21.新たな気持ちで交流を
そうして色々と開き直ってしまった私は、今の暮らしをのびのびと満喫することにした。他のみんなとの交流も、心から楽しむことにした。
ひょっとしたらエルメアの言うように、ここはゲームの世界なのかもしれない。誰かと結ばれたら、その先には悲劇しかないのかもしれない。
……でも、もしそうだとしても、悲劇に逆らうことはできるかもしれない。
だって今のゲームの主人公はエルメアではなく、私なのだから。もう、ゲームの設定は根底から変わっているのだから。
「シャルティン、差し入れを持ってきたわ……」
刻んだドライハーブとドライフルーツ、それにハチミツをたっぷり入れたお手製パウンドケーキをバスケットに詰めて、仕事中のシャルティンのところに押しかける。
みんなが教えてくれたところによると、彼は仕事が忙しく、食事も適当になっているのだとか。だったら栄養のあるものを差し入れてもいいよねと、そう考えたのだ。
もう好感度のことなんて気にしない。好きなように動いてやる。ああ、爽快。
「ありがとうございます、リンディ様。あなたの手をわずらわせてしまって申し訳ありません。わたくしが、もっと効率よく職務をこなせていれば……」
相も変わらず書類の山に囲まれていたシャルティンが、恐縮しながらバスケットを受け取る。
「シャルティンは頑張ってる……自分を責めないで」
だからこんな励ましの言葉も、さらりと言える。
「他の人たちも、あなたを見習ってもっと頑張ればいいのに……そうすれば、この仕事の山も減るのに」
素直な気持ちを口にして、ついでに書類の山をにらみつけてやる。リンディ本来のふるまいとはかなりかけ離れているのだろうなと思うけれど、私は今、こうしたい。
「ふふっ……リンディ様、よろしければ少し休憩に付き合ってはもらえませんか? 話し相手がいたほうが、よりよい気分転換になるような気がしますので」
シャルティンが微笑んで、そう提案してきた。
「ええ、もちろん」
そうして二人で、持ってきたパウンドケーキをつまむ。ちょっと甘くしすぎたかな……と思わなくもなかったけれど、シャルティンは満面の笑みだった。気に入ってくれたらしい。
実はこの差し入れ、テーミスのアドバイスによるものだったりする。シャルティンは甘いものに目がないから、菓子のたぐいがいいだろう、と。
「……そう言えば、シャルティンとテーミスは、昔からの知り合いなの……?」
ふと気になって、そんなことを尋ねる。至福そのものの表情でパウンドケーキを頬張っていたシャルティンが、お茶を飲んでにっこりと笑った。
「はい。わたくしたちは同じ村の出で、比較的年も近かったことから、子供の頃はよくつるんでいましたよ」
わ、その話もっと聞きたい。『つるんでいた』って、なんだかこの二人に似合わないし。
わくわくしながらじっと見つめていたら、シャルティンは恥じらいながら小声でつぶやいた。
「お恥ずかしながら、昔のわたくしは少々血気盛んでして……村の少年たちを束ねて、自警団を気取っていました。やんちゃだったんです」
想像がつくような、つかないような。でもきっと、可愛い少年たちだったのだろうなあ。
「テーミスは学問が得意で、わたくしは力自慢で。わたくしたち二人は、長く自警団の中枢を担っていたのですよ」
懐かしそうに語っていたシャルティンが、ふっと柔らかく苦笑した。
「……けれど成長したわたくしたちは、互いにないものねだりをいたしました」
それは何となく見当がつく。子供の頃の二人と、今の二人は全然違っているようだし。
「彼は騎士になりたくて、わたくしは神官になりたかった。ですからわたくしたちは、それぞれが得意なことをこっそり教え合ったんです。二人っきりの、勉強会でした」
二人だけの勉強会。それだけで二人は王宮勤めとなることができたのみならず、重要な仕事を任されるまでになった。結構すごいことだと思う。どれくらい努力したのかな。
シャルティンはとにかく勤勉で……勤勉すぎて体を壊さないか心配だけど……そしてテーミスはとても責任感が強い……強すぎて時々勝手に落ち込んでるのが心配だけど。
「今では、たまに顔を合わせるくらいですが……それでもわたくしにとって彼は、今でも大切な幼馴染なんですよ」
そう語るシャルティンの笑顔は、底抜けに優しい。王子様っぽいさわやかな顔立ちに、その表情はよく合っていた。
「……テーミスも、きっとそう思っているわ。だってあなたが甘いもの好きだって教えてくれたの、彼だから……」
ついついこちらも笑顔になりながら、そんなことを打ち明ける。喋ってしまってから、あわてて付け加えた。
「あの、えっと……実は、『自分がそのことを教えたのは内緒にしていてくれ』って、テーミスに口止めされているの。だから、内緒にして、ね?」
シャルティンは目を丸くして、それからおかしそうにくしゃりと笑う。声をひそめて、片目をつぶった。
「はい、承りました。これは貴方とわたくしだけの秘密ですね」
その表情に、うっかりちょっぴりどきりとしてしまったような、していないような。デッドエンドとか以前に、私は恋愛にはかなり疎いので、何とも言えない。
ただ、シャルティンがこうやっておっとりと笑っていられるのはいいことだ。それは確かだった。
二人でケーキを食べて、お茶を飲んで、もうちょっとだけお喋りして。さて自室に戻ろうと廊下を歩いていたら、向こう側からオルフェオが近づいてきた。
「あ、オルフェオ様……」
「こんにちは、リンディさん。バスケットを提げて、どこかにお出かけですか?」
「帰るところなんです。……シャルティンに差し入れを持っていって」
私の答えを聞いて、オルフェオがしょんぼりしたような顔になる。あ、やっぱり寂しがってた。それも仕方ないか。
彼は王族ということもあって、ほいほい王宮の外に出る訳にはいかないのだ。立場とか、色々あって。
前にエルメアを捕まえる時に一緒に来てもらったけれど、あの時は『隣国からの客人にして祝福の乙女代理であるリンディ・ルーンのたっての願いで、お忍びに同行してもらった』という名目でごり押しした。そう何度も使える手ではない。
ところが私は、このところあっちこっち出歩いていた。それこそ、王宮の外までも。……正直、ちょっぴりオルフェオのことを避けていた。エルメアから聞いてしまった、あの話のせいで。
たぶんその間、オルフェオはずっと一人きりだったのではないか。きっと、私に会いたいなって思ってくれていたような気がする。
エルメアは、彼に近づかないほうがいいとほのめかしていた。私に片思いしたオルフェオは、私が去っていこうとすると容赦なく牙をむくからと。
でも、気にしない。
彼はリンディに狂おしい思いを向けるゲームのキャラクターではなく、寂しがり屋で一途な青年。そう考えることにしたから。
それにここはゲームの中の、作り物の世界ではない。だからシナリオにない道筋を、未来を創ることもできる。私は、そう信じているから。
「……オルフェオ様も、差し入れ……欲しかったのですか?」
だから正面切って、こんなことを尋ねちゃったりもする。
「……はい。我ながら子供じみているなと思いますが……君から何かをもらえるなんて、シャルティンがうらやましいと……そう思ってしまいました」
そうしてオルフェオも、もじもじしながらそう白状した。しょんぼり感の中に、ひっそりと一筋の嫉妬が混ざりこんでいる。
うん、この複雑極まりない表情、私のせいだよね。ちょっと埋め合わせくらいしておきたいな。
何か簡単に作れそうなものを用意して、二人で一緒に食べるのがお手軽でいいかも。さっきのケーキはちょっとつまんだだけだから、まだまだお腹には余裕があるし。
だったら新たに差し入れを作っている間、オルフェオには待っていてもらって……と考えたその時、ふと思いついた。
少し上目遣いに、オルフェオに微笑みかける。ちょっとどぎまぎしているのが可愛いなあなどと思いつつ、小声でささやいた。
「……今、時間……空いていますか……?」
「え、ええ。僕はほぼいつも暇ですから」
「だったら、一緒に来てもらえませんか……」
「もちろんです!」
がぜん張り切りだしたオルフェオを連れて、歩き出した。目指すはあの場所。




