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・開拓85日目 最終話「かつてピオニーだったモノ」

 タイムリミットはあまりに早かった。

 2度目の激しい嵐が新大陸東部沿岸を襲い、新天地をモンスターだらけの悪夢の世界に変えた。


 前線基地の将軍閣下も、ポート・ダーナの実質的支配者である枢機卿も、現在では頼れる支援者だ。


 彼らはその目で迷宮からモンスターが這い出るのを見ると、戦略的にこの開拓地が極めて重要であることをすぐに悟ってくれた。


 そして邪竜ガミジンの復活を阻止、ないし迎撃をするならば、その真隣のここに城を築くのが正しかった。



 ・



「わははっ、見よ! あの骨だけトカゲまんまと城に引っかかったようじゃぞ!」

「だ、大丈夫でしょうか、兵隊さんたち……」

「そのためにあれだけ苦労してあんな防壁を築いたんだろ。あれなら死のブレスも中には届かないよ」


 その日、迷宮の真上に黒い渦が立ち上りだした。

 ついに決戦の時がきたのだと、俺たちが築いた城に兵士たちが集まり、弓と火矢の手入れをしてやつの復活を待った。


 決戦は空が赤く燃える夕刻となった。ロングボウから放たれた牽制の矢嵐がガミジンを撃つと、竜は城壁に襲いかかり、油壷と火矢の洗礼を受けた。


 しかし向こうも災厄とまで呼ばれていない。やつが死のブレスを城壁の上部に吐くと、眠るように兵士たちが倒れていった。


 だが軍の攻撃は止まらない。新たな兵が城壁を上り、矢を放ち、油壷を落として骨だけの竜を焼いた。

 そしてついに俺たちは、ガミジンの死のブレスが打ち止めするのをこの目で目撃した。


「行きましょう、ノアちゃんっ! みんなの仇を取るですよっ!」

「静かにじゃぞ、ピオニー。これは奇襲じゃ」

「そうね、みんなで明るく楽しく奇襲しましょうねー♪」


 今回はシスター・リンネも一緒だった。


「はーい、がんばるですよーっ! 帰ったら新しいお料理教えて下さいね、リンネさんっ」

「そなたらは気を抜きすぎじゃ……」


 この戦いに俺たちが負けたら新大陸は終わりだ。

 死のブレスを吐く竜と、発生の止まることのないモンスターに囲まれて、テラ・アウクストリスは滅び、禁忌の土地となるだろう。


「この方法を使えば勝てる。代償はかなりでかいけど、勝てることは勝てるはずだよ」

「ノアのために道を切り開くぞ、ピオニー!」

「ガッテンですっ、ノアちゃん、もう死なないで下さいね……」


「さすがに3度も死ねないよ」

「え、3回……ですか?」


 炎であの竜を倒せなかったら、俺たちが奇襲をする約束だ。

 真っ先に飛び出したクラウジヤを追いかけて、俺たちは邪竜ガミジンの背中に迫った。


 ガミジンはデッドマンズボーンに守られている。

 油と火矢により大半が壊滅していたが、後方に残る少数をみんなが受け持ってくれた。


「底無し、そこにいたか」

「ガミジンッ、その傲慢が命取りだ!」


 ヤツの尾撃を銀の剣で迎え撃った。

 普通だったら剣ごと骨までへし折られる。だが、今日の俺はインベントリがたっぷりと空いている。


「ほら言ったじゃない、その傲慢が命取りだって」

「我の尾を……喰らっただと!?」


「食ってなんかいない。ただいただいただけだよ。こうやってね!」


 ガミジンが右の爪を振り下ろしてきたので、こちらはその腕を根本から奪い取った。黒い粒子が俺の中に飲み込まれていった。


 やつの切り札の死のブレスは既に打ち止めだ。この戦い、余裕で勝てる。


「このために潜んでいたのか! この、卑怯者め!」

「人間は勝つために知恵を使うんだ。死の息を吐き付けるだけのお前とは違う」


「底無しめ!!」

「ノアちゃんっ、危ないのですっ! そいっ!!」


 往生際悪くもやつは死のブレス残りかすを吐いてきた。

 それだってこっちは想定している。俺とピオニーは石材を積み重ねて壁を作り、やつのブレスをガードした。


「お前を倒すのは無理そうだ! だが、相手が悪かったな!!」


 運命を感じた。俺のこの加護は、この災厄を封じるために与えられたのかもしれないと思った。

 どんな強大な存在だろうとも、俺の力は対象をバラバラに分解して、インベントリの内部に封じることができる。


 俺は邪竜ガミジンの首を落とし、ヤツの肢体をバラバラに分解した。

 しかし首だけは俺のインベントリに入ることを拒んだ。


「この、怪物め……」

「どうとでも言え。さあ、おとなしく俺の中に消えろ!」


「この戦い、我の負けだ。だが底無しよ、お前が我を喰らうというならば、我はお前の大切な物を奪って去ろう。そこの小娘ッッ!」

「へ……?」


 剣でその横たわる頭蓋骨を叩きつけても、ヤツは俺のインベントリに収まることを拒んだ。

 死の息が、俺ではなくピオニーへと吐き出されて、彼女はその黒いもやの中に包まれてしまった。


 もちろんピオニーだって逃げたが、ブレスの範囲が広すぎてなすすべもなかった。


「ピオニーッッ!!」

「バ、バカ、な……こんな、小娘、が……。む、無念……」


 すぐにもやが晴れ、ピオニーが倒れた。膝を突いて、前のめりに倒れるところに俺は飛びついた。

 自分がこれを受けたから知っている。ガミジンの死のブレスは、痛みも苦しみも何もない絶対的な死を対象に与える。


「へ、へへへへ……失敗、しちゃいました……」

「そんな……こんな結末、予定にない……。なんで、こんなことに……」


 頭が混乱した。対象を強制的に即死させる広範囲のブレスなんて、そんなメチャクチャな力がこの世にあっていいはずがない!


「ノアちゃん……私、ダメみたいです……」

「そんな……っ」


「今日までずっと、楽しかったです……。いっぱいいっぱい作って、みんな、笑顔になって、私、楽しかった……」

「お願いだピオニー、死なないでくれ……。こんな終わり方あんまりだ!」


「はい、死なないです……」

「本当か……?」


「ノアちゃんが、作るですよ……。もう1度、私を……作るです……そしたら……」

「そんなのダメだ! 死なないでくれ、ピオニーッ!!」


「えへへ……ノアちゃん……。私、ノアちゃんが、大好きでした……。ノアちゃん、お願い……次の私を、お願い……」

「次のピオニーはピオニーじゃない……!」


「一緒に、お家を作って……二階を作って……プール、作って……お城……作っ、て……えへ……。ノアちゃん、さよならなのです……」


 最期の言葉を残して、ピオニーは肉体を失った。ピオニーは桃色の美しい原石に変わってしまった。

 石に戻った彼女はあまりに美しく、そして硬く、けれども一言も俺に語りかけてはくれなかった。


 ピオニーはあの日、この開拓地の大地にクワを振り下ろしたときに、俺のインベントリに紛れ込んできた。

 彼女は最初からここにいて、俺に命を与えられるのを待っていたのだろうか。


「ノアくん、大丈夫……?」

「おい、ピオニーはどこに消えた……? ワシらは、勝ったのか……?」


 ピオニーは消えていない。どこにも消えてなんかいない。最初からここにいた。

 俺はピオニーの材料だった物を2人に見せて、そしてこう言った。


「ちょっと待って、今から作り直すから」


 俺はピオニーだった原石をインベントリに戻し、彼女をもう1度作り上げた。


―――――――――――

 ガミジンの破片 ×1

―――――――――――


 ピオニーの正体はガミジンの破片だった。

 あの竜は最期の最期で自分の分身を殺し、そして己を征した存在によって1つに結び直された。


 ピオニーの死はざっくり2分で終わった。


「ノアちゃん、ただいまーっ!」

「お帰り。全くお騒がせだったね……。こっちは本気で泣いたっていうのに」


「ごめんね、ノアちゃん……。でも、全部思い出したのですよ。私の本当の名前は、ガミジン。テラ・アウクストリスを滅ぼした、輪廻と繰り返しを司る魔王なのです」

「え、魔王って顔じゃないでしょ」


「えーーーっっ?! それはないですよーっ、ノアちゃーんっ!?」


 ネビュロスの呪いによる死。

 ピオニーを失い邪竜ガミジンとなった存在のブレスによる死。

 そのどちらもピオニーの力によるものだった。


「ああそうそう、言い忘れてたことが1つあるんだ」

「なんですかー? 夕飯の献立ですかー?」


「ううん、違うよ、これから始まるのは告白だ!」

「はへ……?」


「ピオニー、俺は君が好きだ。君のいない生活なんて考えられない。誰にも奪われないように、独り占めしたい……」

「えーーーーーっっ?!!!」


 俺は紳士としてあり得ないくらい乱暴に彼女の唇を奪い、目の前のドット絵ボディの違和感に目をそむけた。


「さ、これからは何を作ろうか」


 恥じらい戸惑う彼女の手を引いて俺は歩きだした。火計の炎はいまだ消えきらず、大量の油が黒煙を上げて夕空を血のように赤く染めている。


「ノアちゃん……」

「何、ピオニー?」


「私、もしかしたら……私は……」

「ピオニーはピオニーだよ。それに死んだのはたった2分だけだし、きっとセーフだ」


「えーーっ、なんですかーっ、そのルールッ?!」


 俺は信じた。消えたピオニーも、今目の前にいるピオニーも、同じ彼女だと信じた。喩え彼女自身真偽を疑おうとも、ピオニーはピオニーだ。


「そんなことより、戦死者のために大きな花園を作るっていうのはどう?」

「あっ、いいですねっ、いいですねっそれーっ! 大賛成なのですよーっ!」


 俺たちは子供みたいに笑いあって、炎の向こうにある角張った町へと駆けて行った。


 童心。それこそが俺たちの宝物だ。

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