休暇の増強
「明日は休養日になるが、羽目を外し過ぎるなと言いたいが、お前らにそれを言っても聞かないと思うが!一応言っておく」
検問任務を終え駐屯地に戻った我々に休暇が与えられた。
先の暴動で西米への増員が決定したらしく、交代をするぐらいには余裕が生まれているようだった。
「酒を飲んでもいいし、売春宿にシケ込んでも構わない。貯金までは使い込むなよ、それと市内からは出るな」
突然の休みに部隊一同狂喜乱舞すると同時に、何をしたら良いか分からなくなってしまった。
思えば1ヶ月は働き詰めで、休養日でも休むなんてことは出来なかった。
「石原!取りあえず博物館だ、それから1日で市内を回るぞ」
「俺は子供なお前と違って、外で遊んだら体力が回復する年齢じゃないんだ」
自分はまだ25歳だが、小脇にスーツの上着を抱えれば、くたびれサラリーマンになれる位には老け込んでると自負している。
だが今後を考えれば、俺は順調にくたびれて行くべきだった。
どうして再入隊したかとよく問われる。
口に出すのが嫌なだけだ、誰にも言いたくないだけさ。
「それじゃあ共産党と門限だけには気を付けろよ」
ロサンゼルス市内にて
いつもは高機動車の中から見ていた街が、小銃を持ち歩きながら歩いていた街が、軍服を脱いだ途端別世界になる。
「先ずはあの店だ」
石原はお高く止まったコーヒーショップへ入ると、生クリームとマンゴーたっぷりのフラペチーノを買った。
これが西アメリカドルで8ドルもするのだから、結構な値段だった。
カップ麺4つ分の値段だが、今はそんなことを気にする気分ではなかった。
フルーツの健全な甘味と、生クリームの魅惑には勝てない。
食にはうるさくない方だが、いい加減チョコバーとミルクキャンディーは食べ飽きた。
安物は食ってる間は別に何ともないが、後味が最悪だ。
舌が肥えてると良く言うが、俺の場合はどう表現すればいいだろう。
「…………」
ふと気になって、携帯で検索を掛けてみる。
「検索 日本軍 特殊部隊」
世界最強!日本の特殊部隊!
秘密のベールに包まれた関東軍第2機動部隊の真相に迫る
ドイツ軍「日本軍とか弱すぎだろw」舐めて掛かった結果wwwwwwwww
海軍陸戦隊 常設部隊まとめ
特売スーパーのチラシみたくクソデカいフォントで世界最強とサムネイルに表示された動画
多分ドイツ人は言っていないであろう馬鹿げた言葉を羅列したクソまとめサイト
まともなのはごく少数だ。
岡田曰く、世界最強だとかスラングを多様するサイトは信用するなだそうだ。
ごく少数のまともなのを選んだ。
まともなのに少数だ。
海軍特別陸戦隊の常設部隊は、主に5つ存在する。
上海特別陸戦隊
横須賀特別陸戦隊
シドニー特別陸戦隊
ロサンゼルス特別陸戦隊
ヤンゴン特別陸戦隊
陸軍に頼らずに上陸作戦をやりたいと思っていた海軍が、上海特別陸戦隊を規範として太平洋の各地に基地を置いた。
その過程で創設されたのが、海軍特別陸戦隊所属の特殊強襲浸透部隊であった。
フィリピン戦争から今日に至るまで、この部隊は大規模作戦から不正規戦まで何でもやってきた。
約3万人の陸戦隊員の中から、僅か1000人しかなれない精鋭中の精鋭だった。
あの一言さえなければ、宝くじに当たるぐらいラッキーな出会いだったかもしれない。
調べれば調べるほど、あの海軍の男が何をやっているかが気になる。
「やめろ石原、知らない方が身のためだぞ」
飲み干した容器を捨て、ネット環境の整っていない店の外へ飛び出した。
あの男の言う通り、何も知らなそうな方がいいんだ。
市内ではいつも通りデモ隊の無許可行進が行われていた。
「軍は出ていけー!」「警察は引っ込めー!」「平和を守れ!」
ロス名物の平和行進だ。
いつも駐屯地の前に居る連中のようだが、今日は街中でデモらしい。
そんなに叫んで、何がしたいんだろう。
「帝国主義に与する警察はくたばれ!」
怒りと暑さで、頭に血が登っていやがる。
「解散しなさい!諸君らは道交法に違反している!」
スピーカーで怒鳴り返す警官に向かって、カラーボールが投げつけられる。
見事顔面に直撃し、制服がピンク色に染まる。
肩を震わせながら、顔に直撃したピンク塗料を拭い落として叫んだ。
「……全員検挙!!!」
大楯に警棒を持った暴動鎮圧部隊は、一斉に突撃を開始する。
歴戦の猛者である平和デモ参加者達は、警察が怒ったことを確認すると一目散に逃げて行く。
こりゃまずい、このまま突っ立ってると権力と反権力のサンドイッチにされてしまう。
慌てて逃げようとしたが、時既に遅し、騒ぎに巻き込まれてしまった。
逃げる背中に向かって警察の放った催涙弾が降り注ぎ、それに当たって高齢の女性が倒れた。
助けようと手が動くが、すぐその気が失せた。
逃げ惑う群衆の足に踏み潰され、助けたところでどうにもならなそうだったからだ。
「うおっ!?」
腰の辺りに柔らかい衝撃が走り、前のめりに倒れそうになった。
ぶつかって来た奴の顔を見ると、同じ日本人であると察せた。
肩まで掛かった黒髪とぱっつんとした前髪、それから服の上からでも分かる大きな胸が特徴的だった。
一瞬の間見つめ合い、そして我に返る。
「付いて来て」
その女の言葉に乗せられるがまま、路地裏に飛び込み人の波から逃れた。
「大丈夫?」
心配そうな顔を向けて来る女の服装は、芋っぽくて飾り気があまりなかった。
格好は流行を知らない田舎娘だが、服の乱れを直す仕草に一つ一つに気品を感じた。
俺とは少し違う人種だった。
「これよりもっと酷いことは、経験してる」
「そう、なら良かった。デモが収まるまでそこの店で休まない?」
飲食店 ライス&アメリカンにて
すり潰されて平べったくなった米の上に、レタスやらソーセージが乗っけてある料理が出された。
「……これはどうやって食べればいいんだ?」
出てきたのは西アメリカの伝統料理、クラッシュライスだ。
「混ぜて食べるんだよ、スプーンで」
戦後間もない頃の食糧難の時代、日本からの援助で送られて来たのは小麦ではなく米だった。
政府から配給されるのは、米と戦時に大量生産され、備蓄していたトマト缶とスパム缶だ。
しかし、米とトマト缶は相性があまり良くなく、また米の調理方法も知られていなかった。
パン食に慣れていた層からは、不味いという声が広がっていたのだ。
足らぬなら工夫するしかないと考えたアメリカの主婦達は、米を様々な方法で調理した。
その様々な料理の一つが、このクラッシュライスだ。
米をすり潰して餅のようにした後で、フライパンで焼き形を整えたパンの代用として食された。
「占領によって生まれた料理か、皮肉だ」
「そう?私は面白いと思うね、アメリカ人が米を食うんだから」
コーンとソーセージをかき混ぜる石原は、苦笑いをした。
冗談の意味が解らなかったからだ。
「あそこで何を?」
「取材、私フリーのカメラマンなんだ」
「そうなの?でもカメラを持ってるようには見えない」
広角を上げて、口を開けずにニヤリと笑う彼女は、肩掛けバックの側面を見せた。
凝視しなければ分からないほど小さな隠しカメラが、文字通り隠されていた。
「私の専門は、ああいう過激派を無許可で撮ることなの」
「危ないんじゃないか?」
「ドンパチしてる人が言う台詞じゃないと思う」
確かにそうだ、なんでそう思ったんだろうか?
銃がいつも手元にあるからかもしれない。
「さっき婆さんが催涙弾に当たって倒れてた。なんであんな場所に居たんだ?」
「戦略だよ、女子供を前に立たせて攻撃させにくくする」
「撃ってきてたぞ」
「そういう時は一目散に逃げる、そうすると」
店内の高い場所に置かれていたテレビから、昼時のニュースが流れて来た。
「警官隊と抗議デモ参加者の間で衝突がありました。70歳の女性が死亡し、警察への……」
「平和なデモ参加者が、警官に追い立てられる映像の出来上がりって訳」
そう言えば、いつぞやのネット記事でそんな話を聞いた気がする。
確か、日給で100西ドルは貰えるとか書いてた筈だ。
ただ、記事を書いていたのがジャーナリストでもなく、極右の思想バリバリな小説家だったので無視していた。
「白人がアジアを支配しなきゃ戦争は起きなかった。そういう負い目があるんだよ」
西米の教科書では、アメリカが中華民国にフライングタイガーズ(義勇軍)を送り込み、日本の参戦を招いたとされている。
アジア人を植民地支配し、食い物にしてきた罰が当たったというのが通説だ。
だが俺はそうは思わない。
「俺はその通説は納得行かない」
「そもそも日本が大陸に進出したりしなければ、戦争は起きなかったんじゃないか?」
「そうかな?拡張して大陸の資源を得られたからこそ、日本は勝てたんじゃないの?」
「日露戦争以来、アメリカが日本を脅威として考えてる時代に、そういう考えじゃ殺されてたかもね」
「その脅威は日本の拡張主義が招いた事なんじゃないか?」
「欧米諸国が植民地を持ってる時代に、そんなこと言われても困るよ。当時の考えとしては帝国主義は一般的だよ」
考えても切りのない水掛け論が続く。
「政治の話止めない?一生終らないからさ」
何を熱くなっているんだろう。
いつもこんなこと考えているから、岡田以外の友達が出来ないのだ。
彼女は俺と話してる間に、食べ終った皿を3枚に重ねていた。
「おやつも食べたしもう行くよ、二階級特進しないように頑張って」
口元をナプキンで拭き、席を立った。
「そういや、まだ名前を聞いていなかった」
「考えといてよ、いい名前をさ」
「か、考える?」
「名前は存在を固定化する。貴方がどんな名前で私を呼ぶかによって、相手が私をどう認識しているか分かる」
彼女は指を心臓に突き立て、またニヤリと笑った。
歯を見せずに、口を開けずに、笑うのだ。