこう。


「……何よ。今さら、わたしに何の話があるの? 一刻も早く、それもあのオルフェオの追撃をかわしながら逃げないといけないんだから。ルーカの個別ルートのデッドエンドっぽくなってきちゃった……」


 エルメアの顔に、ふっと自嘲のような笑みが浮かぶ。さっきちらりと見せていた弱々しい様子は、またどこかに行ってしまっていた。


「それとも、あなたがわたしを連れて逃げてくれる? 今度はリンディ友情ルートのデッドエンドね」


 半ばやけになったような表情で、どことなくふてぶてしくエルメアがこちらを見た。彼女の問いには答えずに、別の言葉を投げかける。ずっと、気になっていたことを。


「ねえ、エルメア。あなたは本当に、ここがゲームの世界だと思っているの……? 周囲の人たちはプログラムで、いくら利用しても心なんて痛まないって」


 エルメアは答えない。うつむいて、唇をぎゅっと噛みしめている。


「ルーカと逃げたら、彼はとても苦労すると思うわ。下手をすると、逃避行の最中に命を落とすかもしれない。それでも、あなたは気にしないの?」


 それでも、彼女は黙ったままだ。けれどしばらくして、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「だって……この世界がゲームじゃなかったら、作り物じゃなかったら……本物だってことに、なっちゃう……」


 くすんと鼻を鳴らして、エルメアはつぶやき続けている。


「作り物なんだって、思い込まないと駄目なの……」


 どうやら今まで彼女は、虚勢を張っていたらしい。そう感じさせるような、心細げな姿だった。


「ゲームの中で死んだのなら、まだ目を覚ませるかもしれない。でも、そうじゃなかったらここが本物なら……考えただけで、怖いよ……」


 やっと、彼女の本当の顔を見ることができた。そう思えた。


 そしてそれと同時に、覚悟が決まった。


 彼女を死なせない。もちろん私も死なない。みんなの力を合わせて、この局面を乗り切るのだと。前からそう決めてはいたのだけれど、何というか……本気で腹が決まった。


 エルメアに頼まれたから、王宮に残ることを選んだ。彼女も死なずに済むように、オルフェオたちと動いてきた。


 でもこれからは、エルメアにも協力してもらう。みんなで一丸となって、継承の儀式に立ち向かうのだ。


「エルメア、泣いている場合じゃないわ」


 彼女の両肩に手をかけて、力強く言い放つ。エルメアが涙に濡れた顔をそろそろと上げて、途方に暮れた顔で私を見た。


「私たちみんなでやれば、きっとできる。デッドエンドを、ぶちのめしましょう」

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