・開拓1日目 石炭と芋の夜
「わぁーっ、素敵です、このお家素敵です、ノアちゃん!」
「貧相だけど、その気持ちはわからないでもないね。原始時代の生活っていうか、何もないところが逆にいいのかもしれない」
「何もなくても、これからノアちゃんと私で作ればいいことです! もっと立派にしましょう!」
「そうだね」
まだそんなに寒くなかったけれど、石炭に灯る赤い炎が俺たちの心を落ち着かせた。
それからしみじみと、ピオニーの言う通りだと思った。
俺たちは惨めなんかじゃない。
俺は確かにウィンザーラッド家の世継ぎの座を失い、こんな荒れ果てた新大陸送りにされてしまったけれど、希望は失われていない。
「さてご飯にしよう。というか、根本的な質問していい?」
「わーい、なんですかー!?」
「その身体で、食事とかどうやって取るの……?」
「普通に食べますよー? あ、お芋ですね、それー!」
「普通にって……つくづく変な生き物だな、君」
支給された金串を2本取り出して、そこに小さなジャガイモを3つ刺した。
それから片方をピオニーに渡して、自分の分を石炭の炎に近付ける。なかなかいい感じだ。
「おおーっ、これは焼けるのが楽しみですね!」
「こっちもどうぞ。サツマイモの干し芋と、魔獣の干し肉らしい」
「わぁーっ、今夜は豪華ですね!」
「そう? まあ、そうかもね」
片手でジャガイモを石炭であぶりながら、干し芋と干し肉をかじる夕飯は、豪華ではないにせよ他では体験できない特別なものだろう。
そろそろいいだろうかと焼きポテトとなった物を口に運ぶと、ホクホクしていて栗のように甘かった。
「ごめんな、ピオニー」
だけどピオニーには、もう少しちゃんと物を食べさせてやりたかったな。
「何がですかー? はふはふっ、お芋おいひーっ♪」
「いや……。本人が幸せそうならいいか……」
「幸せです! こんなに美味しいお芋をノアちゃんと一緒に食べられるなんて、幸せ者ですよ、わたしゃ!」
「なぜ急に婆さん口調に……」
「ひゃっ、このお肉しょっぱい!!」
「そりゃそうだよ。本来は煮て食べるものだからね」
水源の場所くらい、あのお役人さんに聞いておくべきだった。
どこかに川さえあれば、たぶんこの力でありったけの水を持ち帰ることもできる。そう願いたい。
「ノアちゃん、お料理とかできるんですか?」
「あまり。これでも一応貴族だったから、家事をしてくれる人がいたんだ」
「へーー、ノアちゃんは貴族様ったんですねー。……はひっ!? ノアちゃんっ、貴族様だったのですかーっ?!!」
「まあ、家はね。だから料理とかはちょっと……で、ピオニーは料理できるの?」
「ふんすふんすっ、そんなのちょちょいのちょいですよ!」
「おお……だったらこれからは頼るかもしれないね」
しかし妙な光景だ……。平面生物が立体の食べ物を食べている。
奥行きゼロの紙のような何かなのに、芋や肉は彼女の中のどこに消えているのだろう……。
「そんなに見ても、この焼きポテはあげませんよ……?」
「取らないよ。……もっと欲しいなら足そうか?」
「いいの!? お願いします、ノアちゃん!」
あのクラフトに乗っていた『一般的な村人』とやらも、このピオニーと同じようなペラペラのドット絵生物なのだろうか。
こうして食事を摂る必要があるとなると、食料事情が安定するまでは採用は難しいかもしれない。
「じゃあその分だけ、明日はがんばってくれるかな?」
「そんなの喜んで! がんばりますよ、わたしゃ!」
「だからなんなんだ、その婆さん口調は……」
ジャガイモをピオニーに渡すついでに、俺はふとインベントリからジェイドとブルーベリルを取り出した。どちらもなかなかに大きい。
特にブルーベリルは大型肉食獣の牙のような形で、ビルド&クラフトの力によって綺麗に石から宝石部分が分離されていた。
「わぁ、しゅごく綺麗! それがじぇいどですかっ!?」
「こっちの暗褐色の方がジェイド。こっちの青いのがブルーベリル。どちらも磨けばもっと美しく澄み渡ると思う」
ブルーベリルが気に入ったようなので彼女に渡した。目がキラキラの星になっている。
コイツは遠近感がないのが難だが、こうして表情がすぐにわかるところが魅力なのかもしれない。
「でも、売っちゃうですか……?」
「売らないよ」
「そうですか! それを聞いて安心したです!」
「どちらもそれほど人気のある石でもないし、これを街で売るくらいなら、別の何かをしこたま詰め込んでいった方が稼げる」
「じゃあそのときは、私をモグラさんみたいにノアちゃんの中に入れて下さいねー」
「いや、それは……怖くないか?」
「独りでお留守番より、怖くないですよ?」
「……言われてみれば、それもそうだね」
隣の土を手で軽く盛って、俺はその上にジェードを飾った。
たき火の不規則な炎を受けて、暗褐色の石が魅惑的に輝いている。その姿は宝石箱の中で眠る姿よりもずっと綺麗だった。
「もしかしてノアちゃん、そういうのが好きなんですかー?」
「なぜそう思うの?」
「ニヤニヤしてました!」
「さて、それはどうだろうね。きっとたき火の陰影か何かで、ただそう見えただけじゃないかな」
すると何を思ったのか、ピオニーはジェイドの隣に土を盛って、その上にブルーベリルを立ててくれた。
たったそれだけで、ジェイドもベリルもさらに綺麗に見えるようになった。
「じゃあ、このベリルちゃん、私に下さい」
「ダメだね。これはここにあるべきなんだ」
「やっぱり! ノアちゃんやっぱり、宝石が好きなんじゃないですかー!」
「違うよ。だけど他の宝石もここに並べたら、物寂しいここの生活も、もう少し華やかになると思う」
バカな話だけど、新大陸にきてよかったと一瞬だけ思ってしまった。
大好きな宝石を掘り放題。正体不明の骨董もここでは頻繁に発掘されると言われている。
生活は酷いが、地面から次は何が現れるのかとワクワクする。……ミミズとモグラはもうお腹いっぱいだけれど。
「ねぇねぇ、ノアちゃん。他になんて宝石があるんですかー?」
「細かく分類すれば覚えきれないほどにあるよ。特にこのベリルは種類が多くて――」
喋って、芋を焼いて、かじって、喋った。
やがて石炭の炎が暗く燻り始めると、荒野の土の上に横になって俺たちは眠ることにした。
・
「ノアちゃん、もう寝ましたかー?」
「もう少しで寝るところだったよ。何、トイレ?」
「ふんすっふんすっ、お名前を呼んだだけです、ノアちゃん♪」
「寝ろ」
落ちてきそうで落ちてこない奇妙な天井を見上げていると、ピオニーが声をかけてきた。
横目を向けると、彼女は正方形の碧い目でこちらをジッと見つめている。
ペラッペラなのにわざわざ横寝をする必要はあるのだろうか。寝苦しくないのだろうか。そもそもこいつは、眠るのだろうか……?
「明日は畑と倉庫を作ろう。それから石材が余ったら、この隣に石の部屋を増築しようか」
「おおーっ、石のお家と土のお家の合体ですねっ、それ賛成! ピオニーに任せて下さいなー!」
「ありがとう。どうか明日もよろしくね」
「こちらこそノアちゃん! いっぱいがんばったら、かわいい人間ピオニーの姿も見せてあげますよー。えっーと、1日……5秒くらい?」
「短……っ」
「すみません、そこはピオニーの仕様なのです」
「凄いんだかポンコツなんだか、全くわかんないな、君……」
……その後もついつい喋り込んでしまい、寝るのが遅くなってしまった。
認めがたいけれど、今日は楽しい一晩だった。
――――――――――――――――――――――
【家屋・急場しのぎの分厚い家】
ジャガイモ(野生種) ×19
→ ×16 /9999
ジェード(宝石) ×1 /9999
青ベリル(宝石) ×1 /9999
――――――――――――――――――――――