19.乙女たちの覚悟
ナージェットとのうんざりするようなお喋りから数日、私はひたすら考えていた。彼から聞いた話、エルメアから聞いた話、みんなのこと、そんなあれこれを重ね合わせて。
「……駄目、考えがまとまらない……」
これからどうするか、どうしたいか。たぶん、そんな覚悟を決めないといけないのだと思う。ふらふらふわふわした思いのままでは、デッドエンドに打ち負かされてしまうような気がする。
でも、うまくいかない。一人で考えていると迷走するし、かといって誰かに相談する訳にもいかないし。デッドエンドだなんだと言ったところで、理解してもらえるかどうか。
いや、オルフェオなら無理やりにでも話についてこようとするかもしれないけれど……彼には、あまりゲームのことは伝えたくない。せっかくすくすくとまっすぐに育っているのに、闇堕ちの可能性なんて知られてたまるか。
「……やっぱり、エルメアに相談するしかないのかな」
ついこないだ、彼女と話したばかりだ。手紙を出そうかとも思ったけれど、何をどう話したいのかすら決まっていない。
これはもう、直接訪ねていくしかないだろう。それも、他の人たちに見つからないようこっそりと。
そう決めて、一人王宮を抜け出した。エルメアに教えてもらった、秘密の隠し通路をさっそく使って。目立たないよう服も変えた。今の私は、ちょっと裕福な家の娘、くらいに見えているだろう。
「姫、外出か?」
……なのに、カティルに見つかってしまった。隠し通路を出てさほど進まないうちに。
「……どうやって、私を見つけたの……?」
王宮の背後、城門からはうまいこと死角になっている一角で、カティルに尋ねてみた。
「王宮の屋根にひそんでいたんだ。ナージェットはああ言っていたが、また姫にいらぬちょっかいをかけないとも限らないからな」
そう答えるカティルは、ちょっと得意そうだった。それに、彼の言うことももっともな気がする。なんせ、ナージェットだし……。
「……また、エルメアのところに行こうと思っているの。カティルも一緒に来ない?」
ふと思いついて、そんなことを口にしてみる。
カティルはルーカと違って、ゲームの話を何も知らない。だから私とエルメアの話も、彼は理解できないだろう。
でも彼なら、分からないことは分からないまま、心の片隅に留め置いてくれるんじゃないかって、そう思う。
たぶん私は、一人でこの悩み事を抱えているのがちょっと苦しくなっているのだろうな。
「ああ、分かった。少しだけ待っていてくれ、身なりを改めて戻るから」
私たち暗殺者は、標的に近づくために変装することもある。私だったら、貴族の娘や平民の娘、あと旅芸人なんかに化けることもある。もうちょっとセクシーな体型だったら、高級娼婦なんかも演じられたのだけれど。
そんなことを考えながら待っていたら、じきにカティルが戻ってきた。私の服装と釣り合いがとれそうな、ごく質素な従者の格好で。
「では、行こうか」
どことなく上機嫌のカティルと一緒に、城下町を歩く。これまではエルメアを見つけなくてはというプレッシャーのせいでろくに街並みなんて見ていなかったけれど、中々平和でいい感じだ。
道すがら、手土産としてちょっとしたお菓子なんかを買っていく。こうしていると、デッドエンドが待ち受けているなんて嘘みたい。のんびりとして、穏やかで。
でも、やっぱりデッドエンドはそこにいる。少なくとも継承の儀式は、死への片道切符と考えていいだろう。だったら他の道を選んでも、同様に破滅が待っているのかもしれない。
うっかりそんなことを思い出してしまって、気分が重くなる。それを顔に出さないように気をつけつつ、ゆったりと歩き続ける。
やがて、新聞社の寮にたどり着いた。裏口からこっそりと入り込んで、エルメアの部屋に向かう。
「あっ、リンディだ。それにカティルまで。どうしたの、おそろいで」
「……ちょっと、あなたと話したかったの」
ひっそり隠れているとはとても思えない、あっけらかんとした態度でエルメアが出てきた。手土産のお菓子を差し出してそう言うと、彼女は顔を輝かせて私たちを招き入れている。
「うん、いいよ。どうせ暇してたとこだし。お茶にしながらお喋りしようよ」
エルメアがいれてくれたお茶を飲みつつ、私たちが買ってきたお菓子をつまむ。
「……こないだ、あなたと再会してからのことなんだけど……」
妙な暗殺者たちに絡まれたこと、シャルティンの仕事をみんなで片付けたこと、暗殺者の黒幕がナージェットで、彼は祝福の乙女を助けるために追い出そうとしていたのだということ。
そんなことを説明しつつ、ナージェットのめちゃくちゃな行動について盛大にぼやく。隣のカティルも、その話題の時は眉間にくっきりとしわを刻んでいた。
「ふーん、そんなことになってたんだ。大変だったんだねえ。あ、このクッキーおいしい!」
エルメアはのほほんとした緊張感のかけらもない表情で、ぽりぽりとクッキーをかじっている。
ひとまず、状況報告は終わった。相談したいのはここからだけど……どう切り出そう。これからの心構えをどうしようかで悩んでる、なんて。抽象的に過ぎる。
と、その前にもう一つ。彼女に聞いておきたいこともあった。
「ねえ、エルメア。このところの私の行動、どうだった……?」
「んー、そうだねえ」
私の問いに、エルメアがクッキーをくわえたままにやりと笑う。
「では、さっそくですがここで悲しいお知らせです。シャルティン、イベント進行状況が一段階進みました」
「え?」
「彼の体調を気遣ってあげたでしょ。あれ、ゲーム中のイベントとだいたい同じ感じ。成功させると、彼の態度がより友好的になるんだよね。好感度の上限の制限も解除されるし」
覚悟はしていたけれど、やっぱりイベントが進むとどうしていいか分からない。絶句している私に、エルメアは軽やかに追い打ちをかけてきた。
「あ、あとね」
「まだ何かあるの!?」
「うん。ナージェットとのことだけど、それにぴったり当てはまるイベントは知らない。まあ、リンディがヒロインだから、イベントの流れが多少変わることもあるんだろうなとは思うけど……」
「もしかして、こっちもイベント進んじゃってる?」
思わせぶりな言葉に、リンディらしくおとなしやかにふるまうこともすっかり忘れて、エルメアに食い下がった。
「うーん、それがねえ……個別ルートに入ってからのイベントによく似てるんだ。祝福の乙女に脅しをかけようとしていたことを白状する、そんなイベントがあって」
「……そうね、確かに彼は白状したわね……」
「でも聞いた感じ、ナージェットがそのイベントよりご機嫌みたいなんだけど。ヒロインの違いか、それとも何か他にあるのか……」
ナージェットの部屋で起こったことについては、わざと一部伏せている。ナージェットがひそかにヴェノマリスに憧れていたことについては、できれば知られたくないのだ。エルメアが知ったら、間違いなく私とカティルをまとめてからかってくるに違いないから。
「……ともかく、シャルティンとナージェットも要注意の度合いが上がった。そう判断していいのね……?」
「細かいことは置いておいて、そんな感じで合ってる。不器用だね、あなた」
くすくすと笑って、エルメアがそっと私の耳に顔を寄せてくる。とてもかすかな声が、静かに耳に忍び込んできた。
「ここはゲームの世界。そう割り切って、情け心なんて引っ込めておけばいいのに」
低く静かに、しかしとても柔らかな声で彼女はささやく。
「夢の中、ゲームの世界であっても死ぬのは怖いじゃない。だから、自分が生きるために周りの者を利用すればいいのよ」
「利用、って……」
「良心がとがめる感じ? 気にすることないよ、だってたぶん、みんな人じゃないし」
「え?」
「この世界は作り物、わたしたちの記憶が生み出した幻か、プログラムの塊。きっとそうよ、確信はないけどね。たまたまゲームに似た世界があるとか、どう考えてもおかしいし」
本当にそうなのだろうか。隣で黙ってお茶を飲んでいるカティルをちらりと見る。リンディとして目を覚ましてから、私はこの世界が作り物だとは一度も思えなかった。だからこそ、デッドエンドが恐ろしくてたまらないのだし。
「だからわたしは、夢から覚めるその時まで逃げてやるの。利用できるものは、何だって使う」
エルメアの目には、とても真剣で強い光がきらめいていた。ああ、彼女はもう覚悟を決めているんだなと、そう感じた。
その後すぐに、エルメアはいつものきゃぴきゃぴした様子に戻ってしまった。ちょっぴり混乱しつつも、何事もなかったかのようにお喋りを続けて。そして、明るく笑ってお茶の時間は終わった。
王宮へ向かう道を、カティルと二人歩く。何となく、黙ったまま。
「それで、これからどうするんだ?」
不意に、カティルがつぶやく。彼の視線の先には、傾き始めた日に照らされた王宮。
「エルメアは見つかった。祝福の乙女を狙う別勢力についても解決した。ならば彼女を王宮に連れ戻し、代わりに姫が行方をくらませばいい」
彼はこちらを見ずに、静かにささやきかけている。
「そうしてエルメアを暗殺し、ヴェノマリスに戻る。そうすればつつがなく、姫も私も、元の日常に戻れる」
そこでふっと、彼は言いよどんだ。
「……姫とエルメアが約束をしていることは知っている。彼女があそこに隠れていることを口外しない、共に生き延びるために協力するのだと」
カティルは耳がいいし、読唇術も使える。エルメアが見つかった時の私たちの会話も、知っていて当然だ。
そしてきっと、彼はその約束を気にかけていてくれた。だからこそ、今の今まで触れずにいてくれたのだろう。私が取るべき、本来の行動について。
「ナージェットによれば、祝福の乙女はいずれ死ぬことになるのだろう。この状況で姫が生き延びたければ、本来の祝福の乙女であるエルメアを連れ戻せばいい」
私の頭の片隅に巣くっていた考えを、カティルはためらいなく述べていく。
「……エルメアは、生き延びるためなら何でも利用するのだと言っていた。ならば、自分が逆に利用される可能性も想定しているだろう。していないとすれば、ただの甘ったれだな」
いくつも人の死を作ってきたカティルの言葉には、言い知れぬ重みがあった。
「姫がエルメアに親しみを感じていることも理解している。珍しいことだが……姫は彼女を、友人だと思っているのだろう? だがそれでも、私たちはヴェノマリスの」
「……あのね、カティル」
どことなく焦った様子のカティルの言葉を、そっと遮る。
「私、もう誰も死なせたくない」




