・開拓46日目 流転のガミジン
「あっあっ、ノアちゃん見るですよっ、あの宝箱! おっきくて、ふたが閉まってるのですよーっ!」
「本当だ。もしかしたら中身が入って――ちょっと待ったピオニーッ、そういうのには罠がかかっているかもしれないよっ!」
「ほわぁぁっ、なんじゃこりゃーっ?!」
「うむ、あえてワシもピオニーと同じ感想を述べよう。なんじゃこりゃぁっ?!」
その宝箱は子供がベッドにしてしまえそうなほどに大きくかった。
人の制止を聞かずにピオニーがふたを開くと、中には変な物としか言いようのない物が入っていた。
それはシャボン玉に包まれた灰色の立方体だ。立方体の右下には【×100】と数字が浮かんでいる。
「あれ、だけどこれって……」
シャボン玉の中の立方体に見覚えがある。
もしやと思って手を伸ばしてみると、その不思議な物は光となって俺の中に消えていった。
インベントリを確認すれば、石材が100個も増えていた。
「やったです! お城っ、お城が作れますねっ!」
「何を平然と受け止めておるっ!? ノアの加護に関係する物がなんでこんな場所にあるっ、おかしいじゃろ!」
「それには同感かな。だけど、疑問が多すぎて頭がこんがらがってきたよ。……ってことでさ、細かいことは後で考えようよ。またあの碑文が見つかるかもしれないし」
「……まあ、それもそうじゃな。お宝目指して行くとしよう!」
「いいですね、お宝! 良い響きなのです!」
俺たちは階段を下り、宝箱を期待しながらさらに深層へと進んでいった。
・
それから地下15階までやってくると、またあの碑文を見つけることになった。
「なんて書いてあるですかー?」
「うん、あまりよくない内容だった。要約すると……そうだね。大失敗だって書いてある」
古めかしい表現を現代向けの言葉に頭の中で変換して、碑文からみんなの方に振り返った。
「頻繁に出てくるのは『ガミジン』って言葉。流転のガミジンという何かが原因で、こっちの大陸のヒューマンはなんというか……詰んだらしい。だからこの土地を棄てて、大陸ごとテラ・アウクストリスを封印したって書いてある」
たぶん、そのガミジンというのがモンスターの発生源ではないかと思う。
だけどそのガミジンは彼らの手には負えなかった。
「ううむ? よくわからぬぞ。ワシらは普通にここで暮らしておったぞ?」
碑文の後半には幻想上の種族だったドワーフを創り、封印の管理者として残したとある。この一文は伝えなくてもいいだろう。
「難しいことはノアちゃんが考えてくれるですよー。さ、クラウちゃんもお水を一杯……さささっ」
「ピオニーはお気楽じゃの……。ずずずっ……ふぅっ、生き返るわい。で、どうするノア? ワシは危険を承知で先に進むべきだと思っておるぞ」
「進もう。せめて状況を把握しておかないと」
「うむ、それでこそワシらのリーダーじゃ」
俺たちは再び迷宮を進み、真相を求めて次々とフロアをショートカットしていった。
やがて地下39階にたどり着くと、奇妙なことになっていることに気づいた。
フロアの入り口には階層が数字で刻まれているのだけど、その数字が39ではなく99となっていた。迷宮の構造も変わっている。
通路を抜けると光を放つガラス張りの床があり、その先には巨大な門が待ちかまえていた。
「ノアちゃん……わ、私、なんか、怖いのです……。あの扉、ダメです……開けちゃ、ダメなやつなのです……っ。そんな気がするのですよ……っ」
「扉の向こうに何かがおる……。嫌な感覚じゃ……」
「退きましょう、ご領主様っ、手、手足が震えて……た、戦えません……」
俺は門の前に立って考えた。
本国の連中は新大陸の安全なんて興味すら持たないだろう。古代人が土地を棄てて逃げるほどヤバいものが、本当にこの先に眠っているとするならば……。
「みんなは後ろで待ってて、俺1人で潜入する。ここがヤバいって証拠を掴んでから戻るよ」
「ノアちゃん、ダメッ、ダメなのです……っ」
ピオニーに袖を引かれた。
「ご、ご領主様、ここは私が潜入します! ご領主様なしで、私たちは生きていけません!」
「大丈夫だよ。それに悪いけど、俺は領主なんかじゃない」
「ノアちゃん、ダメッ、ダメって言ってるのですよっ……。わ、わからないけど、絶対ダメだって、ピオニーにはわかるのです!」
ピオニーの手をふりほどいて扉の前から下がらせた。
「モンスターがもう地上にあふれ出てるんだ、放置するわけにはいかない。行ってくるよ」
俺は扉を押し開き、災厄の証拠を求めて暗闇の空間へと潜り込んだ。
あれが災厄、流転のガミジンだろうか……。
その姿を想像上の生物に当てはめるならば、それは巨大なドラゴンゾンビだ。その骨だけの巨体がこちらを見た。
「なんだ、誰かと思えば、底無しか……」
底無し? 注意深く後ろをうかがっても俺以外にいなかった。
「気づかれちゃってたか。悪いけど地上が迷惑してるんだ、あふれ出てるモンスターを引っ込めてくれない?」
「我が従う道理無し。朽ちよ……」
「そう。そっちがその気なら指の1本でもいただいていこう」
竜の爪をかわし、尾撃をスライディングですり抜けて、俺は銀の剣でやつの巨大な小指を根本から叩き折った。もとい、ビルド&クラフトの加護でインベントリに収めた。
これで証拠が手に入った、さあ逃げよう。
「ノアッ、上じゃ逃げよっ!!」
「ノアちゃんっ!」
しかしガミジンと呼ばれるこの存在は、俺の予想を遙かに上回っていた。黒いブレスが降り注ぎ、ものの一瞬で煙のようにフロア全体に広がっていった。
「底無しよ、巡れ……」
邪竜ガミジンその黒いブレスは、熱くもなければ冷たくもなく、毒や酸で対象を苦しめるいうわけでもなかった。けれども、それを我が身に受けた時点でもう全てが遅かった。
それは言葉にするならば『死のブレス』だ。
俺は邪竜ガミジンの死のブレスを受けて、痛みも苦しみも、悲しみや後悔を感じることもなく、竜が死ねと命じるがままに生を失っていた。
・
「うっ、うわっっ?!! あれ……ここは、ここは家……? なんで……」
「むにゅ……。ノアちゃん……? おしっこなら、あっちの壷でするですよー……。ふみゅ……」
「壷でおしっこをするほど落ちぶれてないよ、俺は」
「わはは、ピオニーの寝言にいちいち突っ込んでいたら切りがなかろう。おはよう、ノア。……ん、なんじゃ? なっ、ぬぁぁぁっっ?!」
「クラウジヤッ!!」
ピオニーを起こしたら可哀想なので、起き出していたクラウジヤに飛び突いて胸の中に抱き込んだ。
こうして人に触れられるということは、俺はまだ死んでいないということだ。
あの時、ガミジンの死のブレスで命を落としたはずなのに、どういうわけか俺はまだ生きている。
「にゃ、にゃにをすりゅっ?! わ、わわわ、ワシまだ、まだっ、そ、そういうことは……心の準備が、できておらんのじゃ……っ」
「クラウジヤ、1つ聞くけど……ガミジンって名前を知っている?」
「知らぬっ、知るわけなかろうっ?! そんなことより離せっ、こういうのは、も、もうちょっと清く正しく、お、おおおっ、お付き合いしてからじゃ……っっ」
「もう1つ聞くけど、今日は迷宮を調査する予定だっけ?」
「決まっておろうっ!」
「……これだけ大騒ぎしてるのに、ピオニーはよく寝ていられるよね」
「あ、あああぅぅ……目が、目が回ってきたのじゃ……。離せ……離せ……。ぅ……っ」
調子が悪そうなクラウジヤをベッドに寝かせて、俺は我が家を出た。
驚いたな。出発前の朝に巻き戻っている……。
だけどあれは夢じゃない。
あの迷宮の奥底には確かに最強のドラゴンゾンビにして、災厄そのものであるガミジンが眠っている。
そしてそれを倒す力を俺たちは持ち合わせていない。よってモンスターの発生は、この先も止まらないということだ。
「ノアちゃん、おはよー。あのね、あのね、クラウちゃんがさっき、ニヤニヤしてたですけど、なんかあったですかー?」
「いや、これといって何も。それよりピオニー」
「はいはい、なんでしょう?」
「食事が終わったらすぐにガミジンの迷宮に行こう。そこに開拓の鍵がある」
ガミジンが待ちかまえる地下99階まで、ズルをして進んでしまったのが間違いだった。次はアイツの死のブレスなんて受けたりしない。そもそもあんなのは初見殺しの反則技だ。
「なんかやる気ですね、ノアちゃん!」
「まあね」
モンスターの発生が止まらないということは、この先も難民がこの地を訪れるということでもある。
現在の開拓地の人口はざっくり500人弱だ。これが雪だるま式にこれからも膨れ上がるならば、ここを新大陸最大の町にすることだって夢じゃない。
「ここをお城にしよう」
「いいですねっ、かわいい塔も造りましょう! それからそれから、どや顔で見下ろせるバルコニーもですよっ!」
もっともっと人を増やして、ここに城塞を築こう。
死のブレスを吐くドラゴンゾンビを相手にするなら、完璧な防壁が必要だ。
本作はあと2話で完結します。
ここまでお付き合いくださりありがとう。
22日より、新作「このたび私は冷血で女嫌いと悪名高い氷の侯爵と婚約することになりました」を始めます。タイトルの通りの女性向け恋愛です。
もしよかったら読みに来て下さい。引き伸ばすことなく3万字弱で完結するので、スッキリと楽しめます。




