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その3 魔王、王都占領す

 ラダメス将軍は御前会議の解散後、秘密裏に側近を集めて打ち分けた。


「王は腑抜(ふぬ)けたことに降伏を選択した。

 これでは何のために我々がいるのか分からないではないか。

 我が国が魔王国の属国になるなどあってはならないことだ。

 この国を想う真の志あるものを集めろ。

 敵わぬまでもナーロッパ騎士の心意気を見せつけてやるのだ。

 私と共に死んでくれる者はついてこい」


「ラダメス将軍!」


 こういうときは雰囲気に飲まれやすい。

 参加していた部下たちは皆高揚しており、自分が憂国の志士であることに酔っていた。

 部下たちの忠誠に感激しつつ、将軍は副官に指示した。


「先程の会議で大臣のうち3人は降伏反対のようだった。

 彼らに内密に声をかけて、協力を仰いでこい」


 王国官僚達が魔王への降伏を受託するための公式な手続きを進めている裏で、ラダメス派は秘密裏に協力者をつのり、反攻作戦を固めていった。

 ラダメスの副官アイーダは主に大臣達の引き込み工作を行っていた。

 軍務大臣と正教大臣をあっさりと味方に引き入れて気をよくしていたアイーダは、商務大臣のアムネリスに接触していた。


「アムネリス大臣、今回の国王の決定をどのようにお考えでしょうか」


「そうじゃのう、不本意ではあるが、王の決定とあれば従わざるはあるまい」


「この国が魔王の支配下になってもよろしいのでしょうか。

 これはこのナーロッパ国の歴史上大きな汚点となることは間違いありません」


「それはワシも分かっておる」


「この判断を行ったアモナスロ王に対して後世の歴史家がどのような評価を下すかは明白です。

 王をそのような汚名からお救いすることこそが忠臣たる我々の使命ではないでしょうか」


「ふむ、なるほどな、それは熟考すべき視点だ。

 少し考えさせてくれんか」


「我々は明日の早朝、魔王軍に打って出ます。

 なにとぞ早急に決意を固め、我々の後ろを固めていただけることをお願いいたします」


 手ごたえを感じたアイーダは、一礼して退出し、反攻作戦の準備に加わるために足を速めた。

 残されたアムネリス大臣はアイーダの言葉を思い出しながらつぶやいていた。


「後世の歴史家の評価か・・そんな視点で考えてはいなかったな。

 しかし、歴史は勝者により作られる。

 ここで徹底抗戦して国が滅んだ場合、勝者から見れば単に、状況が読めずに滅んだ愚かな国、という評価にしかならないのではないか。

 自分は魔王に従うぐらいなら、誇りをもって滅びる方がよいかと考えていたが、これはただの自己満足であり、他者視点からすると、自己の価値観に固執して、子孫たちの可能性の芽を摘む愚かな選択ということになるのではないか」


 自問自答を繰り返していたアムネリスは決意し、自室を出て国王が待機している戦略室を尋ねた。


「国王陛下、お伝えしたいことがあります」


「おお、アムネリス大臣か。

 なんじゃ、今、降伏のための使者が出るところなのじゃが」


「少しお待ちいただけないでしょうか」


「ん、どういうことじゃ」


「ラダメス将軍を中心とした反対派が、陛下のご命令を無視して魔王軍を攻撃しようとしております」


「なんじゃと」


「直ちに将軍を逮捕し、攻撃を阻止するべきかと思います」


「ふむ、・・いやちょっと待て。

 そのような手合いは自分の愛国心を盲信しているものじゃ。

 単に自分の価値観に固執しているだけであり、命を捨てて突っ走るのに、そのことがかえって国益を損ねることに気づかぬものじゃ。

 止めても不満が残るだけで理解してもらえぬ。」


「はあ、それではいかがしましょう」


「連中にはこのままやらせよう」


「はっ?」


「早急に魔王軍に降伏の意思を伝えるとともに、連中の攻撃計画も知らせ、魔王軍に一掃してもらうのじゃ」


「この機会に、不平分子を魔王軍に片付けてもらうということですか」


「そうじゃ。

 高々わが軍の1割にも満たない勢力が攻め込んだところで、事前に襲撃を知っておれば、魔王軍にとっては大して痛痒(つうよう)を感じることなく殲滅(せんめつ)するであろう。

 自国の兵を見殺しにするのはつらいが、我が国が将来一致団結して再建するためには、この際、(うみ)は出しておくべきじゃ」


「わかりました。しかし魔王軍は納得するでしょうか」


「表面上は、我が国に対して軍の一部を御しきれなかったことに対する管理責任を指摘してくるだろう。

 しかし、このような際に国が割れることは奴らも想定しておるだろうし、むしろそれを望んでいるだろう。

 おそらく戦後賠償金の上乗せもあるだろうが、不満分子の一掃にかかる費用として妥当なところに落ち着くよう交渉しよう」


 国王の決定を受けて使者を立て、日が沈むころには魔王に王国の意思が伝えられた。


「魔王様、ナーロッパ国王アモナスロから降伏の使者がまいりました」


「そうか、思ったよりも早かったな」


 魔導士スティラクスの報告をうけて魔王は鷹揚にうなずいた。


「しかし魔王様、一部の反乱分子を押さえることができず、そいつらが明日早朝にこちらを攻撃してくるとのことです」


「やはりそうなったか。

 ボクたちに後始末を投げて寄越したな。

 アモナスロ国王も存外狸だな。

 まあいい、こうなることを想定して、陣の周りにはすでに罠の魔法陣を張り巡らしている。

 損害はほとんど出さずに駆逐できるだろうな」


「対応はいかがしましょうか」


「とりあえず明日の早朝まではゆっくり寝られるということだ。

 この状況では、早朝攻撃が嘘で夜襲がある可能性は低いだろう。

 まあ、念のため最小限の見張りのみを立てて、全軍に休憩をとらせろ」


「はっ、全軍に通達します」


 その夜は静かにふけていった。


 翌朝早朝、王都城門が開いてラダメス将軍率いる反乱軍が出陣した。

 最後の一兵が城門を出た後、王都防衛のために城門が閉ざされたところまではラダメスの計画通りであったが、閉ざされた城門上に垂れ幕が掲げられたことはラダメスの予定にはなかった。

 垂れ幕に書いてある文字を見たラダメスは驚愕した。


『勅命下る、軍旗に手向かふな』


 いや、これは間違い。正しくは、


『逆族ラダメス一味は王国の命に背く反乱軍であり、王国は魔王軍と共にこれを討伐する』


 憂国の志士として命を差し出したつもりであったのに逆族扱いされたラダメス将軍は激高したが、自国の城門を攻撃するわけにもいかず、怒りに任せて魔王軍に突進した。

 ラダメス将軍に従っていた兵士もしかたなくこれに続いたが、士気の低下は著しかった。

 無秩序に魔王軍の陣に向かっていった一団は、魔法陣による罠に捉えられ、見る間に数を減らしていった。

 劣勢に陥ったラダメス将軍だが、まだあきらめてはいなかった。


「わしは何も勝算なしに挑んでいるわけではないぞ。

 わしには秘蔵の魔法軍団がある。

 しかも、ひそかに古代魔法を復活させた精鋭達だ。

 わが魔法軍団よ、古代魔法『無双火炎爆裂連続最強放射夜露死苦』を放て!」


 ラダメス将軍の命令に応じ、一斉に放射された青白い炎の束が魔王軍の陣へと向かった。

 しかし、その炎の束は魔王軍陣を覆う魔法陣により、あっさりと霧散し、逆に古代魔法の発射元に赤い光の矢が注ぎ、魔法軍団は壊滅した。


「なぜだ、なぜ秘蔵の古代魔法が通じないのだ」


 ラダメス将軍は切り札が通じなかったことに唖然としていたが、あたりまえである。

 なろうの世界では、古代に神秘性を感じるためなのか、古代のものをありがたがる傾向がある。でも、普通は古いものよりも新しいものが優れていて当然なのである。

 例えばよく登場するエクスカリバーや草薙(くさなぎ)の剣(天叢雲(あめのむらくも)の剣)等の剣がある。

 これらは当時の質の悪い鉄やは銅で作られているため、今の刃物なら簡単に切断できるであろう。

 なろうで特にありがたがられている日本刀ですら、クロムモリブデン鋼などの今の技術で作ればはるかに強靭(きょうじん)で切れ味の良い刀が作れるのだ。

 順次魔法を発達させてきたこの世界で古代の魔法を使うのは、石オノで機関銃に挑むようなものである。


 虎の子の精鋭部隊をあっさりと失ったラダメス将軍は、最後の力をふり絞って単身で剣戟をふるいながら前進していった。

 なんとか魔王軍の陣地にたどり着いたものの、すでに満身創痍の状態であり、オーガの部隊に取り囲まれて、なすすべもなく壮絶な最期をとげた。

 反乱軍のあっけない全滅を確認した魔王カスチェイはにやりとしてつぶやいた。


「なんだ、ずいぶん簡単だったな。

 こんなのでナーロッパ王国に責任の上乗せができるんだから、安いものだ」


 その後、四天王を呼び寄せ、戦後処理を指示した。


「ロッドバルトはできるだけ早く王城に入り、今回の最優先目標である勇者召喚の設備と関係者を確保しろ。

 サタネラはナーロッパ国のやつらを指示して、この戦闘による王国側の死者たちを早急に弔うようにしろ。戦後の国民感情をできるだけ緩和するんだ。

 オディール、ナーロッパ国の首脳部と交渉し、できるだけ早く講和会議を設定させろ。

 スティラクスは脳筋の魔獣どもを引き連れてすぐに本国に帰還しろ、連中を王都に入れるとどんな狼藉を働くかわからんからな」


 一同はすぐに行動を開始し、効率的に指示を遂行した。


 翌朝にはすでに、魔王はオディールと数名の実務者を引き連れて、王国首脳部との講和会議に向かうための馬車に乗っていた。

 護衛としてアンデッドのドクロ戦士が30体ついていたが、これは形式的なものであり、魔王とオディールの実力があれば本来護衛など不要なのである。

 馬車において、魔王はすっかりリラックスした表情だった。


「オディール、会議開催を命じたときの連中の様子はどうだったか?」


「彼らは自分の首を案じてびくびくしてございました。

 普段えらそうにしているであろう連中が縮みあがって、みっともない(さま)でございましたわ」


「ははは、そうか」


「予定通り、彼らには寛大な処置をなさるということでよろしいでございましょうか」


「ああ、ここで皆殺しにするのは簡単だが、そうすると今後がやりにくくなる。

 魔王軍の後には死体しか残らないという噂が立つと、いつか別の国を攻めたときに死に物狂いで抵抗され、降伏してくれなくなるからな。

 もちろん、勇者を差し向けて我が国に侵攻した責任として、賠償金は搾り取るけどな。

 この国が破綻しないぎりぎりの線を算出して要求するんだぞ」


「承知してございます」


挿絵(By みてみん)


 城に着くと、門の前にロッドバルトが待っていたため、魔王が尋ねた。


「ああ、ロッドバルトか。勇者召喚の設備などは確保できたのだろうな」


「はっ、完全な形で確保し、関係者も軟禁したうえで部下に見張らせておりますよぉ」


「うむ、よくやった。そのためにここまで来たんだからな」


「それと魔王様、ついでにこの国の財務関連の資料を書庫ごと封印してまいりましたぁ。

 賠償金を算定する際に連中が国庫の状況をごまかすといけませんからねぇ」


「おお、さすがはロッドバルトだ、抜け目がないな」


「おほめ頂き、恐縮いたしますぅ」


 一行はそのままナーロッパ王国王城の貴賓室に向かった。

 貴賓室には国王をはじめ、国の首脳が直立不動で待っていた。

 貴賓室に魔王が入ってくると、国王は人生で初めてであろう丁寧なお辞儀をして魔王を迎い入れた。

 魔王が席についても、固まったまま立っていたので、魔王は笑いながら声をかけた。


「まあ、そう固くならず座れよ。

 このままでは話にならないので、能書きは省略し、まずはお前たちの一番の心配を解消してやる。

 約束したように、ボクの名において全員の命と個人の財産は保証してやるぞ」


 室内の緊張が一気に緩和された様子を見て、魔王は続けた。


「われわれがお前たちに要求することは2つだ。

 まずは戦時賠償金を請求する。

 これはお前たちが我が国に攻め入ったことに対する補償と、これにより我々がここまで進軍するのに要した経費、さらに昨日の戦闘に関する賠償も含めないとな。

 実際の賠償額は、この国の財務状況を精査してから決定するぞ」


 王国の首脳は、不承不承ながらもこれは認めざるを得なかった。


「それともう1つは、勇者を異世界から召喚した設備の譲渡と、それに関する全面的な技術協力だ」


 王国にとって想定外の要求であったが、勇者を召喚しても魔王にはかなわなかったことから、王国にとってすでにこの設備はさほど重要なものではなくなっており、むしろ賠償金よりも痛手の少ない条件であった。


「魔王様のご要求に従います」


 国王がこれを受け入れたため、魔王は満足げにうなずいた。


「よし、必要なことは済んだ。

 ボクは面倒なことはきらいなので、あとは実務者に任せよう。

 ロッドバルト、バジルと共に直ちに勇者召喚方法の解析をはじめろ。

 オディールはキトリにこの国の財務状況を調べさせ、賠償金額をはじき出せ」


 ここまで言った魔王は、もう一度ナーロッパ国首脳陣をにらみつけた。


「おいお前ら、ボクらは実務者を残して国に帰るが、変な気を起こすなよ。

 こちらの実力は分かってたと思う。

 もし不穏な動きを見せたら、今度は容赦なくこの国を蹂躙(じゅうりん)するからな」


「めっそうもありません」


 真っ青になったナーロッパ国王を一瞥し、魔王はさっさと部屋を出て行った。

 講和会議としては世界最短新記録になるだろう。


 魔王が退出してすぐに、ロッドバルトは魔王軍の技術責任者バジルを連れて召喚室に向かい、オディールも経済担当のキトリを連れて財務書庫に移動したため、貴賓室には王国首脳部だけが残された。

 一同は会議の緊張から解放され、また望外に寛大な処置を得た結果安堵していたが、それ以上に神経を使い果たして放心状態となっていた。


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