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オロンジュブルート

「例の兵士の司法解剖結果が出た。死因は金属片が首の血管を切断したことによる大量出血死……だけで終わったら貴様らは呼ばんよな」


「そいつの肺が何故か酸化してた。軍病院じゃ原因が分からなかったから、ボローニャの大学に送って調べて貰った」


「何が見つかったと思う?」




フランス ヴィシーにて



「ここもパリ並みになってきたな」


パリを追われた敗残の民族、そんなイメージと共にここヴィシーに定着しつつあるフランス人達は、皆笑顔だった。


支配されていることも忘れて、国家社会主義体制下での自由を謳歌している。


「用意は?」


「出来てるぜカルロ」


「前を塞ぐ感じでやれ、怪我させるなよ」


後ろから近付く形でワゴン車を少女の前に停め、セルジョとエラルドが飛び出す。


口を押さえ羽交い締めにしながら車に乗せると、急いでセーフハウスへ向かう。


「助けてー!3人組で身長はムグッ!」

「あっクソ!この女噛みやがった」


セルジョは女の頬をぶって、テープで口を塞ぎ楽器ケースに押し込んだ。


「これじゃ人攫いと変わらんな」


「学校の開始時刻まで残り3600秒、多く見積もっても通報まで7200秒」


「やっぱり下校中を襲うべきだったんじゃないか?」


「仕方ないだろう、警備の隙がここしか無かった」


セーフハウスのアパートに到着すると、2枚重ねのナンバープレートを1枚外し、車に害虫駆除業者のロゴステッカーを張り付けた。


こういう偽装は大事だ、後々効いてくる。


「キーは付けたままにしとけ」


外の非常階段から2階に上がり、窓からセーフハウスに入った。


「まさか党に入ってやることが誘拐とはな」


「ああ俺達、変態ロリコン野郎だ」


「この女は17歳だ、ロリータじゃない」


「どうでもいい、さっさとやるぞ」


楽器ケースから女を出し、尋問を開始する。


「………身代金目当てじゃないでしょ」


「質問するのは俺だ、詮索するな」


「あんたらのママの元彼?私より妹の方を拉致すれば良かったのに」


ひねたガキだ、最近はこういうばっかで嫌気がする。


可愛げのあるガキはインターネットの普及と共に消え去った。


国際枢軸連盟の絶滅危惧種リストに、可愛げのあるガキって載ってる筈だ。


「絵を描いたろ、2020年のベルリンコンテストで賞を取ったやつ」


「オロンジュブルートね、あんな下手な絵が受けたんだからドイツ人の目は節穴だと思ったね」


オロンジュブルートは脚の付け根から下が無い若い女と、首の無い犬が互いに見詰め合っているという絵だ。


脚の切れた女と首の無い犬の断面には、肉と骨ではなくオレンジになっているのが印象に残る作品だった。


「あれを7歳で描いたとは驚きだ」


「書き始めたのは6歳の頃だけどね、神は私にこのひねた性格っていう欠点も与えてくれた」


嫌な子供だ、達観してやがる。


「肺の中でオレンジが見付かった」


少女は目どころか瞳孔までも大きく開いて驚き、唇を丸めた。


「…………風船は破裂したか?」


「いや、酸化した」


エラルドとセルジョは、カルロと少女の暗号染みた会話に戸惑っていた。


「同じファシストのお仲間の癖にドイツの情報が知りたいなんて、イタリア人は舐められてるね」


フランスで一番の規模を誇るエネルギー企業ムーランの社長令嬢が、イタリアファシスト党の内通者だとは夢にも思うまい。


「家族経営ってのはいいよね、家の何処に居ても無関心だからいくらでも情報を抜き取れる」


自嘲気味にそう言う少女は、ブラジャーのワイヤー抜けと指示する。


「ほう、上手い場所に隠しやがる」


一見すると樹脂加工されたワイヤーだったが、中身はそれに偽造した電子情報記録媒体だった。


3年間毎日、朝食のコーンフレークを食いながらダウンロードした会社の記録が、この直径5mmのワイヤーに保存されているのだ。


「おいカルロ、囲まれてるぞ」


カーテンの隙間から慌てて外を覗くと、服の下に膨らみがある人間が大勢居た。


「付けられたか?」


「市内に幾つ隠しカメラがあると思ってる?見られたんだクソ!」


全員が無意識にベレッタ92を抜き、サプレッサーを取り付けた。


「ねえちょっと、私このままだと怪しいよ。誤魔化さないと」


上目遣いで我々を見詰めてくる彼女は、やってくれと頼んだ。


「拉致犯は確認出来ただけで3人、武装は不明」


「娘は必ず生かせ!他は殺して構わん!」


アパートのドアを蹴破って突入した特殊班の刑事達は、不馴れな動きでクリアリングを行う。


刑事が手すりの隙間から階段の上を覗いた瞬間、額を撃たれ崩れ落ちた。


「エドモン!?」


仲間の刑事が片手で拳銃を乱射しながら、襟首を掴んで外へと運ぶ。


「連中そこまで戦闘慣れしてねえ、普段は内勤やってる部署の奴らかも」


「国家憲兵じゃなくて良かったと言いたいが、包囲されてちゃそうも言えん」


脱出ルートを求め、階段を登る3人は下から突き上げて来る刑事達と銃撃戦を展開しながら屋上へ出た。


セルジョは内側のドアノブを蹴り飛ばして閉めた。


「隣の屋根に跳べ!」


カルロの言葉通りにするのは、躊躇われるものだった。


高低差があるとは言え、隣の建物とは5mの距離があった。


落ちたら即死の高さだ。


カルロは助走を付けて飛び、見事な五点着地でコンクリートの屋根に飛び移った。


流石ファルゴーレの空挺部隊に居ただけのことはある。


「あぁ畜生!」


エラルドは何とか受け身を取って着地出来たが、胸ポケット入れていたサングラスが回転の衝撃で割れた。


「ほら跳べよセルジョ!」


「マジで言ってんのかよ……俺は走り幅跳び2mしか跳べなかったんだぞ!」


飛び上がった瞬間察した、これは失敗すると。


「うおおあぁ!」


足裏ではなく、その側面が最初にコンクリートへ接地した。


コキっと音を立てて足首が歪な方向へ曲がった。


「立てるか?」


「折れたかもしれない……」


「ただの捻挫だ、さっさと立て」


畜生軍人上がり共め!なんて思っていると、刑事がドアを突破してきた。


「まったく最高だな!ええ!?愉快だよ!」




イタリア王国 ローマ市内にて 



「生きて帰れたことに乾杯」


「神に乾杯」


「俺は何に乾杯すればいい?」


「知るかよ」


フランスから命からがら帰還したイタリアファシスト党警備部の3人は、テーブルを囲んでTボーンステーキを貪り食った。


「今回の仕事、想像以上に厄介だぞ」


「エラルドの言う通りだ、党のケツ拭き役の警備部じゃ手に負えない。黒シャツの連中にでも押し付けちまえ」


警備部とは名乗っているが、実際のとこは党の不祥事を揉み消したり、幹部の私用に使われる便利屋だ。


黒シャツ隊の規模がデカくなるに連れ、動かしにくくなったから丁度良い大きさの部隊が欲しくなったのだろう。


浮気の隠蔽、ゴルフの接待、バカ息子がやらかしたマリファナパーティーの後始末、内部告発者の処刑、色々やる。


「これは黒シャツの連中に勤まる仕事じゃない、俺達の専門だ」


それに確証があった。


これが俺達向きの仕事だということが。


「どこをやる?」


「両手を叩き潰せ、それと顔面と腹に一発づつ」


「お前画家だろ?」


「だから、怪しまれない」


気が咎めるが、椅子に縛り付けられた女をすぐ殴った。


気が咎めたり、躊躇うことをやるのが俺の仕事だ。


椅子の脚を引き抜き、綺麗で小さな両手に振り下ろした。


「うああぁ………あぁ……痛い、ぐぐぅもういっかい!」


二撃目で幾つかの爪が割れ、皮膚が真っ赤になった。


「バカなことやってるよねわたし……バックにメタンフェミニンがある」


あの女は内通者であることを悟られないが為だけに、両手を破壊し、顔を傷付け、子を宿せなくなるまで腹を殴らせた。


最後には覚醒剤のオマケ付きだ。


17歳の子供が、廃人になる覚悟でやり遂げた。


「これは汚れ仕事だ、俺達だけでやり遂げなきゃいけない」


「今度は何処に行くってんだ?まさかソ連か?」


「共産主義者は今回の件と関係はない」


そうだ、共産主義なんて時代遅れの全国民貧困層の病床の老人みたいなものだ。


あんな死に損ない国家に、もう我々と張り合う力はない。


「ドイツに行く」


「そうかい、なら鉄道のチケットを買わないとな。飛行機は検査が厳しくて持ち込めない物が多い」


「何を言ってやがる、海の上に線路が走ってる訳ないだろ」


カルロは東アメリカへの航空便チケットを投げ渡した。


「オロンジュブルートを見付ける」




西アメリカにて



「台本通り頼む、それっぽく喋ってくれたらいい」


拝啓お父様お母様、私はロサンゼルスでお国の為に務めを果たしております。


「あっすいませんわたくし、JM証券のスズキという者なのですが」


「ミスタースズキ、社長は何処にいるのですか?待ち合わせの場所にいるが、もう30分も遅れてますよ!」


今は熱波の下で携帯片手に偽名を名乗っています。


「社長は昨日クラミジアに罹りまして、部屋から出てこないんですよ」


「あぁ……それはお気の毒に」


「代行の番号を伝えるので当分はそちらにお願いします」


軍に入って詐欺業者みたいなことをする羽目になるとは、誰が思うだろう。


いや、そもそも現実は想定をいつでも超えて行くものだ。


「いい演技だ、何も知らなそうな感じがそれっぽかった」


海軍の男は良かったと言いながら石原の肩を叩き、タクシーに隠れていた人間を連行して行ってしまった。


その時にわざと壁にぶつけられたり、喚くな指を切り落とすぞと脅されてたりして気の毒になった。


「なに話してたんだ?」


「何も知らなそうな感じだってさ、何も知るもんか」


あの海軍の男がどんなに重要で機密性を帯びた任務をやってるかは分からない。


だが何も知らなそうという言葉に、訳も分からず無性に腹が立っていた。

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