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13.誰しも裏表がありまして

「……はあ?」


 パードン? ワンモアプリーズ? そんな言葉が飛び出しそうになるくらいには、エルメアの言葉は衝撃的だった。


「今、何て言った……の?」


 私が死ぬイベントの黒幕が、オルフェオ? うっそだあ。


 彼はいつも穏やかで、自信がなくて、控えめで。最初からずっと、彼はとっても親切で友好的だった。どんな理由があったら、彼が私を殺そうなどと考えるのだろうか。駄目だ、想像がつかない。


「あ、信じられないって顔してる。ということは、もう既に仲良しなんだねえ。ご愁傷様」


「そ、それは、まあ、否定しないけど!」


 ここに来るまでに、テーミスとあれこれやり合っていたオルフェオの姿が自然と思い出される。私の腰を抱いていた時の腕の温もりも。


 私がすっかり混乱しているのが面白かったのか、エルメアがおかしそうに続ける。


「オルフェオはね、わたしの……エルメアの攻略対象じゃないんだよね」


「え、嘘!?」


「それが本当なんだ、びっくりだけどね。『イケメン出したんだから恋愛させろ!』って苦情が、結構あったみたいだし……そのうち、リンディをヒロインにしたファンディスクが出るらしいって噂もあったっけ」


 まあ、そういう騒ぎになるのも当然だろう。あれだけのイケメンを転がしておいて恋愛できませんって。乙女ゲームあるあるの『どうしてあのキャラが攻略対象外なんだ』案件だ。


「そ、それはそうとして……オルフェオがどうして私を?」


「オルフェオはリンディに一目惚れした。そんな設定になってるんだ」


 ふえっ!? という間の抜けた驚きの声が勝手に漏れ出る。


 そういえば、毒を飲んで倒れた私のところに真っ先に駆けつけたのは、確かにオルフェオだった。猛烈に私のことを心配していて……いい人だなって思ったのだけれど。


「分かったけど、分からない!! 一目惚れと殺意って、普通結びつかないと思う!!」


「それが、そうでもないんだよね。彼の思いはただの恋慕っていうより、妄信とか狂愛とか、そんな感じのものなの。だからリンディがよそに心を移したら、一気に牙をむくの」


「それって……もしかして……自分のものにならないのなら殺してしまえとか、そういうノリ……?」


「ご名答」


「えーっ!! 嘘だあ!! だってあんなに」


 今の状況も自分のキャラ設定……物静かな、人形のような令嬢……もきれいさっぱり忘れて叫びそうになった私を、エルメアがすかさず押しとどめる。


「声大きいよ、リンディ。それでオルフェオは、ゲーム中でエルメアとリンディに追っ手をかけるの。何よりも友情を優先させ、逃げることを選んだ二人に」


 エルメアは立ち上がり、ふっと宙を見つめる。


「『僕は王宮から離れられない。それなのに彼女は僕の手を振り切って、遠くへ飛び立ってしまった』」


 どうやら彼女は、何かを演じているようだった。状況から見て、リンディとエルメアの友情エンド……もちろんデッドエンド……の時のオルフェオだろう。


「『もう、彼女のいない孤独には耐えられない……こんな世界など、壊れてしまえばいい……何もかも、終わらせてしまおう……』」


 情感たっぷりに、彼女は朗々と語る。それからたっぷりと間を置いて、こちらに向き直った。


「……って感じ。大体分かった?」


「嫌っていうほど分かった。あと、演技力すごい」


 ひとまず、オルフェオを寂しくさせたらアウトっぽいってことだけは。うう、特大の死亡フラグを自分で追加してたのね、私。


「他にも病み要素ありのキャラはいるけど、オルフェオがだんとつなんだよね。ナージェットも屈折してて中々なんだけど」


 やっぱりナージェットはちょいやばだったか。客に毒を盛ってる時点で当然だけど。


「だんとつの、病みキャラ……それに好かれている、私の立場は……」


「いいじゃん、彼はとっても一途だよ? それに、リンディとオルフェオがくっつくルートはもちろんゲーム中にはないし、案外そっちが生存ルートかもよ?」


「どっちかというと、とびきりの闇深ルートになりそうな予感しかしない……」


「あはは、あり得る」


「他人事だと思って……」


「まあまあ。それより、そっちの状況を確認してあげようか? 他のキャラの好感度とか。さすがにゲームみたいに数値では出せないけど、だいたいどれくらいか、なら当てられるよ」


 どうやらエルメアはかなりこのゲームをやり込んでいたらしい。ありがたい。


 そうして、彼女に話していく。私が毒に倒れてエルメアが逃げ出したあの日からのことを。


「そういえば、あの日あなたがいきなり倒れて、パニックになって……その拍子に、ここがゲームの中だって思い出したんだよね。あの時は驚いたけれど、それ以上に『一刻も早く逃げなくちゃ!』って思いのほうが強かったの」


 そんなことを合間に語りつつ、エルメアは私の話を聞き終えた。


「うん、なるほど。……まず、テーミスはもう危険水域。いつ個別ルートに分岐してもおかしくない」


「そこでテーミスルートに入ったら、もれなくオルフェオが殺しにくるよね!?」


「だねえ。それで、カティルなんだけど」


「さらっと流さないでよお!」


「彼についてはちょっと分からない。あなたと彼は兄妹同然に育ってるし、もしかしたら恋愛には移行しないかも……好感度の初期値も、かなり高そうな気配がするし」


 私のことを大切に思ってくれている、ちょっぴり過保護なお兄ちゃん。彼の言動を思い出して、ふとあることに気づく。


「……テーミスルートに入ってしまったら、私を殺したいオルフェオと、妹を守りたいカティルが激突するとか……死屍累々のルートができあがりそう……」


「うわあ、面白そう」


「……エルメア、なんならあなたもその狂乱の渦の中に巻き込んであげてもいいよ……有無を言わさずさらって王宮に放り込めばいいんだものね……ふふふふ……」


 低く静かな声ですごんでやったら、エルメアがぶるりと震え上がった。


「えっと、じゃあ後はシャルティンとナージェットだね。ルーカも攻略対象だけど、あなたとは面識がないし」


 ごまかすように早口で、エルメアが一気にまくしたてる。


「シャルティン、ナージェット共に好感度はそこそこ。ただ、あなたは二人に気に入られてるから、ちょっとしたことで好感度が爆上がりする可能性もあるよ。気をつけて」


「……肝に銘じておく」


「隠し攻略対象としてレオナリスもいるんだけど、こっちはそもそも好感度を上げるところまで行ってない。放置で問題ないね」


 彼女の言葉に、ほっと胸をなでおろす。この辺りの面々は、今まで通りの付き合いで大丈夫だろう。……とはいえ、テーミスとオルフェオには引き続き注意しないといけないし、気は抜けないのだけれど。


「あ、それで……好感度の調整に成功してノーマルルートに入ると、どんなラストになるの?」


 もう一つ気になっていたことを尋ねると、エルメアは腕組みをして眉間にしわを寄せた。


「それなんだけどね……祝福の乙女って、結局のところいけにえなんだよね。継承の儀式に必要らしいよ」


「恋愛の果てのデッドエンドだけでも心が折れそうなのに、今度はいけにえ……どれだけ殺意高いんだろう、このゲーム……」


「全プレーヤーの感想だよ、それ。で、継承の儀式が行われる祭壇の地下に、儀式の間って呼ばれる大きな空間があって、そこに祝福の乙女が足を踏み入れると……終了」


「終了って、もうちょっと説明とか!」


「いやあ、それがねえ。ゲーム中にきっちり記載がないのよ。からくり仕掛けの刃や炎が乙女を襲い……ってくらいで」


「……つまり、惨殺ね……物理攻撃なら、勝てるかもしれない。確かに、あなたよりは私のほうが適任」


 継承の儀式が終わるまで、儀式の間で生き延びればどうにか……あ、でも。


「そうすると、継承の儀式が失敗するかも……?」


「確かにね。というか、継承の儀式が駄目になったら最高の気分。あれさえなければ、こんな風に逃げ隠れする必要もないもの。ゲームの舞台ごと、ぶっ壊せ!」


「エルメア……それ実行するの、十中八九私なんだよ……?」


 いい加減、頭が痛くなってきた。ひとまずこのまま祝福の乙女代理を続けつつ、ノーマルルートに入って儀式をまるごとちゃぶ台返しするのが、一番生存の可能性が高そう。


 それに、暗殺組織ヴェノマリスの依頼人がエルメアを狙った理由も、『継承の儀式を失敗させたいから』だったし、ちょうどいいのではないかと思う。


 ……依頼のこと、今の今まで完全に忘れてたけど。


「ともかく、あとでカティルに頼んでおいて。連絡を取りたい時は、彼に手紙を運んでもらうのが一番早そうだし」


 エルメアは既に、カティルを伝書鳩代わりにするつもりのようだった。確かに、私がたびたびこの寮に出入りしていたら、いつか噂になってしまうかもしれない。


「……うん。というか、今でも頼もうと思えばできる。窓の外にいるから」


「えっ、ついてきてたの!?」


「お兄ちゃん、過保護だから……」


 たぶん彼は、二つ返事で請け負ってくれるのだろうなという気がする。一流の暗殺者の使い方としてはかなり間違っている気もするけれど。


 ともかく、一通りの情報交換を終え、いったん解散しようということになった。


「じゃあわたし、隠れ直すから。あなたは新聞社の人たちに適当な言い訳をしておいてね」


 その時、廊下が急に騒がしくなった。何人もの荒っぽい足音が、ばたばたと近づいてくる。


「エルメア、無事か!!」

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