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お約束

「来たか、ロベリア」


 首を取られる前の敵将のような発言。無駄に長いテーブルの真ん中にガイルが座っている。

「お待たせ」


 ガイルは少し怪訝そうな顔をしたが、料理が運ばれてくるとその表情を崩した。


「あの、ガイルさん」

「どうしたロベリア」

「明日にラッティベル様ってのとお見合いがあるってのは知ってるんだけどさ、俺…… 記憶喪失なんだ」

「いっ、いつからだ?」


 整ったガイルの顔が大きく歪む。


「剣持った時から」

「そうか」


 ガイルは平静を取り戻すためか、運ばれてきたサラダを口に運んだ。


「すみません、遅れました」


 ああ、こいつの記憶はある。自分の兄だ。名前はルーク。


 にしてもこいつもイケメンだな、ここにマルク入れたら同じ人間として扱ってくれねえんじゃねえか?


 ルークは食堂の空気を敏感に感じたのか、

「何かあったのか? ロベリア」

と眉を顰めながら聞いてきた。


「俺の記憶が無くなったって話の途中」

「本当か?」

「まぁ、完璧に消えたわけではないけど殆どない」

「確かにそうだな、座り方が野生児そのものだ。作法の先生に見られたら座る姿勢を教えられるだけで五時間は缶詰だな」


 座り方なんて産まれてこの方意識したことがない。そもそも椅子に座った回数の方が少ないんだからしょうがないんじゃ?


「クラセチカ、少し考えたんだがラッティベル様との顔合わせは継続しよう。どちらにせよ、会うのは初めてだし、そのなんだ、傭兵のような粗野な振る舞いは婚姻をする五年後までには絶対直すように言えば大きな問題はないはずだ。だからクラセチカは気楽にしていい。幸いなことにラッティベル様とお付きの騎士だけがこっちに来るだけだ。多少の失礼は許してくださる」

「成る程」


 こいつ鋭いな、傭兵のようなってか傭兵だよ。


 取り敢えず、ガイルの真似をしながらサラダを食べてみた。テーブルマナーはこの体で生きるのなら必須と見た。クラセチカと会った時に褒められたりして。


 まさかステーキにかぶりついちゃいけねえなんてな、夢にも思わなかった。服の汚れなんかどうでもいいだろ。


 でも、味は良かったなとにかく美味え。肉の質が違う。野生動物じゃない、食われるために作られた肉だ。


 さて、どうするかな。


 テーブルマナーで首を絞められながらもなんとか最後のデザートまで完食した俺は自室に戻ってきた。


 さて、酒が飲みたい。

 あれが俺の血液なんだ。わからないことだらけで不安だらけとはいえ久しぶりに血が流れて無い平穏、飲ませてくれ! もちろん任務中は一滴も飲んだことはない。ガイルがワインを飲んでいたからせがみにせがんだのだが、ダメだった。


 取り敢えず、ナイフとランプを鞄に詰め込んで……服、どうする? でもこれは動きやすいな。ただ、貴族ってバレバレだな。


 改めて自分の姿を確認すると、修練用なのだろう花柄の刺繍という最低限の装飾のみがあしらわれたシャツとベルト、無駄に締め付けの強いズボン。


 ベッドの横にあったベルを鳴らそうとも考えたのだが、やはり庶民感覚というかベル一つで人を使うというのにはなかなか慣れない。それに、さっき部屋に戻った時にルー婆さんには泣きながら謝られたし。


「あのー」

「いかがいたしましたか?」


 失神から復活したらしいルー婆さんは、俺が最初に会った時と同じように椅子にぴっしりと座っていた。


「服ってある? その、そんな派手じゃない、庶民的なやつ」

「庶民的なものですか、あるとは思います。今すぐ必要でしたらお持ちします」

「じゃあお願い」

「アル! お前の服を持って来な」

「はい只今!」


 下の階からアルの元気のいい返事が返ってきた。


 しばらくすると、ドタドタと階段を登る音が聞こえ扉がノックされた。


「お嬢様、ご用意ができました」


 ルー婆さんがアルから服を受け取り、俺に渡した。


「これ、アルのじゃないのか?」

「気にしないでください、後でお屋敷に請求すれば良いだけの話なので」


 アル、お前は逞しいやつだよ……


「しかし、何に使われるのですか?」


 ルー婆さんが訝しむように俺の顔を覗き込んできた。


「いや、ちょっと外に出ようと」

「何をおっしゃっているのですか、日中ならばともかく夜の外は危険です」


 もちろん今の最優先事項はクラセチカとマーチスだが、酒を飲みたいという欲求がもう、抑えられない!エールを、俺にエールを飲ませてくれ!


「わかった。外には出ない」

「わかっていただいて幸いです。ではアルの服もお預かりしてもよろしいですか?」

「いや、一度着てみたいから、また後で返す」


 ルー婆さんは再度俺の顔を覗きこむと

「わかりました」

「じゃあ、お休み」

「明日はラッティベル様との顔合わせがあるのです。今日は湯浴みをしましょう」



「や、やめてくれ!」


 無駄に広く作られた風呂場で、俺の声が反響している。


「ほら、わがまま言わないでください」


 しかも、俺の体を洗う担当はアルだ。考えてくれ、幼女に体を洗われるなんて恥ずかしすぎて拒否したくなるだろ。今は身体的には同い年だが心は25歳の男なんだ。

 

 自分を抱きしめるようにして、服を脱がされるのを防ぐ。


「うーむ、しぶとい」


 アルは諦めてくれたのか、何も言わずに大浴場から出て行った。


「ふう、なんとか守りきった」


 身体を洗われるのも嫌なのだが、自分の裸を見るのも嫌なのだ。他人の裸を見るような感覚になって申し訳ない。


「ヒッツェさん、お願いします」

「はぁ、はぁ」


 俺が、LOFCを叫んだ時に駆けつけて来た、真っ赤な髪の使用人がアルの後ろにいる。ヒッツェと呼ばれていた使用人はニタニタとした気持ちの悪い顔でこちらを見ている。鼻息も荒い。最早獣である。


 ヒッツェの手はこの俺ですら見切れない程のスピードで動いている。それはもはや鞭。ただの鞭相手であれば、腕の振りから先を予測できるのだがその手自体が鞭になっている。回避は不可能。


 そこからは早かった。


 傭兵人生に於いても、ここまで何もできなかったのは初めてだ。俺の防御は一瞬の内に破られ体を洗われた。


「はぁ、はぁ。最高でした。ロベリア様のお身体に触れられるなんて! LOFCなんてやはり無くてよかったんだ! ロベリア様に対してそこまで信仰を強めていないものから近くに置いていましたが、このヒッツェがお付きのメイドになります」


 ネグリジェを着せられ、羞恥心やら何やらで放心状態の俺は一人盛り上がるヒッツェをぼんやりと眺めるだけだった。


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