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いつもの日常

 桜の舞い散る日。

 高校2年の春。

 進級したての僕たちのクラスにとある話が持ち切りになっていた。


『1年にとんでもない美少女が入学してきた』


 あぁ、彼女か。

 中学の後輩であり、僕がアルバイトでお世話になっているカフェ・ダリアのオーナーの娘。

 父親譲りの赤茶色の髪を毛先だけゆるいパーマを当て、母親譲りの美貌とスタイル。

 いつも気だるげで眠そうな垂れ目。

 ただ泣きぼくろが、そんな彼女を艶っぽく見せている。

 そんな彼女が入学してきた。



(わたる)は1年の教室いかねーの?」

「僕はいいよ。面倒くさいし」

「ふ~ん」


 訝しげに友人の(つかさ)が睨んでいるが、飽きたようですぐに教室を出ていく。

 どうやら素直に市ノ瀬を拝みにいったらしい。

 学校が終わればバイトがあるし、顔を会わせることになるのだから。もし1年の教室にでも行ったら何を言われるかわかったもんじゃない。

 それに司だって市ノ瀬とは顔見知りだ。


 始業式ということもあって、ホームルームが終わればすぐに解散となる。

 部活などあれば別だろうけれど、僕は一応帰宅部なので速やかに帰宅する義務がある。

 荷物を纏め、司に挨拶をと思っているところに別のクラスメイトから声が掛かる。

 なにやら廊下が騒がしい。



「柊、1年生が呼んでいるぞ」

「え?」



 クラスメイトたちに案内されて、市ノ瀬がつまらなさそうに指先で髪を弄りながら、こちらに向かって歩いてくる。



「よかったです。先輩がまだ帰ってなくて」

「何事?」



 わざわざ市ノ瀬が僕を迎えにくるなんて珍しい。

 それに噂になっている彼女と今日は学校で顔を会わせたくはなかったのだが。



「両親に言われて迎えに来ただけです」

「じゃあスーパーに寄って帰るのか?」

「えぇ、普段から私たちにお世話になっているのですから、荷物持ちくらいにはなっていただきます。それぐらいは先輩でも出来ますよね?」



 散々な言われようだけど、事実だ。

 市ノ瀬夫妻にはお世話になりっぱなしで、中学からの付き合いだが、何かと親身になっていてとても頼りになる。

 本当に頭が上がらない存在だ。



「わかってるよ」

「わかってるなら早くしてください。いきますよ先輩」



 市ノ瀬に手を引かれて、騒然とする教室を後にする。

 明日、何を言われるんだろう。




 やってきたのはお馴染みのスーパーマーケット。

 スマホを片手に市ノ瀬は僕の引くショッピングカートに食材を次々と放り込む。

 無作為に入れているわけではなく、値段や消費期限、質をしっかりと確認している。

 市ノ瀬は高校1年になったばかりだが、幼い頃から父親である春人さんの手伝いもしているため、料理の腕も絶品であり、実際カフェで料理をたまに出している。



「先輩は魚介苦手でしたよね?」

「あ、うん。ごめん」

「骨をよけるのが嫌いだからって苦手って、本当に先輩子供ですよね」

「悪かったよ。それで今日は市ノ瀬が作るのか?」

「食べたくなければ、私は別に構いませんが」

「そんなこと言ってないって、食べたいよ市ノ瀬のご飯美味しいし」

「……最初からそう言ってください」



 ぶっきらぼうに言い顔を背ける市ノ瀬だが、ほんのりと耳が赤みを帯びている。

 必要そうな物は大体入れ終わると、レジに並ぶ。

 荷物を台に乗せて、彼女が会計に向かう。

 僕は市ノ瀬のリュックからエコバッグを奪い、会計の終わったものから荷物を丁寧に詰めていく。

 いつものことで、鞄から勝手に開けたことにも怒らず、一瞥をくれるだけ。


 二人並んで歩調を合わせて歩く。

 市ノ瀬の家に向かおうとするものの、道中襟首を捕まれ首が閉まる。



「おえ゛。な、なに? どうした」

「今日はこのまま、父さんのカフェに直行します」

「え、荷物は?」

「業務用の冷蔵庫は広いので大丈夫ですよ。最近はカフェに預けてアルバイト終わりに自宅に持って帰ってるので」



 いつもなら市ノ瀬の自宅に荷物を置いて、僕だけアルバイト先に向かうのが通例だった筈。

 僕の疑問に彼女はすぐに答える。



「私も今日から正式にアルバイトとして働くのでよろしくお願いしますね。先輩」

「部活はやんないの? 市ノ瀬、バスケ上手いのに勿体ない」

「その言葉そのまま返します」

「僕はそんなに上手くないよ、1on1お前に勝てたことないし」

「先輩、全国に行ってたじゃないですか」

「それはお前もだろ」



 これは事実だ。

 同じ中学で男バスと女バスに所属していた。

 二人して下校時間ぎりぎりまで練習して最後に1on1するのが日課になっていたが、卒業するまで一度も勝てた例がない。

 学年も違うのに性別も違うのに、スポーツでも勉強でもなんでもかんでも市ノ瀬に勝てたことがない。

 人一倍努力をしてきたつもりだが、確かに天才はいるもので市ノ瀬は紛れもなく天才だった。

 だからこそ高校に入ってすっぱりバスケを辞めることが出来たのだと思う。

 そもそも僕はバスケに執着していたわけではないので、後悔もない。


 カフェの裏口から入り、スタッフルームで着替える。

 白いシャツに黒いスラックス、ハーフエプロンが制服だ。

 着替え終わると、ちょうど資材の補充に店長であり、市ノ瀬の父親でもある春人さんがスタッフルームに顔を出した。



「お疲れ様です、春人(はると)さん」

「あぁ、柊。おはよう、夏菜(かな)も今日からバイトだけど聞いた?」

「えぇ」

「そっか、あの娘に教えることはないと思うけど、一応気をつけて見といてやってくれ」

「市ノ瀬なら何事も卒なくこなしそうですけど」

「贔屓目に見ても夏菜は出来るこだけど、母親に似たのかところどころ抜けてるところがあるから」

「はぁ」

「まぁ頼むね」



 春人さんと入れ替わりに荷物を冷蔵庫にしまったのか市ノ瀬が入ってくる。

 着替えるのだろうと思い、部屋を出ようとするが彼女は気にする様子もなく制服を脱ぎ始めた。



「ちょ、お前!?」

「あぁ居たんですか先輩」

「存在感なくて悪かったな! 着替えるなら出でいくから」

「別にわた――」



 市ノ瀬が何か言おうとしているが構わず部屋を出る。

 市ノ瀬の母親、冬乃(ふゆの)さんには遠く及ばないがそれでも高一のサイズにしては規格外。

 マジで勘弁してほしい。

 彼女の父親が近くにいるのだ、殺されても文句を言えない。

 長いこと一緒にいるのだから彼女のサイズをある程度知ってはいるものの、この春また大きくなっていたような気がする。



「着替え終わりましたよ」



 ドアを僅かに開き小声で報告される。

 時間まで少しあるので椅子に座り直し、精神的疲労によりテーブルにうつ伏せで休む。



「先輩って無駄に紳士ですよね」

「無駄とか言わない。僕が常識、君が非常識。前から僕のこと紳士的っていうけど、これが普通だから」

「はぁ……」



 盛大なため息をつかれた。

 やめろ、僕が悪いみたいじゃないか。



「自信なくなります」

「どこが? 市ノ瀬ほど完璧な美少女いないだろ」



 昔からかなりモテていることを僕は知っている。

 一時期、僕が彼女横にいることで虫除けみたいな存在にもなっていた。



「はぁ。先輩のそういうところ嫌いです」



 なんでだよ。

 市ノ瀬がそういうと本当に僕が悪いみたいになるから、やめろ。


 談笑も楽しいものだったが、時間になりタイムカードを切る。

 僕はフロア担当だけど、昼過ぎのこの時間はお客さんの数は少ない。

 夕方はラッシュが始まるで地獄のような忙しさになる。

 ほんのひと時の平和。

 市ノ瀬はちょくちょくこの店を手伝っていたこともあり、詳しく教えなくても要領よく仕事を覚えていく。

 元々頭がいいのもあるだろう。

 注文を受けるのも、会計も僕は後ろで見るだけ。

 休憩を挟み、即戦力となった市ノ瀬のお陰で午後も難なく乗り切った。

 春人さんの好意で早目に上がる。

 お店の冷蔵庫から荷物を取り出した市ノ瀬から奪い、二人揃って店を出た。


 制服姿に戻った市ノ瀬を改めて見る。

 今どき珍しくセーラー服。

 ただデザインは少し凝っていて鮮やかな色をしていると思う。

 もう見慣れている制服だったけれど、市ノ瀬が着ると違ったものに見えるから不思議だ。



「……厭らしい視線を感じますが、なんですか?」

「素朴な疑問なんだけどさ」

「はい」

「春でもストッキングって蒸れない?」

「……変態」

「わりぃ」

「嗅ぎます?」

「はぁ!?」

「冗談です。本気にしないでください」



 市ノ瀬は僕から距離を取って早足で掛けていく。

 彼女の様子が少しおかしいと思うのだけど、なんでなのかはわからなかった。

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