表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/42

16.ちょっとおかしな交流

 次の日の昼間は、いつも通りに過ごした。


 朝一番に張り切った顔のオルフェオが訪ねてきて、ほぼ同時に顔を出したテーミスと牽制し合っている。


 どうやら、昨日勃発した冷戦が、まだ続いているらしい。……デッドエンドのことを考えると、正直頭が痛いのだけれど。


 とにかくそんな二人をなだめて、シャルティンの元に向かう。今日は恒例の勉強会なのだ。


「ようこそ、リンディ様。それに、オルフェオ様とテーミス様も」


 オルフェオがやってきたことにシャルティンは少し驚いていたけれど、あわてず騒がず空いた椅子を勧めていた。


 もう大体のことは学び終わったので、あとは儀式当日の流れなんかをおさらいしている。儀式のためだけに建てられた祭壇であれこれと儀式を行った後、祝福の乙女は一人でその地下に入っていく。


 そこから先のことは、儀式についてあれこれ準備する側であるシャルティンもよく知らないのだとか。そもそも地下に入ることを許されているのは、祝福の乙女だけだし。噂によれば、王と王子たちは真相を知っているらしい。


 でも、妹に吹き込まれたあれこれやら、エルメアに教えてもらった内容から、ざっくりと何が起こるかは知っている。儀式の間は機械仕掛けの殺人部屋と化していて、よほどのことがなければ生きて出られない。


 私は史上初の、生きて戻った祝福の乙女になってやるつもりだった。


 ただ、儀式が失敗したなんてことになれば王様は困るんだろうか。民も焦るんだろうか。だとしたら、ちょっと申し訳ないと思わなくもない。


 心配ごとはもう一つ。『祝福の乙女エルメアを殺す』依頼を受けた私が『自分が祝福の乙女になったあげく儀式をぶち壊した』として、お父様がそれで納得してくれるかどうか。私たちは暗殺集団なのであって、便利屋ではない。それがお父様の口癖だし。


 結果オーライで依頼主の目的は達成されましたから、とかなんとかごり押しで主張して、無理やりにでも説得するほかない。その場の重い空気を考えただけで、この上なく気が重い。


 早く、心安らかに過ごしたいなあ。ため息をついたら、隣のオルフェオがそっと顔をのぞき込んできた。


「どうかしましたか、リンディさん。顔色が悪いようですが……」


「お疲れなのでしょう。もう、儀式の日も近づいてきていますし……わたくしでよければ、いつでも相談に乗りますから」


 オルフェオに続いて、シャルティンが声をかけてくる。しかし彼は、私よりずっと疲れ果てているようだった。


「……どちらかというと、私があなたの相談に乗りたい……シャルティン、顔色が悪い……悪すぎるわ……」


 正直、申し訳ない。この感じからすると彼はさらに多忙になっているに違いない。それなのに、私ときたら彼が準備している継承の儀式をぶっ壊すことしか考えていない。


 というか、他に人材はいないのか、この王宮。シャルティンは割と上の位の神官らしいけど、こうもやつれるほど仕事に追われるなんて。


「……お前は昔からお人よしだったが、さすがに度が過ぎる。どれだけ仕事を押し付けられているんだ」


 などと考えていたら、テーミスがそっと口を開いた。お前? 昔から? どういう意味だろう。


「わたくしとテーミス様は、同じ町の出身なのですよ。それぞれ学問と剣術が得意だったため、こうして神官と騎士になりましたが」


 こっちは様付けだ。この場の状況に合わせて、丁寧に呼んでいるのだろうけど。


「俺は、こいつも騎士になるものとばかり思っていたが……」


「荒っぽいことは好きではないんです。忙しくても、こうして書類と格闘しているほうが、心安らかに過ごせますから」


 目の下にクマが浮かび上がったお疲れ顔で、シャルティンが微笑む。それを見たテーミスが、ふうと息を吐いた。


「リンディ殿、俺はあなたを護衛するという任を帯びている。だが少しだけ、シャルティンを手伝ってやってもいいだろうか」


「おや、わたくし一人で大丈夫ですよ、テーミス様」


「……様は止めてくれ、気持ちが悪い……お互い、立場というものがあるのは理解しているが」


 テーミスはちょっと砕けた感じになっているけれど、シャルティンは元のままだ。でも二人の表情は、付き合いの長いもの同士の間の気安いものだった。


 思えばこの二人、片や私の護衛、片や私の教育係として何回もこの部屋で顔を合わせてはいる。でも彼らがこんな関係だってことは、今の今まで知らなかった。エルメアなら知ってたのかもだけど。


「ともかく、手伝いは不要ですよ。継承の儀式が終われば、仕事の量はぐっと減りますから」


 継承の儀式が終われば。その言葉に、さらに複雑な気分になってしまう。


 いっそ事情を打ち明けたら、彼を味方に引き込めないかな。それを言うならテーミスとオルフェオも。……オルフェオは、儀式の真相を知ったらどんな反応をするのか……ほんのり嫌な予感しかしない。


 ……うん、止めておこう。ゲームについて詳しいエルメアならともかく、私が余計なことをすると何がどうなるか分からないし。


 ともかく、シャルティンの過重労働だけでもなんとかしないと。彼は王子様っぽい見かけの割にタフそうだけど、さすがに疲労がたまり過ぎている。


「ええ、テーミス。シャルティンを手伝ってあげて。それと、私も手伝うわ……」


 こうなったら、親切の押し売りだ。そう開き直ると、オルフェオがすかさず私の手を取った。


「さすがリンディさん、とてもお優しいですね。ですがあなたが苦労することはありません。ここは私に任せてください」


 言うが早いか、オルフェオはシャルティンに向き直った。とびっきりの笑顔で、高らかに宣言している。


「僕は一応王族ですから、それなりに書類仕事はできます。どうぞ、なんなりと申しつけください」


 一応であっても王族は王族だ。そして私も、祝福の乙女代理という微妙かつ特別な立場ではあるものの、王宮の中ではそこそこ敬意をもって応対されている。


 で、テーミスは騎士。祝福の乙女の護衛を任されるくらいには腕が立ち、立場も上のほうらしい。


 そんな面々に迫られてしまって、シャルティンは困ったように眉をひそめた。


「……どうしましょう……みなさまの気持ちは嬉しいのですが……でも……」


「おとなしく力を借りておけ。リンディ殿は他人が苦しんでいるのを捨て置けないお方だ」


 迷うシャルティンに、テーミスがきっぱりと言い放つ。ああ、この揺るぎない信頼。嬉しいけれど、まだちょっと身構えてしまう。


 ……最悪、誰かの個別ルートに入っちゃったらエルメアを頼ればいいやと開き直りつつあるのも事実なのだけれど。


 油断していたらデッドエンドに踏み込んでしまう、そんな状況は変わらない。けれど、いざとなったらエルメアの知識を借りられる。そのことが、不思議なくらい安心感を与えてくれていた。


 あ、でも状況によってはオルフェオが歩く死亡フラグと化すんだった。この情報についてはいっそ知らないほうが幸せだったかなーと思わなくもない。


 だって、私はオルフェオのことも、他のみんなと同じように友達だと思いたいから。……うさんくさいナージェットとお兄ちゃんみたいなカティルは除いて?


「見上げた忠誠心ですね、騎士さん。ですが書類仕事なら、僕のほうが上ですよ?」


「確かに俺は、剣の腕を買われてこの地位にいる。だが武のみでは立派な騎士とはいえない。知性を磨くことも怠っていない」


 ……ちょっと考え事をしている間に、オルフェオとテーミスがまたしても言い争いを始めていた。オルフェオはさわやかに笑って、テーミスはきりりと顔を引き締めて得意げに。


 なんだろうね、この二人。案外いい喧嘩友達になるんじゃないかって気がするんだ。


「あの、お二人とも、どうか落ち着いてください……リンディ様が困ってしまわれますので……」


「僕は落ち着いていますよ。ええ、とても冷静です」


「俺もだ。見れば分かるだろう、シャルティン」


 とはいえ、このまま放っておいたらシャルティンが余計に苦労する訳で。


「二人とも、そこまで。シャルティンが困ってるわ……」


 びしりと言ったら、テーミスとオルフェオが同時に口をつぐんでこちらを見た。自分たち、喧嘩なんてしていませんよ。二人そろって、しらを切っている。


「シャルティン、指示を出して。私たちにもできそうな……私たちが触ってもよさそうな仕事を。書類を運ぶとか、整理するとか……そんなことでもいいから」


 さらにシャルティンを見すえて命令すると、彼はちょっときょとんとしてから、のろのろと書類の山の一つを指さした。


「では……そちらの山を、宛先別に分けていただけないでしょうか。小姓に頼んで、それぞれの宛先に運んでもらいますので」


「任せて……」


 私の言葉に続き、テーミスとオルフェオも力いっぱいうなずいていた。やる気満々の、きらきらした笑みを浮かべて。……テーミス、さらに表情豊かになっちゃって……。




 そんなこんなで、気がつけば夕方になっていた。山のようにあった書類も半分くらいは片付いたし、いいことをした。


 ……四人がかりで何時間もかけて半分片付けた仕事、残りは全部シャルティンがやるんだろうなあ……また、折を見て手伝いにいこうかな。


 というか、テーミスとオルフェオを手伝いにいかせようかな、が正しいかも。あの二人、予想よりずっと優秀だったし。もっとも目を離すと言い争いを始めるから、そのたびに割って入る必要があるけれど。


 心地よい疲れと共に自室に戻り、テーミスとオルフェオに別れを告げる。夜の闇がゆったりと忍び込みつつある部屋の片隅に、カティルがひっそりと立っていた。


「姫に毒を盛った件の、黒幕を突き止めたぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ