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15.たまには暗殺者らしく

 私とエルメアが、ここがゲームの世界であると思い出すきっかけになった、私の毒殺未遂事件。その犯人って、そういえばまだ見つかっていないんだった。


 というか、きれいさっぱりそのことを忘れていた。だって、他に考えることが多すぎだったんだもの。毒を盛られたこと自体は大した問題じゃなかったというのもあるし。


「……忘れてた」


 素直にそう答えると、エルメアが目を丸くした。


「……殺されかけてそれを忘れるって、すごい肝っ玉……」


「だって私、毒はほぼ無効だし」


「あ、そうだった。……けどね、あんなイベントはゲーム中にはなかった。わたしたちの新たなデッドエンドを呼び込むかもしれないし、放置するのはまずいと思う」


「げっ」


 エルメアの指摘に、ついそんな声が出てしまう。踏んづけられたカエルのような間の抜けた声に、少し離れて様子を見ていたテーミスたちがきょとんとした顔になる。


 そちらに向かって、なんでもないの、と首を振ってから、またエルメアに向き直った。


「……そっちについても、また調べてみる」


 ともかく、こうやってエルメアを見つけることはできた。


 ここからどうするか、実のところまだちょっと決めかねているけれど、ひとまずデッドエンドの可能性を一つでも多くつぶしておくに越したことはない。


 それに、何かしら動いていたほうが現実逃避できるというか、目をそらせるし。オルフェオとか、オルフェオとかから。


「うん、任せたよ。……頼りにしてるから、リンディ」


 エルメアが微笑んで、私の手をぎゅっと握ってくる。テーミスたちが、優しい目で私たちを見つめ……よくよく見てみたら、オルフェオの顔が一瞬だけ引きつってた。わあなるほど、こういうことか。


 無事にエルメアを見つけて、一歩前進。したつもりが、回れ右して三歩くらい歩いてしまった気がする。


 でも、めげてなんていられない。絶対に生き延びてやるんだから。それも、できる限り穏便に。


 エルメアの、私より少し大きな手を握り返して、決意も新たにうなずいた。




 で、何食わぬ顔で王宮に戻ってきて。テーミスとオルフェオに礼を言って、食事やらなんやらを済ませて。


 あとは寝るだけ、とメイドを下がらせて、一人っきりになる。と、窓が音もなく開き、カティルが入ってくる。


「姫、気づいているか」


「ええ」


 短く答えて、カティルに歩み寄る。そのままふわりと、窓の外に身を躍らせた。無造作に。王宮のすぐ外に広がる、森に向かって。


 たちまち、私めがけて何かが飛んでくる。あわてず騒がず、袖の中に隠した小ぶりのナイフではじき落とす。


 左手の袖に隠していた縄を投げ、近くの木に引っ掛ける。枝がぐんとしなって、落下の衝撃を和らげてくれる。


 そうして地面に降り立ったとたん、ひゅっと風を切る音。誰かが剣を振った気配。


「下がれ、雑魚が。姫を手にかけるなど、百年早い」


 その誰かを、追いかけてきたカティルがあっさり斬り捨てる。手加減はしているようだけれど、斬られた相手はすぐにばたりと地面に倒れてしまった。


「やはり、狙いは姫か……」


「全員、殺さずに無力化しましょう……直接彼らから話を聞けばいい……」


「ああ、そうだな」


 そんなことを手短に話しながら、次々襲い掛かってくる何者かをばんばん倒していく。


 敵は上から下まで黒ずくめで、かろうじて目元だけが見えている。人数は結構多い。音からすると……十人くらいはいるかな。


 壁を登るための道具を腰につけているものもいたから、たぶん私が眠りについたところで奇襲を仕掛けるつもりだったのだろう。それに気づいたカティルが、加勢に来てくれたのだ。


 しかしあいにくながら、こちらは普通の乙女ではない。毒がほとんど効かない私は、毒を活用して戦うのが大の得意だ。


 私が今手にしているナイフには、ひとかすりしただけで体がしびれる毒が塗ってある。他、眠り薬つきのナイフとか、用途に合わせて色々隠し持っている。


 そしてカティルは、身の軽さを生かしてひらひらと舞うようにして敵を倒していた。


 結局、敵が全部倒れるまであっという間だった。一分もかかってないんじゃないかな。あきれるくらいに弱いなあ、この人たち。


「……やっぱり、ヴェノマリスの者ではないわ」


「昼に姫がエルメアと話していた、『姫に毒を盛った誰か』に関係するものかもしれないな」


 カティルは昼の話し合いには参加していないけれど、窓がちょっとだけ開いていたから、盗み聞きをすることは十分に可能だ。あと、読唇術も使えるし。


「おい。お前たちは何者で、誰にやとわれた」


 ため息をついて、カティルが敵たちに呼びかける。けれど、返事はない。


「……言わないの? だったら、言いたくなるようにしてあげる……」


 思わせぶりにそう言って、服のポケットにしまい込んでいた小瓶を取り出す。赤紫の透き通った液体が、半分くらいまで入っている。


「知らない瓶だな。新作か?」


「ええ。どれだけ最悪な毒ができるか、試しに作ってみたの。でも危なすぎて、私以外には触れないものになった……ちょうどいいから、この人たちで試してみようかしら……」


 その言葉に、敵の一人が叫ぶ。おびえたような声で。


「お、お前のほうこそ何者なんだ!? 何度毒を盛ってもぴんぴんしていて……しかも、毒を作っただと!?」


 何度毒を盛っても。はて。私が覚えているのはエルメアが逃げ出すきっかけになったあの時と、ナージェットが仕掛けてきた時くらいで。


 あ、でも時々、出される食事の味がほんのり微妙だったこともあったような。デッドエンドへの恐怖とか好感度の件とかエルメア探しの件とかで忙しすぎて、気にしてなかったけど。


「私、毒はほとんど効かないのよ……それよりも」


 淡々と答え、静かに微笑みかける。


「あなたたちは、私を消そうとしてたのね? だったら遠慮なく、毒の実験台にできるわ……」


 倒れたまま動けない敵に歩み寄り、目の前で瓶の蓋を取ってみせた。つんとした、鼻をつく臭いがふわりと漂う。


「答えなさい。あなたたちの目的と、正体と、雇い主を。さもないと、この毒を振りまくわ」


 敵たちは恐れをなしたのか、ぴくりとも動かない。目を見張って、小瓶を凝視している。


「これは、致死性の毒……でも死ぬまで何日も、猛烈な激痛にさいなまれる。眠ることも、水を飲むことすらできない……毒で死ぬのが先か、苦痛に狂い死にするのが先か、あるいは衰弱死するのが先か」


 くっくっくと笑いながら、そんなことを語ってやった。今の私、間違いなく悪役の顔をしてる。


「さあ、話すの、どうするの……?」


「わ、分かった、話す!!」


 さすがに恐怖に負けたらしく、敵たちがあっさり降伏した。背後から、カティルの苦笑する音が聞こえてきた。




「……彼らは親玉に命じられていただけだった……それも、聞いたこともない組織の」


「おそらく、城下町の裏通りに集まる連中からなる、ただの犯罪組織だろうな。一応、名前だけは聞いたことがある。暗殺者として、まるでなっていない。嘆かわしい」


 敵たちから大体の話を聞き出して、面倒なのでそのまま解放してやった。そうしてカティルと二人、顔を見合わせる。


「……次は、親玉を脅しにいくしかないのかしら。依頼人を聞き出すために」


「そうだな。これ以上、姫に余計なちょっかいをかけないように」


 難しい顔でそうつぶやいていたカティルが、ふとおかしそうに笑った。


「しかし、さっきの脅しは見事だった……あの小瓶の中身、毒ではないだろう?」


「……ばれてた?」


「ああ。本当にそんな恐ろしい毒を作ったのなら、あんなに無造作にポケットに入れておくはずがない。姫は慎重だからな」


「ふふ、さすがは私のお兄ちゃん」


 ついつるりとそんな言葉が飛び出て、しまったと口を押さえる。


 彼は私のことを妹分だって言ってたし、私にとっても彼はお兄ちゃんだなと内心思っていたけれど、まさか口に出てしまうなんて。


 小学生が先生のことをお母さんと呼んでしまうあの案件、こんなところでやらかしてしまった。


 夜の森は、すっかり静まり返っている。気まずい。勇気を出して、そろそろとカティルのほうを横目で見る。


 カティルは、笑っていた。少しも声を出さずに、体をぷるぷると震わせて。暗殺者とは思えない、さわやかで明るい笑顔だ。


「ああ、そうだな。私は姫のお兄ちゃん。悪くないな」


「……口が滑っただけ。笑いすぎ」


「だが、私は嬉しいな」


 そう言ってカティルは、また私の頭をよしよしとなでてきた。いつまで子供扱いするのか、という気持ちと、そのほうがデッドエンドが遠ざかっていい感じじゃないかなという気持ちの間で揺れ動く。


「それでは、姫はもう戻って眠れ。長く部屋を離れていることがばれたら大変だ。親玉を探して口を割らせるのは、私に任せろ。このお兄ちゃんに」


「もう、カティルったら!」


 明るい笑い声を残して、彼の姿が闇に消えていく。その気配が完全に消えてから、また自室に戻っていった。王宮の外壁の彫刻を手がかりにして、するすると登って。


 一人前の暗殺者たるもの、これくらいの壁は道具なしで登れて当たり前だ。まったく、本当にどうしようもなく駄目駄目な暗殺者を送り込まれたものだ。


 そう思いつつも、さっきのカティルの軽やかな笑い声が、どうにも耳を離れなかった。

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