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25.本音を聞かせて

 それから、テーミスに送ってもらって自室に戻り、一人きりになって。


「……さっきの一撃、どう思った?」


 誰にともなくぽつりとつぶやくと、音もなく窓から影がふわりと飛び込んできた。


「ああ、見事だった。あの騎士、中々にいい腕をしている。純粋に剣術だけを用いる勝負であれば、私と互角にやれるかもしれないな」


 当然ながら、飛び込んできたのはカティルだ。今は調べ物に走り回っている彼だけれど、鍛錬場に入った辺りで気配を感じたのだ。というか、彼のほうが気配を感じさせてきたというか。


「……そんなに?」


 カティルは暗殺者にしては珍しく、剣を取って正々堂々と戦うことも得意だ。今私が伯爵令嬢としてこの王宮に入り込んでいるように、彼は傭兵や兵士なんかのふりをすることもある。


 その彼がここまで誰かを褒めるのは珍しい。ちょっと気になってきた、カティルとテーミスが手合わせをしたらどうなるのか。


「だったら一度、手合わせしてみたら……? 私の従者を演じれば、可能だと思うわ……」


 いたずら心を出してそう言ってみたら、カティルは静かに首を横に振った。


「面白そうだが、止めておこう。今は、君の身を守るほうが優先だからな」


「私の身……? でも、今あなたは祭壇を調べてくれているのだし……私を守っている暇なんてないわ」


「だがその合間に、こまめに君の様子を見にきているんだ。もしものことがあってはいけないからな」


 堂々とカティルが言い放った言葉に、二つの意味でびっくりする。


「……気づかなかった……さすが、カティルね……」


 そして、もう一つが。


「私、別に守られる必要はないと思うけれど……」


「そうとも言い切れないぞ」


 そろそろと尋ねてみたら、またしてもカティルがずばりと切り捨てた。


「君は今、継承の儀式について調べているだろう。そのせいで、はた目にはあの……ナージェットとも親しく……親しくしているように見える。さらに、ナージェット……はこのところこそこそと嗅ぎ回っている」


 さすがのカティルも、ナージェットの名を出す時だけは冷静でいられないようだった。気持ちは分かる。そして今回の調べ物において、あいつが割と重要なポジションにいるせいで、嫌でも名前を出すはめになるのだということも。


「もし誰かが、君の調べ物の内容に気づいたら? ことと次第によっては、君に危害を加えようとするかもしれないだろう。口を封じるために」


「……そう、かもね。認めたくないけれど……」


 小さくため息をついて、言葉を続ける。


「ナージェットの推測は当たっている気がする。つまり、継承の儀式には隠されていた暗部があり、それを暴こうとする者を、消そうとする勢力がいるかもしれない……そういうことね」


 たぶんその勢力って、王とか重臣とかそういうのだろうな。レオナリスもその一人なのかな。殺意高いゲームだし、十分にありうる。


「ああ。そんな事態に備えて、君を守る人手は多いほどいい。私は気配を消して、物陰から狙うほうが得意だからな」


 カティルの言いたいことは分かった。彼は剣術にも長けているけれど、やはり彼の真髄は闇にひそみ、気配を消してこそ、だ。


 心強いけれど、同時に苦笑も漏れてしまう。私だって、十分に強いのに。お兄ちゃんは相変わらず過保護で……と。


「そういえば……一つ気になってたの」


「どうした?」


「カティル……いつの間にか『姫』って呼ばなくなったね?」


 私の問いに、カティルが目を見張り、それから優しく微笑んだ。


「ああ、そのことか。君はいずれ、ヴェノマリスを抜けるつもりなのだろう? そうなれば、姫と呼ぶのもおかしい気がしてな。今のうちに、慣れておこうと思ったんだ」


 くすぐったそうに、はにかむように、カティルは笑う。


「それに『君』と呼ぶと、より君との距離が縮まっているようで、嬉しくてな」


 ……わあ、カティルが恥じらってる。忘れることにしたはずの、恋に落ちてからのデッドエンドという言葉がふっとよみがえってきた。


 はい、改めて忘れる忘れる! 開き直ることにしたんだから、もう気にしない! 今はとにかく、継承の儀式を生き延びることを考えるんだから!


 無言で自分に言い聞かせている私を、カティルはとっても温かい目で見守っていた。




 そんな感じで、じりじりと迫る継承の儀式の日を恐れつつ、それでもそこそこ平和に過ごしていたある日。


「レオナリス様からの呼び出し、か……まだ儀式の日まで時間はあるし、何なのだろうか。エルメア殿が見つかった、という可能性もあるな」


 護衛として一緒に歩いているテーミスが、難しい顔で考え込んでいる。そんな彼に応えた私の声は、どうにも上ずってしまっていた。


「そ、そうね……」


 私たちは、王宮の廊下を歩いていた。なぜか突然、レオナリスが私を呼び出したのだ。


 ゲームの仕切り役にしてこの王宮の重臣であり、しかも隠し攻略対象であるイケオジ、しかし私の日常にはろくに関わってこないので存在そのものを忘れかけていた人物。


 まさかと思うけど……私が嗅ぎ回ってること、ばれたかな。護衛としてついてきているテーミスはいつも通りの真剣な顔だけれど、こっちは冗談抜きに気が気じゃなかった。


 こういう時に限ってカティルはいないし。王族であるオルフェオがいてくれれば多少は気が楽かもしれないけれど、彼は調べ物を頼んでから一度も顔を見せていない。ちょっと寂しい。


 仕方ない、自分一人で乗り切るしかないか。


 などと考えていたら、もうレオナリスの部屋に着いてしまった。きりりと顔を引き締めたテーミスに見送られ、もうどうにでもなれと半ばやけっぱちで扉をくぐっていった。




「陛下の命により、君を正式に祝福の乙女と認めることになった」


 私と向き合うなり、レオナリスはそう言い放った。気のせいか……いや気のせいじゃなく、顔色が悪い。明らかに疲れている。よれよれしている。


 それはそうとして、きれいに忘れてた。そういえば私、まだ祝福の乙女『代理』だったんだ。エルメアを城下町に隠しっぱなしにすると決めたせいで、意識から抜け落ちてた。


「私が……ですか……?」


「ああ。君は王宮の者たちとも友好な関係を築いているようだし、エルメア殿は一向に見つからない。陛下は『我が国の発展に貢献する気のない者は捨て置け』と判断された」


 その言葉に、ちょっといらっとする。発展に貢献って……殺すつもりのくせに。何様だそいつ。王様だ。王様って、偉そう……じゃなくて本当に偉いんだけど。


 人の上に立つなら、それなりの謙虚さなんかも持ち合わせていて欲しい。というか、代々の祝福の乙女に申し訳ないと思わないのか! というのが素直な感想。


 会ったこともない王様、そいつのことがちょっぴり嫌いになりそう。でもまあ、だったら遠慮なく継承の儀式をぶっ壊せるし、これはこれでありがたい、のかな。


「……リンディ君。隣国の者である君に重責を押し付けるようで、誠に申し訳ないのだが……どうか、受けてはもらえないか」


 げっそりした顔でそう語るレオナリスは、どう見ても自分の言葉に納得できていないようだった。不本意極まりない状況なのだと、そう顔に書いてある。


「お受けすること自体は、構わないのですが……本当に私で、いいのでしょうか……」


 だから全力で戸惑い顔を作って、困ったようにうつむいてみせる。ほらほら、私もこの流れは不本意なんですよ、あなたと同意見なんですよと、そういう意思表示だ。


「……本来、祝福の乙女は、この国のけがれなき乙女の中から、選定の儀式を経て選び出されるもの。それすなわち、神により選ばれし乙女」


 私の誘いに乗ったのか、レオナリスがぶつぶつと話し始めた。こっちから視線をそらして、独り言のように。


 祝福の乙女を選び出す選定の儀式、その詳細についてはシャルティンに教わった。


 まずは神官たちにより、祝福の乙女がいる地域が選び出される。それからその地域にある町を選び、町の中の区画を特定し、と順に絞っていって、該当する範囲内に年頃の女性が一人だけになるまで繰り返す。


 ちなみにこの選ぶやら特定するやらの具体的な手法は『棒が倒れた方角』とか『地図の上に蝶々が止まった区画』とか、微妙にほのぼのしたものばかりだ。というか、一から十まで偶然任せの、何だこれはと言いたくなる儀式だった。


 まあ、シャルティンを始めとした神官たち、それにレオナリスのような重臣たちも、その偶然性こそが神に選ばれた証、と考えているっぽい。


「我らがなすべきは、代理の女性を祝福の乙女とすることではなく、神により選ばれたエルメア殿を草の根分けてでも探し出すことだというのに……」


 もしかして、今もエルメアが隠れられているのって、私がこうして代理を務めていたからというのもあるのかな。いざとなったらこっちに押し付ければいいって王様が思ってたから、捜索に本腰が入ってなかったとか。


「君の前でこんなことを言うのも申し訳ないのだが、私は心配でならないのだ……継承の儀式がつつがなく行われるのか、この国の未来は安泰なのか、と」


 ……レオナリスがやつれてるのって、こういうことばっかり考えてたからではなかろうか。エルメアを隠し、さらに継承の儀式を失敗させる気満々の私としては、ちょっと後ろめたい。


「……エルメアが逃げ出すきっかけとなったあの事件に、居合わせたのは私です……」


 だから、そう語りかけた。頭を抱えていたレオナリスが、突然どうしたのかという顔でこちらを見る。


「私が毒を飲み、倒れたあの事件……それは、祝福の乙女を交代せよという、神の意志によるものと考えることは、できませんか……?」


 もちろんそんなこと、これっぽっちも思っていない。というか、神なんていないだろうと思っている。だからこれは、レオナリスの気持ちを軽くするための方便。


「そうか……そう解釈することもできるのだな。ありがとう、リンディ君。……確かに君のほうが、祝福の乙女としてはふさわしいのかもしれないな」


 ちょっとレオナリスの表情が落ち着いてきた。さっきまでのくたびれ果てたものではなく、ほっとしたようなものになっている。


 ああ、いいことをした。小さく笑いかけてやったら、穏やかな笑みが返ってきた。


 ……もっとも、これから私が計画していることを実行に移したら、レオナリスの胃に穴が開くんじゃないかという気もしている。あるいは、怒髪天のレオナリスと正面切ってバトルとか。


 でもごめんなさい、どうしても私たちは生き延びたいの。心の中だけで、そっと謝った。

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