その9 現実世界、混乱す
ロッドバルトとオディールが渋谷から異世界に帰っていった直後、現実世界においては、テレビのワイドショーでは白骨の山と偽千円札の話題で持ちきりになっていた。
「おはようございます、朝のワイドショーの時間です。
きょ・・今日の最初は渋谷白骨事件の続報です。
まずは昨日の警視庁の記者会見をダイゲスト・・失礼しました、ダイジェストでお送りします」
顔だけで採用されたような民放の女子アナの司会に続き、記者会見の様子が流れた。
「渋谷白骨事件の白骨についての鑑定結果を発表いたします。
まず、白骨は積み重なり、混在した状態で発見されましたが、成人男性十体分であり、いずれの個体も欠損部分がなく、耳小骨に至るまで完全な状態であることが分かりました。
また、DNA解析の結果、いずれも日本人とは異なりますが、現在のところ該当する人種は見つかっておらず、国籍も不明です。
さらに炭素同位体による死亡時期の判定によりますと、死亡時期はかなり古いようで、最も新しいものでも死後百年以上経過しており、古いものでは千年以上経過していることがわかりました。
警視庁では殺人事件との関連は薄いものと考えています。
これ以降、考古学の専門家ならびに人類学の専門家を交えて捜査を続けるものとします」
記者会見の中継は終わり、スタジオのコメンテータに画面が切り替わった。
「いやー、これは不思議な事件ですね。
ゲストの大阪大学考古学教室名誉教授の岩田さん、この事件、どう思いますか」
「そうじゃな、完全な白骨で見つかっていることから、警察の発表の通り殺人とかではないじゃろうな。
死後時間も経過しておるし、そもそも素人が完全な白骨なんて状態にできるわけなのじゃからな」
「なるほど、では先生の目から見て、この白骨は誰のものだと思われますか」
「それが分かれば苦労はないんじゃが、まあ、頭蓋骨の形状、体格からすると、北欧系に近いように見えるのう」
「これら白骨と共に剣も見つかったとのことですが」
「そうなんじゃよ。剣も十本あったようじゃ。
その剣のうち一本が、うちの研究室に鑑定依頼されて回ってきたんじゃよ。
わし自ら調べてみたんじゃが、世界のどの地域とも、どの時代とも、この剣の特徴と一致する文化圏はないんじゃよ。
まるで映画の小道具として作られたものか、誰かのいたずらなのか・・、それにしてはあまりにもよくできているのじゃがのう」
・・・などどあれこれと推測が述べられていたが、当然真実に至るものからは程遠かった。
「それでは次のニュースです。
同じく渋谷で発生した偽千円札の続報です。
警察が監視カメラの映像を分析したところ、犯人らしき人物を特定しました。
また、実際にこの偽札を受け取ったレジの女性にこの映像を見せたところ、犯人で間違いないとの証言を得ました。
警察はこの映像を公開し、情報提供を求めています」
ニュース映像はロッドバルトとオディールの顔映像に切り替わった。
「さて、今度は元警視庁捜査第一課課長の待山さんにご意見を伺います。
待山さん、犯罪心理学の面から見て容疑者はどういう人物なのでしょうか」
「いやーあ、これも白骨事件と同じく不可解な事件ですなあ。
映像を見ると、外国人の男のようだが、仮装をして顔を緑に塗っているようなので、素顔と印象が違うかもしれん。
おそらくハロウィンの人ごみに紛れるために仮装をしたのだろうが、こんな特徴的な格好ではかえって目立つのだがな」
「そうですね、翌朝もそのままの格好で町を歩いたところを目撃されていますからね」
「そうだな。
とにかく、この容疑者は顔を見られることを全く警戒していないんだ。
渋谷にはあえて目立つように設置してある防犯カメラもあるが、そのカメラにも全く警戒している様子がない。
まるで監視カメラの存在を全く知らないようにふるまっているんだな」
「この容疑者はどこの国の人なのでしょうか」
「うーん、そこも謎なんだよ。
骨格を見ると外国人のようだが、偽札に残った指紋は、日本への入国審査でとられたどの指紋とも一致しなかったと聞いておるんだ。
それに、本を買った際にも流暢な日本語だったという証言が出ている。
外国人なのかどうかも現時点では不明だな」
「一緒にいた女性の方はどうでしょうか。
年齢的には親子と言った感じですが、こちらは素顔そのままのように見えますね」
「うーん、日本人のようにも見えるし、そうでないようにも見えるし。
しかし、アニメ顔というか、これだけ整った顔立ちの美人なら目立つから、公開してすぐに有力情報が得られそうなものだが、まだ何もないというのもよく分からんな」
「他になにか気になる点はありますか」
「まず、なぜ千円札なのかというのが分からん。
同じ手間をかけて偽造するなら、普通は一万円札を作るはずなんだよ。
しかも今回、同時にたくさんの千円札を使ったため、事件が発覚したわけだからな。
一万円札だったら枚数が少なくて気づかなかったかもしれない」
勇者が貧乏だったおかげで事件発覚につながったわけである。さすが正義の勇者。
「その偽千円札ですが、非常に精巧に作られていたということですね」
「ああ、そうだ。
紙幣と言うのは偽造防止のために、紙、インク、磁気などを使っていろいろな特徴を作り込んでおる。
そして、その特徴は一切公開していないわけだ。
だから、普通偽札と言うのは、その特徴のうちいくつかは再現できていないものなんだよ。
しかし今回の偽札を鑑定した造幣局は、全ての特徴が本物と一致しており、造幣局員すら本物と区別できなかったということだ。
これは場合によると国家レベルの偽造組織によるものかもしれないという憶測もでておる」
「するとカリオストロ公国、はたまた北朝・・」
画面は突然黒くなった。放送事故である。
この放送局はともかく、他の放送局でもこれらの事件が話題の中心だった。
インターネット内ではさらに盛り上がっていた。
特にオディールの映像が公開された直後に、『犯人娘萌え』のウェブページが乱立した。
しかし、監視カメラの追跡により、二人がラブホテルに立ち寄っていたことが公開されると、急速にそれらページは消滅した。
いつしか二人は、『緑男とその情婦』と呼ばれるようになっていた。
オディールがこれを知ると、怒り狂うのであろう。
さらに捜査の結果、緑男とその情婦は白骨事件の現場から現れ、そこで行方をくらませたことがわかり、両事件は関係しているものと推測されたことから、ますます世間の関心が高まっていった。
そして事件から十日ほど過ぎたころ、さらに不可解なことが起こり始めた。
渋谷を中心とした地域で、突然ところかまわず踊りだす人が続出してきたのだ。
正確には踊るというのではなく、精神的にハイになってじっとしてられなくなり、笑いだしたり、歌ったりして、特に踊りだす人の割合が多いという症状を示すのである。
症状はともかく、コロナウィルスによるパンデミックを経験していた人々は、この広がり方からこれが感染症であることに気づいた。
震源地が渋谷であり、しかも最初に踊りだしたのが例の本屋の店員であったことから、白骨事件、偽札事件との関連が噂され、某国の工作員の仕業だとか、イスラム過激派によるテロ行為であるとか話題騒然となっていた。
人々の関心が極めて高い中、国立感染症研究所の記者会見がテレビ中継された。
小柄で細い初老の女性がしゃべる内容に、全国民が注目した。
「国立感染症研究所所長の倉永です。
渋谷付近から発生し、現在日本全国にひろがりつつある感染症について、これからご説明します。
これまで患者数人の血液から共通の細菌が見つかり、これを分析した結果、この細菌が現在広まりつつある症状の原因であるものと確認できました。
これはグラム陽性桿菌に分類されるものですが、遺伝子配列はこれまで見つかった細菌と大きく異なっており、完全に未知の細菌です。
したがって、既存の抗生物質はどれも効果が見られず、今のところ治療法はありません。
この細菌は空気感染により肺に取り込まれ、血液中で増殖し、血液中の栄養分を代謝してシロシビンによく似た化学物質を作り出します。
シロシビンは笑い茸に含まれる化学物質であり、これにより患者はそう状態となり、歌ったり踊ったりするため、その結果唾液などが大気中に放出され、これにより二次感染を生じます。
従来の細菌と大きく異なるため、人間の免疫系は発動せず、発熱などは生じませんし、健康への直接的な影響はなく、死亡例もありません。
ただし、治療の見込みがなく、そう状態が長く続くため、体力を消耗することとなり・・・えーと、えへへへ
あーこりゃこりゃ」
倉永所長は突然踊りだした。
相変わらず、専門家の解説は長くて分かりにくいが、途中で踊ってくれたため、視聴者は退屈せずにすんだ。
まあ要するに、命の危険はないが、ハイになって治療法がないとのことだ。
とにかく、いくら命の危険はないといっても、一度かかると治らない病気というのは大問題だ。
しかも、この病気かかった者は、症状からすぐに患者であることが分かる。
このことから、患者に対する排斥がコロナパンデミック以上に激しくなった。
誤解を恐れて歌や踊りは自粛する傾向にあり、人前で笑うことすら憚られるようになった。
人々はこういったことに極端に過剰な反応を示すのである。
このままだと、歌って踊れるアイドルは廃業することになりそうだ。
ただ深刻な状況とは対照的に、うかれて踊る人の数は日に日に増えていった。
現実世界でパニックが生じていることなど露知らず、異世界では魔王たちの会議が続いていた。
勇者召喚の阻止は、魔王界にとって安全保障上の重要な課題であるため、なかなか確実な方法が浮上せず、全員が頭を抱えていた。
その時、会議室にバジルが飛び込んできた。
「会議中申し訳ありません、想定外の事態が生じました」
「なにごとですかぁ、今は大切な会議中なのですよぉ」
バジルを叱責したロッドバルトを、魔王たしなめた。
「まあまあ、召喚設備担当は本件に大きく関わっているのだからいいじゃないか。
バジル、どうしたんだ」
「はい、魔王様。
召喚設備の試験動作中に、勇者の世界から一人誤って召喚されてきました」
「なんだと」
「も・・申し訳ありません。
人気のなさそうなところにつないだのですが、予想外にも男が転送穴に入ってきたのです」
「すぐに元の世界に戻してやれなかったのか」
「それが、召喚設備を再起動するための魔力充填には、ほぼ一日かかるので、明日にならないと送り返せません」
「そうか、で、召喚されたのはどんな奴だ」
「はい、本人はヒラノリョウイチと名乗っており、勇者と同じぐらいの年齢です。
ここにお連れしましょうか」
「そうだな、来てしまったものはしょうがない。
せっかくだから、いろいろとあっちの世界のことを聞いて、丁寧に謝罪してから、明日帰ってもらおうか」
「はい、それでは連れてまいります」