・エピローグ 開拓1000日目
テラ・アウクストリスに移住してより、既に数え切れないほどの日々が過ぎていた。
ピオニーと2人だけの1日目から始まった開拓地は、今や3万倍の数字に膨れ上がって6万人の巨大都市に変わっていた。
美しい水路が都市中を走り、その上には白い大理石のアーチ橋が並んでいる。
さらには天高き防壁が都市を囲み、バリスタが設置され、ドワーフの鎧をまとった兵士たちが巡回している。
艶やかな花で包まれた大公園とコンサートホール、湯煙を上げる公共浴場に博物館、ここにはなんだってある。その全てがどこかしら角張っているので、人々はここを角張った城ソリッドパレスと呼ぶ。
今やこの地が新大陸の中心だ。
絶えぬ魔物の出没が隣国の住民までもここに呼び込み、今も際限なく成長している。俺とピオニー、クラウジヤの童心のままにだ。
そんなある日、俺は昔の家族と再会することになった。
・
「おおっ、ノア! お前はこの父の誇りだ!」
「見逃して下さい、兄上! 私たちもこの戦争には反対だったのです!」
「我々は家族ではないか! ノア、なんと立派になったことか! 父はお前の飛躍を信じていたぞ!」
「あ、兄上っ、父上の言葉は嘘です! 海の向こうの兄上の活躍を聞くたびに、父は苦虫噛み潰したような顔を――」
「お前だって似たようなものだっただろう! 違うのだ、ノア! 頼む、この父の話を聞いてくれっ!」
「聞いて下さい! 兄上のことを信じていたのは私だけです! 私は兄上の味方です!」
ピオニーもクラウジヤもポカンとしていた。
実は今、俺たちは独立戦争のまっただ中だ。開拓地が都市となり、その重要性が高まるにつれて、王党派と革命派の争いに巻き込まれるのは必然だった。
で、ついに戦争になってしまて、ポート・ダーナを城塞化して本国の海軍を迎え撃ったら、その指揮官と副官がよりにもよって父上と弟だった……。
敵海軍は火矢の嵐を受けて沈没。命からがら生き延びた彼らは、こうして聖堂の一室にて俺たちに引き合わされた。
「なんか思っていたイメージと違うのじゃ……。大らかなノアの家族にしては、その、小者臭いのじゃ……」
「初めまして、お義父さん、お義兄ちゃん! 私はノアちゃんの彼女の者なのですよーっ」
「うむ、ワシは彼女2のクラウジヤじゃ」
「あ、あのですねー、クラウちゃんとはー、仲良しですからー、ノアちゃんも半分こにすることにしたですよー」
ドワーフの女と、ペラペラとした立体感に乏しい人ならざる者がノアの彼女だと言っても、父たちは困惑するしかなかっただろう。だが事実だ。クラウジヤもピオニーも俺にとっては大切な家族だ。
「えーっと、それ以上恥をさらされても困るから本題にに入るね」
「兄上、私は兄上を信じていますよ!」
はぁ……再会なんてしたくなかった……。
こんな連中、ずっと忘れていたかった……。
「父上たちに与えられる選択肢は2通りかな……。惨たらしくここで刑死するか、俺たちに寝返って敗残兵をとりまとめるか。……後者の場合、本国がキレるだろうし、たぶんウィンザーラッド家は取り潰しになるね」
「そんな……それはないですよ、兄上っ! それではなんのためにっ、今日までこんな父親に従ってきたのかわからないではないですか!」
「見逃してくれ、ノア!」
「無理。死ぬか降るかさっさと選んでよ……」
「ノアちゃん冷たいです……」
「無理もなかろう。自分の人生をぶち壊しにした連中じゃ、まだ恩情があるとワシは思うぞ」
父上はしばらく何も言わずに考えた。
「降ろう……」
「父上!? 私の領地はどうなるのですっ!?」
「諦めろ。勝者は、ノア・ウィンザーラッドだ……」
「じゃ、後は枢機卿の指示に従って」
そう伝えて昔の家族に背中を向けた。父上からすればそれは計算外だったようだ。
「待てノア、もう少し話し合おう! 俺たちは家族だろう!」
「そうですよ、兄上! また昔みたいに一緒に暮らしましょう! 今度は兄上の城で! ……あ、兄上
っ!?」
無言で俺は部屋を立ち去った。
するとちょうど部屋の外に枢機卿とシスター・リンネがいた。
「どうするのだね?」
「お姉ちゃんは反対♪ 特にあのパパ、家族の情を利用して、ノアくんに取り入ろうとしてるように聞こえたわ」
「えーーーっ、そうだったのですかーっ!?」
「あの親からなぜノアのようなやつが生まれたのか、まったくの謎じゃな……」
「そうね……。あの体格が遺伝してたら、ノアくんがガチムチになってしまっていたわ……。ああ、なんて恐ろしい話なのかしら……」
言いたい放題だったけど、おおむね俺も同意だった。
昔はあの体格が遺伝しなかったのが悔しかったけれど、今はそうでもない。こっちではみんながこの姿を好いてくれた。
特にシスター・リンネが怖いくらいに……。
というより、本気で怖い……。
「枢機卿、アレを俺の親族だと思わないで下さい。むしろ親族だからこそ、使ってやってほしいです」
「わかった。だがいずれ、彼らも改心することだろう」
「そうですかね……」
「ノア殿、挫折や絶望というのはそういうものだ。それを味わったとき、人は変わらずにはいられない。良い方向にも、悪い方向にもだ。……この私が必ず彼らを改心させてみせよう」
「そういえば……これは失礼な言い方ですけど、貴方って一応、聖職者でしたね……」
「ふ……これでも敬虔な一信徒であるつもりだ。まあ、信心に目覚めたのは、この地に流された後のことだがね」
遅……っ。と突っ込むのは止めておいた。
父と兄が心を入れ替えて真人間になる日。そんな日はとても想像も付かない。いや、想像もしたくなかった。
・
開拓1003日目――
見せたいものがあるとピオニーとクラウジヤが言うので、俺は2人に左右の手を引かれて荒野へと出た。
城の周囲は徹底的な開拓が進み、広大な農地になっているので、荒野はだいぶ遠かった。
「あの丘です、あの丘を越えた先なのですよーっ」
「きっと気に入るぞ! ワシはもう気に入っておる!」
「ピオニーもなのです! さ、行きますよー、ノアちゃん!」
「期待を煽りすぎると、相手に幻滅されるのがオチだと思うよ」
「四の五の言うな! さあっ、頂上じゃ! そこに上って見下ろして見よ!」
「はいはい、ちゃんと見るから背中押さないでよ……」
丘を越えて、俺は何も期待せずにその彼方の光景を見た。
小さな家がある。土と石のキューブを組み合わせ作った小さな家だ。その隣にはちっぽけな石の倉庫があって、蓮の咲く池があって、狭いとしか言いようのない畑があった。
「どうじゃ、ノア」
「がんばったです! 記憶違いもあると思うですけど……こんなお家だった思うのですよっ!」
「あの嵐の日以来、あそこを城にしてしまったじゃろ……」
「お城、作るの楽しかったですけど……あれからお家、変わっちゃったですよ」
「よそ者がどんどん増えて、ワシらは変わるしかなかった。じゃが……時々思う……。あの頃に帰りたいって……」
「だから作ったです。あれは、私たちの最初のお家です!」
あれから数え切れないほどの日々が過ぎ去った。
幾星霜――と呼ぶには短いかもしれないけれど、そう呼びたくなるほどに遠い日だ。
「ワシは、あの頃が1番楽しかった。今が楽しくないとは言っとらんぞ! じゃが、あの頃が好きじゃ」
「だから作ったです! あの頃と、同じ生活ができる場所、作ったですよーっ!」
「ノアッ、これは提案じゃが……ワシらと一緒にここに引っ越さんか!?」
「飽きたら戻ればいいです。また一緒に、炎を囲んで、お芋をかじる生活に戻るですよ」
あまりにみすぼらしい。城下の人々があれを見たら笑うかもしれない。
けれどもあれこそが最高のプレゼントだった。口元がだらしなく緩み、もう大人だというのに俺は童心のままに2人へと笑いかけていた。
あそこに住めば、あの頃に帰れる……!
「いいね、それって最高だよっ! 俺もあの頃が楽しかった! 何もないからこそ、ちょっとした出来事が嬉しかった! 城も、花園も、物であふれた町も、何もいらない! 小さな家と2人がそこにいれば、俺はそれで十分だ!」
子供に戻った俺が丘を駆け下りると、はしゃぐような2人の声が俺の背中を追いかけた。
壊して、並べて、築いて、また壊して、俺たちは必要に迫られてここまでやってきた。
だけど本当に楽しかったのはあの頃だ。
ちょっとずつ何かを作り、静かに暮らしていた頃が1番だった。
「えへへー、今度はどんなお家を作りましょうねー」
「まずは緑じゃ。ワシはここ一帯を緑いっぱいに変えて、釣りをして過ごせる森にしたい!」
「いいですねっ、いいですねっ! 私はかわいい動物もほしいです!」
「ああ……そのままにするんじゃなくて、魔改造することがもう決まってるんだね……。じゃあ俺は……昼寝のできる釣り小屋かな。大きな湖が要るね」
「わぁぁーっ、それもいいです! ちょっとずつ、作っていきましょうね、ノアちゃん!」
「なんか、独立戦争とかどうでもよくなってきたな……」
「まったくじゃな。ワシらは人に尽くしすぎていたのかもしれん」
俺たちは自分たちが築いた城を棄てた。
そこでの暮らしが嫌というわけではない。だけどこっちの生活の方が楽しいから、自分に素直になっただけだ。
どんな物事も始まりこそが面白い。
だから俺たちは時計の針を最初に戻して、もう1度やり直すことにした。
ちょっとした物を作り、みんなで笑い合う瞬間が好きだ。
何もない生活は俺たちにとっての最高の贅沢だった。
「ノアちゃんっ、大変っ大変っ、モグラさんがいたです!」
「モグラはダメ。遠くに捨ててきて」
「えーーーっっ?!!」
「……いや、やっぱり今のは無し。飼いたいなら飼ったらいいよ」
その晩、俺たちはちっぽけな家で暖かい炎を囲み、いつまでもいつまでも新しい夢を語り明かしていった。
童心。それこそが人生の全てだ。
―― ビルド&クラフト 終わり ――
・
昔々、底無しの魔王と呼ばれた哀れな存在がいた。
底無しの魔王は全てを喰らい、他の魔王すらも喰らって、最期は自分自身を喰らった。
底無しの魔王は驚いた。
絶望と孤独に自分自身を喰らったら、自分が喰らった世界がそこにあった。
魔王の胃袋の中で世界は生きていたのだ。
底無しの魔王は蘇った世界に涙を流し、そしてあまりに強大すぎる自分自身を7つに引き裂いた。
それぞれは大地、空、海、獣、魚、鳥、人に変わった。
この世界に生きる者は誰1人として知らない。
この世界が魔王の胃袋の中にあるとは知るよしもない。
ましてや魔王の残骸が世界を喰らい、そしてそれを吐き出して、家や畑、城を造っていったとは夢にも思わない。
別に胃袋の中であろうと外であろうと、そこで暮らす者たちにとってはどうでもいいことだった。
底無しの魔王は今も世界のどこかで、少なくとも1つはノア・ウィンザーラッドの中から、底無しの飢えに苛まれながらも喜びを知り、滅びぬこの世界を静かに見つめている。
蛇足。
ここで完結です。
完結までお付き合い下さりありがとうございました。
好きで始めた物語ですが、管理や表現が大変で執筆カロリー消費しまくりの一作になりました。
それもあってかお話としてのまとまりも物足りなく、自分の未熟さを噛み締めています。
作中で入れるところがなかった裏設定では、ノアの能力は元々は脳筋系で、底無しの因子が影響して創造と破壊の両方の能力を得たという設定だったりします。
力が使えるようになったのは、新大陸もまた底無しの魔王そのものだったからです。
作中に入れたかったのですが、綺麗にまとまらないので諦めました。
明日からは新作【このたび私は冷血で女嫌いと悪名高い氷の侯爵と婚約することになりました】を始めます。
女性向けですが、物語としてのまとまりを意識したので男性でも楽しめるようになっています。どうか読みに来て下さい。
それでは、最後までお付き合い下さりありがとう。
もしよければ感想をくださると嬉しいです。




