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27.生き延びた後の未来は

 シャルティンに案内された先は、大広間の一段高くなった一角だった。どっしりとした緞帳が天井近くから下げられていて、この場所を周囲の人々の目から隠している。


 そしてそこにはやけに豪華な椅子が置かれていて、そこに中年男性がふんぞり返っていた。彼が王なのだろうな。


 しかしやせているのにお腹だけがぽっこり出ているし、頬杖をついたその手には指輪がずらり。悪趣味。


 そしてその男性の隣には、相変わらず疲れ果てた様子のレオナリスが立っている。


「リンディ・ルーン。こたびは祝福の乙女としての責務を引き受けてくれて、助かったぞ」


 そう私に呼びかけた王は、そう……一目見ただけで『気が合わないな』と断言できる、そんな雰囲気の人物だった。


 話している間もずっとあごを上げて、こちらを見下したような目つきのままだった。そりゃあ、王様は偉い。でもだからって、これはない。もうちょっとまともなのはいなかったのか。王様チェンジプリーズ。


「わしが王となって二年、ようやく継承の儀式を執り行える。これもそなたのおかげだ」


 しかもその声も、いらっとする感じなんですけど。ご飯を食べていたらうっかり砂を噛んだ時のような、じゃりっとした声だ。


 駄目だこの王、生理的に無理。こいつのために死ぬなんてまっぴらごめんだ!!


「この国のさらなる繁栄のため、そなたの力を借りるぞ。何、うまくいったあかつきには、そなたの祖国にも何らかの形で利をもたらすと、そう約束しよう」


 うまくいくことなんてないんですからね! と心の中で毒づいて、ふと気づく。


 この王を暗殺してしまえば、継承の儀式はいったん中止に……あ、それじゃ駄目か。いずれ次の王が即位して、改めて継承の儀式が執り行われてしまう。


 私やエルメアが助かったとしても、今度はどこかの誰かが代わりに犠牲になるだけだ。それはいけない。もう誰も、殺したくないのだ。


 面倒だけれど、結局のところ私が継承の儀式に立ち向かい、勝利するしかなさそうだ。そしてできることなら、そのまま継承の儀式という仕組み自体をぶっ壊す。


 さっき感じたいらいらに突き動かされるように、そんな物騒なことを考える。澄ました顔で、王の言葉を聞き流しながら。




 王との謁見を終え、私が祝福の乙女として正式にみんなに紹介されて、ようやっと舞踏会が始まった。


 私はひとまず、ナージェットと踊ることにした。


 だって、ナージェットが「色々と聞きたいことがありそうだね? 私と踊ってくれれば、教えてもいいよ」なんて言い出すんだもの。


 ともかく、踊りながら内緒話をすることにしたのだ。……にしても、大変手慣れた、というか手慣れすぎているリードだ。さすが女たらし。


 ちょっぴり呆れつつも、小声で尋ねてみた。


「ねえ、ナージェット様」


「さっそく質問かい、姫君。熱心だね」


「ええ。……あの王って、どんな人なのですか」


「凡愚」


 返ってきたのは、身も蓋もない無情な一言。


「……そんなにひどいの?」


「ああ、ひどいね。ここ二年で、ずいぶん国が荒れたよ」


 優雅なダンスにはまるで不釣り合いな、そんな言葉をささやき合う。


「……もし、仮に……継承の儀式が成功して、あの王が過去の王たちの記憶を継いだとしたら、この国はよくなるのですか……?」


「無理だろうね。それどころか、悪くなる可能性もある」


「そうなの?」


 ナージェットはとにかく顔が広い。そして、人間の本質を見抜くのがやたらとうまい。そのせいで、暗殺者として訓練を積んだ私やカティルですら彼のペースに呑まれがちになってしまうのだ。強い。


「儀式が成功すれば、あの王が国の統治に必要な知識と経験を手にすることはできるだろうさ。けれど彼が生来持ち合わせている傍若無人な性根は変わることがない」


「それは……分かる気がします」


「無能なわがままなら、さほど害はない。しつけられていない子供がぐずっているのと大差ないからね。適当にあやして機嫌を取っておけば、それで十分」


 さっきから思うのだけれど、ナージェット、王に対する忠誠心とかないんだろうか。呼び方も『陛下』じゃなくて『あの王』だし。そして言っている内容はひどいものだし。


「ああ、私に忠誠心なんてものはないよ。この国がよくなればいいという愛国心ならあるけどね。その愛国心と、あの王に対する忠誠心は対立するから」


 いたずらっぽく笑うナージェットの目は、いつになく真剣だった。


「あの王が力を得たら、有能な愚物になってしまう……とっても危険な響きだろう? きっと、これでもかというくらいにこの国を壊してくれるさ」


 ……何となく、想像がつく。というか、あの王がてっぺんに居座っている限り、ろくなことにならないんだろうなということも。


「だから私は、裏で手を回してまでエルメア君を追い払おうとしたんだ」


「やっぱり……儀式を成功させてはならないのですね……」


「そうとも。儀式が執り行われる前にどうにかできればいいんだが、あいにくと私はただの一侯爵だからね。オルフェオ様が政治の中枢にからんでいてくれれば、もう少し打つ手もあったんだが」


「ないものを悔やんでも、仕方がありません……手持ちのカードを最大限活かして、勝ちましょう……」


「ははっ、それでこそ姫君だ」


 それからはもう、踊って踊って踊りまくった。用事も済んだし帰ってもいいのだけれど、今回の主役として、しばらくはここにいるべきだと思ったのだ。あの無責任寝坊王と一緒にされてたまるか。


 ナージェットの後はテーミス。彼は「俺があなたと踊っていいのだろうか……」としり込みしていたけれど、遠慮なく大広間の中央に連れ出した。


 さすが騎士だけあって、リードはとてもうまかった。ぐいぐいくる訳ではないのだけれど、私の踊りたいようにうまくフォローに回ってくれている感じ。


 そして、密着するたびに律儀に照れる。恥じらうさまが何とも素敵。


 シャルティンも捕まえた。「わたくしは仕事でここにいるのですが……」とためらう彼の手を強引に取り、やはり問答無用で踊り出す。


 しかし彼は、いざ踊り出したとたん態度が変わった。それまでの申し訳なさそうな雰囲気は消え、にっこりと笑ったのだ。腹をくくって、楽しむことにしたらしい。


 リンディ様、素敵なドレスですね。とてもよくお似合いですよ。そんなことを言いながら、彼は思いっきり私を振り回すようにして踊り始めたのだ。


 彼が腕力自慢なのは知っていたけれど、私の全体重を軽々と支えるようにして踊っている。すごい。


 そうやって、案外充実した時間を過ごして。思えば今日は、割と収穫があったといえるかも。王を実際に見ることもできたし、みんなと踊れたし。カティルは「あとで部屋で踊らないか」と言っていた。お安い御用だ。


 ただ一つだけ、引っかかっていることがあって。


「……オルフェオ、どうしているかな……」


 彼は私の頼みで忙しくしている。とはいえ、ちょっとこのドレス姿を見てもらいたかったかもなんて、そんなわがままな願いがぷかりと浮かんできてしまう。


 だって、せっかく着飾ったんだし。みんなと踊れたのだから、オルフェオとも踊りたいな、なんて。


 さすがにそれを期待するのは無理というものだ。そろそろ人も減ってきたし、私ももう帰ろうかな。


 そう思って大広間の出入り口に向かったとたん、誰かが駆け込んできた。まったりとした空気が漂っていた大広間に、ざわめきが走る。


「ああ、リンディさん……間に合いました」


「……オルフェオ様?」


 そこにいたのは、オルフェオだった。普段と同じような格好で、走ってきたのか息を切らせている。


 久しぶりに顔を合わせたオルフェオは、ちょっとやせたようにも見えた。困難で危険な調べ物に取り組んでいるからなのか、いつもより目つきも鋭くなっている。


 でも私の姿を見て微笑むその表情は、以前と同じままだった。


「君がここにいると聞いて、駆けつけてしまいました……まだ調べ物の途中なのですが、どうしても一目、会いたくて……」


 声をひそめて、オルフェオはささやきかけてきた。あふれんばかりの喜びをたたえて。


「そのドレス、とっても素敵です。その姿を見られただけでも、ここまで来たかいがありました」


 ほっとしたような彼に、進み出て呼びかける。


「その……せっかく来たのだし、踊りませんか……?」


「え、いいのですか……?」


 私の申し出に、オルフェオがぱっと顔を輝かせる。力強くうなずいたら、へにゃりと笑み崩れた。


「……それではリンディさん、一曲お相手お願いします」


 差し出された手を取って、もう一度大広間の中央に向かう。周囲の人々は、戸惑い顔で私たちを見守っていた。どうも、オルフェオが王族なのだということに徐々に気づいていったらしい。。


 向かい合って構え、曲に合わせて踊り出す。


 ちょっと不慣れだけれど、とても優雅でゆったりとしたリード。私が踊りやすいよう、細心の注意を払ってくれているのが分かる。


 そして彼もまた、この状況を楽しんでくれているのも感じ取れた。間近で私を見つめる青紫の目はとろりと甘く、その顔に浮かんでいるのは泣き笑いのような表情。感極まって泣きそうな、そんな感じ。


 そんな彼を見ていると、不思議と気分が軽くなる。ずっと頭の中で渦巻いていた重苦しい悩みの数々が、全部解決に向かって動き出しているような、そんな風にさえ思えてしまうのだ。


 自然と、笑みが浮かぶ。それを見たオルフェオの笑みも、さらに深くなる。


 問題は山積みで、私の前には依然としてデッドエンドが立ちはだかっている。でもこの時だけは、そのことを忘れていられた。


「ありがとう、リンディさん。舞踏会がこんなに楽しく思えたのは、初めてです」


「お礼を言うのは、私のほうです……来てくれて、ありがとう」


 みんなの注目を集めながら、私たちはそっとそんなことをささやき交わしていた。




 そうして、オルフェオは帰っていった。僕はこういった華やかな場は、あまり得意ではないので。そう言って。


 私に会うためだけに来てくれたオルフェオ。私のそばにいてくれるテーミス、ナージェット、シャルティン。近くにひそんで私を守ってくれているカティル。


 私は生き延びる。そうすれば、この国はどうなってしまうのだろう。みんなは、どうするのだろう。事情を知らないテーミスやシャルティンは、どう思うのかな。


 うまく言葉にできない思いを抱えながら、去っていくオルフェオの背中を見送った。

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