14.今後の方針、はい決定
駆け込んできたのは、まだ年若い男性だった。少年と青年の、ちょうど間くらい。
あちこちが好き勝手に跳ねた赤毛に、生き生きとした青い目。生命力にあふれた、とてもまっすぐな雰囲気の人だ。
……そして、当然のごとくイケメン。分かった、この人がエルメアの幼馴染にしてこの新聞社の職員、そして彼女をこの寮にかくまった張本人だ。名前は、えーと、ルーカだったかな。
しかしルーカは、それ以上私たちに近づくことはできなかった。彼の後ろからにゅっと手が伸びてきて、がっちりと羽交い絞めにしてしまったから。あ、テーミスだ。
少し遅れて現れたオルフェオも、ルーカの右腕を抑え込もうと頑張っている。開いた扉の向こう、廊下の窓の外にはカティルの姿も見えた。どうやらみんな、ルーカを追いかけてきたらしい。
「くそっ……放せよ! エルメアはオレが守るんだ!」
そんなことを言いながら、ルーカはじたばたと暴れている。テーミスはそんなルーカの動きを封じつつも、微妙な顔をしていた。
彼の目は、エルメアの上にすえられている。たぶんここに彼女がいるはずだと聞かされてはいても、実際に目にしてしまうと複雑な気分なのだと思う。護衛対象に逃げられて落ち込んでいた頃のことを思い出さずにはいられないだろうし。
けれど彼は、突然ふっと目を細めた。
「エルメア殿を守る、か。……かつて俺も、そう息巻いていたな」
ため息まじりにテーミスがつぶやき、それから私を見た。かすかに笑みを浮かべて。
そんな彼を見て、エルメアがにやにやしている。仲良しさんだー。口パクだけでそう言っている。ちゃかされている。
「申し訳ありません、この方の侵入を許してしまって……」
エルメアをにらんでいたら、オルフェオの悲しげな声が聞こえてきた。思わず体がこわばる。
さっきさんざん恐ろしい話を聞いちゃったから、どんな顔して彼に向き合えばいいか分からない。考えをまとめてから彼と顔を合わせようと思ってたのに、ルーカの乱入ですっかり台無しだ。
「あの、リンディさん? 怒っているのでしょうか……?」
私が何も答えなかったからか、オルフェオの声がさらに弱々しくなる。助けを求めるようにエルメアを見たら、苦笑しつつ肩をすくめていた。
うう、どうしよう。……ええい、当たって砕けよう!
「いいえ……エルメアと再会できたのが嬉しくて、ちょっとぼうっとしてただけですから……」
そんなことを口にして、オルフェオのほうを向く。彼は暴れるルーカをその細腕で必死に抑え込みながら、じっと私を見つめていた。微笑みかけてやったら、ようやくほっとした表情になる。
この繊細な青年が、ことと次第によっては私を消そうとする。うん、やっぱり実感がわかないね! 恋をしたら死ぬよ、のほうがまだリアルに感じられる、なぜか。
よし、彼の問題についてはひとまず棚上げだ。継承の儀式が終わるまでは今まで通りそこそこの友好関係を保って、その後のことはその時考えよう!
にこにこと微笑んでいたら、「あーあ、知―らない」というエルメアの楽しそうなささやき声が聞こえてきた。
「エルメアを探しに祝福の乙女が来たって聞いて、焦ったぜ……」
その少し後、私たち――私とエルメア、テーミス、オルフェオ、それにルーカの五人――は、エルメアがひそんでいた部屋、つまりルーカの部屋で話し合っていた。ちなみに窓の外の木の上にはカティルの姿もある。
ようやくテーミス、あとオルフェオから解放されたルーカが、エルメアの隣でため息をついている。そうして、今までの事情を説明してくれた。
エルメアは、私が毒を飲んで倒れたあの直後、書き置きを残して王宮を飛び出した。ゲームの知識のおかげで、忘れ去られた隠し通路を知っていたのだとか。道理で、誰も彼女を見つけられなかった訳だ。
そうしてそのまま城下町のルーカのところに突撃し、事情を話してかくまってもらっていたのだそうだ。
「オレの一家が城下町に越してきたのが六年前でさ、それ以来エルメアとは会ってなかったんだ。それがいきなりオレの前に姿を現して『このままじゃ死んじゃう、助けて!』だもんな。驚いたのなんの」
困ったように話しているルーカの顔は、しかしとっても嬉しそうに緩んでいる。わー、好意だだ漏れ。
にやけつつエルメアを見たら、彼女はなぜか得意げに胸を張った。
「ルーカには洗いざらい喋って、協力をお願いしてるもの。大丈夫よ」
「え……? ちょっと待って、それってデッドエン……こほん、ともかく、そんな感じのことも……喋っちゃった?」
「うん。生き延びるためだし」
「込み入ってたし分からない言葉だらけだったけど、継承の儀式が終わるまでエルメアは隠れていたいってことは理解した。命を狙われているってことも」
すかさず、ルーカがはきはきと言葉を添える。
「命を狙われる……あの毒殺未遂か。おそらくエルメア殿が標的だったのだろうが……」
「リンディさんが倒れられたと聞いた時は、生きた心地がしませんでした」
ルーカ以上に分からないことだらけだろうに、テーミスとオルフェオは突っ込まないでいてくれる。私が必死にぼかそうとしているのを察してくれているらしい。
「それでね、私とリンディの間でもう話がついているんだけど……祝福の乙女役は、これからもリンディに務めてもらうことになったから」
エルメアが明るくそう言い切ったその時、背筋がぞくりとした。暗殺者として鍛え上げ研ぎ澄まされた感覚が、危険を告げている。窓の外では、カティルが険しい顔をして投げナイフを構えていた。
私とカティルが身構えている理由は、私の隣に座っているオルフェオだった。
彼は優美な顔をわずかにしかめて、エルメアを食い入るように見つめていた。ただそれだけなのに、何だろう……これ、殺気だ。びっくりするくらいに殺気を放ってる。
「……リンディさんに危険を押しつけて、あなたはここで高見の見物ですか……」
「ひっ!」
蛇ににらまれたカエルのようになってしまったエルメアをかばうように、オルフェオの腕を引く。
「ち、違うんですオルフェオ様! 私が……そうしようって言ったんです。私、子供の頃は病弱で、薬を飲み慣れているから……毒にも強いみたいだし」
とっさにそんな嘘をついて、どうにか彼を説得しようと試みる。エルメアが一人だけ安全圏なのがちょっぴり気に入らないのは私もだけれど、でもこの配置が一番合理的だもの。
……本当は、エルメアを見つけ出して、彼女に祝福の乙女の座を返そうと思っていた。数々の死亡フラグと共に。
でもこうして彼女と会って話したら、とてもそんなことはできそうになかった。やっぱり私、お人よしなのかも。
それに実のところ、私にはほとんどの毒はろくに効かない。私たちヴェノマリスの人間は、子供の頃から少しずつ毒を服用して体を慣らしていく。
その中でも私は、とびきり毒への耐性が高い体質だった。普通の人間なら即死するような毒でも、ちょっと具合が悪くなるくらいで済んでしまう。いつぞやみたいに気を失うなんて、かなり珍しい。
それに格闘術もこなすし暗器も使える。エルメアにとっては恐るべき危機であっても、私にとっては大したことがなかったりするのだ。
……というかいつぞやのお茶事件、エルメアがあのお茶を飲んでたらジ・エンドだったし。あと廊下で出くわした暗殺者、あれもエルメアなら乗り切れないだろう。
「リンディさん……」
感極まったようなオルフェオの声に、我に返った。気がつけば、彼は私の手をしっかりと両手で握りしめ、ちょっとうるんだ目でこちらを見ていた。
「友人のために、そこまで……やはりあなたは素敵な方ですね、リンディさん」
「心配するな。あなたの身は俺が守る。今度こそ、必ず」
オルフェオはうっとりと、テーミスは凛々しく言い放つ。そんな彼らを見て、ルーカが感心したようにつぶやいた。
「リンディさんって、愛されてるんだなー」
「だよねー。とっても仲良しみたい。……どっちのほうが、より仲良しなんだろう?」
そこにエルメアが乗っかって、さらに話がややこしくなる。というか、わざとややこしくしてる! せっかく怖いモードのオルフェオからかばってあげたのに。
「どちらが、より仲良しか……?」
テーミスとオルフェオは、きょとんとした顔で見つめ合っていた。しかしすぐに、テーミスが冷静に言い返す。
「俺は一介の騎士に過ぎません。ですがリンディ殿をお守りする意志だけは、誰にも負けないと自負しております」
「騎士さんが彼女を守るのは、それが任務だからでしょう。僕は彼女を守るためなら、なんだってします。僕の、僕自身の意志により」
ああーもう、地味な言い争いが始まっちゃった。あわてて割って入ろうにも、テーミスとオルフェオは見つめ合い……というかガンの飛ばし合い……に突入している。
窓の外のカティルが、投げナイフをしまって吹き矢を取り出した。その二人、眠らせるか? と合図を使って尋ねてくる。
駄目、絶対! とこちらも合図で返した。ここで二人がいきなり眠りだしたら、エルメアはともかくルーカへの説明が面倒くさい。
でも、この二人を落ち着かせるのってちょっとてこずりそうだなあ。ため息をつきつつ、もう一度二人の間にもぐり込んでみることにした。物理的に。
「あ、あの、リンディさん……?」
「その、近いのだが……」
「……二人とも、仲良くしてください……喧嘩は嫌です」
二人の間に割り込んで、がっと肩を組みつつそう言い放ったら、なんと二人は急におとなしくなってしまった。
それから改めて、今後の方針をさっくりとまとめていった。
エルメアは、これからも新聞社の寮で暮らす。ただしルーカの部屋に隠れるのではなく、隣の部屋を正式に借りた上で。誰かにうっかり見つかるかもしれないから、できるだけ部屋から出ないようにして。
新聞社の人たちへの口止めは、オルフェオが請け負ってくれた。「ずっと忌み嫌ってきた王族という身分が、君の役に立つ日がくるなんて」と嬉しそうにしていた。好感度、好感度……また上がった……?
「ねえ、ところでさ」
そうしていよいよ帰ろうかというぎりぎりになって、エルメアが何かを思い出したような顔でつぶやいた。それからぐっと近づいてきて、耳元でささやく。
「こないだあなたに毒盛ったの、結局誰? ヴェノマリスがわたしを狙ってるのは知ってるけど、彼らならあなたに毒を飲ませるようなへまはしないはずだし」
「あ」




