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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
ちぐはぐコミュニケーション
54/177

部室にて久しぶり

 ネックを握る手が少し強ばり、手汗で滑る。

 緊張とは少し違う何か。

 様子を伺う。



「もう少し弾きますか?」



 司が言っていたように怒っているようでもない。

 いつもの変わらない彼女がそこにいる。



「いや、ちょうどいいタイミングだったから終わりかな」

「そうですか、傍でちゃんと聞いていたかったんですが」

「いつでも聞けるから」

「はい」

「よくわかったね、部室にいるって」

「麗奈と昼食摂ったあと、学食と先輩のクラスに行きましたけど、居なかったので残るはここかなって」

「行動範囲狭いからね」



 教室に学食、部室。

 1年以上もうこの学校に通っているのに、この場所でしか過ごさない。



「私もですよ。先輩と同じ所にぐらいしか行きません」



 空いた席、隣か向かいに視線を送る。

 無言の会話。

 頷く夏菜。

 迷いなく隣に座った。



「返事しなくてごめんね。気づかなかった」

「大丈夫ですよ。既読すらついていないので、またかと思う程度です。でも心配になるので返信していただけると嬉しいです」

「うん」



 沈黙が下る。

 いつもは気にならなかったもの。

 ただ今日は心持ちか、緊張かで居心地が悪い。

 普段通りの彼女にも見える。

 ストラトの弦を布で拭き、緩ませるとケースに直す。



「先輩、髪に糸くずついてます」

「うん? どこ?」



 彼女は手を伸ばして、僕の髪に触れようとする。

 けれど、僕は立ち上がり姿見があるほうに歩いていく。



「右側ですね」

「あ、本当だ。カーテン開いた時に乗っかったかな」

「そうみたいですね」



 鏡に1番近い席に座り、夏菜と向き合う形になる。



「司たちってやっぱり付き合い始めた?」

「みたいですよ」

「そっか。司たちとも話したけど、明らかに雰囲気違ってた」

「目の毒というか甘ったるい雰囲気ですよね」



 夏になり素足になった夏菜の脚。手持ち無沙汰でぶらぶらと揺らしている。

 意外と子供っぽい仕草。

 太腿に乗っている手、左の薬指には僕が渡したプレゼントがしっかりと嵌っている。



「その指輪、学校でも付けてきてるのか」

「付けてますよ。永遠に大事にします」



 特にあの日のことを話してこない。

 春人さんは言わなかったと解釈してもいいのだろうか。

 永遠はちょっと言い過ぎな気が。

 あぁ、ケルティックノットと掛けているのか。



「そっか。あとヘアピンもあの袋の中に入ってるんだけど」



 別に買っておいたもの。

 そっちは別にブランド物ってわけではく、ただのヘアピン。

 必要ないかとも思ったけれど、どうせ伸びるだろうしその時に使ってくれればと買った物。



「はい。こっちも使ってます」



 顔を横に、横髪を流すようにクローバーと雪の結晶のついたヘアピンが2つ。



「前髪用に買ったんだけど」

「どうせなら普段から使いたいじゃないですか」

「気に入った?」

「はい」

「なら良かった。そういえば言ってなかったね」



 言うタイミングはいくらでもあったけれど。

 なぜかタイミングを逃し続けていた。



「誕生日おめでとうございました」

「ふふっ。はい、ありがとうございました」



 少しだけ穏やかに笑う彼女。

 笑顔を見て、僕も安心する。



「そろそろ戻ろっか」

「そうですね」



 ならば僕も普段通りに過ごすことにしよう。

 彼女退室を見届けて、遅れて僕も部室を出る。

 鍵を閉めて廊下を歩く。

 彼女よりも一歩だけ先を進む。

 意識しすぎだとは自分で理解しているけれど、身体が緊張して固くなる。



 ※



 放課後はバイトが入っているので、電車内で夏菜と別れて自宅へ。

 父の姿はないようだが、玄関に靴があったので自室にいるのだとわかった。

 離婚してから引っ越しはしていない。

 つまり父がいる部屋はそのまま使われていることになる。

 案外うちの父親メンタル強いんじゃないかと思う。

 それとも現場を見ていないからかもしれない、拘る必要がないのかもしれない。


 時間はあまりないが、簡単な夕食を作っておくことに。

 どのくらい食べるかわからないので、少しだけ多めに。

 僕と夏菜でも3合は多いが、今日はそのくらい炊いておく。

 余ったら冷凍保存にでもして朝食の時にでも温めよう。

 冷房が効いているし冷蔵庫に仕舞わなくても大丈夫だろうか。

 軽く頭を悩ませるものの、自分の分だけ入れておいて父親の分はラップに掛けて、テーブルに出しておく。

 書き置きも残しておこう。


 一駅。

 カフェダリアはその位置ある。

 僕の家と夏菜の家の丁度中間。

 バイト代で買った自転車が活躍する。

 通学もこれで済ませればいいのだけれど、たまに夏菜が駅で待っていることを考えると、今のままで良い気もしている。

 何より起きる時間が早くなって、通学許可証の申請がなにより面倒くさい。



「お疲れ様です」

「おはよう、渉」



 仕事をしている間はなにも考えなくて済む。

 父親の気持ちが少しだけわかるような、そんな気がした。

 ただラッシュの時間は良かったけれど閉店の時間が近づくにつれて、いらない余白が出来て思考が産まれる。


 最後の客がコーヒー一杯で閉店まで粘るので、カウンターで僕はずっと待機している。

 食器を洗ったり、豆の茶葉の補充も済ませてなにもやることがない。

 これも接客業の辛いところ。

 春人さんは裏で明日の仕込みを始めている。


 本当にぎりぎり。

 閉店時間5分前になると、ようやく席を立ち帰っていった。

 ここから清掃作業。

 馴れた作業なので、手早く済ませる。

 勿論雑にやっているわけではなく、丁寧に素早く。

 清掃が終わると同時に春人さんの仕込みも終わる。

 最後の作業でレジ締めも任されており、お金と売上が出ている長いレシートを変な、化け猫の描かれた巾着袋に積めて、春人さんに渡す。



「夏菜と会った?」



 巾着袋を受け取りながら、唐突に春人さんは尋ねてくる。



「はい、一応」

「喧嘩した?」



 これで二人目。

 しかももっとも信憑性の高い御仁から。



「してないですよ。いつも通りです」

「そっか」



 こうやって心配そうに聞いてくるということは、彼にしか気付かない夏菜の変化。



「話しました?」

「いや、俺は話さなかったよ」



 彼女は酔ったら記憶が飛ぶらしいけど。

 成長したのであればアルコールに耐性がついていてもおかしくない。

 夏菜は知っていて僕が傷つかないようにとも考えられるが、本人聞いた時の反応を考えるとそれも違うだろう。

 僕の考えを読み取ったのか、春人さんは先回りする。



「ここ数日、なんか家で考え事してる姿よく見るし、戸惑っているようにも見えるから」

「どうして」

「夏菜なら気づくんじゃないかな」

「彼女が聡いからですか」

「それもある。でも夏菜のことを1番よくわかっているのは俺ら親だけど、渉のことを1番良く知っているのは誰だ」

「夏菜ですね」



 付き合いの長さで言えば司が1番だけど。

 一緒にいた時間の長さでいえば夏菜になる。



「なら教えたところで一緒だったのでは」

「それはそれで夏菜の成長の機会を奪うことになるからね。それに娘は人間としては強いかもしれないけど、女の子としてはまだまだ未熟」

「未熟ですか」

「そう」



 僕にはそうは思えないが、彼女の信頼している父親が言うのであればそうなんだろう。



「俺らがフォロー出来るところはするから、ちゃんと夏菜と向き合ってくれ」

「はぁ……。了解っす」

「夏菜と一緒に成長するといいよ」



 わかったような、わからなかったような。

 問題だけ増えた気がする。

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