10.命がけの人探し
で、次の日。
私はテーミスを連れて、城下町に繰り出していた。
ずっと王宮に閉じ込められているので息が詰まる、少しだけ気晴らしがしたい。レオナリスをとっ捕まえてそんな風に全力で主張したら、どうにかOKをもらえたのだった。
とはいえ、当然ながら一人でという訳にはいかず、この通りテーミスがついてくることになったのだ。
レオナリスはものすごく苦悩した顔で『君は一度毒を盛られている。本来ならば、最低でも騎士を五人は連れていってもらいたいのだが……それでは気晴らしにならないだろうからな』と言っていた。
もちろんそのセリフは聞かなかったことにした。これからエルメア探しという大仕事が待っているというのに、そんなにぞろぞろと騎士を連れていたらあちらに警戒されてしまう。
だってエルメアは、この城下町に隠れているはずなのだから。王宮からの捜査の手をかいくぐって、息をひそめているはずなのだから。
昨夜、カティルが帰ってからじっくりと考えた。手持ちの情報をつなぎ合わせて、答えに迫るために。
シャルティンから教えてもらえたのだけれど、城下町を囲む防壁を守る兵士たち、彼らはエルメアらしき人物を見ていないのだとか。そして王宮は、もう隅から隅まで探された。それこそ、王の私室まで。
つまりエルメアは、王宮の中にはいない可能性が高い。どうやったのか知らないけれど、彼女は誰にも見つからずに、王宮からダッシュで逃げ出したのだろう。
さて、ここで問題です。もし私がエルメアなら、どうするか。
エルメアも、多少なりともゲームの知識を持っているようだった。そしてゲームの舞台は、ほぼこの王都に限られている。……エルメアが外に出るのはデッドエンドの時だけだ。駆け落ちとか、そういう感じの。
つまり彼女は、王都から逃げることはできるかもしれないけれど、その外のことについてはほとんど知らない。適当に飛び出したところで、さっさと捕まるのが関の山だ。
だったら変に冒険せずに、ひたすら隠れることを選ぶと思う。それも、城下町で。
継承の儀式が終わってゲームが終了するまで、どこか安全なところに身を隠して、そこでじっと時間が過ぎるのを待つ。それしかない。
問題は、『安全なところ』ってどこなのか、ということだ。民の混乱を避けるために城下町の捜索は控えめになっているから、本気を出せばどこかに隠れられるかもしれないけれど。
そんなあれこれを思い返して、ぼそりとつぶやく。イケメン騎士を連れているせいか町の人たちがこっちを見ているような気がするけれど、ひとまずスルーで。
「……彼女が、一人だけでずっと隠れていられるとは……思えない。協力者がいるはず……」
それを聞きつけたのか、隣のテーミスがいぶかしげにささやいてきた。
「協力者? しかしエルメア殿はこの王都から離れた町の出身だ。城下町に知り合いはいないと思う」
「……ちょっとだけ、心当たりがある……かもしれない」
はい、ここで唐突にゲーム知識が生きてきた。エルメア……城下町……知り合い……などとうなっていた時に、思い出したのだ。妹が早口でくっちゃべっていた、ゲームの解説を。
『攻略対象のほとんどは年上で、貴族とか騎士とかの偉い人。でも一人だけ、平民がいるんだあ。同年代の、同じような身分の、等身大の恋! かっわいいよねえ』
『その子、主人公の故郷の町の幼馴染なんだけど、今は城下町で新聞社に勤めてるんだ。そんなこともあってかなりの情報通で顔が広くて、それを生かしてあれこれと主人公の力になるんだよ。いいよねえ、有能な幼馴染って』
たぶんこの幼馴染とやらが関わってる。根拠はないけれど、私はそう確信していた。
城下町で暮らしている情報通で、おそらくエルメアのことを大切に思っている。彼なら、エルメアをこっそりかくまうことだってできるはず。まずはそいつを探そう。
……問題は、その彼の名前を忘れた、ということだ。妹の解説を適当に聞き流していたのがたたって、そもそも名前を覚えてすらいなかった気がする。
まあ、エルメアと同年代で新聞社に勤めてて、しかも顔が広いなんて人物、そうたくさんいないはずだし。うん、大丈夫、きっと見つけられる。
「……エルメアの幼馴染が、新聞社に勤めてるらしいの……名前は知らないけれど……」
声をひそめてそう言ったら、テーミスがわずかに目を見開いた。そうして声をひそめ、そっと耳打ちしてくる。
「その幼馴染がエルメア殿の逃亡に手を貸したと、あなたはそう推測しているのか?」
「ええ。……そしてたぶん、エルメアは彼の手引きで、この城下町に身を隠していると……そう思う」
ゲームだなんだという話はできないから、こんな大雑把な説明になってしまう。テーミスは真剣な顔で考え込んでいたけれど、やがて大きくうなずいた。
「あなたの推測、確認してみる価値はあるな。だがそれなら、シャルティンに頼んで人手を借りたほうがいいだろう。少々、面倒なことになる」
「……どうして?」
「王都には、新聞社が三つある。その従業員で、エルメア殿と年頃の近い男性となると……いったい何人いるのか、見当がつかない」
それを聞いて、ちょっとうんざりしそうになった。というか、うんざりした。
幼馴染を見つけ出して、彼と交渉して、エルメアの居場所につながる手がかりをもらう、あるいはエルメアに会わせてもらう。
その最初の一歩が、とっっても面倒なんですけど。頭痛い。
というか、その後のステップもかなり厳しいんですけど。エルメアは自分の意志で逃げているのだから、幼馴染とやらもちょっとやそっとではこちらの用件を飲んでくれなさそうだし。
「……大人数で探したら、エルメアが感づいて逃げるかも……でも、私だけなら会ってもらえるかもしれない」
「……あなたの言うことにも一理あるな。分かった、俺も協力する。もうこれ以上失敗はしたくないから」
とっても悔しそうな顔で、テーミスが目を伏せた。考えてみたら彼は元々エルメアの護衛だったんだっけ。彼女に逃げられて、大いにへこんでいたんだった。最近生き生きしているから、忘れていたけれど。
「……だったら、私が新聞社を順に回るわ……。祝福の乙女が、生き別れの友人を探している。そんな風に言いながらあちこち訪ね歩けば、エルメアの耳に入るかも……」
祝福の乙女は、継承の儀式が終わるまで特別扱いだ。王宮の者からも城下町の者からも、尊敬を持って迎えられる、らしい。
らしいというのは、そういった事情についてはシャルティンから教わっただけだからだ。
だいたい祝福の乙女代理にされてこの方、王宮から出るのは初めてだし。王宮の人たちはエルメア探しやらなんやらで忙しく、私のことはいい感じに放っておいてくれてるし。
ともかく、祝福の乙女の名を出せば、みんなはびっくりして噂にしてくれる、かもしれない。祝福の乙女がそこまでして会いたがっている友人とは誰だ、とか何とか。
私は祝福の乙女『代理』だけど、そこはあえて伏せておくこととして。
「あなたがそう決めたのなら、俺はそれに従おう。もしあなたに危機が迫ったとしても、俺が守る。あなたは好きなように動くといい」
そしてテーミスは、私の話を聞くなりそう言い切った。きっぱりと、力強く。きりりと目元を引き締めて。
ああ、この迷いのない目! 頼もしいけれど、困った!
妹よ、テーミスは初め塩対応で、仲良くなると無愛想なふりして甘やかすとか、そういうキャラなのよね!? 私の目の前のこの人、私を全面的に甘やかす気満々なんですけど!
……などと心の中で盛大に叫びつつ、しずしずと最寄りの新聞社に向かっていったのだった。
もちろん道なんて分からないから、テーミスの案内で。私の役に立てることを、彼はとても喜んでいるようだった。
で。
最初の新聞社、空振り。次の新聞社、同じく。
どちらも、『そのご友人とはどのような方ですか』と聞かれたので、『事情により名前は出せないのだけれど』と前置きして、エルメアの見た目の特徴を洗いざらいぶちまけた。
突然いなくなってしまって、寂しくてたまらなくて。もう一度、彼女に会いたい……などとつぶやいて涙をこらえるふりをしたら、みんなとっても親切にしてくれた。ちょっと罪悪感。
「リンディ殿、気を落とすな。必ず彼女は見つかると、俺はそう信じている」
そしてテーミスまでもがばっちり泣き落としに引っかかってしまい、おろおろしながら励ましてくれている。罪悪感、ずどんと倍。
ナージェットあたりなら泣き真似だって気づいたんだろうし、よくよく考えたら彼は交渉とか策略とかそういうのがとにかく得意だ。頼んで一緒に来てもらえばよかったかな? と今さらながらにふと思う。できれば彼には、あまり関わりたくないのが本音だけれど。
「……ありがとう、テーミス。私……あきらめない」
申し訳なさが胸をちくちく刺しているのを感じながら、そっと答える。テーミスはまだ私を気遣うような顔をしていたけれど、ふと何かを思い出したように目を見張った。
「そうだ、こちらへ」
えっ、何? と答える隙すら与えずに、テーミスは私の手を引いてどこかに連れていく。
その先は、小さなカフェだった。オープンテラスの、趣味のいい店。
「ずっと歩き通しで疲れただろう。ここで少し休憩しよう。味は保証する」
あれ、ということはここって、テーミスの行きつけの店か何かなのかな?
ちょっとわくわくしながら、テーミスが慣れた様子で注文をしているところを見守る。やがて、湯気を上げるお茶のカップと、小ぶりのマフィンがいくつか載せられた皿が運ばれてきた。
テーミスに勧められるまま、ぱくりとマフィンにかぶりつく。まだ温かくて、ちょっと変わった風味。ハーブか何か入ってるのかな?
でもこれ、すっごくおいしい。、それに、お茶にもよく合う。
食べ始めて気がついた。私、とっても空腹だ。たぶん、ずっとあちこち歩きまわっていたからだ。自覚したら、余計にお腹が減った。なのでせっせとマフィンを食べることにする。うん、おいしい。
と、視線を感じた。向かいに座っているテーミスが、それはもう色っぽい笑みを浮かべていた。ん? 何、その表情。そんな顔、できたんだ!?
「……ほら、頬についている」
そう言って彼は、私の頬っぺたからマフィンのかけらをそっと取った。夢中で食べている間に、くっついてしまったらしい。
そうしてなんと、それをぱくりと食べてしまった。たぶん、無意識にやっている。テーミス、下に弟妹がいるんだろうね。って、そうじゃなくて。
駄目だー!! それはバカップルだけに許されし、究極のいちゃいちゃ奥義だー!! まさか自分がこんなところでそんな技を食らうとは思わなかった!!
どんどんまずいほうに進んでしまっている。これは何としてもエルメアを見つけて、デッドエンドを押し付けなくては……あ。
思わずテーミスから視線をそらした拍子に、見えたもの。たまたま目に入った、近くの建物。
そこの二階の窓に、一瞬だけ映った人影。それはまぎれもなく、エルメアだった。




