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18.変人はうきうきと語る

 ナージェットは、祝福の乙女をおどかしたかった? それもおそらくは、王宮から追い出すために。何それ。何なんだそれは。


 もう、また謎が増えちゃったじゃないの。もう一杯ワインを注いで、一気に飲み干す。分かってるけど、ちっとも酔えない! 悔しい!


「怖がらせるだけでいい、絶対に危害は加えるなと言ったのに……まさか君に向かって剣をふるうとは。許しがたいな」


 ふうとため息をついて、ナージェットが肩をすくめた。どうにも芝居がかった仕草だ。


「それにもう一つ、エルメア君との茶会の最中に君が毒を飲んで倒れてしまった件についても謝罪しなくては。あれも、私の責任だ」


 ……そこからか。そこからお前の仕業だったのか。


「もっと軽い毒を使えと言っておいたのに、連中が余計な気を回して……まったく、人命を軽視しないでもらいたいな」


 暗殺者の前で、それを言いますか。そんな思いをこめてじっとにらむと、ナージェットはゆったりと首を横に振った。


「っと、もちろん君たちヴェノマリスは別格だよ。高い技と研ぎ澄まされた精神を持ち、無情かつ的確に依頼をこなす……一流の職人だからね」


 闇組織と暗殺者組織と、どっちかというと暗殺者組織のほうがやばいと思うのだけれど。ナージェット、勝手に想像を膨らませてるなあ。


「……それより、どうして祝福の乙女を追い払おうと?」


 カティルが仏頂面で口を挟む。そうそれ、そこが気になってたの。


 ナージェットは話の腰を折られたことなど全く気にしていない様子で、にやりと笑った。


「私は、継承の儀式に疑問を持っているんだ」


 ん? 話が飛んだような? いや、祝福の乙女は継承の儀式の主役だけど。


「儀式の詳細は、王族を始めとした一部の者にしか知らされていない。だが過去の記録を当たっていて、気がついたことがある」


 あ、嫌な予感。ナージェットは訳の分からない人だけれど、一つ確かなことがある。彼は賢い。彼が本気を出したなら、隠されていたあれこれにたどり着くことも可能な気がする。


「祝福の乙女は儀式に臨んだ後、行方不明になっているんだ。一人の例外もなく」


 やっぱり気づいてた。となると、この続きも推理してるんだろうなあ。


「妙だとは思わないかい? 私はね、彼女たちはいけにえになったのではないかとにらんでいるのだよ。国を存続させるために」


 はい、それで正解みたいです。そんな言葉が喉元まで出かかった。


 でもうっかりここでそんなことを言ってしまったら、どこでそのことを知ったのかと、ナージェットが目を輝かせてさらに食いついてくるに違いない。なので黙っているに限る。


「まったくもって馬鹿馬鹿しい。そうまでしないと保てぬ国なら、とっとと滅びてしまえばいいんだ」


 ちらりと隣を見たら、カティルは腕組みして難しい顔をしたまま目を閉じていた。一見すると真面目に考え込んでいるようなこの態度、正しくは『心底どうでもいい』という態度だ。それにちょっぴり、いら立ちも混ざっている。


「だから私は、祝福の乙女に揺さぶりをかけた。そしてエルメア君は、うまいこと逃げ出してくれた。……リンディ君が代理に任命されてしまったのは、計算違いだったけれどね」


 その言葉に、カティルがすうっと目を開ける。あ、危険だ。ものすごく怒ってる。そんなことのために姫に危害を加えようとしたのかと、そう言いたげな顔だ。


 カティルはちょっと過保護なお兄ちゃんだ。私……リンディをずっと守ってくれていた。手段を選ばず。


 私はヴェノマリスの頭領の娘。特に何もなければ、そのまま次の頭領となる。そのことが気に入らない大人はたくさんいたようで、連中は私がまだ小さな頃からちょくちょく命を狙ってきたのだった。お父様に見つからないように、こっそりと。


 そのたびに、カティルが助けてくれた。のみならず、そういった連中を叩きのめしてきた。容赦なく、完膚なきまでに。彼も私とそこまで年は違わないのに、どういう訳か私がからむと彼はめちゃくちゃ強くなるのだった。


 ……あれ。似たようなパターンに、なんだか聞き覚えが……。


 まだ何事か話し続けているナージェットの言葉を聞き流して、無言で考え込む。私が特別で、私がからむと人が変わって。……あっ。


「オルフェオだわ……」


 エルメアは、「もしかしたらリンディにとって、カティルは攻略対象外かもしれない」とかなんとかそんな感じのことを言っていた。だから油断していた。


 恋慕の情があるかどうかは置いておくとして、カティルも十分重たい。一歩こじらせるとどうなるか分からない。


 ……結局、安心して一緒にいられるのは、エルメアだけなのかなあ……。でも彼女も、結構腹の中が読めないというか、得体が知れないというか。


 などとたそがれていたら、視線を感じた。ナージェットとカティルが、不思議そうな顔で私を見ている。


「どうしたのかな、リンディ君。ぼうっとして」


「オルフェオが、どうかしたのか?」


 しまった、ついうっかり口に出していた。ぶんぶんと首を横に振って、あわててごまかす。


「なんでもないわ。ちょっと考え事をしていただけだから。……それよりも」


 きりりと顔を引き締め、ナージェットを見据える。


「……その闇組織、下がらせてくれませんか……? 私は思惑があって、祝福の乙女代理として王宮に残ることを選びました。どれだけ脅されようと、出ていくつもりはないから……」


 すると、すぐさまカティルが言葉を添えた。


「いちいち雑魚を片付けるのが面倒だ。あまり続くようなら、根本から絶つ。……つまり、お前だ」


 わあ、明らかに脅迫してる。目つきが鋭い。しかしナージェットはひるむどころか、にっこりと笑った。こいつの肝っ玉、どうなってるの。


「ああ、分かったよ。姫君の仰せのままに」


「……それと、その姫君って呼び方もやめてもらえませんか。私たちの正体についても、黙っていて欲しいの……」


 ナージェットが薄気味悪いようと心の中で叫びながら、淡々と釘を刺す。いっそ正体がばれたほうが、任務失敗ってことですっきり撤収できるかもしれない。そんなこともちらりと考えつつ。


「ああ、もちろんさ。私は君たちの正体を誰かに話すつもりはないよ。こんな素敵な秘密は、私の胸にしっかりとしまっておきたいからね」


 ナージェットはそれこそ鼻歌くらい歌いそうな表情で、うっとりと答えた。彼がヴェノマリスに抱いていた憧れは、そこまで大きいのか。意味不明。


「ただその代わり、時々私のもとを訪ねてきてはもらえないかな? 君たちの事情を詮索するつもりはないんだ。ただ、君たちを眺めていたいだけで……」


 私もカティルも、心底うんざりしながらかすかにうなずくほかなかった。




 どうにかこうにかナージェットの部屋を後にして、大急ぎで自室に戻る。カティルと二人して、崩れ落ちるようにして椅子に腰を下ろした。


「黒幕は判明した。説得もできた……はずだ。これで、今後は襲撃されることもなさそうだが……」


 がっくりとうつむいたまま、カティルがつぶやく。それに応えるように、ぼそりと言った。


「疲れたわ。とても……」


「そうだな」


 それきり二人とも、黙り込む。さっきまでよく喋る変人の相手をしていたということもあって、この静寂がとても心地よかった。


 と、カティルが不意に口を開いた。


「……万が一、あの男が姫の障害となるようなら、私はためらわずあの男を消すからな」


 そうして彼は、目を細めて私を見た。言っていることは大変物騒なのに、その視線はこの上なく優しい。


「黒幕があの男と知って、私は迷ったんだ。任務において、不要な被害を出すべきではない。それが私たちヴェノマリスの掟の一つだからな」


 悔しいけれど、ナージェットの指摘はちょっとだけ当たっていた。私たちは手当たり次第に殺す団体ではなく、依頼された対象だけを、目立たないように消す。それをモットーとしているのだから。


「だから、姫をあそこに連れていった。あの男は姫に興味を持っているようだから、うまく尋ねればその意図を喋るかと思ったんだ。そして私はあえて、姿を消さずに姫と共にいることにした。姫の護衛として」


 なるほど、それでずっとカティルが私と一緒にいたのか。実はずっと、おかしいと思ってたんだ。


 いきなり部屋の中からナージェットが飛び出してきたとはいえ、カティルほどの暗殺者が、不意をつかれるはずはない。その気になれば、ナージェットが出てきた瞬間天井まで飛び上がることだってできるのだし。


「……ただ、あの男が私たちの正体を見抜いていたことと、ヴェノマリスに憧れていたことは想定外だった……駄目だな、あらゆる場合を想定して仕事に当たらなくてはならないのに、私はまだまだ未熟だ」


 切なげに目をそらしたカティルに近づき、頭をよしよしとなでてやる。


「駄目じゃないわ……カティルは立派。今回は、相手がおかしすぎただけ。……こんな妙な人間もいるんだって、今後の教訓にすればいいわ」


「ああ、姫は優しいな」


 カティルは柔らかく笑って、私の手を取った。そうしてゆっくりと、頬ずりしている。


 うわあ、照れる。しかしそれ以前に、これは妹同然の相手に見せていい姿なのか。もしかしたら、彼も恋愛寄りになってしまっているのではないか。


 ときめきと冷や汗と、それに色々な考えがどっと押し寄せてくる。軽くパニックになりそうなのをこらえながら、触れているカティルの温かさをじっと感じていた。

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