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・開拓36日目 嵐の訪れ - 恐怖の日 -

 作業は単純だ。まず倉庫の床を掘り返して下り階段を作る。

 倉庫の真下だと崩落が怖いので、倉庫から自宅の方角へと階段を作っていった。


「さて、ピオニー。君の仕事だけど、お城を造ってくれるかな?」

「えーーっ、いいんですかーっ!? お城、ずっと造りたかったですよーっ!」


「俺は地下を掘る。ピオニーは俺のインベントリから土を取り出して地上をお城にする。嵐が終わったら次はモンスター退治だ、そのための安全地帯を造ってくれるかな?」

「壁ですね、壁! 壁で囲って、中から登れるようにするですねっ!」


「そういうこと。じゃ、任せたよ」


 そういうことで、ピオニーは城塞化、俺は地下にシェルターを造っていった。

 構造はアリの巣を見習った。1つ1つのフロアを大きくすればそれだけ崩れやすくなってしまうので、小さなフロアを造っては通路を掘り、隣の空間を作った。


 照明は石炭の炎が頼りで、非常に薄暗かった。


「ここにいたかノア、倉庫がいっぱいになった! ここに運んでもいいか!?」

「うん、そう思って少し広い部屋を端っこに造っておいた。あっちに運んで」


「任せよ! しかし凄いのぅ! 最初から地下に倉庫を造るべきだったかもしれんな!」

「それもそうだね。地下の方が気温も低くて保存も利くし」


 少しすると慌ただしく人々が荷物を持って地下に降りてきた。

 食料や布などの生活必需品が運び込まれ、各部屋に個人の持ち物が運び込まれた。


「ドワーフはどうするの?」

「ドワーフの家は背が低く平べったいからどうにかなろう。……そうじゃ、後から地下に道を造ってくれるか?」


「それいいね、絶対楽しい」

「ワシもそう思う!」


 倉庫が2つ。広場が1つ。それに臨時の生活空間となる小部屋を13個造ると、俺は地上に上がった。


「わっ、なんだこりゃっ?!」

「あっ、やっと終わったですかー? じゃーんっ、見て下さいっ、お城っ、お城ですよーっ!」


 地上に上がると、俺たちの家と倉庫を飲み込む形でそこに砦が生まれていた。四方に高さ4段の壁が築かれて、見ればうちの家から扉が外されて、砦の出入り口として流用されていた。


 壁には登れるように階段が設置されている。

 構造はシンプルで突貫工事のものだけど、砦として必要な機能を持ち合わせていた。


「カッコイイな……」

「えへへへーっ、ほらほらっ、壁が二重になってるですよーっ!」


 ピオニーが階段を駆け上ってゆくので、俺はハーフサイズにした荒野の土を使って上りやすくしながら防壁を上がった。

 そこにあったのはキューブ2つ分の分厚い壁だ。これなら嵐や大型のモンスターに襲撃されても崩されることはない。


「うわ、本当にうちの家がお城になってる……。後からこれ、石材に変えていったらさぞ立派だろうね」

「大理石! 大理石使っちゃいましょう!」


「大理石の城壁か。いいね、そういうのはド派手なのも嫌いじゃない」

「夢が広がりますねーっ。嵐さん、ありがとーですよっ!」


「前向きだね、君は。……さて、じゃあ最後の一仕事をしてくれるよ」

「へ、ひとしごと……?」


「こっちが完成したら、ドワーフの家の方にも簡単な防壁をお願い。終わったら手伝いに行くよ」

「あいあいさーっ、なのですよーっ!」


 空を見上げればもうすぐそこまで嵐がやってきている。大気が声を上げてうねり、なま暖かい風が頬を撫でた。

 まずは畑に向かった。そこにツルハシを振り下ろすと、光となって畑がインベントリの中に消えた。全てを収納すると、辺りには荒野だけが残った。


 その次は鍛冶場と溶鉱炉だ。余った土で設備の周囲を囲って保護した。それからピオニーと合流してドワーフの家を囲いで覆うと、温かい雨が頬に触れた。


「ノアちゃんっノアちゃんっ、もうダメですっ、もう帰るですよーっ! ひゃーっ?!」

「あぶなっ」


 突然強風が吹いてピオニーが飛ばされかけた。

 ピオニーはペラペラししているので風に弱いみたいだ。


「ひ、ひぃーっ、ひぃーっ、逃げるですよ、ノアちゃんっ!」

「ヤバいね、急に強くなってきた」


「手を離さないで下さいっ!」

「ははは!」


「なんで笑うですかーっ!?」

「楽しくなってきた」


「楽しくないですよぉーっ、怖いーっっ!」


 ピオニーは人の姿に変身するなり、俺の手を引いて砦に駆けた。

 土の防壁は分厚く高くそそり立ち、あの中に入れば安心だと信じられた。


「ひぃっひぃっ、ふぅっふぅぅっ、死ぬかと思ったです……っ」

「テラ・アウクストリス、とんでもない土地だね……。舐めてたよ、俺」


 防壁の中に逃げ込み、ピオニーが倉庫に飛び込んだ。

 俺は倉庫の前で足を止めて、恐ろしく豹変した空を見上げた。


 ただの暗雲ではなかった。あまりに暑い暗雲は光をまるで通さず、まだ昼過ぎだというのに世界を夜の世界に引きずり込もうとしていた。


「やば、この世の終わりかな……」

「ノアちゃんっ、早く中に入って下さいっ!」


「でも幻想的で綺麗だ。昼と夜が入り交じってる」

「もーっ、早く中に入って!」


 ピオニーに引っ張られて俺は倉庫の中に引きずり込まれると、薄暗い地下世界へと下りることになった。これから嵐が過ぎ去るまで、こんな場所で暮らさなければならないのかと思うと、不安と恐怖で背筋がゾクゾクとした。



 ・



 暗くうち沈んでいた人々の前で、インベントリに収納した畑を見せると祈られた。


「おお神よ! ノア様こそが神が遣わされた救い主だったのですね!」

「ありがとう、ありがとうございます、ノア様!」

「どうかこれからも私たちをお守り下さい!」


 ……まあ、いいか。

 これから俺とピオニーが好き放題してゆくには、神様扱いをされていた方がわがままを通しやすい。


「ちゃっかりしとるのぅ……」

「クラウジヤもお疲れ。君のおかげで逃げ遅れも出なかったし、助かったよ」


「大変なのはこの後じゃがな」

「モンスターは戦えば倒せる。嵐なんかよりかわいいものだよ」


 火を使わない遅い昼食を食べてから、ドワーフの家へと繋がる地下道を造った。

 ドワーフの家の地下に事前に空間を作っておいて、そこに繋げるだけのことだった。


「ノア! 会イタカッタ!」

「俺タチ、男ノ女神!」

「空ウナル! 怖イ……デモ、ノア、イレバ、ヘイキ!」


 地上は恐ろしい暴風と、モンスターのうなり声、激しく荒そう叫び声でいっぱいだった。

 いったいこの新大陸のどこにこれほどの数のモンスターが隠れていたのかと、信じられないほどの数が壁の向こう側にいた。


「ソト、イル……」

「ノア、タスケテ……」


 中の俺たちに気づいている者もいるのか、壁や厚い陶器の扉が激しく打ち鳴らされた。俺たちはそれに息を潜めてやり過ごし、静かに地下へと下った。


「フロアを増やすから少し待って」


 通路を造り、部屋を造り、全てのドワーフの家を地下から繋いだ。幸いみんな無事だった。

 この後、地下からうちの自宅に繋げる予定だったけれど、繋いだところで落ち着ける環境ではなさそうだ。


「ノアちゃん……」

「ああ、ピオニーか。どうしたの?」


 一仕事終えて休憩していると、ピオニーが向こうからやってきた。

 暗くて顔がよく見えない。か細い声だった。


「怖いです……。上から怪物の声がするです……」

「ここまではこないよ。……それに、怪物より君の方が強い」


「それでも怖いものは怖いのですよー……っ」

「確かにね。まるで世界が――ん」


 まるで世界が地獄に変わってしまったかのようだ。

 激しい暴風に凶暴なモンスターの群れ。ドワーフたちがデッドマンズボーンに気づいてくれなかったら、準備が足らず恐ろしいことになっていた。


 俺はピオニーを隣に座らせて、肩を寄せた。

 例えるなら幼い兄が妹にするように、くっついて慰めた。


「ノ、ノア……一向に戻らぬから心配したぞ……」

「ああごめん。ちょっとこっちで一仕事あって」


「よかった……」


 あのクラウジヤでも恐いらしい。彼女は俺の隣に腰掛けて、俺がピオニーにしたのと同じように肩を寄せた。うちの家ではそう珍しいことでもない。


「町の連中は無事かのぅ……。嵐とモンスターがくると、伝えることは伝えたのじゃが……信じたかはわからん……。こんなに恐ろしい嵐は初めてじゃ……」

「よかった、これがこっちの世界の日常なのかと思ったよ」


 クラウジヤと手を結んで、不安そうにうつむくピオニーにも同じことをした。

 俺たちは地下世界で息を潜めて、嵐が去り行くのを待った。


 城が欲しい。新大陸の恐ろしい怪物たちに震えずに済むだけの立派な城と防壁が。

 新大陸テラ・アウクストリス。それは過酷で、恐怖と隣り合わせの世界だった。


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