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1.デッドエンドの園にようこそ

 気づいたら、石の床で寝ていた。


 暗くて冷たい。硬くてすべすべしていている。何がどうしてこうなった。


 目を開けたら、妙な光景が目に飛び込んできた。ヨーロッパの宮殿みたいな、とびきり豪華な部屋だ。ちょっと目がちかちかする。


「どこなの、ここ……」


 自然と、独り言が漏れる。そうして驚いた。その声は、鈴を振るような可愛らしい声だったのだ。え、これ私の声? 違和感しかないんだけど。


 混乱しながら立ち上がると、バルコニーに続くガラス張りの扉が見えた。そして、そこに映っている少女の姿も。


 私が手を挙げたら、ガラスに映る少女も手を挙げた。間違いない、あの子は、私だ。いや、私があの子なのかな? ややこしい。


 で、それはそうとして。この顔には見覚えがあった。とんでもなく意外なところで。


「こ、この顔って……」


 ガラスに近づいて、自分の顔に触れながら震える声でつぶやく。


「あの何とかいう乙女ゲームの、サブキャラじゃないの!!」


 そんな私の叫び声が、ガラスをびりびりと震わせていた。




 ま、まずは落ち着こう。状況を整理しよう。


 ガラスに映る自分の顔をにらみつけて、頬を引っ張って、変顔をして。間違いない。この顔は私の顔。認めたくないけれど。


「間違いない。私のこの顔……リンディ・ルーン、だわ。あのゲームの登場人物の」


 それは、とある乙女ゲーム。うちの妹がはまりまくっていた、ただし私は一度も触ったことのないゲーム。


 そのせいでタイトルすら覚えていない。内容については、妹が熱心に解説しまくっていたから何となく知ってはいるけれど。どうにかして私にそのゲームをプレイさせようと、妹は必死になっていたのだ。


 しかし私は、そのゲームには手を出さなかった。説明を聞くほどに、やる気が失せていたから。


 というのもこのゲーム、開発者の趣味なのか、主人公ことヒロインは何をどうやっても死亡エンドにたどり着くのだ。


 ノーマルエンドで死ぬのは、百歩譲ってぎりぎり分からなくもない。でも、攻略キャラと深い仲になってもやっぱり死ぬ。悲恋エンドオンリー。


 うん、気持ちは分かるよ? 愛する二人が共に死んだり死に分かれたりする悲恋エンド、感動的だよね? でもここまで徹底して救済ルートを作らないのって、どういうことだ。ヒロインに恨みでもあるのか。


 とまあ、そこまではいいとして。どうして私が、そのゲームのキャラになっているのか。それもサブキャラに。いやここは「ヒロインでなくてよかった」と喜ぶべきところなのでは。


 分からない。解せない。納得いかない。夢……にしては何もかもがリアルすぎるし。


 ため息をついたら、胸元にかかっている紫色の髪がさらりと揺れた。ガラスに映る私の目も、満月のような淡い金色をしている。奇妙な色合いなのに、不思議と似合っている。


「もう、何がどうなっているのか……」


 つぶやきながら、今度は部屋の中を眺めてみる。


 部屋の中央には豪華なテーブル、その上にはお茶の支度が二人分。カップからはまだ湯気が上がっているから、ついさっきまで誰かがお茶にしていたのかもしれない。


 テーブルのそばには椅子が二つ。片方は大きく後ろに下がっていて、もう片方は横倒しになっている。さっき私が倒れていたのは、横倒しの椅子のそばだ。


 何だかちょっぴり不穏な感じ? 私が椅子ごと倒れて、もう一人があわてて出ていったとか、そんなところだろうか。


「大丈夫ですか、リンディさん!?」


 テーブルを見つめて考え込んでいたその時、悲痛な声と共に一人の青年が駆け込んできた。さすが乙女ゲーム、当然のようにイケメン。


 さらりと流れる柔らかな髪はうっすらと青みを帯びた銀、長いまつ毛の下からのぞく目は吸い込まれるような青紫。


 繊細で儚げな、やや女性的な面差しに、きりりと凛々しい表情。そのバランスがまたいい感じ。


 そのイケメンは心配そうな顔で、私のすぐそばにやってきた。


「ええっと……」


「君が倒れたと聞いて、駆けつけてきたのですが……痛いところや、苦しいところはありませんか!?」


 このイケメン、どうやら私……リンディと既に知り合っているらしい。しかし私は、彼が誰だか思い出せない。ここまでのイケメンなら、ゲームにも登場していると思うのだけれど。


 妹にさんざんゲーム画面を見せられはしたものの、「わーイケメンがいっぱいだー」あるいは「またイケメン死んでる? イケメンもったいない」以外の感想がなかったし。というか顔面偏差値が高くなると、没個性になりがちというか……。


 あ、そうだ。


「……痛くも苦しくもないけれど、ちょっと頭がぼんやりしていて……ごめんなさい、あなたの名前が思い出せないの。それに……自分がどうしてここにいるのかも」


 ひとまずリンディらしい口調で、そう答えてみる。実際私はさっきまでぶっ倒れていたのだし、全部そのせいにしちゃえば色々聞き出しやすそうな気がする。


「ああ、何ということでしょうか」


 悲しそうな顔で、イケメンが私の顔をのぞき込んでくる。か、顔近い!


「僕はオルフェオ、このヒルンディア王国の王族です。来たる継承の儀式を見学するために、君は隣国よりはるばるここに足を運ばれた。僕たちの、大切な客人です」


 オルフェオはとても丁寧に説明してくれた。私のことを心配してくれているのが、ありありと見て取れる。親切な人だなあ。でも顔近い。近いって。


「……どうですか、思い出せたでしょうか」


 そして彼のおかげで、ちょっとずつ思い出してきた。


「……ええ……」


 私はついさっきまで、ゲームのヒロインである『祝福の乙女』エルメアと一緒にお茶をしてたんだった。


 で、お茶を飲んだらいきなり意識が遠のいて、そのままばったりと。何とも恐ろしいことに、お茶に毒が盛られていたのだった。しかも、致死性の毒が。


 けれど残念でした。私ことリンディ・ルーンはただのサブキャラではない。この大陸全てで暗躍する暗殺組織ヴェノマリス、その長の娘だ。


 当然ながら、体術やら毒物の知識やら、暗殺に必要なことは一通り叩き込まれている。か弱い見た目とは裏腹の、とっても強い乙女なのだ。


 そしてリンディは、毒の専門家だ。独自に毒について研究、開発しているということもあって、『ヴェノマリスの毒姫』なんて二つ名があるくらいだ。毒への耐性も、他の者の追随を許さないくらいに高い。


 だから、毒入りお茶を飲んでしまってもちょっと気絶するくらいで済んだのだ。というか、あの程度の毒ならちょっとお腹が痛くなるくらいで済むはずなのに、と私の中のリンディの記憶がいぶかしんでいる。


 ……自分で言ってて恥ずかしくなってきた。リンディの設定、さすがに盛りすぎ。


 それはそうとして、今の私はエルメアを暗殺するために、隣国のルーン伯爵家の娘という身分でここに送り込まれているのだった。


 えーと、そして一応私も攻略対象ではある。エルメアがリンディと仲良くなると特殊イベントが起こって……で、なぜか女子二人で駆け落ちして、ヴェノマリスの追っ手に消されるエンド、だったかな。


 詳細を覚えていない、というか妹の話を聞き流していたので、色々謎だらけだけれど。何がどうなってそうなった。


 ともかく、未来が死亡フラグで彩られているエルメアとは違い、私はそのルートにさえ突入しなければ生存できる。


 どうして私がリンディになっているのか、そこのところはやっぱり分からない。けれど、この状態で死ぬのはまずい。それは確信できていた。


 これが夢なら、死んだらたぶん目が覚める。元の私として。


 でもこれ、夢とは言い切れない何かがあるというか……正直、普通に現実世界だとしか思えない。それくらいにリアル。ここでうっかり死んだら、そのまま終わり……になりそうな気もする。


 しかし頑張って生き延びるとなると、私はエルメアが誰かと恋に落ち、美しく死んでいく様を見届けるはめになるのだろうか。うわあ、気乗りがしない。


 ……ちょっと待って。律儀にここにいる必要はないんだ。ゲームの舞台である王宮から離れてしまえば、エルメアに巻き込まれて死ぬことも、エルメアの死を見届けることもない。


 任務放棄になってしまうけれど、そこはお父様に頼み込めばあるいは……いや、でもお父様、結構厳しいからなあ……ペナルティがきつそう……。


 そっとうつむいてオルフェオから視線を外し、考え込む。けれど私が結論を出すより先に、騒がしい足音が乱入してきた。


 やってきたのは医者と、その従者たち。みんな、私の姿を見て目を見張っている。医者が呆然としながら声をかけてきた。


「リンディ様……お茶を飲むなり倒れられた、のでは……」


「ええ。……でもすぐに、目を覚ましたわ……もう大丈夫」


 その時、ふとあることに気がついた。私と一緒にお茶にしていたエルメアは、今どこにいるのだろう。きっと、心配しているはず。


「ねえ、エルメアはどこにいるの……?」


 私がそう尋ねたのと同時に、また誰か駆け込んできた。今度は王宮の小姓、つまり雑用係だ。


「オルフェオ様、ここにおられましたか! 急ぎ、円卓の間にお集まりください!」


 小姓はオルフェオに向かって、あいさつもなくそう告げる。顔色も悪いし、何かあったのかな。


 そして小姓が続けて口にした言葉に、今度は私が目をむくことになった。


「『祝福の乙女』が、エルメア殿が、姿を消されました!」


 ……ヒロインが、どこかにいった?

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