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雑踏警備

この日、ロサンゼルス国際空港では厳戒体制が敷かれていた。


「空港は非常に物々しい雰囲気に包まれています。ドイツ外相の西米入りに合わせ、警察官5000人が空港の警備に当たっており、テロへの警戒が行われています」


あくびしながら高機動車のボンネットに寄り掛かる石原は、抗議デモの集団を遠い目で眺めていた。


パシフィックホテル前にて



ゲリラとの戦闘も大変だったが、こういう連中との小競り合いはそれと違った面倒さがある。


「なんで俺達まで駆り出されるんだ」


「西米の警察力だけじゃ、どうにもならんしな」


ロサンゼルス市警は、他の地域よりも人員と予算が大量に組み込まれている。


更に長年に渡るテロとの戦いで、警察もより重装備に成りつつあった。


だがそれ故に、警察の軍事化を招いているともされている。


ODカラーの戦闘服を見に纏い、自動小銃を引っ提げながら装甲車を乗り回していれば、市民感情は良くないだろう。


そのせいで志願率は減る一方、人手不足は加速するうえに、DLFAの工作活動が響いていた。


サプレッサー付きの拳銃を懐に忍ばせ、非番の警官を暗殺し回っているのだ。


これら理由に加え、警察官が今圧倒的に足りないのは、警備対象がナチスの人間だからであった。


「黒人警官は参加させるな!か……」


ロス市警の3割は黒人警官だ。


ドイツ政府の強い要請で、警備に黒人を使うなと圧力を掛けてきた。


お陰で、我々日本軍まで動員する始末だ。


名誉白人のお前らなら、イエローモンキーの貴様らに、アーリア人を守らせる権利を与えてやる。


なんて言いそうなのが、ナチスという連中だ。


「おい!鎮圧部隊が突破されそうだぞ」


「マジかよ、歩兵隊は援護に回れ!」


井内曹長の指示で、隊列の乱れた暴動鎮圧部隊を援護すべく、突撃を仕掛ける。


「下がれ!下がれ!」


小銃をデモ隊に向けながら、倒れた警官の襟首を掴んで後ろに引っ込めさせた。


「帝国主義者め!」


デモ隊の女は銃口を向けられても一歩も引き下がらず、銃に掴みかかってくる。


「冗談じゃない!装填されてるんだぞ、この銃は!?」


銃床で思いっきり殴り付けると、口を切ったのか血を吹き出して倒れた。


「下がれ!撃つぞ!」


井内曹長は拳銃を上空に放って威嚇するが、男が懐に入り込んで、ズボンのベルトにしがみ付いてきた。


頭のてっぺんを拳銃で殴り付け、蹴り飛ばす。


「突出した奴らを叩け!分断しろ」


鎮圧部隊は体勢を建て直し、デモ隊の側面へ杭を打ち込むように突入して、本隊から分断した。


警棒でぶん殴って倒れたところに、顔面に蹴りを入れて、最後にふくらはぎを踏みつけ、無力化していく。


本隊から分断されたデモ隊は、四面楚歌の袋の鼠で、あっという間に殲滅された。


「放水車をこっちに来させろ!」


カラーボールが投擲され、指揮官のヘルメットに命中した。


強い刺激臭と共に煙が上がり、ヘルメットが溶け始める。


「なんだこりゃ?あっ痛て!」


急いでヘルメットを脱ごうとしたが、顔に張り付いて思うように脱げない。


ヘルメットを引き剥がそうと、無理矢理引っ張って脱いだ。


「隊長、顔が……」


脱ぎ捨てたヘルメットの内側には、皮膚がこびりついていた。


「クソ野郎共め!」


指揮官をやられた鎮圧部隊は、催涙弾を水平射撃でつるべ撃ちにする。


弾頭がデモ参加者の頭部に直撃して、アスファルトに倒れる。


それに続いて石原達も拳で殴ったり、銃を棍棒代わりに叩き付けた。


しっちゃかめっちゃかの大乱闘、何もかもがめちゃくちゃな1日だ。


デモ参加者は主催者発表で40万人、警察発表では23万人と報道されていた。


この事態を予期することは、不可能ではなかった筈だ。


軍も西米政府も、ナチスへの憎悪を甘く見過ぎなのだ。


ヨーゼフィーネ外務大臣来航の目的は、共産主義勢力との協調路線を取る旧米へ対抗する為の協議だった。


第二次大戦後に内陸へと追いやられたアメリカ合衆国だが、ソ連と連携して反枢軸同盟を結成していた。


旧米による沿岸線奪還というシナリオは、今尚現実に起こりうる有事として備えられている。


西米とナチスドイツが軍事同盟を結ぶことで、より強固な旧米包囲網を形成する。


「まあでも、ナチスを信用するなんて無理な話だよな」


1日目の警備を終え、ホテルの地下駐車で寝泊まりする石原達は、くたびれた様子だった。


「なあ小難しい話はやめてくれないか、今考え事するとイライラするんだ」


リュックを枕に、寝袋を敷いて横になる亮平は、いつにも増してカッカしていた。


「あいつなんであんなに怒ってんだ?」


「子供を殴ったらしい、それで自分に怒ってる」


岡田と一緒に肩を竦め、また携帯のニュース画面に目をやった。


ホテルはデモ隊に囲まれ、地下に居ても怒号が音楽が聞こえてくる。


大音量スピーカーで反戦歌やロックを垂れ流し、こちらの安眠を妨害しようとしているのだ。


「俺達にも、機動隊が使うような大盾が必要かな」


レンズの割れた照準器を覗き込み、岡田はそう言った。


殴り付けた時に何処かにぶつけたのか、蜘蛛の巣状に割れたのだ。


「銃口向けたって、全く怖じ気づかないし、なんか振り回せるもんは欲しいよな」


向こうは撃たない限り、こちらが撃ってこないと知っている。


交戦規定を逆手に取っているのだ。


「無い物ねだりしても仕方がない、現状の装備で対処するしかないな」


「でも連中、いくら脅かしても全く動じないどころか歯向かってくるんですよ」


分隊全員がうーんと唸る中、井内曹長が部隊会議から戻ってきた。


「なんだお前達、神妙な顔しやがって」


「あぁ曹長、実は……」


困った時の相談役、井内曹長に現状を話した。


「なら、銃剣使ってみたらどうだ」


意外過ぎる答えが帰って来る。


銃剣?銃を恐れないそんなものが役に立つのだろうか?


「銃剣が何の役に立つって思ってんだろ」


曹長は、我々が考え懸念していることを言い当てた。


「俺が満州で屯地の守衛勤務だった頃、酔ったロシア人に囲まれたんだ」


助けを呼ぼうかと思ったが、囲まれ身動きが取れない。


それに加え、周りで住民が見てる手前、逃げようにも逃げられなかった。


銃を持った日本兵が、酔っ払い数人に尻尾を巻いて逃げたと噂が広まれば、帝国軍人の恥さらしである。


「あの時ほど、尺余の筒は武器ならずと思ったことはないよ」


何食わぬ顔をしながらも、内心どうしようかと焦っていたが、咄嗟に着剣を行い、下がれと怒鳴った。


ロシア人は笑っていたが、こちらに近付いたりしなくなり、明らかに銃剣を恐れていた。


「寸余の剣は人を恐れさせる、これは間違いない」


井内曹長の実体験に基づく教訓は、早速次の日の警備に取り入れられた。


「来たぞぉ!暴徒が500から600接近、現在鎮圧部隊が対応中」


「総員着剣セヨ!」


89式へ着剣を行い、戦列歩兵の如く隊列を形成する。


興奮したデモ隊は、昨日と同じように棒や酸を持って攻め込んで来た。


「戦争条約反対!」「日本軍とナチスは出ていけ!」「打倒帝国主義!」


定型文な野次とプラカードを掲げたデモ隊は、いつもの威勢で路上を闊歩していた。


普段は我々を見て、銃が使えない猿と馬鹿にしていたが、呑気に近付いて行くに連れて、銃剣を装着していることに気付いた。


だが今日は違った。


「見ろよ、ニタニタ笑ってるがビビってる」


投石やらは飛んで来るが、棒で叩いたりはして来ない。


銃は引き金を引くことで、その殺傷能力を発揮する。


一方、銃剣は刃物で銃よりも殺傷能力は高くない。


たが、銃剣はそこにあるだけで脅威だ。


刃物は本人が危害を加えるつもりが無くとも、向ければ万人を傷付ける。


鋭い刃は銃口と違い、触れるだけで様々な痛みが伴う。


取り上げたくても近付けない。


刃で自分が、否応なしに傷付くかもしれない。


そんな心理状態を作り出す力が、銃剣にはある。


デモ隊が銃剣によって攻めあぐねている間に、鎮圧部隊の催涙弾で退却して行った。


まさか雑踏警備に銃剣がこれ程役に立つとは思いもしなかった。


銃を掴まれたりすることも無く、まだ午前ではあるが、負傷者の数も昨日に比べ少ない。


「悪い知らせだ、ホテル東側を担当してた鎮圧部隊が潰走してる」


「クソ、朝飯も食ってないのに」


「どうせ戦闘糧食だからいつでも食えるだろ、高級ホテルの下に居るってのに缶詰めとはな」


駆け足で東側へ向かってる最中、あることに気付いた。


「なあ田口はどこだ?」


朝の装備点検の時間から、1小隊の隊長である田口の姿が見当たらないのだ。


一緒に走っている岡田に尋ねると、ニヤ付きながら答えた。


「あぁ、逃げたよ」


「逃げた?」


「朝から身体の調子が悪いだの、俺は本管に行くだのほざいてたよ」


誰も止めなかった辺り、本当に人望が無いようだ。(良いことだ)


「いいご身分だよな、体調が悪いってだけで休めるんだから」


ホテルの東側に到着すると、混沌で満ち溢れる世界が広がっていた。


隊列の崩れた部隊が散り散りになって敗走し、それを集団でリンチしている。


火炎瓶で警官が火だるまにされ、バットや鉄パイプを用いて追い討ち掛けられていた。


東側に集結しているデモ隊は、他の集団とは違い、数に任せた烏合の集等ではなかった。


ある程度の統率が取れており、場の勢いに流されているのではなく、本気で殺すつもりやってるようだった。


「連中AUSだぞ、装甲車を前に出せ」


AUSは主に学生で構成された政治結社で、幾つかの大学で結成されたグループが、統合して出来た集団だった。


反全体主義学生連合と呼ばれるこの集団の参加者達は、元は大学による授業料値上げに抗議するのが目的だった。


だがビラを配るよりも、暴力に訴えた方が早いと気付いたらしく、手段と目的を入れ替えて好き放題やり始めた。


「全員装甲車の後ろに続け!」


「奴らの先鋭化した鼻をへし折ってやるぞ!」


鎮圧部隊の隊員を救出すべく、一斉に突撃を開始する。


「大声で叫び続けろ、軍隊がどういう存在か思い知らせてやれ!」


打撃に刺突、火炎瓶に硫酸、催涙弾にビーンバック弾と、実弾を使わないなら何でもありの戦いが始まった。


釘バットの打撃で警官の顔面に釘が突き刺さり、銃剣で学生の指が切断される。


火炎瓶と硫酸で皮膚は焼け爛れ、人間が燃え溶ける臭いが満ちる。


撃ち込まれた催涙弾が学生に直撃して死に、至近距離から放たれたビーンバック弾が、眼球に直撃して失明する。


「どうでしょう、これがこの国の民意です」


ホテルから群衆を見下ろすヨーゼフィーネ外務大臣は、井上外務大臣の言葉にため息をついた。


「我がドイツでは、暴徒に対してこんな手ぬるい対応は致しません」


「残念ながら我が国は、ドイツとは違うものでして、国際社会の目もありますし」


「いいでしょう、貴国がやるというのならば、我々ナチスドイツも可能な限りの支援をしましょう」


笑みを浮かべる井上は、ヨーゼフィーネと同じように群衆を見下ろした。


「愚かな話だ、自分で自分の首を絞めているとも気付かずに」

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