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11.エルメア包囲大作戦

「どうした、リンディ殿?」


 心配そうなテーミスの声に、我に返る。


「今……そこの建物に、エルメアがいた……一瞬しか見えなかった、でも……間違いない……」


 さっきエルメアが見えた窓辺には、もう誰の姿もない。


 テーミスは私が指さした建物を見て、じっと考えている。


「あそこの建物は、確か……これから訪ねる予定だった三軒目の新聞社の、社員寮だったはずだ」


「と、いうことは……」


「エルメア殿の幼馴染が勤めているのは、その三軒目の新聞社なのだろう。そのつてで、エルメア殿が身を寄せている、そう考えれば筋が通る」


 テーミスの言葉に、どっと安堵の波が押し寄せてくる。椅子にへたり込み、息を吐いた。


「良かった、見つかった……けれど、ここからどうしよう……」


「確実に、穏便に、エルメア殿を確保しなくてはならないからな」


 難しい顔でそうつぶやいて、ふとテーミスが目を丸くする。


「そういえば、気になっていたのだった。あなたはエルメア殿と会ってどうするつもりなのだろうか。強引に連れ戻す気はないように見えるが」


「まずは、話したい……そして、これからどうするかを一緒に考えたいの……」


「君は、優しいな。役目を放棄して行方をくらましたエルメア殿を、そうも気遣えるとは」


 ああ、違うのに。おそらくゲームの知識があるエルメアを無理に連れ戻しても、どうせまたうまいこと逃げられるだけだろうから、もっといい解決策を探しているだけなのに。


 ……そりゃあまあ、問答無用でさらって王宮に連れ戻し、監禁してもらうというのも一応考えた。それは認める。でもそれは、最後の手段にしておきたい。良心がちょっぴり痛むし。


「大騒ぎにせず、しかし確実にエルメア殿と接触する、か。中々に難しそうではあるが……」


 つぶやいていたテーミスが、ちらりとこちらを見た。やけに晴れやかな表情で。


「あなたなら、できるかもしれない。……その、一つ思いついたことがあるのだが」




 さらにその数日後、私はまた城下町にいた。今度はテーミスに加え、オルフェオもいる。三人一緒に、目的の新聞社に向かっているのだ。テーミスが提案してくれた作戦に従って。


「君の作戦に、僕が力を貸せるなんて光栄です」


 作戦について説明されたオルフェオは、ものすごく上機嫌だった。


 彼は私をエスコートするように私の右手を取って、浮かれた足取りで歩いている。……私の左側を歩いているテーミスが、殺気を放っているのは気のせいか。


「わざわざ、すみません……どうしても、エルメアと話したくて……」


「ええ。無理やり連れ戻すのではなく、穏便に分かり合い、解決策を探りたい……君らしい、素敵な考え方ですね」


 オルフェオはうっとりと甘い笑みを浮かべて、つないだ手をそっと握ってくる。そのまま、スマートに私を引き寄せて……腰を抱かれた。


 一応私にも、この世界の……というか、この世界の貴族のルール的なものは分かっている。現代日本なら即セクハラでぶっとばされそうなこんな行為も、こっちでは珍しくもない。


「オルフェオ様、ここは町中で、人前です。そのような行いはつつしんでいただけますか」


 と思ったら、テーミスがすかさず割って入った。さすがは騎士、鮮やかな動きで私とオルフェオを引き離してしまう。


「おや、騎士さんは真面目ですね。僕と彼女が親密なのは一目瞭然ですし、そう目くじら立てることもないのでは?」


 あくまでもにこやかに、オルフェオが問いかける。テーミスは固い声で、私を背にかばいながら答えていた。


「このようなところで、それも昼間から貴族たちが過度に近しくしていれば人目を引きます。俺たちの目的は、逃げ回っておられるエルメア殿に接触することです。それまで、うかつに目立つような真似は控えるべきです」


 ……テーミス、今までで一番すらすらと反論しているような。どちらかというと寡黙で口下手という印象が強かったのだけれど。


「……やけに懸命ですね。ですが、分かりました。リンディさんの迷惑になるのは本意ではありませんし、今はおとなしくしておきます」


 そしてオルフェオも、いつになく不敵な笑みを浮かべてテーミスを見返している。なんだこの表情と雰囲気。普段のふんわりとしたものとは違い妙に強気で、どことなく妖艶さすら感じさせる……初めて見た。


 いつもと様子の違ってしまった男性二人に挟まれて、私はただまごまごしながら新聞社を目指していったのだった。


 訳が分からない。ただ、どうもあんまりありがたい事態ではなさそうだ。そんなことを思いながら。




 そうこうしているうちに、目的の新聞社にたどり着いて。


「こんにちは、少々よろしいでしょうか」


 とっても温和な態度で、けれどずかずかとオルフェオが建物に入っていった。彼に続くようにして、私とテーミスも中に入る。


「はい、どちら様で……っと! 失礼いたしました!」


 面倒な客が来たと言わんばかりの態度だった職員が、あるものに気づいたらしく背筋を伸ばす。彼の視線は、オルフェオの胸元に釘付けになっていた。


 オルフェオの服には、小さなブローチが留められている。王族だけが使うことを許されている紋章をかたどった、純金のブローチだ。


 ここまでにすれ違った普通の市民たちは気づいていないようだったけれど、さすがは新聞社の職員。すぐに気づいてくれた。でもそのせいで、ちょっと緊張してしまっている。


「僕はオルフェオ、実はこちらの……祝福の乙女のたっての願いをかなえるために、こうしてここまでやってきました」


 祝福の乙女。その言葉を聞いて、新聞社の人たちが色めき立った。前に寄った二軒の新聞社でも、同じような反応だった。


 継承の儀式も、祝福の乙女の存在も、一般の民にはほとんど情報が漏れてこない。だからこそ、私が代理を務めることもできたのだけれど。


 そんな祝福の乙女が、ひょっこり姿を現したのだ。こんなスクープ、逃したくはない。新聞社の人たちがそう思うのも当然で。


「ご存じでしょうが、彼女の存在は伏せておく決まりとなっています。……継承の儀式が終わり、彼女が無事その任を果たすまで、どうかそっとしておいてください」


 色めき立つ新聞社の人たちを、オルフェオがやんわりと、しかし有無を言わさず押しとどめる。やっぱり彼、いつもより押しが強い。


 ちなみに先日は、テーミスが同じようなことを言って新聞社の人たちを牽制してくれていた。


 それはそうとして、ここからは私の出番だ。しょんぼりした様子を演じながら、そろそろと進み出る。


「……私、行方不明の友人を探しているんです……。同年代の、愛らしい女性で……。そうして町を歩いていたら、この間、たまたま彼女を見かけて……」


「だがその友人は、どうやら自分から身を隠しているらしい」


「彼女は、ひたすら逃げ回っているようなのです」


 思わず言葉に詰まる私に、テーミスとオルフェオがすぐさま言葉を添えてくれた。その隙に体勢を立て直して、悲しげにつぶやく。


「友人がいたのは、この新聞社の社員寮、でした……窓から、一瞬姿が見えただけでしたが……」


 テーミスが、エルメアを見かけた場所について詳しく説明する。と、新聞社の人たちが同時に首をかしげた。


「あの寮に、そんな年頃の女性がいたか?」


「いや、いないな。誰かがこっそり連れ込んだのかもな」


「たまたま遊びに来てただけでは?」


 彼らはそんなことを言っていたけれど、私には確信があった。エルメアの幼馴染が、彼女を底にかくまっているのだと。


 でも、彼らにその事情をうまく説明できる自信がない。エルメアが必死に何で逃げ隠れしているのか、その理由を話す訳にはいかないから。


「……お願いします。その寮を、調べさせては……もらえませんか?」


「それも、秘密裏に。大騒ぎにしてしまっては、その友人がまた逃げてしまうかもしれませんから」


 両手をぎゅっと握り合わせて背中を丸める私の肩を、オルフェオがそっと抱く。あ、またテーミスから剣呑な気配が。


 ほんのり冷や汗をかきながら、新聞社の人たちと打ち合わせをする。


 寮の出入り口は、正面玄関と裏口だけ。その気になれば窓から脱出できなくもないけれど、結局寮を取り囲む塀に阻まれて、逃げるのは難しい。


 という訳で、オルフェオと新聞社の人たちで正面玄関を、テーミスが裏口を見張ることになった。そして私一人で、寮の中を散策する。


 新聞社の人たちは、こんなことをして何になるんだろうと思っているようだった。


 王族と祝福の乙女の依頼だから、仕方なく付き合っているだけだ。ちょっぴり怪訝そうな彼らの顔には、でかでかとそう書いてあった。


 一緒に突入したがっているオルフェオとテーミスをなだめ、悠々と量の中に踏み込む。


 他の人がいたら、私は本来の力を発揮できない。私が暗殺者、しかも毒姫という二つ名を持つほどの者であることは、何が何でも内緒だから。……エルメアは知っているだろうけど。


 絶対に、見つけてみせる。正直、エルメアをどう説得したものか、まだ何も思いついていない。けれど彼女と腹を割って話すことができれば、何かを変えることはできるだろう。


 そんなことを考えながら、どんどん寮の奥に進んでいった。

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