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24.新たな一面が色々と

 その次の日、さっそくオルフェオに会って、ナージェットから預かっていた言葉を伝えた。彼はすぐに何のことか理解したらしく、たおやかな顔からすうっと血の色が引いていった。


「……どうしてそのようなことを、調べようと……」


「祝福の乙女は、継承の儀式で死ぬらしいんです……それが私になるか、エルメアになるか分かりませんが……私は死にたくない。でも、エルメアも死なせたくない……」


「そのために、この情報が必要なのですね。分かりました」


 まだ青ざめたまま、オルフェオが表情を引き締める。いっそ悲壮なほどに、彼は凛々しかった。


「……前に、僕は『自分にすべきことなんてない』と言いました。そんな僕に、君は『自由なのだから、することを自分で選べる』と言ってくれました」


 普段のおっとりとした感じが嘘のように、オルフェオは強い目をしていた。


「僕は、ここでこの選択をするために生きてきたのかもしれません。大切なあなたの力になる、その道を選ぶために」


「……オルフェオ様……」


「そんな顔しないでください、リンディさん。僕は嬉しいんですから」


「……どうか、無理だけはしないでください、ね……」


 彼に何かあったらどうしよう。そんな思いが、次々とわき上がってくる。オルフェオはそんな私をそっと抱きしめて、静かに言った。


「……しばらくの間、君と過ごす時間が減ってしまいそうです。それだけは残念ですね」


「……ええ」


 誰も通りがからない王宮の奥まった廊下で、私たちはそのままじっとしていた。




 そんなことがあってから少し後、私は鍛錬場にいた。カティルにナージェットにオルフェオ、みんなが調べ物のために動いている。けれど私は、することがない。


 祝福の乙女代理が継承の儀式について、自ら調べるのはまずい。それがみんなの共通した意見だった。


 万が一、儀式の内容やその後について私が嗅ぎまわっていることがよそに知られたら、王たちは私を消そうとするかもしれない。いけにえの儀式を祝福の乙女だなんだと取りつくろえる彼らなら、何をしてもおかしくない、そんな気がする。


 だから私は、日々をただのんびりと過ごしているほかなかった。儀式がうまくいくか、ちょっぴり緊張するの。そんな雰囲気を漂わせながら。


 要するに、何も知らないごく普通の真面目な乙女としてふるまうということだ。


 でもどうにも、そわそわしてたまらない。じっとしていられない。


 そんな私に、テーミス――彼は、私が儀式について調べていることを知らない――が提案してきた。騎士たち総出で試合形式の手合わせをするので、暇なら見にこないか、と。あなたが来てくれるのなら、俺は優勝できる気がする、とも。


 その誘いに乗って、私は鍛錬場の観客席にいた。何かの拍子に飛んできた剣などで負傷しないよう、両脇に兵士が立っているのが何とも落ち着かない。別にそれくらい、本気を出せばよけられるのに。


 そんな不満も抱えつつ、手合わせを見守る。一対一の試合形式で、勝ったものが繰り上がるトーナメント方式だ。


 戦うのは騎士、この国の中では一番強いということになっている集団。剣術に限定しない総合的な戦闘力ならヴェノマリスのが上な気がするけれど。


 眼下では、騎士たちが木剣を振るって自らの技を競い合っている。


 うん、確かに強い。よく鍛えてあるようで、重い部分鎧をつけているのに足さばきが軽やかだ。


 そしてその中でも、テーミスは群を抜いていた。一見ほっそりしているのに、見た目以上に筋肉がついているようだった。最低限の動きで、次々と対戦相手を倒している。とにかく動きに無駄がない。目がよくて、判断力にも優れているのだろう。


 ふと、シャルティンの言葉が脳裏によみがえった。子供の頃のテーミスは学問が得意だったのだという、そんな言葉だ。きっと今でもテーミスは、他の騎士たちに比べ頭を使うのが得意なのだという気がする。


 相手の動きを観察して、分析して、弱点をあぶりだし、的確にそこを突く。テーミスの戦い方は、そんな感じだった。一言で言うなら、無駄のない頭脳戦。


 などと考え込んでいるうちに、もう決勝戦になっていた。ここまで危なげなく勝ち進んできたテーミスと、相手は……でかい。比較的身長のあるテーミスよりも、頭一つ分くらいは大きい大男だった。


 この大男、その体の大きさと力の強さを活かして、力ずくで相手に『参った』って言わせてたっけ。知と技のテーミス相手に、どんな試合を見せてくれるのか。


 そして、試合開始と同時に。


 大男は右手の木剣と革袋をはめた左手を交互に繰り出して、テーミスを捕まえようと頑張っている。テーミスは右へ左へ、余裕をもって回避している。


 いずれ、テーミスはあの相手の隙を見つけ、そこを突いて勝つのだろう。そうのんびり構えていた時、思いもかけないことが起こった。


 ぽんと地面を蹴って後ろに跳ぼうとしたテーミスが、急に体勢を崩したのだ。そこを狙うようにして、大男の左手がテーミスに迫っていく。


「テーミス!!」


 思わず立ち上がり、叫んでいた。お願い、よけて!!


 私の祈りが通じたかのように、テーミスはぎりぎりのところで身をよじり、迫る手から逃れた。それから後ずさって立ち上がり、木剣を構え……。


 どうやら彼は、さっきの動きで軽く足をひねってしまっていたようだった。明らかに、片足をかばっている。


 といっても、あの程度ならものの数分で元通りに動けるはずだ。それまで、どうしのぐのだろうか。


 はらはらしながら見守っていたら、テーミスがぎりりと歯を食いしばるのが見えた。


 普通の人間だったら気づかなかっただろう、でも暗殺者として鍛えられた私には分かる、その表情。


 彼は悔しがっている。でもそれは、このトラブルに対してではない。もっと根深い、自分そのものに向かっているような、そんな表情だ。


 そしてその視線が、一瞬だけこちらに向けられる。


 目が合った瞬間、彼の表情がふっと和らいだ。苦しげだった緑の目に、力が戻っていく。


 戦いの最中によそ見なんて。けれど私は悟っていた。この試合、テーミスの勝ちだ、と。


 テーミスはまた大男に視線を戻し、すっと木剣を両手で握り直した。さっきまでは、木剣を片手で握り、もう片方の手は刃に添えていたのだ。ちょうど、大男の攻撃を防ぐように。守りの構えから、攻撃の構えに変えたのかな。


 彼は同時に、動かせるほうの足でぐっと踏ん張り……跳んだ。テーミスと大男が交差し、双方がそのまま通り過ぎた。


 鍛錬場に、静寂が満ちる。次の瞬間、大男が膝をついた。


「参った! 俺の負けだ! ……テーミス、少しは手加減してくれ」


 苦笑しながらそうつぶやく大男の胸鎧には、テーミスがつけたらしいへこみがあった。あの胸鎧、表は金属なのに。


 テーミスがすれ違いざま大男の攻撃をかわし、刺突を繰り出したのは見えた。それが大男の胸元に当たったのも。


 テーミスが跳ぶ勢いと、大男が突進してくる勢い。その二つを乗せた刺突は、確かに威力は大きくなるだろう。


 でも、その分制御は難しい。斬撃ならともかく刺突だと、つるりと滑れば鎧以外の場所に当たって、相手に怪我をさせかねない。


 それを、あれだけまっすぐに当てるなんて。周囲から聞こえてくる騎士たちの歓声をぼんやり聞きながら、テーミスの背中をただ見つめていた。




 そうして、手合わせも無事に終わり。騎士たちはめいめい、鎧を外したり木剣を片付けたりし始めた。テーミスは壁に手をついて体重を支え、さっき痛めた足首の様子を確認している。


 私はテーミスに駆け寄って、お祝いを言いにいくことにした。片付けが終わったら、たぶん騎士たちが彼に殺到する。その前に、少し話したかったのだ。


「……実はこの手合わせは、祝福の乙女の護衛を決め直すためのものだった」


 ところが彼は、唐突にそんなことを言い出した。考え込んでいるような目で。


「俺は、騎士たちの中でも強い。そう自負していた。だからこそ、祝福の乙女の護衛として選ばれた」


 うん、そう思ってしまうのも当然だとは思う。まさに今騎士全員の腕前を確認したところだけれど、テーミスは確かに一、二を争う強さだ。いずれ、騎士団長になるんだろうな。


「しかしエルメア殿に逃げられたあげく、時折ふらりといなくなるあなたを見つけ出すこともできなかった」


 気まずさに、そろりと視線を外す。エルメアに教わったとっておきの隠し通路、まだ誰にも教えてないのだ。カティルにはばれているけれど。


「そうこうしているうちに、俺は乙女の護衛としてふさわしくないのではないかという声が、騎士団の中で上がるようになった」


「それで、この手合わせが開かれたのね……」


 私のつぶやきに、テーミスはゆっくりうなずいた。切なげに目を細めて、私をまっすぐに見てくる。


「……だから、あなたに来て欲しかった。あなたが見ていてくれれば俺は勝てる、そんな気がしたから」


 そういえば彼は、この手合わせの見学に誘ってきた時も同じようなことを言っていた。


「それ……どういう意味……?」


「そのままの意味だ。実のところ、俺にもよく分からなくて……ただ、その予感は当たっていた」


 まぶしげに目を細めるテーミス。最初に見た時の、凛とした……というよりちょっと近寄りがたい雰囲気がすっかり和らいでいて、まるで少年のような笑みを浮かべている。


 彼、こんな顔もできたんだ。そう思った次の瞬間、私たちは騎士たちに囲まれていた。


 祝福の歓声に包まれ、肩やら背中やらを親しげにばしばし叩かれているテーミス。その表情からは、さっきの笑みはもう消えていた。

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