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第15部分 定向進化説の解釈

第15部分 定向進化説の解釈 



ところで…

ここにもひとり進化の仮説を唱えたアイマーという学者がいた。

アイマーの仮説はこうだ。

「生物は一定の方向に向かって進化することになっている」


現実の生物であってもそういう例が幾つも発見されていたのである。

例えばキリンの首は長くなるように。

ウマの身体や肢は大型化する一方、指の数は減少化するように。

クワガタムシやオオツノジカのオスの角は大きくなるように。

イッカク(北極圏に棲むクジラの仲間)やゾウの身体やキバは大きくなるように。

   


これらの根拠は化石である。同種同族の化石を推定年代順に並べてみると、確かに上のような傾向を否定することはできない。どころか、つい信じざるを得なくなるような説得力さえ感じられる。


しかし問題はここからだ。

その原動力はなにか?

どのように方向をきめているのか?


ここで突然変異やゲノム【種としての染色体と遺伝子の1セット。通常の体細胞は卵細胞から1セットと精子からの1セットを受精によってあわせ、2セット分のゲノムを持つ】のそれなりの進化的変化が背景にあることは当然だ。そして核膜を持つような「真核生物の形質発現」が必ずしも1組の対立遺伝子だけで決定するわけではないという後出しジャンケン的な知見を加えることをおゆるしいただきたい。例えば身長でさえ幾つもの遺伝子群という素因に加えて栄養条件や後天的な運動の質なども加味されて徐々に決定されてくると言えば、なんとなく理解していただけるかもしれない。


さて、キリンの首が長くなると、キリンにとって何か得することはあるだろうか?

ああ、キリンは木の葉が主食だから、高いところまで届けば食料調達に有利だな、うん。


ウマの身体や肢が大型化し、指の数が減少すると何かメリットはあるのだろうか。

はるか昔、ウマは森林に棲むものも居た。しかし森林ではより小型のシカの方が有利であり、ウマは草原で周囲を見渡し、草を粗っぽく消化するような生活を選んだのだろう。


同じ草食動物であってもウシやヤギなどのきゅう偶蹄目ぐうていもくは4つの胃を使い分け、微生物のセルラーゼの力を借りて細胞壁までを栄養源にできる消化力を誇るのに対して、ウマなどのきゅう奇蹄目きていもくは草のエキスを搾り取るような消化しかしていないようだ。この消化力の差は両者の排泄物うんちを比較すれば明らかである。ウシはまるで粘土のようなブツであるのに、ウマのものは枯草をまとめたようなある意味清潔感のある糞をしているではないか。


そして重い体重を載せて速く走るためには、なぜか指が少ない方が都合が良かったらしい。化石のウマたちは、はじめは4本➡3本➡1本という感じで指の数が減っていくのである。現生のウマはみな、中指1本で立ち、歩き、走っている。ちなみにみなさんがウマの膝やひじだと思っている部位の実体は足首や手首である。これは関節の曲がる方向から考えれば納得いただけるだろう。ニンゲン二人で被り物を被ってウマの真似事をすることがあるが、なぜかどことなく不自然さを感じるのは、おそらくこの膝だと思っている関節の曲がり方が逆であることが原因であるのだろう。



ゾウの身体やキバは大きくなるように。

ゾウのデカさは天敵向けにも役立つし、消化しにくい「クサ」を消化管内の微生物の力を借りて消化するために長大な腸を保持するためだ。どっちみち身体をデカくするのが最も早道であるから、これはまあ正統的だ。

そしてイッカクもゾウも牙はある意味の「非実用的お飾りシンボル」的な扱いであって、仮に無くなったとしても「通常の」生活上で困惑することはなさそうだ。


最近はオスでも牙を持たない個体が増えているそうだ。この場合はゾウの短期的進化にヒトが関与しているのは明らかである。つまり立派なキバを持つ個体はヒトによって狩猟されて落命し、子孫を遺すことが難しい時代が続いたからである。これをひとことで「狩猟圧」と表現することがある。遺伝子プールの変化を「進化」というのであれば、これは間違いなく進化といえるだろう。ただしここで言う遺伝子プールは「オスならばキバを持つ」と「オスでも牙を持たない」という対立遺伝子の存在比であり「キバを持つならどういうサイズ」であるかについては略するものとする。


しかし… ゾウのキバの実体は「歯」であり、サイの角の実体は「皮膚の変化したケラチンタンパク」であることがわかっている現在でさえそれらを高値こうじきもとめようとする奴はホント、アホとしか言いようがないですね、漢方の方々…



ならば…クワガタやオオツノジカのオスの角が大きいと、何か得することはあるだろうか。

天敵と闘ったら有利?

それでもいつかヤられるワケだし、あれ、それに「メスにはないってことはメスは食われても良い」ってことなのか?

まてまて、角が大きいと「同種のオス同士の戦い」では決定的に重要な意味を持つよな。

そうだ、勝った方がメスとの交尾の可能性が飛躍的にあがる。それにモテルしな…



ちょっと冷静に考えてみよう。

大きい角って、本当に天敵に有利なのか?

天敵がいつも真正面から1対1のタイマンを張ってきてくれるなら、これは言うまでもなく有利だ。

しかしオオツノジカの天敵であるオオカミやクマはなかなか狡猾こうかつでもある。オオカミの群れが狙うのは首筋や喉、鼻孔といった呼吸の急所か、腹や肛門のような軟部、そして脊椎骨と並走する脊髄などである。一匹がどこかに噛みつけばあとは衆の力であちこちに歯を立て、動けなくしてから摂食にかかる。クマはタイマンの対戦が期待できるが、クマの体重ならば角の一撃で吹き飛ぶことはなく、逆に前肢の一撃で首を折られることもある。いやむしろあんなに重そうな角を持って逃げる行為ときたら、人間に例えると剣道の面をつけて全力疾走するようなもので、だいたい邪魔だし疲れるしむしろ支障になるのではないか。



性別によって形態が異なる生物をいろいろ思い浮かべてみよう。

魚類ではメスの方が大きい… いや体格が大きい個体がメスになるのかな… そんな傾向がある気がする。クロダイは産まれた瞬間には全員がオスであり、やがて大きく育ったものがメスに性転換するという。アンコウの仲間では、メスがmに近い大きさであるのに、オスは数cmレベルの身体でメスの身体に寄生的に取りついているのだという。究極のヒモ生活ですな、こりゃ。夫婦喧嘩もできやせんww…


しかしキュウセンというベラの仲間は定住性の強い群れを作るがほぼ全員がメスであり、そのうち最大の個体がオスに性転換するというし、一概には言い切れない。


哺乳類は一般にオスの方がメスより大きい。そしてオスが縄張りを持つ生物ではその傾向が一層顕著になる。


よくよく考えてみると、そういう性差はたくさんある。そういうものの中にはオスかメスのどちらかが何らかの特性を持ち、そしてそれが直接的に生活に役立たたないヘンテコなものも多い気がする。

あ、そうそう、ここで言うオスとメスの定義を改めて明らかにしておく必要があるだろう。

有性生殖の際、受精で使用する細胞として「大きくて栄養豊富だが動けない配偶子」を放出する性を「メス」と呼び、「小さいが鞭毛等で運動性を持つ配偶子」を放出する性を「オス」と呼ぶことにしよう。

植物の精細胞は… まあ動けないので運んでもらうという特典付きのワケだが、植物に清楚は関係なかろうて…


性別による差がある場合、鳥類は一般にオスが色彩豊かで綺麗な羽毛を持ち、時には冠羽のような飾りとしか言えないような羽毛を持つことも多いのに、メスはひどく地味な感じの種類が多い。オオルリという小鳥のオスの背中および側部はまさに深く青みがかった光沢のある瑠璃るり色であるのに対して、メスはどちらかというとウグイスっぽい地味な色であり、とても同じ種類の鳥とは思えない。


さえずりが「ツキ、ヒ、ホシ、ホイホイホイ」と聞きなしされる三光鳥サンコウチョウは恐ろしく派手な長い尾羽を持つオスに対して田舎のお婆さんのような地味ないでたちのメスがペアになる。ペアになったらコケなどをクモの巣の糸で紡いで見事な巣を造ったりして、もうびっくりである。


海外のゴクラクチョウやマイコドリの仲間もおおむねねそんな感じで、オスは明らかに目立ち過ぎている。抱卵育児の主役がメスであるからといって、度が過ぎてむしろハンディにさえなってるんじゃないだろうか。


ある説によると、「あれだけ目立っても捕食されず立派に生活していける生活力」だとか、病気や寄生虫にも負けない体力」をアピールするものだそうだが、そんなややこしい奥深くのことまで考えて交尾するものなのだろうか。ま、スペックと年収、いわばカネ次第で貞操を売るニンゲンの同族が偉そうなことを言うのもおかしいが、私はもっと単純なものだと思っている。



生物行動学の界隈かいわいささやかれる、とある法則がある、らしい。

それは「吝嗇りんしょくの法則」というもので、生物のある行動の意味について幾通りもの解釈ができる場合、「最も行動の次元が低い単純な解釈が最も正しい」という趣旨のもので、周囲から見れば一見複雑かつ合理的な行動だったとしても、当該生物としては本能のままにやりたいことをやっているだけのことだ、というのである。ちなみに吝嗇とは「ケチ」を意味する単語である。


要は他生物の行動について、ニンゲンが勝手に「人間的に」解釈してはならぬ、といういましめを守るとすると、こういったトリ族のメスは交尾相手を「見栄えの良さ」で選別しているだけ、という結論になるわけだ。


逆に言えば、見栄えが悪いと交際もできず、従って交尾もできないから子孫繁栄は無理ゲー…という悲しい現実に向き合うハメになるワケだ… キビしい!

こうして獲得形質とは言わないが、何らかの性的アピールに成功したオスはその遺伝的特徴を子孫に伝える権利を遺し、そうでないものは虚しくその代で遺伝子のリレーを強制投了させられるのだ。そう、このように同種の異性に選ばれることによって個体群の遺伝子プールが変化し、遺伝子頻度が偏っていくことはある意味での「定向進化説」なんじゃないか?

つまりオオツノジカの角は「だんだん大きくなるような方向の遺伝的プログラムがあった」のではなく、「大きな角を持つオスが同種オスとの種付け競争に勝ち、メスとの交尾の権利を勝ち取ること」によって方向性が勝手に定まっていったのだ、と理屈をつけることが可能になったワケだ。


オオルリの場合には「色艶の優れたオス」が、サンコウチョウの場合は「より尾羽が長いオス」が、もしかしたら「囀りの優れたオス」がメスにモテモテで交尾の機会に多く恵まれることによっても進化は起こり得るのだ。

現代生物学では、こうした「異性の嗜好によって選別淘汰が起こり、結果として進化が進む」ことを「性淘汰」と呼ぶ。淘汰自体はダーウィン以来、別に珍しい発想ではない。ただ進化の原動力がエサでも天敵でも隔離でもなく、「同種の異性が内包している嗜好」である点が非常に興味深い。



こうしてあらすじもなく茫漠と考えつつ書いていると、必然的に気になってくることがある。


それは人間の性差である。

骨格、体格、筋力、赤血球数など… ニンゲンにも多くの性差がある。それらの多くは男女の生物学的役割で説明が可能な差異であるが、中には「同種の異性のためだけに生じた差異」としか思えない形質も見えてくる。



もうみなさんもお気づきだろう。

外見的なものだけに限っても、男性ならば毛髪ハゲヒゲ、胸毛、のどぼとけ(と低い声)そして男性器、ふぐり(キャン玉袋)だろう。あ、別にハゲ、ヒゲ、ムナゲと韻を踏んだわけではない。

そして女性ならば毛髪(豊かな)、キメ細かい肌、おっぱいと乳首、女性器、後ろに突き出る感じの臀部ヒップだろうか。ただしお尻については、将来の妊娠および出産の際に胎児用のスペースと産道をあらかじめ確保しておく必要があるわけで、これはここから除外しても良い要素かもしれない。


それならおっぱいだって赤ちゃん用だろ… と反論を食いそうだが、サティの見解は違う。その理由は… オンナノコの肌は柔らかでデリケート過ぎるし、あのおっぱいは必要性に比して大きすぎると思うし、あの触り心地&揉み心地、つまりサシのノリ具合は赤ちゃんにはどう考えても必然性がないものだからだ。


以前は可愛かった嫁どのは巨乳では有り得ないが、微乳と言えなくもない。まあ微乳に多少のオマケが付いたようなものだ。ところが妊娠すると、これが… なかなかの巨乳に変態するだけでなく、すごいほどにミルクが噴出したものであった。

言いたいこと… それは赤ちゃんにとって必要な「乳の出」はおっぱいの見てくれの大きさとは一致しないということだ。微乳でも良く出るヒトもいるし、巨乳でも出が悪い…つまり見かけだけで実質が伴わないおっぱいを持つヒトもいるのだ。

これはおっぱいの役目が「乳を出す」ことだけではことを意味しているのではないか… そう、そしてオトコは例外なくおっぱいが好きである。好きなんてレベルじゃなく、大好き、無条件に愛してるというほどの情熱だ。

オンナがイケメンを好んできたように、オトコも「おっぱいの見栄え」をも重要な要素として女性を値踏みし交尾を試みてきたのではないか。


豊胸整形した某女子のコメントがもう何十年も脳内でリフレインしている。それは

「胸を大きくしたら、オトコからの待遇アツカイが全然変わった」というものだった。


オトコどもよ、君たちはそんな単純な生き物なのか?

思いやりとか気遣いはないのか?

そんなことで対人関係や態度を明らかには変えるものなのか?


ちなみにサティは巨乳バンザイ派ではない、好きなヒトのおっぱいは、その所持者の人格を好きな分だけ好きなのであって、その形態とはさほど関係性はない。ただ肌触りとか揉み心地とか柔らかさとかが無関係かと言われれば、それは残念ながら肯定しきれない部分も認めざるを得まい。

柔らかくてほどほど大きくて、揉み心地の素晴らしいおっぱいは大好きだ。でも一番はその所持者の人格と可愛さである… と逃げておくかww



もうひとつ。これもずっと以前の話だが、「いろいろなマークや記号のうち、最も目を引かれるものはどれか」という調査があったそうだ。さあ、そして断トツは… なんとおっぱいの…


いやいや、おっぱいのマークや記号なんかないぞ。


いやいや、それがさ、似たヤツがあるんだなぁ…


正解は「◎」、つまり二重丸だったのだ。

おお、そう言われてみれば… 以来サティは何かとこのマークを愛用している。

◎の中の小さいマルを塗り潰せばもっと目立つことは請け合いだが、何事も加減を心得、やりすぎないようにしなければなるまい。


不思議なことに、類人猿(ヒトに似たサルなので、結局サル)で、ここまでメスのおっぱいが発達するサルは居ない。ボノボ、ゴリラにチンパンジー、オランウータン… みんな微乳どころか貧乳のレベルにも達してはいない。つまりヒトのメスのおっぱいの巨大化には進化の伏線らしきものが見当たらないのである。敢えて比較するなら、ヒヒの仲間ならばニンゲンの老婆レベルの張りの感じられないピンクの貧乳かつ垂れ乳が見られる程度ではないか。


しかし…さらに想像の翼を広げてみよう。ヒヒは森ではなくどちらかというと開けた草原サバンナで暮らしているが、その他の類人猿は樹上性または森林性の強い生活をしている。ニンゲンメスの、あの魅力的なおっぱいは、ジャングルの樹上生活では邪魔で仕方なかろう。あれじゃ毎日敏感なおっぱいやら愛くるしい乳頭トップやらは木の皮で擦れ、トゲで傷付き、無駄な虫刺されに悩むのは必定ひつじょうである。

なんならサティが常時てのひらで包み、優しく温かく守ってあげたいくらいだ。



それはそれとして、ヒヒは草原性で、時に直立気味に走ることもある。四つん這いになれば胸は下向きで目立たないが、上半身が直立すれば…


そうか、それで納得が行く。

チンパンジーなどはメスが発情すると、お尻から外性器にかけての部分が、かるでカブレたかのように真っ赤に腫れ上がる。樹上でも、座っても、あのお尻は充分すぎるほどに目立つ。

でもヒトではどんなにエロい娘でさえあんなにイタイタしくケバケバしいオマンコ様になったりはしない。直立二足歩行する動物があんな姿になったら、歩きにくいことおびただしいし、その割にオスにアピールする効果は薄い。ついでに言うなら、あのオマンコ様に対してでは、サティはいかなる性欲も湧いてはこない、と断言できる。


無理にまとめるとこうなる。

樹上性 ➡ お尻や外性器でオスにアピール (でも巨大おっぱいは幹が邪魔、オスに見えにくい)

草原性 ➡ 手を使えば胸が目立つし、さほど邪魔でもない  (でも陰部は草に隠れて見えにくい)



そういえば… 類人猿たちの場合、交尾に先立っておっぱいを愛撫するとかいうシーンを見たことがないぞ… これって新しい視点だぞ… うん、ニンゲンの特性として加えておくことにしよう。だってあのドスケベボノボでさえ、そう、交尾のポーズだけでなく実際に挿入インサートまでやっちまうボノボでさえ、そういった前戯フォープレイはたぶんしないんだぞ!


いや、もしかして教育上良くないとかいう余計な大人の判断でTVでは放映できないからとカットされてしまっているのだろうか? そういう余計なお世話が「本当の理解」の機会を奪っているのだが…



さらに余計なことだが、ニンゲンにはおっぱいへの愛撫を喜ぶオンナナコが一定数(というか大部分?)居るわけだが、これはオトコノコのおっぱい需要にもぴたりとマッチしている。

類人猿はどうなのだろうか。やはりニンゲン同様に「感じる」のだろうか。

これがニンゲンだけの特質だとするならば、その「サワリタイ」、「サワラレタイ」という特記事項を遺伝子上ではどのように整理しどんな形で記録しているのだろうか。


うううん、わからん…

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