3.死にたくない私と生真面目な騎士
そうして、円卓の間を後にして。
「うーん……」
自分の部屋、つまり王宮の客間のベッドにばたりと倒れ込み、うなる。
「ううーん……」
ごろりと寝返りを打って、つぶやく。
「どうしたらいいのかなあ……」
意味もなくごろごろしている訳ではない。これでも私は、とっても忙しいのだ。今の状況を整理して、これからどうするか決める。そんな、一人作戦会議の真っ最中なのだ。
まず、リンディとしての私の立ち位置。
私は暗殺組織の一人として、エルメアを暗殺するためにここにいる。祝福の乙女を消すことで、継承の儀式を邪魔、できれば失敗させたい。それが依頼主の望みだと、お父様は言っていた。
……あれ? ということは、今度は私が消される? ううん、それはない。
次に暗殺者が送り込まれてきたとしたら、その人物もまたお父様の配下のはずだから。落ち着いて、この状況を説明すればいい。あるいは、協力して事に当たってもいい。
あれあれ? でもそうなったら、私がエルメアを殺さないといけなかったりするかも?
やだなあ。どのみち彼女は死ぬんだろうな……と思ってはいたけれど、できれば私とは関係のないデッドエンドに向かって欲しいなあ……とも思っていたし。
そしてその、エルメアの現状。
彼女は私と同じように、ここがデッドエンドまみれのゲームの世界……っぽいということに気づいている。いつ気づいたのかは分からないけれど。
で、死にたくないから全力で逃げ出した。気持ちは分かる。だからといって、彼女の代わりに死ぬ気はこれっぽっちもないけれど。
どうして今逃げ出したのかな、とか、王宮の人間が総出で探してるのにどうして見つからないのかな、彼女は王宮から気軽に出られないはずなのにとか、疑問はたくさんある。
でもこればっかりは、本人に聞かないと分からないか。
「つまり、祝福の乙女代理として王宮で暮らしつつ、エルメアが見つかるように祈る……というか、いざとなったら自力で探す? しかないのかなあ」
困った。どう考えても、デッドエンドがこちらにじりじり近づいてきているようにしか思えない。恋愛はスルーできるにしても、継承の儀式がねえ……。
「もうちょっとゲームの知識があったら、うまく立ち回れたのかもしれないけど……」
きらきらした目でゲームを勧めてきた妹の笑顔がよみがえる。彼女の言葉をもっとよく思い出してみよう……。
『お姉ちゃん、やっぱりイケメンは美しく儚く散ってこそ、だよね!』
……あ、駄目だ。やっぱり分かり合えない。妹とも、このゲームとも。
ばっと跳ね起きて、ぶんぶんと首を振る。不思議な紫色の髪が、ふわりと広がって揺れた。
「リンディ殿、今よろしいでしょうか」
ちょうどその時、扉の向こうからノックと同時にそんな声がした。
「……どうぞ」
そう声をかけたら、見覚えのある顔がすたすたと部屋に入ってきた。騎士テーミス。さっき円卓の間で見た時よりも、ずっと暗い顔をしている。
「……継承の儀式が執り行われるか、エルメア殿が戻るまで、俺があなたの護衛を務めることになった」
長いまつ毛を伏せて、思いつめたような表情でテーミスはつぶやく。私と目を合わせることなく。
「ええ……よろしく」
ゆったりと答えたものの、テーミスは動かない。うなだれたまま、ぎゅっと口を引き結んでいる。
「あの……どうしたの?」
テーミスの様子が気になって、そろそろと問いかける。
エルメアが行方不明になっているこの状況で、攻略対象に近づくのはまずい。うっかり仲良くなって、うっかり恋に落ちてしまったら、その先でデッドエンドがこんにちはしている可能性がある。
だったらこちらがきっちりガードを固めていればいいだけの話なんだけど、正直私だってイケメンは好きだ。
オルフェオもすっごいイケメンだったけど、あの時は私も目が覚めたばっかりで混乱してたしなあ。もっと堪能しておくんだった。
などと思いつつ、テーミスを観察してみる。
黒い髪はさらっさらのきらっきら、お肌すべすべ、まつげは長くばっさばさ、すっと鼻筋の通った高い鼻。明るい緑色の目は、つい見とれたくなるくらいに綺麗だ。
そしてごつくなくひ弱でもなく、ほどよく筋肉がついた体。剣を使うだけあって、指の長い手はがっしりとしていて大きい。
リアルではまずありえない、芸能人ならギリいるかな……? ってくらいの美形。それが目の前で動いて喋って、あまつさえ憂い顔まで見せているのだ。
これを放置できるほど、私は心が強くない。励ましたいって、誰でも思うよね。
だからついうっかり声をかけてしまったのだけれど……心の中できゃあきゃあ騒いでいるのを隠し通せれば、たぶんセーフだよね?
「……俺は」
などと無言で騒いでいたら、テーミスがぽつりとつぶやいた。
「祝福の乙女を守る任を与えられて、うぬぼれていたのかもしれない……」
こちらを見ないまま、彼はなおもぼそぼそと話し続けている。
「自分は他の騎士と違うのだと、心のどこかでそう思ってしまっていた……」
気のせいかな、なんだか泣きそうな声だ。
「そのおごりが、今回の事態を招いた……あろうことかエルメア殿に、逃げられてしまうとは……全て、俺の責任だ」
……責任感MAX。しかも思い詰める系。生き辛い性格してるなあ。なるほどこれは、悲恋エンドもやむなし。幸薄そうというか、能天気なハッピーエンドに縁がなさそうというか。
それはそうとして、どうしてテーミスは私にそんなことを打ち明けたのだろうか。
あれかな、私はよそ者だし、ただのか弱い……見た目だけは……令嬢だ。だから彼も、つい本音を漏らしてしまったのかもしれない。
「……顔を上げて」
そう声をかけたら、テーミスがかすかに身じろぎした。
「……エルメアがいなくなったことを嘆いても、意味がないわ」
テーミスの嘆きっぷりは、ちょっと見てられなかった。気合を入れてやろうと、ちょっかいをかけることにする。
「彼女は……強い意志を持ってここを去ったみたいだから」
あの書き置きからすると、そうとう切実に「死にたくない」って思ってるだろうしなあ。
「きっと、私が毒に倒れたのが……恐ろしかったのだと思うわ」
誰があの毒を盛ったのか、どうして私が飲んでしまったのか、その辺のところは分からない。私たちの依頼主以外に、祝福の乙女の命を狙っている一派がいるのかもしれない。
それはさておき、いきなりぶっ倒れた私を見て、エルメアは本気で命の危険を感じたのだろう。そうして、ゲームの舞台であるこの王宮から全力で逃げ出した、と。
「だから……今度は、こちらも強い意志を持って彼女を探せばいいの」
喧嘩は気迫がものを言う。弱腰になっていたら、勝てるものも勝てない。逃げるエルメアと追いかける私たち、喧嘩とは違うけれど、突き詰めれば似たようなものだ。
「彼女の護衛だったあなたなら……彼女について、よく知っているでしょう? きっと、彼女を見つけ出せるわ。あなたなら」
そうささやいて、にっこりと笑う。
エルメアにとってあなたは特別な存在なのかもしれないとほのめかし、テーミスにエルメアを意識させる。今の彼は責任感から、彼女を探さなくてはと焦っている。
でもそうやってエルメアを探して突っ走っているうちに、彼の焦りが恋心に変わることも……あるかもしれないよねえ?
つまるところ私は、テーミスとエルメアをくっつけられないかなあなどと考えてしまったのだ。このイケメンを死に追いやるのはもったいないけれど、それ以上に私が死にたくないし。
私の言葉を聞いたテーミスは、呆然としているようだった。目を真ん丸にして、私をまっすぐに見つめている。うん、効いたなこれは。
しかし彼の次の行動は、完璧に私の予想を裏切った。
テーミスは流れるような動きでかがみ込み……違う、ひざまずいてる。そうして私の手を取ると、手の甲にキスを……!?
「ありがとう、リンディ殿。あなたと話せたおかげで、少し気分が軽くなった気がする」
そう言ってこちらを見上げるテーミスの目はどことなくうるんでいるし、気のせいか目元も柔らかく下がって……あ、微笑んでるんだ。
え、あれ? これってもしかして、私がテーミスとちょっと仲良くなってしまった? まずいまずいまずい、どうしよう!?
無言で立ち尽くしたままひっそりとパニックに陥っている私を、テーミスは妙に優しい目で見つめ続けていた。