28.予想外は突然に
それからもナージェットとオルフェオは、継承の儀式について情報を集め続けていた。
一方、祭壇に正面から侵入することは難しいと判断したカティルは、驚きの行動に出た。なんと彼は自らナージェットに会いにいき、あれこれ相談するようになったのだ。ナージェット自身のことは苦手だけれど、その情報収集力と分析力は買っているらしい。
みんな、頑張ってくれている。私が継承の儀式から生き延びるために。そのことは、涙が出るくらいに嬉しい。
ただ……やっぱり私だけ、することがなかった。
私たちが継承の儀式について調べていることについて、絶対に他の者に知られてはならない。それは嫌というほど分かっている。もしあの王が私たちの動きに気づいたら、全力で阻止してくるに違いないし。
でも、分かっていても、やっぱりどうにも落ち着かなかった。もどかしくてたまらない。
そうやってそわそわしながら過ごしていたある日、大変なことが起こった。
「リンディ様、その、エルメア様が……」
することがなさすぎた私が、テーミスを捕まえてお喋りをしていたら、血相を変えたシャルティンが訪ねてきたのだった。ん? ちょっと待って、今エルメアって言った?
「エルメア……見つかったの?」
「はい、そうなんです。ですがエルメア様は、王宮に戻られてから黙り込んでおられて……『リンディ以外には何も話さないから』と宣言されるなり、ずっと」
まずい。何でそんなことになっているのか分からないけれど、ここで彼女が見つかってしまったら計画が狂う。
彼女が祝福の乙女として祭壇の地下に放り込まれたら、まず生きては戻れないだろう。そうしたら、あの王が過去の王の記憶を得てしまう。有能なダメ男に進化してしまう。
私とエルメアが生き残ることもそうだけど、あの王をへたれのままにしておくことも重要な気がしてならない。
ああもう、一気に肝が冷えた。背中を変な汗が流れてる。
「……エルメア殿はどこにいたんだ、シャルティン」
息を整えているシャルティンに、テーミスが重苦しい声で尋ねる。うん、私もそこは気になってた。エルメアが油断した結果見つかってしまったのか、そうでないのか。
「城下町の新聞社、そこの寮に隠れておられたらしいです」
その言葉に、テーミスと二人言葉に詰まる。ということは、エルメアはちゃんと隠れていた訳で……どうして見つかったの!?
頭の中に大量の『?』を飛び交わせている私とは違い、まだ冷静なテーミスが重ねて問いかけている。
「……どういったいきさつで見つかったのかは?」
「そこまでは存じていません。わたくしはただ、今エルメア様の身柄を預かっておられるレオナリス様の頼みで、リンディ様を迎えにきただけですから……」
「……分かったわ。シャルティン、案内をお願い」
すっくと立ち上がって、そう言い放つ。ひとまず、エルメアと会って話そう。そうして改めて、ここからどうするか決め直さないと。
ついさっきまで暇だ暇だと嘆いていたのに、急にあわただしくなってしまった。しかも、一気に雲行きが怪しくなったような気もする。
ため息を押し殺しながら、シャルティンとテーミスと一緒に部屋を出た。
そうして、王宮の正面玄関近くを通りがかった時。
「通せよ、お前ら! エルメアを返せ!!」
あれ、この声って。
玄関の外から聞こえてきた声に、聞き覚えがあった。シャルティンに声をかけて、玄関に向かう。
そこには、玄関を守る兵士たちに全力で組みついて、どうにかして中に入ろうと必死になっているルーカの姿があった。
「あっ、リンディ! ちょうどいい、こいつらなんとかしてくれよ!!」
「……あなたも来てたのね」
どうもこの状況からして、やっぱりエルメアは無理やり隠れ家から連れ出されたんだろうなという気がする。
生きるためなら何でもすると言った彼女が、自分から王宮に戻ってくるなんて考えられないし。
ともかく、ルーカからも話を聞きたい。仕方がないのですっと進み出て、兵士たちに声をかける。
「……彼を通してあげて。私の従者なの……訳あって王宮の外にいただけで」
「そう……なのですか?」
兵士たちは明らかに困惑している。私の言葉が真実ではないと理解していて、でもどう反論していいのか分からない、そんな様子だ。
「そうなの。早く。離れて。私は彼を連れていきたいの……」
そんな彼らに、きっぱりと言い放つ。それでやっと、兵士たちはしぶしぶながらもルーカの通せんぼを止めてくれた。
「恩に着るぜ、リンディ!」
するりと兵士たちの間を抜けて、ルーカが私のところまでやってきた。そのまま四人一緒に、足早にその場を離れる。人気のない廊下に差しかかったところで、テーミスがそっと口を開いた。
「ルーカ……お前はエルメア殿をかくまっていたのではなかったか」
「ああ。オレは彼女が見つかることのないよう、毎日神経を研ぎ澄ませてたさ。なのに、いきなりあいつらがやってきて……」
悔しそうに歯ぎしりしているルーカに、そっと問いかける。
「あいつら?」
「兵士っぽい連中だよ。でもさっきの門番とは違って、王宮の兵士じゃなかった。鎧につけてる紋が違ったからさ。あれ、どっかの貴族の私兵かな」
ちょっぴり得意げに、ルーカが言った。彼も一応は新聞社勤めだからか、そういう知識も持っているらしい。
「……ということは、陛下の命ではないということかしら……レオナリスが私を呼んでいるということは……エルメアをさらったのは、彼の指示……?」
レオナリスは『祝福の乙女はエルメアでなければならない派』だ。しかし王のほうは『別に誰でもいい派』だと思う。私がここでこうしている以上、王はもうエルメアには興味をなくしているかもしれないし。
そうやってぶつぶつと考え込んでいたら、シャルティンがおずおずと口を開いた。
「あの……そもそもどうして、エルメア様はそのようなところにおられたのでしょう? どうやらテーミス様やリンディ様もご存じだったように思えるのですが……」
さて、どう答えたものか。
というかエルメアが隠れていた本当の理由『死にたくない』及び『なぜ生きるか死ぬかで大騒ぎしているのか』については、テーミスにも言ってないしなあ。そしてシャルティンは、エルメアが新聞社の寮にひそんでいたことすら知らないし。
ルーカには説明したってエルメアが言ってたけど、どこまで正確に伝えていて、どこまで正確に理解しているやら。
……個人的には継承の儀式の真相について、この三人に話しちゃってもいいような気もする。三人とも、信頼は置けるし。
ただ、だからといってほいほい話すには、不安材料もあって……。
ルーカはエルメアを助けることしか考えてないからまあいいとして、テーミスとシャルティンは王宮勤めだ。王宮の人間関係とかしがらみとかで、不本意な行動を取らなくてはならない場合もあるかもしれないし、周囲に怪しまれるリスクも増えるし。
……うん、今は駄目だな。ナージェットやオルフェオたちと相談して、それから決めよう。
「……説明は、また改めて。……とにかく、エルメアと話してから……」
ひとまず、状況をきっちり把握するのが先。それから計画を練り直すのも。
「……シャルティン、黙っていてごめんなさい。でも……ちゃんと、理由のあることだから……」
「謝らないでください、リンディ様。気遣っていただきありがとうございます。貴方がもし話したいと思っていただけたのなら、その時はぜひ聞かせてくださいね」
シャルティンが、この上なく優しく微笑んで答えた。テーミスとルーカも、神妙な顔でうなずいている。
私はあれこれと隠し事をしている。でも三人ともそこは追及せずに、私が話せる時を待ってくれている。
彼らとそんな優しい関係を築けていたんだなあと実感して、ちょっぴり胸がじんとした。
そうしてレオナリスの部屋の近くにある一室に、私は通された。連れの三人は手前の部屋で待ち、私一人で奥の部屋に足を運ぶ。
とたん、何かがぶつかってきた。
「リンディ、約束が違うじゃないの!! どうしてわたしを売ったのよ!!」




