その4 魔王、現実世界侵攻を計画す
ここで筆者による注記:
この物語は、ヘブルーン文字で書かれた魔王国公式記録を基に、筆者が日本語で小説風に書き起こしたものです。
したがって、魔王国の記録において「この世界」と記載されているものは読者にとって異世界ですし、「異世界」と記載されているものは読者のいる現実世界です。
この小説においては、読者に対する分かりやすさを優先した翻訳をしていますので、これら表記を以下のようにします。
魔王国のある世界 →「異世界」
この小説を読んでいるオマエらの世界 →「現実世界」
ただし、登場人物のセリフの中で魔王が自分の世界を「異世界」と表現するのは違和感がありますので、セリフ中では「我々の世界」とし、同様に現実世界は「勇者の世界」あるいは「向こうの世界」と表記するものとします。
以上、注記を終えて本編に戻ります。
講和会議の後、召喚室に入ったロッドバルトは部下バジルをナーロッパ王国の召喚設備責任者であるドロッセルマイヤーに引き合わせた。
「ドロッセルマイヤー君、こちらがうちの技術責任者のバジルですよぉ。
彼はドワーフだけあって、設備関係にはとても習熟してますぅ。
バジルに協力して、必要な情報は全て素直に出してくださいねぇ」
ロッドバルトは被征服者であるドロッセルマイヤーに対しても丁寧に接していた。
普段から人当たりが丁寧なロッドバルトではあったが、ドロッセルマイヤーからは多くの情報を引き出す必要があるため、彼が反抗的にならないよう特に気を使っていた。
また、バジルに対してもこのことは充分に言い含めており、バジルは教えを乞う側の立場でロッセルマイヤーに接した。
このため、ドロッセルマイヤーは協力的であり、そのうちバジルとは技術者としての同族意識もあって仲良くなっていった。
反攻防止のために召喚室に配置してあったドクロ戦士たちも特にすることが無く、所在なさげにうろうろするだけであったため、早々に引き揚げさせることとなった。
バジルはドロッセルマイヤーから勇者召喚の仕組みを学び、二人でその仕組みを解析した。
ある程度仕組みを理解したバジルがその旨ロッドバルトに報告すると、ロッドバルトは、まずは召喚設備を魔王城に移設するよう指示した。
その上で、さらに召喚だけではなく、異世界と現実世界を行き来する方法を検討するよう併せて指示した。
「えっ、召喚だけですと一方通行で良いのですが、双方向となるとかなり技術的難易度が上がりますね」
バジルの当然の意見にロッドバルトは答えた。
「それは分かっていますよぉ。
ですが、勇者の世界を調査するためには、こちらから行って調査して、帰ってくる必要があるのですよぉ」
「それはそうですが、勇者の国から誰かを召喚して、そいつを拉致って情報を聞き出すのであれば、今のままでも実現できますが」
「いえいえ他国の人間の拉致なんて、あの国みたいなそんな非人道的なことはできませんよぉ」
ロッドバルトの言う『あの国』は、この異世界においてろくでもないことを繰り返している某国を指しているのであって、決して、現実世界にある朝鮮半島の北の方にある国を指しているわけではない。
「それにぃ、あちらから人を召喚するのは危険なのですよぉ。
それが勇者となる可能性を持っているのですからねぇ」
「なるほど、そういうことでしたらやってみます」
バジルがドロッセルマイヤーにその指示を伝えると、技術者魂に火がついたドロッセルマイヤーはバジルと協力し、熱心にその方法を研究した。
3か月ほどして、ある程度その方法に目途がついたため、ロッドバルトを通じて魔王に報告した。
「魔王様、どうやら勇者の世界との往来は可能であるとの報告が入ってまいりましたよぉ」
「そうか、それはすばらしいな」
「問題点といたしまして、転送先がどんなところか分からないようなのですよぉ。
こちらからは向こうの世界の様子がほとんどわからないため、これはしょうがないのですが、場所は指定できるもののそれがどんなところか分かりません」
「なんだと、そうすると、転送したら空中だったり地面の中だったりするとことがあるのか」
「いえそれは大丈夫ですよぉ。
これも転移魔法と同じで、元の位置の地表からの高さがそのまま転送後の高さになりますから、その心配はありませんねぇ。
元が建物の上のであっても、床に足さえついていればそこが地面とみなすことができますから。
魔法は便利でご都合主義なのですよぉ」
「ふむ、それでも砂漠の真っただ中ということはあるわけだな」
「ですが、もともとの召喚方法が、高いエネルギーを持った勇者に照準を当てるものであったため、人のエネルギーは感知できますよぉ。
エネルギーの密度が高い所は人が集まっているということですからねぇ」
「そうか、調査はそういうところで行えばよいのだな。
それで、それはいつ頃実用化できそうか」
「おそらく1か月先にはなんとかなりそうですよぉ。
このまま準備を進めさせましょうかぁ」
「ふむ、そうだな。
安全保障上は勇者の世界からの召喚経路を無くしてしまえばよいので、元々は召喚設備を根本から破壊することも選択肢の1つとしていたんだよな。
でも、先の報告から、召喚は面倒ではあるものの、条件さえ整えば可能と言うことがわかっているから、他のどこかで誰かが行うかもしれないんだ。
だから、まずは勇者の世界を調べ、可能ならそこを征服してしまい、それができそうになければ別の手段を考えないといけない。
そのためには、まず勇者の世界がどんなものなのか、充分に知らなければならないんだ」
「はい。そのためには調査隊を勇者の世界に送り、状況を調べてくるのがよろしいかとぉ」
「そうだ。だから、調査隊を送るだけではなく、情報を持って確実に帰ってくることが必要だ。
つまり、このまま開発を続け、往来を可能にしろ。
それと、そのための調査隊を編成しておけ。
お前が調査隊を率いてくるのだ」
「わたくしがでしょうかぁ」
「そうだ。
調査隊には臨機応変な行動が求められるし、あちらの国との接触があるかもしれん。
場合によっては政治的な判断が必要となるかもしれないため、これはお前にしかできないだろう」
「光栄にございます。
つつしんでお引き受けいたしますよぉ」
「よし、とにかく行く前に勇者からあちらの世界について充分な情報を引き出すんだ」
「承知いたしましたぁ」
当の勇者ヒロシは、講和会議の後、魔王城の一室に監禁されていた。
以前の地下室に比べて格段に待遇は改善されており、自由はないものの、魔王軍の下士官と同程度の待遇を受けていた。
このため、健康上の問題はないが、精神的にはかなり弱っていた。
勇者と言えど元は現実世界の一般人である。
精神的にはすっかりただの人となっていた。
ここ数日、ヒロシの部屋にロッドバルトが訪れ、ヒロシは尋問を受けることになった。
尋問と言っても、まるで世間話のようにお茶をすすりながら会話するため、数カ月一人で放置されていたヒロシはむしろ会話に飢えていたことから、積極的に正直な内容を伝えていた。
「それで勇者さん、あなたの世界にも魔王様のような方はおられるのですかぁ」
「いえ、魔王どころか魔物もいないっす」
「えっ、そうなのですか。
それではエルフや亜人やドワーフたちはどうなのですかぁ」
「それらの種族もいないっす。
多少の人種の違いはありますが、知能の高い生き物は人間だけなんす」
「それはまたつまらない世界ですねぇ。
しかし異種族がいないとなると、戦いや武器などもないということですねぇ」
「いえ、人間の国が多数に分かれているから、人間同士で戦い、武器も発達してるっす」
「もっ・・もしかして人間同士で殺しあうということですかぁ」
「そうっす。
大量破壊兵器もあり、戦争では多くの人が死にます」
「なんとまぁ野蛮な世界ですねぇ。
とても信じられないことです。
まさか嘘を言っているんじゃないでしょうねぇ」
「本当っすよ」
驚愕の事実を突きつけられ、ロッドバルトはしばらく言葉が出なかった。
勇者の住んでいた現実世界と言うのは、どうやらあまりにも荒唐無稽な野蛮人が住む世界のようである。
尋問を終えたロッドバルトは、内容をかいつまんで魔王に報告した。
「人間同士で戦争だと?!
それは本当なのか、ロッドバルト」
「勇者はとても嘘をついているようには見えませんでしたよぉ」
「ふむ、勇者の世界の人間と言うのはどうやら知的レベルがかなり低いみたいだな」
「はい、ただ文明はかなり発達しており、武器などは我々の想像を超えるものがあるようですねぇ。
彼らは魔法が使えないようなので、それを補うためにこうなったのでしょう」
「そうか、そうすると勇者の世界を制圧するためには、我々の魔法をうまく使って、連中に武器を使わせない戦術を考えないといけないな。
勇者からの聞き取りだけで計画を立てるのは危険だから、もっとあちらのことをよく知るために、早急に調査隊を派遣する必要があるな」
「はい、まずは向こうの世界に溶け込んで調査するために、少人数で短期間行ってこようと思いますぅ。
人間しかいない世界ですので、人間に形態の近い私と、私の配下数名で行って参りますぅ」
「いや、異なる世界に行くのだ。
こちらにボクらの気づかないなにか不自然な部分があり、バレるかもしれない。
人数が多ければその分だけリスクは高まる。
ただ、お前に何かあった場合は、我が国としては取り返しのつかない損失になる。
だからオディールと二人で行って来い。
幹部で人間に近い形態をしているのはお前たちだけだからな。
お前ら二人なら、何があっても後れを取ることなどないだろう」
「ではそのようにいたしますぅ」
魔王の前を退出したロッドバルトは、オディールと調査計画を固め、予備調査の計画を立てた。
予備調査は小手調べの位置づけであり、まずは1日のみの調査とした。
ある程度計画を固めた後、ロッドバルトは魔王城に移設された召喚設備の完成度を確認しに、バジルを訪れた。
「バジル君、実用化の目処は立ちましたかぁ」
「はい、ロッドバルト様。
これまで何度か、ネズミを入れたカゴと砂時計を勇者の世界に転送し、翌日にそれを回収しいました。
ネズミも無事ですし、むこうとこちらで時間のズレもそれほどありませんでした。
昨日、豚を送りましたので、今日はこれからその豚を回収します。
これが問題なければ、完成と言っていいでしょう」
「なぜ一日おいているのですかぁ」
「召喚設備に魔力を注入するのに、どうしても一日近くかかるのです」
「そうなのですか。
それでは豚を回収するところを見せてもらってもいいですかぁ」
「はい、ちょうど始めるところでしたので、すぐ行います。
ドロッセルマイヤーさーん、そろそろお願いしまーす」
「はいよ」
ドロッセルマイヤーは返事のあと呪文を唱えると、転移魔法によく似た魔法陣が現れ、その上に黒い穴のような影がゆっくりと動き、豚が現れた。
「特に問題なさそうですねぇ」
豚の様子を調べたバジルの安堵する声に続き、ロッドバルトが称賛の声を上げた。
「さすがバジル君ですね、よくやってくれました。
それではさっそく明日にでも出発するものとしましょうか」
「はい、あの・・ですが1つ問題があるのですが」
「はい何でしょうかぁ」
「向こうの世界からこちらに連絡する手段がないのです」
「たしかにそれはしょうがないことですねぇ」
「ですから、緊急事態が起こってすぐに帰還したい場合でも、それができません。
まあ今回の場合は、召喚設備に魔力を注入するのに一日かかるので、いずれにせよそれまでは帰還できないのですけどね。
それより大切なことは、回収時に向こうのどこにいるのかがわかりませんので、転送された場所と同じ位置に戻っておいてもらう必要があります」
「つまり、帰る時間はあらかじめ決めておいて、その時に転送された場所に戻っておく必要があるのですねぇ」
「おっしゃる通りです。もしその時間にそこにいなければ、帰ってこられなくなります」
「もし不測の事態があって遅れたら帰れないか・・、ふむ。
それなら、こちらで帰還操作しても帰ってこなかった場合は、毎日同じ時間に繰り返してくださいねぇ。
そうすれば、遅れた場合でもそのうち帰れるでしょう」
「なるほど、そうですね、そうするようにします」
「緊急時については気にしなくていいですよぉ。
私とオディールの二人が行くのですから、一日ぐらいは何があっても深刻なことにはなりはしませんよ。
それでは明日にでも出発することにしましょうかねぇ」
「分かりました。
それでは、さっそく明日に向けた点検を行います」
ロッドバルトは早速オディールに翌日出発する旨を伝え、準備を行った。
勇者からの情報によると、お金はこちらの世界と異なるとのことであるため現地調達はできず、必要なものはすべて持っていく必要があった。
金銀などは向こうでも価値があるが、身元のはっきりしない者が大量に換金するのは難しいとのことであり、今回は現実世界の通貨を入手することは断念した。
まあ、一日だけの滞在なので大した荷物ではない。
しかも、魔法のアイテムボックスがあるため、そこに入れておけばいくら荷物が多くても手ぶらと同じであり、必要な時にいつでも取り出すことができる。
予備も含めて二人の2日分の水と食糧、野営道具一式、翻訳や記録に使う魔道具、念のためいくつか武器類もアイテムボックスに入れて、準備万端である。
翌日、出発には魔王も召喚室まで見送りに来てくれた。
「これはこれは魔王様、わざわざお越しいただき、恐縮ですよぉ」
ロッドバルトはオディールと共に頭を下げた。
「お前たち、気をつけてな。
成果を期待しているぞ」
「行って参りますぅ」
オディールは魔王に笑顔で答え、二人は召喚台に登った。
「1日後に必ず元の場所に戻ってくださいね。
それでは現在最も人のエネルギーが集中している場所のすぐ近くに転送します。
お気を付けください」
ドロッセルマイヤーがその言葉に続いて呪文を唱えると、黒い影が現れ、その中に入っていったロッドバルトとオディールは目の前が真っ白になり、貧血を起こした時のように暗闇にとらわれる感覚に陥った。