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23.隠された真実の端っこ

「やあ、麗しの姫君。よく来てくれたね。ずっと待っていたんだよ」


 ある日の深夜、私はナージェットのもとを訪ねていた。好き好んで足を運んだ訳ではない。


「……調べは、進んでいるの……?」


 うきうきしているナージェットに、びしりと釘を刺した。


 来たるべき継承の儀式。エルメアとナージェットからもたらされた情報を合わせると、その儀式の場で祝福の乙女は殺される。人の手によってではなく、たぶん機械仕掛けで。


 そして私はその儀式を、何が何でも生きて逃げ切るのだと決意していた。


 万が一ここがエルメアの言うようにゲームの世界なら、ノーマルエンドであるそのデッドエンドをしのげばひとまず安心だから。


 そしてゲームの世界でないにせよ、儀式の際に誰かが殺されるのはほぼ確定だ。そんなの冗談じゃない。それが私なら、なおさら。


 だからまずは、儀式そのものについて調べることにした。もしどうやっても生きて帰れなさそうなら、儀式の場に入らずに、その直前に逃げ出さなければならないし。


 しかし、継承の儀式が行われる祭壇、特に祝福の乙女が一人で向かうその地下については立ち入り禁止で、いつも多くの兵士たちに守られている。


 隠密術に長けたカティルは難なく祭壇に近づくことができたけれど、さすがに地下までは無理だった。護衛の兵士を倒してからなら行けるけれど、それをやったら大騒ぎになってしまう。


 でも時間をかけて警備の状況を把握すれば、隙をついて地下に潜入することもできるかもしれない。カティルは悔しそうに、そう言っていた。少し、時間が欲しいとも。


 なのでひとまずそちらはカティルに任せるとして、私は私で動くことにしていた。とにかく今は、少しでも早く、多くの情報が欲しい。


 そのために役に立つだろう人物。それはおそらくこの王宮で、一番あの儀式の真相に近づいている人物で、やけに顔が広く、口のうまい人物だ。


 そう、ナージェット。彼なら、もっと色んなことを調べることもできるのではないか。そう考えたのだ。


 なので彼に、調査をお願いしたのだ。継承の儀式と祝福の乙女について、もっと詳しく調べて欲しいのだと。


 彼は二つ返事で受けてくれた。そして今日の昼、彼から伝言があったのだ。夜にでも、訪ねてきてくれないか、といったものが。


「ああ。伊達に色男という浮名を流してはいないよ。私にはたくさんの知り合いがいるからね。こっそりと情報を集めるくらい、お手の物さ」


 ……色男、って……自分で言うか……。こいつの第一印象、『女たらしだ!』だったんだけど……やっぱりそうなんだ……。


「おおっと、姫君に誤解されてしまったようだね。訂正しておこう。私がたらし込むのは女性だけではないよ」


 ……それってどういう意味なんだろう。素直に受け取れば、男性もたらし込んでいるということに……どうやって……。


 とんでもない結論にたどり着きそうなので、これ以上考えるのはやめておこう。それよりも。


「ところで、その姫君っていうのはやめて……」


「ここには私たち二人しかいないのだし、どうか大目に見てもらえないかな。それより、姫君の望んだものをつかめたんだ。一刻も早く、知りたいとは思わないかい?」


 こくりとうなずきつつ、口の中で小さく舌打ちする。


 本当にもう、話の主導権を奪うのがうまいったら。攻略対象とかデッドエンドとか関係なく、みんな仲良くお友達! と開き直ったはいいものの、ナージェットはやっぱりちょっと苦手かも。


「……結論から言うと、継承の儀式は私がにらんだ通り、いやそれ以上におぞましいもののようだね」


 などと頭を抱えていたら、さっさとナージェットが話し始めてしまった。向かいの椅子に座っている私にぎりぎり聞こえるかどうかの、かすかな声で。


「祭壇の地下には、何か特殊なものが存在する。その何かは、代々の王の記憶を保存しているらしい」


 エルメアも、そこまでは知らないようだった。予想外の新しい情報に、思わず身を乗り出す。


「その何かは、汚れなき乙女の血をもって目を覚ます。そして新しき王に、己が持つ記憶を与える……にわかには信じがたい話だがね、手に入った全ての情報をつなぎ合わせると、こうなってしまうんだよ」


 つまりこの国の王は、代々そうやって記憶を受け継ぎ、それにより国を有利に治めていたということか。統治者としてはあり……であってたまるか。ちょっとむかついてきた。


 私がいらついているのを見て取ったのか、ナージェットがにやりと笑って私の顔をのぞき込んできた。


「これだけ調べるのに、かなり危ない橋を渡ったんだよ。つてをたどって、めったなことでは立ち入れない書庫にもぐり込んで……それもこれも、姫君に生き延びて欲しいからなんだ。分かってくれるね?」


 態度は軽薄だし言動はフリーダムだし他人をけむに巻きまくるけれど、でも彼は彼なりに私のことを心配してくれたのだ。そう感じて、ちょっと申し訳なくなる。苦手とか思ってごめん。


「……ええ。ありがとう」


「ああ、姫君の優しい言葉が胸にしみるよ……安心してくれたまえ、何があろうと私は姫君の力になるから。そうだね、最悪の場合……手に手を取って駆け落ち、というのはいかがかな?」


「……遠慮しておきます」


 もう、気を許した途端これだ。隙あらば軽口を叩いてくるんだから。前言撤回。


「おおっと、ふられてしまったか。残念だね。……仕方がない、今はおとなしく引き下がるとしよう」


 あれ、今ナージェットちょっぴり悲しそうだったような? もしかして、ほんとに傷ついてた? この人、分かりにくいんだよねえ。


 どう言葉を返したものか悩んでいたら、またさっさと彼が話を始めてしまった。展開が速い。


「それはそうと、肝心の祭壇の地下、儀式の間については調べられなかった。だが、どこを調べればいいのか、ある程度の当たりだけはついたよ」


 そしてさらりと、そんなとんでもないことを口にしている。


 ちょっと待って、それってこの国のトップシークレットだよね。手がかりだけとはいえ、よく見つけたなあ。態度はあれだけど、有能なんだね、彼。


「ただ私は、その場所に入れない。……だから姫君から、オルフェオ様に伝えてもらえないだろうか。その場所を示す手がかりを提供し、そこで調べ物をしてもらえないかと」


「……オルフェオ様?」


「ああ。王族である彼なら、そこにたどり着くことも……ぎりぎり可能ではあるだろう」


 何その歯切れの悪い言い方。もしかして、オルフェオにも危ない橋を渡らせようとしてる?


「姫君は優しいから、彼を巻き込むことに抵抗があるのだろうが……おそらく、他に手はないよ」


 私だって、うっすら気づいてはいる。私が探ろうとしているものは、とても厳重に隠されているのだと。たぶんそれは、この国のてっぺんにいる人たちからすると少々後ろ暗いことのようだし。


 でも、だからってオルフェオに危険なことをさせるのはなあ。ナージェットなら構わないという訳でもないのだけれど。


「それに彼は、姫君のためなら喜んで危地におもむくさ。そうだろう?」


 思わせぶりにナージェットが笑って、流し目をよこしてきた。う、反論できない。オルフェオが事情を知ったら、進んで協力してくるに決まっている。


「けれど私と彼は顔見知り程度なのでね、こういう重大な話を切り出せる間柄じゃない。だから、彼への伝言は姫君に運んでもらいたいんだ」


 そうして彼は、私の耳元で何やらささやく。いくつかの数字と、短い言葉の組み合わせ……暗号?


 たぶん、王宮の中をこう進めという道のりを示しているのだろうと思うけれど、さすがに解読できない。というか、私は理解できないままのほうがいい気がする。


「……さて、覚えたかな? 危険だから、絶対に書き留めてはいけないよ」


「大丈夫……覚えました。……暗殺者には、記憶力も必要だから……」


 そう答えたら、ナージェットはぱっと顔を輝かせた。


「ああ、さすがはヴェノマリスの毒姫だ! まさしく一流で……」


「それ、うかつに口にしないでください……誰に聞かれるか、分からないから……」


「問題ないさ、このひと時の逢瀬のために人払いをしておいたから」


「逢瀬、って……」


 呆れている私の手を取って、ナージェットは目を輝かせている。


「さて、これで私の報告は終わりだよ。どうだい、中々充実した内容だっただろう? 私としては、ぜひご褒美をいただきたいんだが」


 ご褒美。何をリクエストしてくるのだろう。ちょっぴり恐ろしいんですけど……。


 でも、彼がとっても頑張ってくれたのは事実だ。だから私は、どうにでもなれと半ば自棄になりつつうなずいた。




 そしてその夜、私たちは明け方近くまで語り合っていた。様々な毒の性質と、調合方法なんかについて。あとは、私がこっそり身に着けていた暗器を触らせたりとか。それが、彼の望んだご褒美だったのだ。


 ……本当、暗殺者に憧れがあるんだなあ、彼は……変な貴族……。

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